375 / 521
二章
二話 ガキが生意気言ってるんじゃねえぞ! その九
しおりを挟む
「何を偉そうに……中途半端な気持ちで母さんと結婚するから、みんな苦労するのよ。私も母さんも父さんのせいでどれだけ苦労してきたのか分かってるの!」
女のヒステリックな声に、思考が止まる。みんな苦労するか……いい言葉だ。そのままそっくり返してやる。
黙り込む義信さんと責める女との間に、俺は話に割って入る。
「お前もな。俺の事を捨てるなら、最初から結婚なんてするな。自分にできないことを義信さんに押し付けて、自分は被害者面か? たいそうな身分だな」
「しつこいわよ! こうしてちゃんと迎えに来てあげてるでしょ! 男のくせにいつまでもグチグチと……」
「よ、よしなよ、澪さん。今は喧嘩している場合じゃないだろ? 正道君も落ち着いて」
「人様の家庭の事情に口出すな」
「いや、正道君? 僕もその家族の一員ってこと忘れてない? そうだよね?」
知るか! これは藤堂家の問題だ。上春家は何の関係もない。
義信さん刑事だったから、女の面倒を見る機会が少なかったのだろう。
刑事は休暇中でも、事件が起これば遠慮なく呼び出される。義信さんは特に少年課だ。不良の聖域などと不名誉な二つ名のある青島では激務だっただろう。
義信さんはまだ情状酌量の余地はある。しかし、女にはない。
懇願する息子をはねのけ、勝手に離婚した。それで、またやり直したいなんて、どれだけ虫のいい話をしてやがる。そっちのほうが許せるわけないだろうが。
「ウチは部外者ですけど、今は強はんのこと、話してるんと違います? 喧嘩なら、終わってからしてくれます?」
「朝乃宮さんの言う通りですよ。澪も正道さんも落ち着いて」
「そうだったな」
「……」
「……」
……しまった。つい、口論をしてしまった。何をやっているんだ、俺は。
とにかく、強の事と子犬の事をどうするかを決めなければならない。ただ、本人がいないところで決めてしまっていいのだろうか?
強は子供だが、それを理由にして、俺達だけで決めてしまっていいのか。
どうすればいい? いや、その前に、結局、子犬をどうするか、だよな。
まだ、再婚すると決まったわけではないこの状況で、誰が責任をもって飼うか。
俺達藤堂家か? それとも上春家で飼うのか?
上春家は経済が苦しい。藤堂家も犬一匹なら問題ないと思うが、それでも、お金が絡んでくる以上、安請け合いはできない。
それに義信さんの言うとおり、生き物だ。飼うのなら、最後まで面倒をみるべきだ。
ダメだ。考えが堂々巡りしている。何かいい案は……。
「お父さん、私が最後まで面倒をみますから、子犬を飼ってはいけませんか?」
「楓……お前……」
悩んでいる俺達に、楓さんが義信さんに提案した。義信さんはこの提案に大きく目を見開いている。
楓さんは、自分のことで要望や願いは言わない。楓さんが自分の要望を言うときは、家族の為だけだ。
娘の為に、孫の為に、楓さんはいつも助け舟を出してくれる。本当にいい祖母だと、誇りに思う。
義信さんも、いつも楓さんに支えられているからこそ、楓さんのお願いを無下にできないはず。
それに、楓さんは約束を守る人だ。たとえ、この再婚がダメになっても、楓さんは必ず子犬を最後まで世話をするだろう。
理由はきっと……。
「あ、あの、お義母さん。どうして、強の為にそこまでできるんですか?」
上春信吾の疑問に、楓さんは笑顔で迷うことなく、返事する。
「だって、強ちゃんはもう、私達の家族ですもの」
そうだ。楓さんは将来、自分の孫になるかもなるかもしれない強の為と、そこにある小さな命の為に提案してくれているのだ。
生き物を飼うのは大変だ。食事や散歩、病気等、いろいろ世話があるし、それを十年以上しなければならない。
その苦労を、たった一言で片づけてしまう楓さんは強い人だと、改めて実感させられる。
実際、楓さんは女を独立するまで育て上げ、何十年も義信さんを支えてきた実績がある。
それ故、誰も疑わない。楓さんならやり遂げると。
「お義父さん、お義母さん!」
上春信吾はいきなり畳に手をつき、畳につけるくらいに頭を深く下げた。この行動に、俺を含めて何事かと全員が目を丸くしている。
「子犬を飼わせていただけませんか? 強はきっと、子犬を見捨てることができないと思います。だから、飼ってやりたいんです。強は僕達に遠慮があって、我が儘一つ言いません。今回、子犬を飼いたいことが強の初めての我が儘なんです! 僕は親として、強の我が儘を叶えてやりたい。もちろん、この家を出ていくときには子犬も一緒に連れていきます! お願いします!」
「わ、私からもお願いします! 子犬を飼わせてください! 私も一生懸命、子犬の世話をしますから!」
上春信吾の土下座と上春の必死に頼み込む姿に俺は、ああっ、父親って子供のためなら見栄や恥を捨てて行動をとれるのかと感心させられ、上春信吾は本当に父親なのだと思ってしまった。
子供の為なら頭を下げるし、願いをかなえようと無茶をする。その姿に、俺は苛立ちと羨望を感じていた。
だからこそ、俺は……。
「……信吾君、咲君、キミ達の想いは分かった。決断する前に、正道、お前はどう思う?」
全員の視線が俺に集まる。俺だけがまだ、意思を表示していない。
子犬を飼うべきか? 里親を探すのか?
俺が出した答えは……。
「強君、少し話がある。来てくれるか?」
「……はい」
強が家に戻ってきてすぐ、玄関で待ち構えていた義信さんに呼び止められる。俺達はリビングでそのやりとりを聞いていた。
全員が緊張した面持ちで、誰も何も話さない。いつもは必要以上に話しかけてくる上春信吾も黙っていた。
これから、子犬をどうするのか、家族会議が始まる。すべては強次第だ。
リビングに強と義信さんが入ってきた。強もただ事ではないことを悟り、緊張した顔立ちになる。
全員がそろったところで、義信さんは話を始める。
「強君、単刀直入に聞く。今までどこにいっていた?」
「……」
強は怒られていると思っているのか、うつむき、何も言わない。
そんな強を、上春が強の手をぎゅっと握る。強は上春を見つめ、上春は心配ないよ、そう言いたげに微笑んでみせた。
そのぬくもりに勇気づけられたのか、強は義信さんに告白する。
「……公園で子犬にエサをあげていました」
「そうか。その犬は捨て犬か?」
「……そうです」
義信さんは考え事をするかのように目をつむり、腕を組む。ここからだ。
「強君。キミはどうしたい?」
強は何も言わない。言えるはずがない。
強は自分が我儘を言えば、また捨てられると思い込んでいるから、口にできないのだ。
他人に自分の我儘を言えないのはいい。だが、家族に自分の我儘を言えないのは納得いかない。
子供は親に甘えるのが当たり前だと思う。甘えすぎるのはそれで問題だが、まったく甘えないのはもっと問題だ。
親に甘えないことがストレスになり、今後に影響が出るのは目に見えている。ガス抜きが必要なのだ。
俺は義信さんに子犬をどうするかと尋ねられた時、提案した。強が子犬を飼いたいと意思を表示したら、子犬を飼ってほしいと。
義信さんは俺の意見を受け入れ、強が子犬を飼いたいと言えば飼う、遠慮したら飼い主を探すことになった。
上春や女は俺の意見を反対したが、義信さんは却下した。楓さんも俺の意見に賛成してくれた。
義信さんも楓さんも、俺と同じく強の態度に何か感じるものがあるのだろう。
強は口を閉ざしたまま、うつむいている。
飼いたいと言えば、自分がまた捨てられると思い、口に出来ない。
だが、我が儘を言わなければ、子犬と別れることになる。強は子犬を自分の姿に重ねている。
その子犬を見捨てるなど、強を置き去りにした両親と同じ行動をとることになる。
ただ一人残される痛みを、苦しみを知っている強に、子犬を見捨てる選択は激しい苦痛を伴う。
どちらも強にとっては耐え難い選択だろう。
それでも、俺は強に選択してほしい。子犬を飼いたいと言ってほしい。我が儘を言って欲しい。
こんな気持ちになるのはハーレム騒動以来だ。俺は押水に自分の意見を押し付けた。
だが、押水は俺の願いとは違う選択をしてしまった。そして、押水に関係した人達が皆、不幸になった。
もう二度と、あんなやりきれない想いはしたくない。
頼む、強。飼いたいといってくれ。我儘を言ってくれ。
でなければ、お前はいつまでたっても本当に上春家の家族になれないんだぞ。
強の出した答えは……。
「……ごめんなさい。もう二度と会いません。許してください」
ああっ、お前もその選択をするのか……どうして、思い通りにいかないんだ……。
どうしようもない脱力感と無気力感でめまいがする。
やはり、何も変えられないのか? 俺の考えは甘ったれの幻想だったのか?
「つ、強、子犬を飼ってもいいんだぞ? お金のことなら心配しなくていいから。僕にどんっと任せて……」
「……ごめんなさい。もう二度と会いません。許してください」
上春信吾の言葉すら届かない。上春信吾こそが一番の強の理解者であるのに……誰の声も強には届かない。なら、俺が何をしたって無駄だ……。
諦めかけたそのとき……。
「先輩」
「!」
なんだ? どうして、伊藤の声が聞こえたんだ?
ありえない幻聴に、俺は頭のモヤが消えていくのを感じた。諦めかけた心に、何かがこみあげてくる。
絶対にない事だが、もし、伊藤の声が聞こえたとして、伊藤は俺に何を伝えたかったのか?
いや、分かっている。伊藤は俺に諦めるなって言いたいんだ。
伊藤は同性愛問題や馬淵先輩の件、新見先生の件でも最後まで諦めずに、頑張ってきた。どんな困難にも立ち向かい、そして、結果を出した。
後輩の女の子が頑張ったのに、先輩である俺が諦めてしまっていいのか? そんなこと……納得できないよな、伊藤?
俺は腹に力を込めて、覚悟を決める。
貫くは己の意思。恥じるべきは自分を誤魔化すこと。
今度こそ……俺が望んだ未来を手にしてみせる。
女のヒステリックな声に、思考が止まる。みんな苦労するか……いい言葉だ。そのままそっくり返してやる。
黙り込む義信さんと責める女との間に、俺は話に割って入る。
「お前もな。俺の事を捨てるなら、最初から結婚なんてするな。自分にできないことを義信さんに押し付けて、自分は被害者面か? たいそうな身分だな」
「しつこいわよ! こうしてちゃんと迎えに来てあげてるでしょ! 男のくせにいつまでもグチグチと……」
「よ、よしなよ、澪さん。今は喧嘩している場合じゃないだろ? 正道君も落ち着いて」
「人様の家庭の事情に口出すな」
「いや、正道君? 僕もその家族の一員ってこと忘れてない? そうだよね?」
知るか! これは藤堂家の問題だ。上春家は何の関係もない。
義信さん刑事だったから、女の面倒を見る機会が少なかったのだろう。
刑事は休暇中でも、事件が起これば遠慮なく呼び出される。義信さんは特に少年課だ。不良の聖域などと不名誉な二つ名のある青島では激務だっただろう。
義信さんはまだ情状酌量の余地はある。しかし、女にはない。
懇願する息子をはねのけ、勝手に離婚した。それで、またやり直したいなんて、どれだけ虫のいい話をしてやがる。そっちのほうが許せるわけないだろうが。
「ウチは部外者ですけど、今は強はんのこと、話してるんと違います? 喧嘩なら、終わってからしてくれます?」
「朝乃宮さんの言う通りですよ。澪も正道さんも落ち着いて」
「そうだったな」
「……」
「……」
……しまった。つい、口論をしてしまった。何をやっているんだ、俺は。
とにかく、強の事と子犬の事をどうするかを決めなければならない。ただ、本人がいないところで決めてしまっていいのだろうか?
強は子供だが、それを理由にして、俺達だけで決めてしまっていいのか。
どうすればいい? いや、その前に、結局、子犬をどうするか、だよな。
まだ、再婚すると決まったわけではないこの状況で、誰が責任をもって飼うか。
俺達藤堂家か? それとも上春家で飼うのか?
上春家は経済が苦しい。藤堂家も犬一匹なら問題ないと思うが、それでも、お金が絡んでくる以上、安請け合いはできない。
それに義信さんの言うとおり、生き物だ。飼うのなら、最後まで面倒をみるべきだ。
ダメだ。考えが堂々巡りしている。何かいい案は……。
「お父さん、私が最後まで面倒をみますから、子犬を飼ってはいけませんか?」
「楓……お前……」
悩んでいる俺達に、楓さんが義信さんに提案した。義信さんはこの提案に大きく目を見開いている。
楓さんは、自分のことで要望や願いは言わない。楓さんが自分の要望を言うときは、家族の為だけだ。
娘の為に、孫の為に、楓さんはいつも助け舟を出してくれる。本当にいい祖母だと、誇りに思う。
義信さんも、いつも楓さんに支えられているからこそ、楓さんのお願いを無下にできないはず。
それに、楓さんは約束を守る人だ。たとえ、この再婚がダメになっても、楓さんは必ず子犬を最後まで世話をするだろう。
理由はきっと……。
「あ、あの、お義母さん。どうして、強の為にそこまでできるんですか?」
上春信吾の疑問に、楓さんは笑顔で迷うことなく、返事する。
「だって、強ちゃんはもう、私達の家族ですもの」
そうだ。楓さんは将来、自分の孫になるかもなるかもしれない強の為と、そこにある小さな命の為に提案してくれているのだ。
生き物を飼うのは大変だ。食事や散歩、病気等、いろいろ世話があるし、それを十年以上しなければならない。
その苦労を、たった一言で片づけてしまう楓さんは強い人だと、改めて実感させられる。
実際、楓さんは女を独立するまで育て上げ、何十年も義信さんを支えてきた実績がある。
それ故、誰も疑わない。楓さんならやり遂げると。
「お義父さん、お義母さん!」
上春信吾はいきなり畳に手をつき、畳につけるくらいに頭を深く下げた。この行動に、俺を含めて何事かと全員が目を丸くしている。
「子犬を飼わせていただけませんか? 強はきっと、子犬を見捨てることができないと思います。だから、飼ってやりたいんです。強は僕達に遠慮があって、我が儘一つ言いません。今回、子犬を飼いたいことが強の初めての我が儘なんです! 僕は親として、強の我が儘を叶えてやりたい。もちろん、この家を出ていくときには子犬も一緒に連れていきます! お願いします!」
「わ、私からもお願いします! 子犬を飼わせてください! 私も一生懸命、子犬の世話をしますから!」
上春信吾の土下座と上春の必死に頼み込む姿に俺は、ああっ、父親って子供のためなら見栄や恥を捨てて行動をとれるのかと感心させられ、上春信吾は本当に父親なのだと思ってしまった。
子供の為なら頭を下げるし、願いをかなえようと無茶をする。その姿に、俺は苛立ちと羨望を感じていた。
だからこそ、俺は……。
「……信吾君、咲君、キミ達の想いは分かった。決断する前に、正道、お前はどう思う?」
全員の視線が俺に集まる。俺だけがまだ、意思を表示していない。
子犬を飼うべきか? 里親を探すのか?
俺が出した答えは……。
「強君、少し話がある。来てくれるか?」
「……はい」
強が家に戻ってきてすぐ、玄関で待ち構えていた義信さんに呼び止められる。俺達はリビングでそのやりとりを聞いていた。
全員が緊張した面持ちで、誰も何も話さない。いつもは必要以上に話しかけてくる上春信吾も黙っていた。
これから、子犬をどうするのか、家族会議が始まる。すべては強次第だ。
リビングに強と義信さんが入ってきた。強もただ事ではないことを悟り、緊張した顔立ちになる。
全員がそろったところで、義信さんは話を始める。
「強君、単刀直入に聞く。今までどこにいっていた?」
「……」
強は怒られていると思っているのか、うつむき、何も言わない。
そんな強を、上春が強の手をぎゅっと握る。強は上春を見つめ、上春は心配ないよ、そう言いたげに微笑んでみせた。
そのぬくもりに勇気づけられたのか、強は義信さんに告白する。
「……公園で子犬にエサをあげていました」
「そうか。その犬は捨て犬か?」
「……そうです」
義信さんは考え事をするかのように目をつむり、腕を組む。ここからだ。
「強君。キミはどうしたい?」
強は何も言わない。言えるはずがない。
強は自分が我儘を言えば、また捨てられると思い込んでいるから、口にできないのだ。
他人に自分の我儘を言えないのはいい。だが、家族に自分の我儘を言えないのは納得いかない。
子供は親に甘えるのが当たり前だと思う。甘えすぎるのはそれで問題だが、まったく甘えないのはもっと問題だ。
親に甘えないことがストレスになり、今後に影響が出るのは目に見えている。ガス抜きが必要なのだ。
俺は義信さんに子犬をどうするかと尋ねられた時、提案した。強が子犬を飼いたいと意思を表示したら、子犬を飼ってほしいと。
義信さんは俺の意見を受け入れ、強が子犬を飼いたいと言えば飼う、遠慮したら飼い主を探すことになった。
上春や女は俺の意見を反対したが、義信さんは却下した。楓さんも俺の意見に賛成してくれた。
義信さんも楓さんも、俺と同じく強の態度に何か感じるものがあるのだろう。
強は口を閉ざしたまま、うつむいている。
飼いたいと言えば、自分がまた捨てられると思い、口に出来ない。
だが、我が儘を言わなければ、子犬と別れることになる。強は子犬を自分の姿に重ねている。
その子犬を見捨てるなど、強を置き去りにした両親と同じ行動をとることになる。
ただ一人残される痛みを、苦しみを知っている強に、子犬を見捨てる選択は激しい苦痛を伴う。
どちらも強にとっては耐え難い選択だろう。
それでも、俺は強に選択してほしい。子犬を飼いたいと言ってほしい。我が儘を言って欲しい。
こんな気持ちになるのはハーレム騒動以来だ。俺は押水に自分の意見を押し付けた。
だが、押水は俺の願いとは違う選択をしてしまった。そして、押水に関係した人達が皆、不幸になった。
もう二度と、あんなやりきれない想いはしたくない。
頼む、強。飼いたいといってくれ。我儘を言ってくれ。
でなければ、お前はいつまでたっても本当に上春家の家族になれないんだぞ。
強の出した答えは……。
「……ごめんなさい。もう二度と会いません。許してください」
ああっ、お前もその選択をするのか……どうして、思い通りにいかないんだ……。
どうしようもない脱力感と無気力感でめまいがする。
やはり、何も変えられないのか? 俺の考えは甘ったれの幻想だったのか?
「つ、強、子犬を飼ってもいいんだぞ? お金のことなら心配しなくていいから。僕にどんっと任せて……」
「……ごめんなさい。もう二度と会いません。許してください」
上春信吾の言葉すら届かない。上春信吾こそが一番の強の理解者であるのに……誰の声も強には届かない。なら、俺が何をしたって無駄だ……。
諦めかけたそのとき……。
「先輩」
「!」
なんだ? どうして、伊藤の声が聞こえたんだ?
ありえない幻聴に、俺は頭のモヤが消えていくのを感じた。諦めかけた心に、何かがこみあげてくる。
絶対にない事だが、もし、伊藤の声が聞こえたとして、伊藤は俺に何を伝えたかったのか?
いや、分かっている。伊藤は俺に諦めるなって言いたいんだ。
伊藤は同性愛問題や馬淵先輩の件、新見先生の件でも最後まで諦めずに、頑張ってきた。どんな困難にも立ち向かい、そして、結果を出した。
後輩の女の子が頑張ったのに、先輩である俺が諦めてしまっていいのか? そんなこと……納得できないよな、伊藤?
俺は腹に力を込めて、覚悟を決める。
貫くは己の意思。恥じるべきは自分を誤魔化すこと。
今度こそ……俺が望んだ未来を手にしてみせる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる