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一章
一話 こんなの家族じゃねぇ! その三
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こうして、俺達家族と上春一家の同居が始まった。
最初は戸惑うことが多かった。お互いの生活リズムやルールがぶつかりあって、うまくいかないのだ。
朝食一つでもそうだ。ご飯かパンで意見がぶつかり合う。
藤堂家はご飯派だが、上春家はパン派。どうしても、パンが食べたいと女が愚痴るので、週に三回、パンの日ができた。
パンといっても、食パン、バターロール、クロアッサン等、たくさん種類があり、マーガリン、バター、ジャムといった調味料も必要となる。
ただでさえ、食い扶持が増えたことで、冷蔵庫が飽和状態なのに、調味料が増えたりすると更に冷蔵庫の中が圧迫する。
それに飲み物も加わる。藤堂家は熱いお茶がメインとなり、冷蔵庫にはミネラルウォーターや麦茶くらいしかなかったが、上春達がジュースやビール、牛乳といった飲み物を欲し、冷蔵庫はパンパンだ。
冬は問題ないだろうが、夏はあまり冷えないのではないかと心配になる。
冷えないだけならいいが、腐ったりすると厄介だ。頭を悩ませる問題がどんどん浮き彫りになっていく。
それ以外にも、上春は朝からお風呂に入るので、洗面所がその間、使えないし、上春信吾のトイレが長い。新聞を読みながらトイレを占拠するので、待たされるのだ。
ジョギングで汗をかいているので、俺が先にシャワーだけ使わせてもらっているが、いつもより早く使用しないといけないので、時間が圧迫されてしまう。
一番厄介なのが、弁当だ。
今までは俺と義信さんの分だけでよかったが、上春一家が来てから、上春と上春信吾、女の三人分が増えた。
驚いた事に、女はパートで働いていた。
専業主婦だったのに働いているってことは、上春信吾とその家族の為だろう。それだけ、この結婚は本気で考えいてることがわかる。
ちなみに、上春信吾は朝の新聞配達と単発のバイトで収入を得ていた。
五人分の弁当を作るのは思っていたよりも大変で、手間もかかる。俺と義信さんの時はのり弁でもいいくらいだったが、上春の弁当を作るとなると、そうはいかない。
友達と食べる弁当が男くさい弁当では、上春が恥をかいてしまう可能性がある。そう考えると、弁当の具にも気を使わなければならないのだ。
朝だけでも、これだけ多くの変化が出てくる。全然心が休まらない。
もちろん、それだけではない。俺にルームメイトができたこともストレスの原因となっている。
上春強。
上春の弟で小学五年生の男の子。
さらっとした長めの髪に、細く長い眉毛、きりっとした目。スマートな体格は美少年といってもいいだろう。ただ、寡黙で何を考えているのか分からない。
俺も人と話すのはそう得意ではないが、お互い何も話さないので、少々居心地が悪い。話したいことは沢山あるのに……。
上春強は何を考えているのか? この結婚をどう思っているのか?
上春強は何も語らない。
だから、何も分からないし、伝わらない。こんなものが家族と呼べるのだろうか?
唯一、俺と血のつながりのある女とは冷戦状態だ。
会話なんてない。話しかけられても無視している。そのたびに女はヒステリックに怒鳴るが、どうでもいいことだ。ウザくて仕方ない。
不思議だった。あの女に感じる嫌悪感は、俺をイジメていたヤツら以上に感じてしまう。赤の他人よりも、血を分けた家族の方が憎しみを抱いてしまうのだ。
愛情の深さも憎悪の念も、家族だとより深くなってしまうのか。本当に厄介だ。
悩みは上春家の事だけではなく、朝乃宮の存在が新たな悩みの種になっている。
上春いるところ朝乃宮あり。朝から晩まで朝乃宮が押しかけてくる為、義信さんからある命令が下されている。
朝乃宮が帰るとき、家まで送るという拷問だ。
朝乃宮は古武術をたしなんでいるので、はっきり言って俺よりも強い。なので、ボディガードは必要ないと思うのだが、夜道を女性一人歩かせるのはよろしくないとのことだ。
そんなわけで朝乃宮を送ることになったのだが、会話なんて一言もない。犬猿の仲なので、話す事なんて何もないし、朝乃宮と話したい事なんて一つもない。
お互い沈黙のまま、十二月の寒い夜道を歩くのは苦痛でしかなかった。
とにかく、俺の日常は上春家が来たことで大きく変わり、ストレスをため込む毎日になっていった。
昼休み、左近の依頼で一年の教室に来ていた。
一人の生徒を呼び出してほしいとのことだが、その生徒が何をしでかしたのかは聞いていない。ただ、要注意人物である可能性が高い。押水のような例もある。
隣にはもう、相棒はいない。一人でやるしかない。
俺はつい笑ってしまった。いつも一人だろ? 相棒なんていなくてもどうでもいいことではないか。
伊藤とコンビを組んだのは三ヶ月程度だ。しかも、途中でコンビを解消したこともあるので、時間的にはもっと短い。なのに、ずっと二人で頑張ってきた気がする。
伊藤の存在の大きさを改めて実感してしまう。
もし、今隣に伊藤がいてくれたら、家族について愚痴をこぼすことが出来たのだろうか?
……バカか、俺は。いつまで伊藤に甘えるつもりなんだ。俺のせいでコンビは解消したのに……。
俺は気合いを入れ直し、問題の一年のいる教室をドア越しに確認する。
目的の人物は……いないようだ。昼休みなので学食か、購買に移動している可能性があるな。
仕方ない、少し待たせてもらおう。教室から離れようとしたとき、一人の生徒が目に入った。
上春だ。そうか、ここは上春のクラスか。
上春は友達二人とともに昼食を食べている。おしゃべりしながら楽しそうに昼休みを過ごしている上春に、俺は少し安堵していた。
男と一緒に暮らしている、これは一種のスキャンダルになりかねない。青島祭が終わり、二学期の残りのイベントといえば、期末テストくらいだ。
娯楽のないこの時期、スキャンダルは格好の餌食となるだろう。その前兆がないところをみると、まだ俺達の事は周りに知られていないようだ。
上春はクラスに浮いているわけでもなく、普通に過ごしている。俺達風紀委員はその職務柄、嫌われやすく、クラスで浮きやすい。いや、俺くらいか、嫌われているのは。
そういえば、伊藤がよく、俺を輪の中に入れようとしていたな。
気持ちは嬉しかったが、一人の方が気楽でいい。まあ、独り者の強がりともいえなくもないが。
そんなことを考えていると……。
「ここに何か用ですか、藤堂先輩」
「下級生の女の子見てるなんて、不審者っぽいし」
棘のある言葉を投げつけられ、振り向いてみると、二人の女子生徒が俺を睨んでいた。
この二人に見覚えがある。確か、伊藤といつも一緒にいる、るりか、明日香と伊藤が呼んでいたな。
二人は俺を嫌悪するように睨んでいる。心当たりがあるとしたら、やはり、伊藤の事だろう。
二人は伊藤の親友だ。その親友を傷つけた俺は二人にとって仇敵以外何者でもない。
俺は黙って二人の非難する目を受け止めていた。
「あの、ここにいられたらほのかと鉢合わせになるんで、消えてもらえませんか?」
「今更ほのかに話すことなんて、ないですよね? ありえないし。っていうか、一年の教室に来るなし」
ずいぶんな嫌われようだ。自業自得とはいえ、少し辛いものがある。
だが、自分の都合で問題児を見過ごすわけにはいかない。たとえ、罵られようとも。
「悪いが、問題のある生徒がいる限り、俺はどこへだっていく。伊藤に会わないよう気を付けるが、指図されるいわれはない」
「っ! この、ほのかがどんな想いで過ごしているか知らないくせに! よほど死にたいらしいですね、藤堂先輩」
るりかが目を細め、殺意を俺に向けてきた。
本気か……この女。
目の前のるりかは、いつものふざけた態度ではなく、そこいらの不良に負けない殺気を俺に放っている。
コイツ、油断できない。
俺は臨時体勢に入る。最悪、喧嘩になる可能性もあるが、仕方ない。本気でいく。
俺の姿を見て、るりかが嘲るように笑った。
最初は戸惑うことが多かった。お互いの生活リズムやルールがぶつかりあって、うまくいかないのだ。
朝食一つでもそうだ。ご飯かパンで意見がぶつかり合う。
藤堂家はご飯派だが、上春家はパン派。どうしても、パンが食べたいと女が愚痴るので、週に三回、パンの日ができた。
パンといっても、食パン、バターロール、クロアッサン等、たくさん種類があり、マーガリン、バター、ジャムといった調味料も必要となる。
ただでさえ、食い扶持が増えたことで、冷蔵庫が飽和状態なのに、調味料が増えたりすると更に冷蔵庫の中が圧迫する。
それに飲み物も加わる。藤堂家は熱いお茶がメインとなり、冷蔵庫にはミネラルウォーターや麦茶くらいしかなかったが、上春達がジュースやビール、牛乳といった飲み物を欲し、冷蔵庫はパンパンだ。
冬は問題ないだろうが、夏はあまり冷えないのではないかと心配になる。
冷えないだけならいいが、腐ったりすると厄介だ。頭を悩ませる問題がどんどん浮き彫りになっていく。
それ以外にも、上春は朝からお風呂に入るので、洗面所がその間、使えないし、上春信吾のトイレが長い。新聞を読みながらトイレを占拠するので、待たされるのだ。
ジョギングで汗をかいているので、俺が先にシャワーだけ使わせてもらっているが、いつもより早く使用しないといけないので、時間が圧迫されてしまう。
一番厄介なのが、弁当だ。
今までは俺と義信さんの分だけでよかったが、上春一家が来てから、上春と上春信吾、女の三人分が増えた。
驚いた事に、女はパートで働いていた。
専業主婦だったのに働いているってことは、上春信吾とその家族の為だろう。それだけ、この結婚は本気で考えいてることがわかる。
ちなみに、上春信吾は朝の新聞配達と単発のバイトで収入を得ていた。
五人分の弁当を作るのは思っていたよりも大変で、手間もかかる。俺と義信さんの時はのり弁でもいいくらいだったが、上春の弁当を作るとなると、そうはいかない。
友達と食べる弁当が男くさい弁当では、上春が恥をかいてしまう可能性がある。そう考えると、弁当の具にも気を使わなければならないのだ。
朝だけでも、これだけ多くの変化が出てくる。全然心が休まらない。
もちろん、それだけではない。俺にルームメイトができたこともストレスの原因となっている。
上春強。
上春の弟で小学五年生の男の子。
さらっとした長めの髪に、細く長い眉毛、きりっとした目。スマートな体格は美少年といってもいいだろう。ただ、寡黙で何を考えているのか分からない。
俺も人と話すのはそう得意ではないが、お互い何も話さないので、少々居心地が悪い。話したいことは沢山あるのに……。
上春強は何を考えているのか? この結婚をどう思っているのか?
上春強は何も語らない。
だから、何も分からないし、伝わらない。こんなものが家族と呼べるのだろうか?
唯一、俺と血のつながりのある女とは冷戦状態だ。
会話なんてない。話しかけられても無視している。そのたびに女はヒステリックに怒鳴るが、どうでもいいことだ。ウザくて仕方ない。
不思議だった。あの女に感じる嫌悪感は、俺をイジメていたヤツら以上に感じてしまう。赤の他人よりも、血を分けた家族の方が憎しみを抱いてしまうのだ。
愛情の深さも憎悪の念も、家族だとより深くなってしまうのか。本当に厄介だ。
悩みは上春家の事だけではなく、朝乃宮の存在が新たな悩みの種になっている。
上春いるところ朝乃宮あり。朝から晩まで朝乃宮が押しかけてくる為、義信さんからある命令が下されている。
朝乃宮が帰るとき、家まで送るという拷問だ。
朝乃宮は古武術をたしなんでいるので、はっきり言って俺よりも強い。なので、ボディガードは必要ないと思うのだが、夜道を女性一人歩かせるのはよろしくないとのことだ。
そんなわけで朝乃宮を送ることになったのだが、会話なんて一言もない。犬猿の仲なので、話す事なんて何もないし、朝乃宮と話したい事なんて一つもない。
お互い沈黙のまま、十二月の寒い夜道を歩くのは苦痛でしかなかった。
とにかく、俺の日常は上春家が来たことで大きく変わり、ストレスをため込む毎日になっていった。
昼休み、左近の依頼で一年の教室に来ていた。
一人の生徒を呼び出してほしいとのことだが、その生徒が何をしでかしたのかは聞いていない。ただ、要注意人物である可能性が高い。押水のような例もある。
隣にはもう、相棒はいない。一人でやるしかない。
俺はつい笑ってしまった。いつも一人だろ? 相棒なんていなくてもどうでもいいことではないか。
伊藤とコンビを組んだのは三ヶ月程度だ。しかも、途中でコンビを解消したこともあるので、時間的にはもっと短い。なのに、ずっと二人で頑張ってきた気がする。
伊藤の存在の大きさを改めて実感してしまう。
もし、今隣に伊藤がいてくれたら、家族について愚痴をこぼすことが出来たのだろうか?
……バカか、俺は。いつまで伊藤に甘えるつもりなんだ。俺のせいでコンビは解消したのに……。
俺は気合いを入れ直し、問題の一年のいる教室をドア越しに確認する。
目的の人物は……いないようだ。昼休みなので学食か、購買に移動している可能性があるな。
仕方ない、少し待たせてもらおう。教室から離れようとしたとき、一人の生徒が目に入った。
上春だ。そうか、ここは上春のクラスか。
上春は友達二人とともに昼食を食べている。おしゃべりしながら楽しそうに昼休みを過ごしている上春に、俺は少し安堵していた。
男と一緒に暮らしている、これは一種のスキャンダルになりかねない。青島祭が終わり、二学期の残りのイベントといえば、期末テストくらいだ。
娯楽のないこの時期、スキャンダルは格好の餌食となるだろう。その前兆がないところをみると、まだ俺達の事は周りに知られていないようだ。
上春はクラスに浮いているわけでもなく、普通に過ごしている。俺達風紀委員はその職務柄、嫌われやすく、クラスで浮きやすい。いや、俺くらいか、嫌われているのは。
そういえば、伊藤がよく、俺を輪の中に入れようとしていたな。
気持ちは嬉しかったが、一人の方が気楽でいい。まあ、独り者の強がりともいえなくもないが。
そんなことを考えていると……。
「ここに何か用ですか、藤堂先輩」
「下級生の女の子見てるなんて、不審者っぽいし」
棘のある言葉を投げつけられ、振り向いてみると、二人の女子生徒が俺を睨んでいた。
この二人に見覚えがある。確か、伊藤といつも一緒にいる、るりか、明日香と伊藤が呼んでいたな。
二人は俺を嫌悪するように睨んでいる。心当たりがあるとしたら、やはり、伊藤の事だろう。
二人は伊藤の親友だ。その親友を傷つけた俺は二人にとって仇敵以外何者でもない。
俺は黙って二人の非難する目を受け止めていた。
「あの、ここにいられたらほのかと鉢合わせになるんで、消えてもらえませんか?」
「今更ほのかに話すことなんて、ないですよね? ありえないし。っていうか、一年の教室に来るなし」
ずいぶんな嫌われようだ。自業自得とはいえ、少し辛いものがある。
だが、自分の都合で問題児を見過ごすわけにはいかない。たとえ、罵られようとも。
「悪いが、問題のある生徒がいる限り、俺はどこへだっていく。伊藤に会わないよう気を付けるが、指図されるいわれはない」
「っ! この、ほのかがどんな想いで過ごしているか知らないくせに! よほど死にたいらしいですね、藤堂先輩」
るりかが目を細め、殺意を俺に向けてきた。
本気か……この女。
目の前のるりかは、いつものふざけた態度ではなく、そこいらの不良に負けない殺気を俺に放っている。
コイツ、油断できない。
俺は臨時体勢に入る。最悪、喧嘩になる可能性もあるが、仕方ない。本気でいく。
俺の姿を見て、るりかが嘲るように笑った。
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