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十章

十話 真相 その六

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「掃除ロッカーに真子を閉じ込めるよう奏水に提案したのは私なの。奏水は反対したけど、私は奏水を説得したわ。真子は全然反省していない。イジメられても全く堪えていない。奏水のことなんてどうでもいいと思い始めているって。だから、舐められないよう、親友を裏切った仕打ちを忘れないよう、過激なことをして真子の心に刻んであげようって奏水に提案したわ。奏水は真子が自分を無視するなんて許せないって言っていたけど、心のどこかでは真子に無視されたくないって思ったのでしょうね。条件付きで私の提案を受け入れたわ」

 なるほどな、ようやく理解できた。
 ずっと思っていたんだ。白部の事を知れば知るほど、疑問に思っていたんだ。
 平村を掃除ロッカーに閉じ込めたのは、本当に白部の意思だったのかと。
 白部は認めていたが、それでも、白部の性格からして平村を、人を掃除ロッカーに閉じ込める事の出来るヤツなのか、白部はそんな卑劣なヤツじゃないって感じていたんだ。

 先週の土曜日、左近達と打ち合わせしていたときに、白部と平村が腕時計盗難事件の犯人ではないと確信していたときにうまれた疑問がやっと解消された。

「酷い……酷すぎます! 掃除ロッカーに閉じ込めて放置するなんて、井波戸さんの方がよほど悪いじゃないですか! 奏水さんをそそのかして、真子さんをいじめるなんて最低です!」

 上春は井波戸を糾弾するが、井波戸は鼻で笑い飛ばす。

「そう? 私は悪意を持って真子をいじめてきたけど、真子は悪意なしで周りを不快な気持ちにさせてきたわ。これってどっちが酷いと思う? 私は無自覚な悪意の方が悪質だと思うわ。悪意がない分、自分が悪い事をしていると自覚すらない。これってかなり質が悪いとは思わない? それに勘違いしないで欲しいのだけど、掃除ロッカーに真子を閉じ込めるのは十分だけって決めていたの。十分たったら、必ず解放する。そう決めていたから、奏水も渋々だけど真子を掃除ロッカーに閉じ込めたのよ。なのに、真子が掃除ロッカーで暴れたせいで、鍵を開けようとしたとき、振動が加わって鍵が折れてしまったの。奏水はすぐに真子を助ける為、道具を探しに行ったわ。あのときは本当にしらけたわよ。それに呆れたわ。真子のバカがいっこうに直らないことや、相変わらず真子のことを助けようとする奏水の愚直さにね。真子のせいで酷い目にあったのに、どうして奏水は真子に入れ込むのか、理解に苦しむわ」

 井波戸は心底理解できないといった顔をしているが、俺には白部の気持ちが分かる気がする。
 友情……というか、人の付き合いなんて千差万別だ。
 お互い助けあう関係もあれば、一方的に助けられる関係もある。本人同士がそれで納得していればいいとは思うが、人間関係はそんな単純なものじゃないことくらい、ガキの俺だって分かる。
 一方的に助けられる関係だったとしても、助ける方は自分を必要とされている、優越感に浸れる等、様々なメリットがあるはずだ。

 それにしても、思っていたよりため込んでいるようだな、井波戸は。
 狂気じみた井波戸の告白に、俺は恐怖や怒りよりも、昔の自分を見ているような気がしてきた。
 俺の場合はイジメにあって、それをずっと我慢してきた。その我慢が限界を超え、復讐する機会が訪れたとき、俺はたかが外れ、俺をいじめてきた相手を半殺しにした。
 周りからみれば狂気の沙汰だと思われたが、俺としては当然の報いとしか思っていない。
 そのせいでいろいろと失い、後悔してきたが、それでも復讐できたことはよかったと思っている。抱えていたものを全て吐き出すことが出来たからな。

 ここらへんは経験者でないと分からないかもしれない。
 現に上春は人を本気で憎んだことがないのか、井波戸に食いついている。
 きっと、上春の態度の方が正しい人の在り方なのだろう。だが、正しいからといって受け入れることができるかは、また別の話だ。

「それは井波戸さんが奏水さんのことを色眼鏡で見ているからじゃないんですか! 奏水さんも真子さんも、あなたのオモチャじゃないんですよ! 人の気持ちを平気でもてあそんで心が痛まないんですか?」
「痛むどころか爽快な気分よ。まあ、あなたは真子側の人間だから、私の気持ちなんて理解できないのでしょうね」
「真子さん側の人間?」
「そう。朝乃宮先輩の好意に依存している、寄生虫ってこと」
「なっ!」

 井波戸の苛烈な言葉に、上春は絶句してしまう。思いもよらぬ反撃に、上春は言葉をつむぐことが出来ない。
 そんな上春に、井波戸は容赦なく言葉を叩きつける。

「上春さんの事、調べさせてもらったわ。二年の朝乃宮先輩の寵愛ちょうあいを独占している妹分的存在。それだけでも大罪であることを自覚してる? 朝乃宮先輩を慕う人は沢山いるわ。男女、年齢問わずにね。でも、あなたが朝乃宮先輩を独占しているせいで、朝乃宮先輩と仲良くなりたいみんなはお近づきになれず、そのことであなた、ずいぶん恨まれているそうよ。そのことに、上春さんは気づいているの?」
「そ、それは……」
「それとも気づいていないフリをしているの? みんなの恨みがあなたにむかないよう、朝乃宮先輩や橘風紀委員長達がうまく立ち回ってくれている事を。周りに負担ばかりかけて、自分はその厚意こういが当たり前のように受け入れている。だから、あなたは真子と同じ寄生虫だって言っているのよ。軽蔑けいべつするわ、あなた達のような人種は。いえ、あなたは真子以上に悪質で卑怯な存在よね。だって、あなたと朝乃宮先輩の付き合いはそもそも、あなたの姉の犠牲が……」
「おい、やめろ。ここで何の関係もない上春の姉の事を持ち出すな。調べたのなら分かるだろ」

 俺の指摘でやっと井波戸の言葉が止まる。だが、遅すぎたようだ。
 上春は体を震わせ、真っ青な顔をしてうつむいている。
 上春は朝乃宮によく世話を焼いているが、実際には井波戸の指摘どおり、朝乃宮が上春を護っている関係でもある。
 いざってときは朝乃宮が体を張って上春を護り続けてきた。上春は護られ続けてきたのだ。
 そのことを上春は自覚しているせいか、井波戸の言葉が胸に突き刺さり、反論できないのだろう。

 何度も言うようだが、たとえ片一方が寄りかかるような関係でも、それが悪いとは言い切れない。人の付き合いなんてそれぞれだ。
 それに上春の存在が朝乃宮にとって、どれだけ救われているのか、二人の関係を知っている者なら誰でも分かることだ。決して片方がよりかかっているような関係ではない。

 しかし、そんな言葉を上春にかけても、上春は納得しないだろう。他人である俺の言葉なんてきっと上春には届かない。
 思い悩む上春を朝乃宮は後ろから優しく抱きしめた。朝乃宮からあふれる愛情で上春をそっと包み込む。

「ほんま、度量の小さい子やね。あんさんがもっと素直に人に甘えることができたら抱え込まんでもすんだのに。そしたら、平村はんを恨まずにすんだと違います?」

 朝乃宮の言葉に井波戸は苛立った様子で目をそらす。
 俺には朝乃宮の言葉の真意が分からなかったが、井波戸には何か思うところがあったのだろうか。忌々しげに、それでも、井波戸は何かをこらえるように黙っている。
 妙な雰囲気にまたもや黙っていた俺達だが、その沈黙を破ったのは庄川だった。

「なあ、美花里。謝ってリセットしたほうがいいんじゃねえ? 言いたいこと言い合えるのがダチってもんでしょ? 今度はその毒舌をキャラにして付き合ったらうまくいくと思うんよ」

 庄川は井波戸のことを気遣っていた。
 さっきは軽蔑した態度をとっていたが、井波戸の話を聞き、それに合わせて態度を変えた。
 自分が思っていることよりも、相手の事を想っての言葉だろう。
 だが、その想いは井波戸には届かなかった。

「……そんなの無理よ。それにまだ、終わっていないわ」
「終わっていない?」

 井波戸は大きく息を吸い……。

「きゃあああああああああああああああああああああ!」

 耳を突き刺す大きな悲鳴を上げた。
 この行動に、俺も庄川も虚を突かれ、戸惑っていた。何が起こったのか分からない。
 しかし、すぐにその行動の意味を知る。

「おい! どうかしたか!」
「何々? また風紀委員がらみ?」

 いつの間にか屋上には一年F組の生徒が集まっていた。
 なぜ、ここで一年F組のクラスメイトが……。
 いや、考えるまでもないか。そんなこと、決まっている。
 井波戸があらかじめF組のクラスメイトをこの近くに呼んでいた。そして、井波戸の悲鳴を聞きつけ、F組の生徒達がこの場へやってきたわけか。
 どうやって集めたのかは知らないが、ここから先の展開は手に取るように分かる。

「助けて! 藤堂先輩が無理矢理私を悪者にしようとするの! また、奏水の時と同じように暴力を振るおうとしてきたわ!」
「んだと? てめえ! いい加減にしろよな!」
「女の子に暴力を振るうなんてサイテー!」
「マジ、何様なの、あの風紀委員」

 やはりこういうことか……。
 俺達はまんまと井波戸にはめられたということか。
 俺は一度、白部の胸ぐらを掴んだ事がある。前歴がある以上、井波戸の言葉に重みがあり、俺が悪者であると周りに信じ込ませることに成功したみたいだ。
 F組の生徒が全員、俺達風紀委員を睨んでいる。
 状況は一変し、今度は俺達が窮地に立たされてしまった。
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