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十章

十話 真相 その二

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「「ごめんなさい!」」

 謝罪の言葉だった。深々と頭を下げる姿に誠意を感じる。心からの謝罪である事が分かる。
 この謝罪は、二人の犯行を自分たちで認めてくれた証拠であり、ずっと後悔してきた事を物語っていた。
 俺は肺にたまっていた空気と共に力が抜けるのを感じていた。

 よかった……最悪の事態にはならなかったようだ。俺は二人の勇気ある謝罪に敬意を表したかった。
 この事態を理解しているのは俺と司波、髙品……朝乃宮も顔色を変えていないことから四人といったところか。朝乃宮の場合は興味ないので驚かなかったとも言えなくもないが。
 残りのメンバーは戸惑いと驚きを隠せないでいた。

「ねえ、藤堂先輩。そろそろ種明かししてくれない? 理解できないんだけど」
「そ、そうですよ! 確か、司波さんと髙品さんってアリバイがあるんですよね? どういうことですか?」

 白部と上春が俺に抗議をしてきた。ここは司波達に問いかけて欲しかったのだが、この状況を生み出したのは俺だ。ならば、俺から説明するのが筋だろう。

「簡単なトリックを使っただけだ」
「トリック?」

 首をかしげる上春に、俺は自分の推理を披露してみせた。

「まず、髙品さんが仮病をつかい、司波さんが髙品さんの付き添いとして、二人は体育館を抜け出した。司波さんは真っ直ぐ職員室に向かって鍵を手に入れ、更衣室に向かい腕時計を平村さんの鞄に入れた。その間、髙品さんは一人で保健室に向かった。犯行を終えた司波さんは保健室前で髙品さんを合流し、保健室に入り、髙品さんは保健室で病人として残り、司波さんは体育館に戻ったってわけだ」
「それだと、辻褄つじつまがあわない。どんなに速く走っても、五分以上はかかる。でも、保健室にあったノートは九時四分。これをどう説明するつもりなの? 藤堂先輩も知っているでしょ? 保健室にあった時計は電波時計で、時間に狂いはないはず」

 白部の指摘は俺も頭を悩ませたことだ。
 何度も実験して犯行には最低でも五分はかかる。
 九時八分には第二クォーターが始まるので、それまでに体育館に戻らなければならない。
 九時四分に司波が保健室にいた時点で彼女には犯行が不可能なのだ。

 だが、ここであるトリックを使えば犯行が可能になる。
 実に単純で子供じみた事だが、それ故、気づかなかったのだ。
 そのトリックとは……。

「簡単なことだ。時計を手動で変更すればいい。例えば犯行を終えて、保健室に入ったのが九時六分だったとしても、ノートに記載する時に時計を手動で九時四分にしておけばいいだろ?」

 時計は掛け時計ではなく、置き時計なので時間を調整することは可能だ。しかも、司波は保健委員なので置き時計の存在も、調整の仕方も前もって知ることが出来たはず。
 それに二、三分程度の誤差なら、誤魔化すのもたやすいだろう。
 これが十分や二十分、時間が狂っていれば遠藤先生は気づいていたかもしれないが、小さな時間の誤差なら気づきにくい。
 だから、遠藤先生も九時四分であることを疑わなかったのだろう。

 電波時計が狂うわけがない。
 その考えにとらわれてしまい、時計の時間を手動で変更できてしまうことをすっかりと忘れてしまっていた。
 やはり、俺は名探偵にはなれない。探偵ならすぐに分かっていただろう。

「で、でも、時間が狂ったままなら、いつか気づかれるのではないですか? チャイムが鳴る時間帯って決まっていますよね? その時間と置き時計の時間があっていなかったらバレると思うんですけど」
「上春、大事なことを忘れていないか? 置き時計は電波時計だぞ。自動で電波を受信できるが、手動でも電波を受信できるんだ」
「あっ……そっか」

 そうだ。
 保健室を出るときに電波を受信するよう、手動でやればいいだけだ。置き時計を調べてみると、受信と書かれたボタンがあった。
 そのボタンを押すと、電波を受信しているマークが表示され、しばらくするとマークが消えた。
 試しに時間を手動で変更し、受信のボタンを押して電波を受信してみると五分程度で時間が元に戻った。
 この方法を使用し、手動で変更した痕跡を消したわけだ。

 俺の推理に司波達は黙ったままうつむいている。
 否定しないということは、俺の考えが正しいと証明されたと考えてもいいだろう。
 だが、それは……。

「嘘です! 私は信じません!」

 平村がぽろぽろと涙を流しながら、俺を睨みつけてきた。
 俺の推理を認める事は、二人が平村達を陥れた事になる。そんなこと、平村には耐えがたい事実なのだろう。
 だが、その事実を突き止めないことには白部がいつまでも腕時計盗難事件の犯人として冤罪を背負うことになる。

 俺はそんなものを白部に背負って欲しくなかった。
 たとえ、辛い現実が待っていたとしても俺は事実を突き止め、白部の潔白を証明したかった。
 俺の想いが今、平村を傷つけている。俺はぎゅっと拳を握りしめ、平村の視線を真っ直ぐに受け止める。

「瑠々ちゃんが……莉音ちゃんが……私達に酷い事なんて……ぐすっ……しませんから……しませんから……私みたいなバカじゃないんです……みんながそんな酷いこと……絶対にしませんから」
「真子……」

 白部がそっと平村を抱きしめる。平村はあまりの悲しさに嗚咽を漏らしながら、白部に抱きついている。

「私……もう……嫌です……友達を……疑うことなんて……だって……苦しかったから……何度も何度も……後悔したから……奏水ちゃんを疑ったこと……後悔したから……もう……嫌……嫌だよ……奏水ちゃん……私が……私が……悪かったから……ごめんね……ごめんね……奏水ちゃん……ごめんね……私が……疑いさえしなかったら……こんなことにはならなかったのに……」

 涙を流し、親友しろべを疑ったことを謝罪し続ける平村に俺達は何も言えなかった。
 平村はきっとこう思っているのだろう。これは白部を疑った罰なのだと。その罪に平村は悲鳴を上げているのだ。
 事実を突きつけられて、それでも尚、現実を認めず、謝罪を続ける平村を俺は愚かだとは思わなかった。
 平村の気持ちは痛いほど分かる。俺にも同じ経験があるからだ。

 平村の姿が昔の俺とかぶってしまう。
 親友けんじにイジメられ、俺は健司を恨んでしまったことがある。悪いのは健司ではない。健司をイジメていたヤツらだ。
 でも、それでも、俺は健司を恨んでしまった。

 もっと、素直になっていたら……健司を恨んでいる暇があったら、自分の気持ちに正直になって健司と話し合うべきだったんだ。
 健司と仲直り出来ず、別れてしまったあの日がフラッシュバックしてしまい、胸が締め付けられた。

 知っていたはずなのに。その痛みを共感できたはずなのに。
 真実を追い求めることに夢中になり、平村の気持ちを無視してしまった結果がこれか……。
 俺は結局、誰かを傷つけることしか出来ないのか?

 くそっ! どうしたらいいんだ?
 俺はただ、真実を司波達に認めさせ、謝罪させれば平村達のわだかまりを解消できると考えていたのに……。
 どう収集すればいいのか分からず、喉の渇きを感じながら何か言おうとしたとき。

「ごめんなさい、真子! ごめんなさい……」

 髙品がぎゅっと平村と白部を抱きしめ、嗚咽を漏らす。

「ごめん……真子、奏水。本当にごめん……」

 司波も泣きながら三人の輪に入る。

「……私もごめん……真子のこと、ずっと傷つけて……ごめん」

 白部も平村が自分を陥れようとしたときの恨みと悲しみから、一番の親友をずっと傷つけてきた事を謝罪しながら、涙がぽろぽろと地面に落ちていく。
 涙が涙をよび、四人ともこの一年間抱えていた想いを打ち明け、懺悔を繰り返していた。

 きっと、この涙は後悔や悲しみだけではない、四人がこれから先に進むために必要なことなんだ。
 この場合、何をしたらいいのか、俺にだって分かる。
 俺は何も言わず、四人が泣き止むのを見守っていた。
 空を見上げると、水色に澄んだ空がどこまでも高く澄み渡っていた。



「ええっ話やないですか……俺まで涙が……」
「……」

 目元を拭う庄川と無表情で俺を見つめてくる井波戸。
 四人はお互いの罪を認め、仲直りした。
 これで終われば万々歳なのだが、まだ肝心な謎が残っている。
 白部が平村をかばうため、自分の鞄に隠した腕時計がなぜ、平村の鞄に移動されていたのか?
 腕時計が勝手に移動するわけがない。つまり、誰かが白部の鞄から腕時計を平村の鞄に移動させた事になる。
 そして、その犯人は目の前にいる。
 その犯人はこの事件の黒幕で、全てを仕組んだ張本人である。

「ちょいちょい、美花里。藤堂先輩が謎を解明したからって拗ねてるのか? 大切なことは、誰が謎を解いたかじゃなくて、四人の仲が戻ったことじゃねぇ? それでいいじゃん」

 庄川らしい意見だ。
 自分のプライドよりも人の幸せを優先させる。心の優しいヤツだ。

「庄川君。まだ話は終わっていない。むしろ、ここから先が肝心なところなんだ」
「?」

 俺は話の続きを語った。
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