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一章

一話 こんなの家族じゃねぇ! その八

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 結局、俺は夜の九時に家に帰った。
 図書館やファーストフード店で時間をつぶし、上春達と顔を合わせるのを避けてしまった。これでは逃げているだけだ。
 どうせ、逃げられないのに、こんな子供じみたことをしてしまうなんて……情けない。
 早くアイツらを、追い出さないと……。

「おかえりなさい、正道さん。すぐに夕飯を用意しますね」
「……今帰りました、楓さん。お手を煩わせるわけにはいきませんので、自分で用意します」

 楓さんは今日の朝の出来事には何もふれず、笑顔で話しかけてくれる。それがありがたくもあり、申し訳ない気持ちになる。
 久しぶりの一人の食事は味気なく、それでも、気楽に食べることができた。
 ご飯を食べ終わり、食器を片付けようとしたとき、台所の流し台には弁当箱が詰まれていた。

「?」

 おかしい。先に楓さん達は夕飯を食べ終わり、食器を片付けているはずだ。そのときに、弁当箱も洗っているはず。
 どうして、弁当箱だけ洗っていないのか? 俺に洗えというのだろうか?

 無言の非難。
 俺はそう受け止めていた。確かに俺の態度は悪かった。非難されてもおかしくはない。
 そう思い、弁当箱のふたを開けると……。

「なんだ?」

 弁当の中に、何か紙切れが入っていた。小さな紙で、四つ折りにされている。中は綺麗に洗っていた。
 これは何を意味しているのか? 弁当に紙なんて入れるはずがない。連中が入れたのか?
 俺はその紙切れを開くと……。


『いつも美味しい弁当、ありがとさん!』

 
「……」

 上春信吾の字か?
 俺は他の弁当の蓋も開けてみる。全ての弁当箱に、同じように紙切れが入っていた。


『美味しかったです。ありがとうございます、兄さん』
『ありがとう、正道』
『今夜、部屋に来なさい』


 上春、あの女、義信さんのそれぞれの直筆のメッセージが残されていた。
 上春の礼儀正しさ、あの女のぶっきらぼうさ、義信さんの説教の呼び出し、各々の個性が出ていて、面白い。
 口元が自然に緩んでしまう。俺は湧き上がる想いを無理に抑え込もうとするが、抑えきれない。我慢の限界だ。

 つい、笑ってしまった。
 さて、さっさと片付けて義信さんの部屋に行こう。怒られる事は分かっているがそれでも、気が楽だった。
 上春家を追い出す算段はきれいさっぱりとなくなり、足取りも軽かった。
 俺はメモ書きをポケットにしまいながら、明日の弁当のおかずは何にしようかと思いめぐらせていた。一つだけ、おかずの候補はある。
 絶対にプチトマトは入れてやろう。
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