上 下
350 / 521
十一章

十一話 決着 その二

しおりを挟む
「俺のこと、無視してるんじゃねえぞ、お前ら!」

 俺の怒声に、場が一気に静まりかえる。
 俺はここにいるF組の生徒を一人一人睨みつけながら、更に怒鳴りつけた。

「お前ら、何被害者ヅラしてやがるんだ! 加害者だろうが、お前らは! お前らに井波戸を責める資格なんてねえんだよ!」
「はあ? なんで俺達が加害者なんだよ! 俺達だって騙されてたんだぞ! 被害者だろうが!」

 自分は無実だと主張する生徒に、俺はその生徒の肩を掴み、至近距離で睨みつけた。

「アホか、お前は。騙される方が悪いんだよ! お前が間抜けだから、考えが足りないから騙されるんだ。そこんとこ、いい加減に自覚しろ、ボケ!」

 本当は騙す方が悪い。
 だが、ここでそんなことを言ってしまうと、俺の思惑通りにいかないので、乱暴な態度をとることにする。
 全ての悪意が俺に向くようにするために……。

「お前ら、そろいもそろってバカなのか? 教科書に書かれたことしか暗記できないのか? 自分の頭で考えて行動できないのか? 結局、お前らは口だけで、平村さんを助けることができなかっただろうが! 白部さんがなぜ、平村さんをいじめていたのか、それすら気づいてやれなかっただろうが! そのくせ、仲間を護るだ? 大切だ? 寝言は寝ていえ、カスどもが!」

 言いたいように言われ、F組の生徒達は徐々に井波戸から俺へと怒りをシフトしていく。
 不満げな顔をして俺を睨んでいるのがその証拠だ。
 俺は更にF組を罵倒する。

「なんだ、その目は? 何か言いたいことがあるのか? だったら、はっきり言え!」
「お、俺達だって、イジメを止めようとした! 何もしてこなかったわけじゃない!」
「そうよ! 何も知らないくせに偉そうなこと言わないで!」
「そうだそうだ!」

 イジメを止めようとしただと? 笑わせる。最高に面白い冗談だ。
 だったら、なぜ、イジメは止まらなかったんだ?
 白部が平村をイジメてきたのは昨日今日じゃないだろうが。呆れてため息しか出てこない。

「……本当に救いようのないヤツらだな。お前らのやっていることは自己満足だろ? ただそう思い込んで自分に酔いしれているだけだろ? 偉そうに言ってるんじゃねえよ」
「んだと! 俺達は本当に……」
「だったら、なぜ、イジメは止まらなかった? お前達よりもずっと後になってイジメに気づいた赤の他人の俺が、たった一週間程度でイジメを止めることが出来たんだぞ。イジメを止めることが出来なかったお前達は一体何をしていたんだ? 俺よりもずっと時間があったのにな。遊んでいたのか? それとも、やる気がなかったのか? 平村さんも、白部さんだってずっと苦しんできたんだぞ。なのに、お前達は一番二人のそばにいながら助けなかった。たいした友情だな。お前らにはっきり言わせてもらうぞ。イジメを止められなかったお前達も井波戸さんと同じく同罪なんだよ! 仲間が傷ついているのに、どうして手を差しのばさなかったんだ、この薄情者どもが!」

 俺の指摘に今度こそ、F組の生徒は打ちのめされたように反論しなくなった。
 俺が言っていることは事実だ。F組の生徒は平村のイジメを止めることが出来ず、俺は短期間でイジメをやめさせることが出来た。
 こっちには実績があるのだ。実績のない無能が何を言っても説得力はない。そのことはここにいる全員が分かっているのだろう。

 それでも、感情は納得いかない。俺に言いたいように言われ、認めている部分もあるが、反発したい気持ちもあるはずだ。なぜ、そこまで言われなければならないのかと。

 下地は整ったな。
 俺はとどめと言わんばかりに、今度は井波戸の胸ぐらを思いっきり乱暴に掴んだ。

「おい、井波戸、分かっているのか? お前のせいだぞ。お前の身勝手な行動のせいでここにいる全員が迷惑してるんだ。ケジメをつけてもらうぞ」
「ケ、ケジメって何……まさか、暴力でも振るう気? 野蛮ね……私を殴ったら新聞部でスクープにしてあげ……」

 俺はゆっくりと拳を構える。精一杯強がっている井波戸に向かって。井波戸はあまりの恐怖に言葉が続かない。
 井波戸は自分が殴られるなんて夢にも思っていないのだろう。目の前の現実を受け入れられないのだろう。

 そんなはずはない……そんなはずはない……。

 そんな井波戸の心の声が聞こえてくるような気がした。
 真っ青な顔をした井波戸に、俺は言葉を叩きつける。

「白部さんも平村さんも信じられなかっただろうな。親友のお前が裏切っていたなんて。期待は裏切られるものだろ? だったら、俺もお前の期待を裏切ってやる。歯を食いしばれ!」

 俺は井波戸を突き放し、距離をあける。俺の拳が最も効果的な威力を発揮する距離を作り出す。
 井波戸はぎゅっと目をつぶる。周りの生徒の緊迫した姿が目に映る。
 俺は思いっきり握りしめた右拳を井波戸の顔面に向かって突きだそうとした。

 鈍い打撃音と悲鳴が屋上に響き渡る。意外な展開に誰もが混乱していた。
 なぜなら、この場で殴られたのは俺だからだ。
 そして、俺を殴ったのは……。

「いけませんえ、藤堂はん。女の子に、堅気かたぎの子に暴力をふるうやなんて」

 朝乃宮が微笑みを浮かべながら、木刀を握っている。俺が井波戸を殴る瞬間、朝乃宮が木刀で俺を殴ってきたのだ。
 俺の額から血が流れ落ちる。その血を見て、誰もが言葉を発することが出来ない。

 ここにいる誰もが思っているだろう。
 朝乃宮がなぜ、同じ風紀委員である俺を木刀で殴ったのか。
 俺からしてみれば、朝乃宮の行動は別に驚くべき事ではないのだがな。いろんな意味で。
 朝乃宮はF組の生徒に向かって頭を下げる。

「藤堂はんの暴挙に関しまして、ウチが謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした」

 朝乃宮の凜とした美しいお辞儀に誰もが見とれていた。
 綺麗な姿勢と振る舞いはこの異様に満ちた空気にそぐわず、F組の生徒は何を言ったらいいのか、分からないといったところか。
 特に井波戸は陥れようとした風紀委員に助けられるとは想像すらできなかっただろう。尻餅をついたまま、呆然としていた。
 この異様な雰囲気に最初に動き出すことが出来たのは、意外な人物だった。

「だ、大丈夫、美花里ちゃん!」

 平村は顔を真っ青にしながら目に涙を溜め、足を震わせながら井波戸の元へと歩み寄る。井波戸を護るように抱きしめ、俺を睨みつけてきた。

「ひ、酷いです、藤堂先輩! 美花里ちゃんをこれ以上、いじめないで!」

 イジメないでか……お前が井波戸にいじめられていたのを忘れたのか?
 俺は平村に問いかける。

「……平村さん。自分のやっていることが分かっているのか? そこにいるヤツは、キミたちを散々苦しめてきた元凶だぞ? キミが一番、彼女を断罪する権利があるんだぞ。それを……」
「もういいんです! 私はもう、美花里ちゃんが……大切な友達が傷つくのを見たくないんです! 大切な……大切な……友達なんです……友達……なんです」
「……」

 友達か……。
 俺は井波戸に視線を向ける。井波戸は目を大きく見開き、泣きじゃくりながら必死に俺を睨みつける平村を見つめていた。

 なあ、井波戸。
 確かに平村は愚かだよな。
 自分をいじめてきた相手を、陥れてきた相手を本気でかばっている。友達だと叫びながら、必死にかばっている。救いようのない愚か者だ。

 でもな、井波戸。
 ここまで愚かで優しいヤツを、俺は知らないよ。
 友達のために涙を流せるヤツを、自分の為に涙を流してくれるヤツを、俺は心底憎む事なんて出来ないよ。この中で一番仲間想いのいい子じゃないか。

 なあ、お前はどうなんだ井波戸。平村に対して憎しみしかなかったのか? 嫌悪しかなかったのか?
 俺の心の声なんて井波戸には届かないだろう。でも、平村の声ならば、涙ならば、きっと井波戸の心に届くだろう。

 俺のやるべき事は終わった。
 俺は平村達に背を向け歩き出す。その途中で朝乃宮に頭を軽く下げ、その場を去ることにした。
 これでこの一件は幕引きだ。俺の茶番もここまでだ。
 俺は屋上のドアを開けたとき。

「……ありがとう」

 白部のか細い声がすれ違いざま聞こえてきた。
 俺は何も言わずに、屋上を後にした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18百合】会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:11

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:51

悪人喰らいの契約者。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:31

異世界 無限転生!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:190

俺の雄っぱいに愛と忠誠を誓え!

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:22

ミニミニ探偵物語

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

ホラー短編

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

美幼女の女神様を幸せにしたいだけなのに執着されていました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:42

処理中です...