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九章
九話 光明 その二
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「痛っ!」
太ももに痛みを感じ、頭の中がクリアになる。
太ももをひねってきたのは……。
「……なんだ、朝乃宮」
「……食事の時くらい、そのむすっとした顔、やめてもらえません? せっかくのお弁当が味気なくなります」
そんな事を言われてもな……ここに来た理由は事件の真相を解明するためだ。遊びに来たわけじゃない。
朝乃宮か……。
ここは癪だが、朝乃宮に意見を求めてみるのも悪くない案だと思う。朝乃宮なら、客観的に物事を判断できるはずだ。
「なあ、朝乃宮」
「なんですの? 今度はウチを口説く気?」
「ええっ! そうなんですか! そんなのダメです!」
何を言っているんだ、この二人は?
なんだか俺一人真面目に考えているのが馬鹿らしくなってきた。
俺はため息をつき、上春に説明する。
「そんなわけあるか。俺は事件の事で朝乃宮に意見を聞きたかっただけだ」
「そ、そうなんですか! あ、あの……ごめんなさい!」
「別に咲が謝る必要なんてありません。それで?」
いや、事件の事を聞きたいって言っただろうが。コイツ、本当に事件の事、興味ないんだな。
俺はぐっと怒りを抑え込み、朝乃宮に意見を求めた。
「それでって……その、なんだ。事件の事で何か気づいたことはないか?」
朝乃宮はお茶をすすり、ゆっくりと口を開く。
「かかりすぎやと思いません?」
「何がだ?」
朝乃宮は黙ったまま、食事を再開する。
おい、まさか……それだけか?
主語を言え、主語を。
「千春、ちゃんと説明して。今の言葉だけじゃ、全然意味が分からないよ」
「……髙品はんと司波はん、保健室につくのが遅すぎやしませんって言いたかっただけです」
髙品と司波が保健室につくのが遅い? 何を言って……。
「……なるほどな」
ようやく、引っかかっていたものが分かった! そうだ! 時間だ!
体育館から保健室まで歩いて一分ほどの距離しかない。病人をつれてゆっくり歩いたとしても二分ほど。四分はかかりすぎだ。
それに、司波は急いだ様子だと遠藤先生は言っていた。司波は陸上部で足が速いのに、急いで体育館に戻る必要なんてない。歩いても充分間に合う距離だ。
やはり、何かがおかしい。九時四分は出来すぎている。まるで、意図的にこの時間が選ばれた気がする。自分の犯行を隠すために……。
だが、どんなからくりがあるのか、さっぱり分からない。
「あ、あの……」
「なんだ、上春?」
「私も思ったんですけど……最初から時計の時刻が狂っていたってことないですかね?」
上春の指し示す時計とは保健室の時計のことだろう。時計の時間が遅れていた場合、司波のアリバイは崩れるのだが……。
俺は首を横に振る。
「それはありえないだろう。電波時計だから時間は正確に刻まれているはずだ」
電波を受信するまでに時間のずれが生じることがあるが、あったとしても一、二秒のはず。数分の狂いはない。
電波時計が体育の時間のみ間違った時刻になるとは思えない。
「そうですか……お役に立てず、ごめんなさい」
「いや、気持ちはありがたい。ありがとな、上春」
きっと、朝乃宮のやる気のない態度を見て、上春は知恵を振り絞り、助言しようとしてくれたのだろう。その気遣いが嬉しかった。
「……やっぱり年下キラーです」
「まだ言うか? さっきの一言で心が揺らいだというのか? だとしたら、上春はナンパされたら誰にでもついていきそうだな」
「もう! 子供扱いしないでください! 私、知らない人についてくほど、不用心じゃないですから!」
「ホンマに~。ウチ、思い出したことがあるんやけど……」
「わーわー! 変なことを言ったら、怒りますよ、千春!」
仲がよくて何よりだ。
そう思っていたら、白部と平村が俺に何か言いたげに見つめている。
俺に何か言いたいことがあるのか?
まさか……。
「どうした? 事件の事で何か気づいたことがあるのか」
だとしたら、どんな些細なことでも教えて欲しい。
そう思っていたのだが。
「……ご飯を食べるときくらい、事件の事、忘れたら?」
お前もか、白部。クドいようだが、ここに来たのは事件の調査のためだろ? 忘れたらダメだろうが。
「おい、白部さん。流石にその言い方はないんじゃないか? 真剣に考えて何が悪い? 誰のために頑張っていると思う」
「別に頼んだわけじゃないから」
白部の言うとおりだ。俺が勝手にやっていることだ。
それでも、俺は白部にあたるようなことを言ってしまった。だが、事件の手がかりが掴めない事に苛立ち、つい、憎まれ口を叩いてしまう。
「そうか。それはすまなかった。白部さんにとって、その程度のものだったんだな。俺だったら絶対に解決しておきたい事なのだが」
「それ、どういう意味? 私が遊んでいるように見えるの?」
だんだん、俺と白部の雰囲気が険悪になっていく。
ここで俺の方が折れればいいのに、つい口が動いてしまう。
「危機感が足りないと言っているんだ。数十万する腕時計を盗んだ犯人にされたんだぞ? 下手したら警察沙汰だろうが。かなり悪質だとは思わないのか?」
「……それは私も思ってる。美花里がいなかったらどうなっていたか分からないし、結菜のパパにも感謝してる」
「パパ?」
何かクールな白部らしかぬ単語が出てきたのだが、白部は全く気にせずに、申し訳なさそうに語り出す。
「真子が、私が真子の鞄に腕時計を入れたと勘違いをして私を糾弾したとき、私はみんなから非難の目にさらされた。でも、真っ先に美花里が私をかばってくれの。結菜は私か真子か、どちらかが犯人だってすごい剣幕で美花里に言い寄ったんだけど、一歩も引かなかった。結局、その場は担任の先生が場をおさめてくれたんだけど。私としては腕時計なんかよりも、真子に犯人扱いされたことがショックで一日中落ち込んでいたんだけどね。結菜はまた絡んでくると思ったけど、次の日になって、結菜と結菜のパパが私達に謝罪したの」
「謝罪?」
どういうことだ? 結菜は被害者のはず。なぜ、結菜と結菜の父親が白部達に謝罪をするんだ?
「その日の夜、結菜は結菜のパパに腕時計が盗まれた事を訴えたの。酷い事をされた、なんとかしてって。そしたら、結菜のパパ、大激怒したの、結菜に。腕時計を学校に持って行くとは何事か、盗まれて当然だろうがって。それで次の日、担任の先生と私達に結菜のパパが謝罪して、今回の件はなかったことにしてほしいって」
「いたんだな。常識的な人が」
俺の感想に白部は苦々しく笑っていた。結菜の父親が出来た人で本当によかった。
それにしても、一歩間違えれば洒落になっていない事態にもなっていた可能性がある。
真犯人は平村や白部に強い恨みでもあったのだろうか?
警察沙汰になることを考えていなかったのだろうか?
「あ、あの! と、時計っていろいろな時計があるんですね!」
「「はい?」」
唐突な平村の言葉に、俺も白部も素っ頓狂な声をあげてしまう。平村らしかぬ行動だ。俺達が口論していたことに気を病み、話しかけてきたってところか。
注目されたことに、平村は顔を真っ赤にして、早口でしゃべりだす。
「だ、だって、私、目覚まし時計しか持っていないから、時計のことよく知らなくて。だって、携帯があれば時間なんてすぐに確認できますし、教室や校舎のいたるところに時計はありますから。だから、全然興味がなかったんですけど、藤堂先輩のお話を聞いて少し興味が出たというか……」
確かに平村の言うとおりだ。時間を知りたいのなら、携帯を見ればいい。けれど、腕時計の良さは時間を知ることだけではないからな。
ファッションとして楽しむことができるし、ドラマや映画の主人公が身につけている腕時計を、ファンとして身につけたいと思うことだってある。
セキュリティやツイッターの問題で携帯を持ち込めないバイト先では時間を知るために腕時計が重宝されることだってある。
まあ、人が何をもって貴重かどうか判断するのかは人それぞれだろう。時計に魅了される人もいれば、何の興味もないという人もいる。
「確かに時計の種類は多いな。腕時計、置時計、掛時計、懐中時計、ソーラー時計……GPS衛星から電波を受け取る腕時計もあるぞ」
「え、衛星ですか? 宇宙に浮かんでいる?」
「ああっ。GPS衛星より送信される時刻情報を受け取る時計だ。日本だけではなく、世界の時間にも対応している」
平村は想像できないのか、ほぇ~とほおけている。
「すごいですね……時間が狂う事なんてあるんですか?」
「腕時計を叩き壊せば狂うんとちゃいます?」
目茶苦茶なこと言いやがるな、朝乃宮は。
だが、時計が壊れない限り、時刻は正しく表示されるのだが。
そうだな……もし、電波時計の時刻が狂うとしたら……。
「ちーちゃん! 茶化さないで!」
「はいはい。ウチは大人しくおにぎりでも食させていただきます」
「あっ、真子。もしかして、また悪い癖が出てる?」
「もう! 悪い癖って何よ、奏水ちゃん! でも、ちゃんと用意してあるからね」
「えっ? なんですか? 用意してあるって……」
「ふっふっふっ……実はこのおにぎりの中に、一つだけ激辛のおにぎりがあるんです!」
あるのか? そんな方法が……。
あったら苦労しないか。最新鋭の技術をもって作られた時計だ。狂うはずなんてない。
だからこそ、司波莉音のアリバイが崩れることがない。
どうやったって、時間を思い通りに調整することは……調整?
なんだ? どうして、調整という単語に引っかかりを覚えるんだ?
調整……時間を思い通りに変更する……変更……変更……だと?
「千春。楽しみが一つ増えましたね」
「咲、ウチが辛いもの苦手と知ってその言いよう、いけずやわ~」
そうか! 俺はバカだ! 思いっきり勘違いしていた!
あるじゃないか! 保健室の時計が九時四分だろうが、八分だろうが、犯行を終えて、第二クオーターまでに体育館に戻ってこれる方法が!
「まあまあ、ゲーム感覚でいきましょうよ。藤堂先輩はどれがあたりか分かりますか?」
「分かったぞぉ!」
「きゃ!」
仮説はたった。後は実証するだけだ。
「ふ、藤堂先輩。分かったんですか?」
「ああっ、分かったぞ! 心配かけたな!」
「えっ? えっ? ここってそんな場面でしたっけ?」
どうしたんだ、上春は? 何を戸惑っている? 事件に進展があったんだぞ?
なぜか、朝乃宮が生暖かい目つきで見つめられているのだが、今はどうでもいい。
「今すぐ検証するぞ!」
「ちょ、ちょっと、そんなに張り切らなくても……」
白部も呆けた顔で俺を見つめている。だから、なんなんだ?
もしかして、平村の弁当をないがしろにしたことを白部は怒っているのか?
そうだな……ここで弁当を残したら、平村に失礼だな。
俺はすぐそばにあったおにぎりを掴んで、そのまま口にしようとした。
「あっ……」
平村の小さな声が聞こえたが、俺はおにぎりを頬張る。
のりのパリッとした感触と米の柔らかい感触と共に、中のおかずが……。
「げ……げぇえええええええええええ!」
か、かかかかかかかかか辛い! 痛い!
俺はよだれが口から落ちるのを止められず、口を開けることしか出来なかった。あまりの刺激に、涙がこぼれる。
痛い! 舌が痛い! これはダメな辛さだ!
なんで、こんな辛いものがあるんだ……あまりの痛さに、うめき声しか出てこない。
「ふ、藤堂先輩! 大丈夫ですか! 激辛おにぎりの在処、分かったんじゃないんですか?」
わ、分かるわけがないだろうが! 激辛おにぎり? なんてものを平村は仕込んできたんだ! 辛いのが好きなのか?
ダメだ、何か飲み物……飲み物……。
「あ……あ……!」
「ちょ、ちょっと! それ、私が口をつけた……」
俺は反射的に白部のコップをかっさらい、喉に流し込む。
ダメだ……口の中が痛くて一杯では効果がない。俺は水筒を掴み、直接お茶を飲もうとしたが、飲み口からうまく飲めなかったので、コップにお茶を入れ、何度も何度もお茶を喉に流し込む。
「~~~!」
五杯目でようやく痛みが収まった。
ひ、酷い目にあった……。
ようやく、周りを見渡せるほどに回復できたが、今は何を食べても味を感じないだろうな。
せっかくの平村の弁当が味わえない。そのことが惜しくもあり、この状況の原因でもあるので恨めがましくもある。
平村に一言文句を言ってやろうと思って周りを見渡すと、白部が顔を真っ赤にしてこっちを睨んでいた。俺と顔を合わすと、さっと顔を背ける。
白部も激辛おにぎりを食べたのだろうか?
「藤堂はんって、ときどき狙ったかのように大ボケかますところ、ウチ好きやわ~」
「いやいや! 藤堂先輩はきっと大真面目ですよ! ちょっと抜けていたというか……でも、私、藤堂先輩が白部さんのコップをひったくって間接キスしたとき、ちょっとどきどきしちゃったんですけど……全然甘ったるい雰囲気になりませんでしたね。藤堂先輩、恐るべし……」
外野の声を無視し、俺は自分の推理を検証すると同時に、平村に髙品と司波に連絡をとれるか頼んでみた。
平村は二人の連絡先をまだ知っているとのことで、了承を得た。
俺は自分の推理に自信を持っていた。間違いない、犯人はアイツだ。
さあ、証明しようじゃないか。そして、この事件を終わらせよう。
太ももに痛みを感じ、頭の中がクリアになる。
太ももをひねってきたのは……。
「……なんだ、朝乃宮」
「……食事の時くらい、そのむすっとした顔、やめてもらえません? せっかくのお弁当が味気なくなります」
そんな事を言われてもな……ここに来た理由は事件の真相を解明するためだ。遊びに来たわけじゃない。
朝乃宮か……。
ここは癪だが、朝乃宮に意見を求めてみるのも悪くない案だと思う。朝乃宮なら、客観的に物事を判断できるはずだ。
「なあ、朝乃宮」
「なんですの? 今度はウチを口説く気?」
「ええっ! そうなんですか! そんなのダメです!」
何を言っているんだ、この二人は?
なんだか俺一人真面目に考えているのが馬鹿らしくなってきた。
俺はため息をつき、上春に説明する。
「そんなわけあるか。俺は事件の事で朝乃宮に意見を聞きたかっただけだ」
「そ、そうなんですか! あ、あの……ごめんなさい!」
「別に咲が謝る必要なんてありません。それで?」
いや、事件の事を聞きたいって言っただろうが。コイツ、本当に事件の事、興味ないんだな。
俺はぐっと怒りを抑え込み、朝乃宮に意見を求めた。
「それでって……その、なんだ。事件の事で何か気づいたことはないか?」
朝乃宮はお茶をすすり、ゆっくりと口を開く。
「かかりすぎやと思いません?」
「何がだ?」
朝乃宮は黙ったまま、食事を再開する。
おい、まさか……それだけか?
主語を言え、主語を。
「千春、ちゃんと説明して。今の言葉だけじゃ、全然意味が分からないよ」
「……髙品はんと司波はん、保健室につくのが遅すぎやしませんって言いたかっただけです」
髙品と司波が保健室につくのが遅い? 何を言って……。
「……なるほどな」
ようやく、引っかかっていたものが分かった! そうだ! 時間だ!
体育館から保健室まで歩いて一分ほどの距離しかない。病人をつれてゆっくり歩いたとしても二分ほど。四分はかかりすぎだ。
それに、司波は急いだ様子だと遠藤先生は言っていた。司波は陸上部で足が速いのに、急いで体育館に戻る必要なんてない。歩いても充分間に合う距離だ。
やはり、何かがおかしい。九時四分は出来すぎている。まるで、意図的にこの時間が選ばれた気がする。自分の犯行を隠すために……。
だが、どんなからくりがあるのか、さっぱり分からない。
「あ、あの……」
「なんだ、上春?」
「私も思ったんですけど……最初から時計の時刻が狂っていたってことないですかね?」
上春の指し示す時計とは保健室の時計のことだろう。時計の時間が遅れていた場合、司波のアリバイは崩れるのだが……。
俺は首を横に振る。
「それはありえないだろう。電波時計だから時間は正確に刻まれているはずだ」
電波を受信するまでに時間のずれが生じることがあるが、あったとしても一、二秒のはず。数分の狂いはない。
電波時計が体育の時間のみ間違った時刻になるとは思えない。
「そうですか……お役に立てず、ごめんなさい」
「いや、気持ちはありがたい。ありがとな、上春」
きっと、朝乃宮のやる気のない態度を見て、上春は知恵を振り絞り、助言しようとしてくれたのだろう。その気遣いが嬉しかった。
「……やっぱり年下キラーです」
「まだ言うか? さっきの一言で心が揺らいだというのか? だとしたら、上春はナンパされたら誰にでもついていきそうだな」
「もう! 子供扱いしないでください! 私、知らない人についてくほど、不用心じゃないですから!」
「ホンマに~。ウチ、思い出したことがあるんやけど……」
「わーわー! 変なことを言ったら、怒りますよ、千春!」
仲がよくて何よりだ。
そう思っていたら、白部と平村が俺に何か言いたげに見つめている。
俺に何か言いたいことがあるのか?
まさか……。
「どうした? 事件の事で何か気づいたことがあるのか」
だとしたら、どんな些細なことでも教えて欲しい。
そう思っていたのだが。
「……ご飯を食べるときくらい、事件の事、忘れたら?」
お前もか、白部。クドいようだが、ここに来たのは事件の調査のためだろ? 忘れたらダメだろうが。
「おい、白部さん。流石にその言い方はないんじゃないか? 真剣に考えて何が悪い? 誰のために頑張っていると思う」
「別に頼んだわけじゃないから」
白部の言うとおりだ。俺が勝手にやっていることだ。
それでも、俺は白部にあたるようなことを言ってしまった。だが、事件の手がかりが掴めない事に苛立ち、つい、憎まれ口を叩いてしまう。
「そうか。それはすまなかった。白部さんにとって、その程度のものだったんだな。俺だったら絶対に解決しておきたい事なのだが」
「それ、どういう意味? 私が遊んでいるように見えるの?」
だんだん、俺と白部の雰囲気が険悪になっていく。
ここで俺の方が折れればいいのに、つい口が動いてしまう。
「危機感が足りないと言っているんだ。数十万する腕時計を盗んだ犯人にされたんだぞ? 下手したら警察沙汰だろうが。かなり悪質だとは思わないのか?」
「……それは私も思ってる。美花里がいなかったらどうなっていたか分からないし、結菜のパパにも感謝してる」
「パパ?」
何かクールな白部らしかぬ単語が出てきたのだが、白部は全く気にせずに、申し訳なさそうに語り出す。
「真子が、私が真子の鞄に腕時計を入れたと勘違いをして私を糾弾したとき、私はみんなから非難の目にさらされた。でも、真っ先に美花里が私をかばってくれの。結菜は私か真子か、どちらかが犯人だってすごい剣幕で美花里に言い寄ったんだけど、一歩も引かなかった。結局、その場は担任の先生が場をおさめてくれたんだけど。私としては腕時計なんかよりも、真子に犯人扱いされたことがショックで一日中落ち込んでいたんだけどね。結菜はまた絡んでくると思ったけど、次の日になって、結菜と結菜のパパが私達に謝罪したの」
「謝罪?」
どういうことだ? 結菜は被害者のはず。なぜ、結菜と結菜の父親が白部達に謝罪をするんだ?
「その日の夜、結菜は結菜のパパに腕時計が盗まれた事を訴えたの。酷い事をされた、なんとかしてって。そしたら、結菜のパパ、大激怒したの、結菜に。腕時計を学校に持って行くとは何事か、盗まれて当然だろうがって。それで次の日、担任の先生と私達に結菜のパパが謝罪して、今回の件はなかったことにしてほしいって」
「いたんだな。常識的な人が」
俺の感想に白部は苦々しく笑っていた。結菜の父親が出来た人で本当によかった。
それにしても、一歩間違えれば洒落になっていない事態にもなっていた可能性がある。
真犯人は平村や白部に強い恨みでもあったのだろうか?
警察沙汰になることを考えていなかったのだろうか?
「あ、あの! と、時計っていろいろな時計があるんですね!」
「「はい?」」
唐突な平村の言葉に、俺も白部も素っ頓狂な声をあげてしまう。平村らしかぬ行動だ。俺達が口論していたことに気を病み、話しかけてきたってところか。
注目されたことに、平村は顔を真っ赤にして、早口でしゃべりだす。
「だ、だって、私、目覚まし時計しか持っていないから、時計のことよく知らなくて。だって、携帯があれば時間なんてすぐに確認できますし、教室や校舎のいたるところに時計はありますから。だから、全然興味がなかったんですけど、藤堂先輩のお話を聞いて少し興味が出たというか……」
確かに平村の言うとおりだ。時間を知りたいのなら、携帯を見ればいい。けれど、腕時計の良さは時間を知ることだけではないからな。
ファッションとして楽しむことができるし、ドラマや映画の主人公が身につけている腕時計を、ファンとして身につけたいと思うことだってある。
セキュリティやツイッターの問題で携帯を持ち込めないバイト先では時間を知るために腕時計が重宝されることだってある。
まあ、人が何をもって貴重かどうか判断するのかは人それぞれだろう。時計に魅了される人もいれば、何の興味もないという人もいる。
「確かに時計の種類は多いな。腕時計、置時計、掛時計、懐中時計、ソーラー時計……GPS衛星から電波を受け取る腕時計もあるぞ」
「え、衛星ですか? 宇宙に浮かんでいる?」
「ああっ。GPS衛星より送信される時刻情報を受け取る時計だ。日本だけではなく、世界の時間にも対応している」
平村は想像できないのか、ほぇ~とほおけている。
「すごいですね……時間が狂う事なんてあるんですか?」
「腕時計を叩き壊せば狂うんとちゃいます?」
目茶苦茶なこと言いやがるな、朝乃宮は。
だが、時計が壊れない限り、時刻は正しく表示されるのだが。
そうだな……もし、電波時計の時刻が狂うとしたら……。
「ちーちゃん! 茶化さないで!」
「はいはい。ウチは大人しくおにぎりでも食させていただきます」
「あっ、真子。もしかして、また悪い癖が出てる?」
「もう! 悪い癖って何よ、奏水ちゃん! でも、ちゃんと用意してあるからね」
「えっ? なんですか? 用意してあるって……」
「ふっふっふっ……実はこのおにぎりの中に、一つだけ激辛のおにぎりがあるんです!」
あるのか? そんな方法が……。
あったら苦労しないか。最新鋭の技術をもって作られた時計だ。狂うはずなんてない。
だからこそ、司波莉音のアリバイが崩れることがない。
どうやったって、時間を思い通りに調整することは……調整?
なんだ? どうして、調整という単語に引っかかりを覚えるんだ?
調整……時間を思い通りに変更する……変更……変更……だと?
「千春。楽しみが一つ増えましたね」
「咲、ウチが辛いもの苦手と知ってその言いよう、いけずやわ~」
そうか! 俺はバカだ! 思いっきり勘違いしていた!
あるじゃないか! 保健室の時計が九時四分だろうが、八分だろうが、犯行を終えて、第二クオーターまでに体育館に戻ってこれる方法が!
「まあまあ、ゲーム感覚でいきましょうよ。藤堂先輩はどれがあたりか分かりますか?」
「分かったぞぉ!」
「きゃ!」
仮説はたった。後は実証するだけだ。
「ふ、藤堂先輩。分かったんですか?」
「ああっ、分かったぞ! 心配かけたな!」
「えっ? えっ? ここってそんな場面でしたっけ?」
どうしたんだ、上春は? 何を戸惑っている? 事件に進展があったんだぞ?
なぜか、朝乃宮が生暖かい目つきで見つめられているのだが、今はどうでもいい。
「今すぐ検証するぞ!」
「ちょ、ちょっと、そんなに張り切らなくても……」
白部も呆けた顔で俺を見つめている。だから、なんなんだ?
もしかして、平村の弁当をないがしろにしたことを白部は怒っているのか?
そうだな……ここで弁当を残したら、平村に失礼だな。
俺はすぐそばにあったおにぎりを掴んで、そのまま口にしようとした。
「あっ……」
平村の小さな声が聞こえたが、俺はおにぎりを頬張る。
のりのパリッとした感触と米の柔らかい感触と共に、中のおかずが……。
「げ……げぇえええええええええええ!」
か、かかかかかかかかか辛い! 痛い!
俺はよだれが口から落ちるのを止められず、口を開けることしか出来なかった。あまりの刺激に、涙がこぼれる。
痛い! 舌が痛い! これはダメな辛さだ!
なんで、こんな辛いものがあるんだ……あまりの痛さに、うめき声しか出てこない。
「ふ、藤堂先輩! 大丈夫ですか! 激辛おにぎりの在処、分かったんじゃないんですか?」
わ、分かるわけがないだろうが! 激辛おにぎり? なんてものを平村は仕込んできたんだ! 辛いのが好きなのか?
ダメだ、何か飲み物……飲み物……。
「あ……あ……!」
「ちょ、ちょっと! それ、私が口をつけた……」
俺は反射的に白部のコップをかっさらい、喉に流し込む。
ダメだ……口の中が痛くて一杯では効果がない。俺は水筒を掴み、直接お茶を飲もうとしたが、飲み口からうまく飲めなかったので、コップにお茶を入れ、何度も何度もお茶を喉に流し込む。
「~~~!」
五杯目でようやく痛みが収まった。
ひ、酷い目にあった……。
ようやく、周りを見渡せるほどに回復できたが、今は何を食べても味を感じないだろうな。
せっかくの平村の弁当が味わえない。そのことが惜しくもあり、この状況の原因でもあるので恨めがましくもある。
平村に一言文句を言ってやろうと思って周りを見渡すと、白部が顔を真っ赤にしてこっちを睨んでいた。俺と顔を合わすと、さっと顔を背ける。
白部も激辛おにぎりを食べたのだろうか?
「藤堂はんって、ときどき狙ったかのように大ボケかますところ、ウチ好きやわ~」
「いやいや! 藤堂先輩はきっと大真面目ですよ! ちょっと抜けていたというか……でも、私、藤堂先輩が白部さんのコップをひったくって間接キスしたとき、ちょっとどきどきしちゃったんですけど……全然甘ったるい雰囲気になりませんでしたね。藤堂先輩、恐るべし……」
外野の声を無視し、俺は自分の推理を検証すると同時に、平村に髙品と司波に連絡をとれるか頼んでみた。
平村は二人の連絡先をまだ知っているとのことで、了承を得た。
俺は自分の推理に自信を持っていた。間違いない、犯人はアイツだ。
さあ、証明しようじゃないか。そして、この事件を終わらせよう。
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