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八章
八話 真実への追求 その九
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「ここが更衣室か」
俺達は更衣室の前までたどり着いた。
三階まで上がり、更にその奥の部屋に更衣室はあった。
グランドや体育館が一階にあるのに、女子更衣室は案外遠い場所にあるな。行き来が大変だろう。
理由があるとしたら覗きや侵入を防ぐ為だと考えられるが、大変だな女子は。
男子更衣室で検証したかったが、平村の反応から男子更衣室も無理だろう。なので、空き教室を更衣室に見立てて検証することにした。
白部の話だと、ロッカーは壁に沿って一列分並んでいて、上下二段あるとのこと。小さな小窓が天井のすぐ下に一つだけあり、夏場はかなり蒸すと愚痴っていた。
俺は女子の更衣室のことは分からないが、男子更衣室なら分かる。換気する場所が小さいと汗臭いからな。スプレーの臭いも鼻につくし、あまりいい思い出がない。
さて、現場検証をしてみるか。何か新しい発見があればいいのだが。たとえ真犯人が分からなくても、情報を集めるだけ集めて、左近に相談する手もある。
俺では分からないことでも、左近なら何か気づけるかもしれない。そんな希望を抱き、調査を続行する。
教室の入り口に俺達は集まり、白部に状況を確認する。
「白部さん。事件があった当時、キミたちが使用していたロッカーはどこにあったんだ? 後、腕時計を持っていたヤツのロッカーはどこだった?」
「私達が使用していたロッカーは入り口から見て、真ん中より少し右側の上の段。腕時計を持ってきていた子、結菜って言うんだけど、結菜は一番左側の上の段ね」
当時を思い出したせいか、白部は眉が八の字になっている。分かっていたことだが、白部は今、思い出したくもないことをあえて思い出してくれているのだ。
少し配慮が足りなかったことを今更気づくなんて、バカだな、俺は。
「別に気にしてないから。それに私が犯人でないことを証明できれば上書きされるわけだし。まだ、諦めたわけじゃないから」
白部は俺の考えを察してくれたようだ。本当に頭が下がる。
タフで頭の回転も早い、風紀委員に欲しい人材だな。
白部がやる気になってくれているんだ。このまま調査を続けさせていただこう。
この部屋であったことをまとめてみるか。
まず、白部が平村の鞄に腕時計があったことに気づいた。そして、その後すぐ、結菜が腕時計がなくなったことに気づき、事件が発覚した。
白部は慌てて自分の鞄に腕時計を隠す。その姿を平村と井波戸に見られた。
犯人捜しが始まり、荷物チェックで腕時計が平村の鞄から出てきた。見つけたのは荷物チェックをした白部達の担任の先生。
平村は白部が自分の鞄に腕時計を入れたと告発。
これが流れだったな。
気になった点を確認していくか。
「白部さん。平村さんの鞄に腕時計が入っていたと言っていたが、どこにあったんだ? どうやって腕時計を見つけることが出来た? 普通、ロッカーに荷物を入れるのは一人一つのロッカーに入れるだろ? そうなると、白部さんは平村さんのロッカーを開け、鞄の中身を確認したことになる。なぜ、平村さんの鞄を開けるようなことをしたんだ?」
白部は平村の鞄に腕時計があると言っていたが、考えてみると腑に落ちない。
白部がどうして、平村の鞄の中を確認したのか? 普通、人の鞄の中を見ることなんてありえないだろう。たとえ、友人であってもだ。
「……おおっ、そういえばそうっすね。人様の鞄を勝手に開けたことになるよな? その理由ってなんなの?」
庄川も俺の同じ疑問を抱いたようだ。
白部が答えようとしたとき、平村が慌てて答えた。
「奏水ちゃんが間違って私の鞄を開けちゃったのとか? それなら問題ないですよね?」
「そんなお茶目なミスするのは真子っちゃんだけじゃん」
庄川のツッコミに、俺はつい笑ってしまった。
白部は苦笑しつつ、教えてくれた。
「確かにロッカー一つに一人の荷物を入れるのが普通ね。でも、ロッカーの数はそんなに多くないの。一クラス分なら一人一つで足りるけど、あのときは合同で体育をしたから、二クラス分の女の子がロッカーを使うことになったわけ。もう分かるでしょ? 私と真子が同じロッカーを使用していたのよ。腕時計は真子の鞄が少し開いていて、そこに挟むように腕時計があった。最初は分からなかったけど、気になって見てみたら腕時計だったわけ」
「そ、そうでした! 私、奏水ちゃんと同じロッカーを使用していたんです! だから、私、奏水ちゃんが私の鞄に何かしていたことに気づけたんです」
「そこだ。平村さんはちゃんと見えていたのか? 白部さんが腕時計を平村さんの鞄に入れたことを。意見の食い違いがあるみたいだが」
白部は平村の鞄から自分の鞄に入れたと証言している。だが、平村は白部の鞄から自分の鞄に入れられたと証言している。
この違いはどこからくるのか。
平村は首をかしげ、考え込んでいた。
「そういえば、そうなんですけど……」
「おいおい! そこ大事なとこでしょ! ちゃんと思い出せよ!」
庄川の指摘に、平村は慌てて思い出そうとしていた。だが、テンパっているせいか、考えがまとまらないようだ。
パニクった平村を落ち着かせたのは白部だった。
白部は平村の手をそっと握った。平村は驚いたような顔で白部を見つめていたが、やがて、落ち着きを取り戻す。
平村は考え込んでいたが、あっと声を漏らした。
「そうです! 思い出しました! 私、最初は奏水ちゃんがロッカーの前で何をしているんだろうって思っていたんです。着替える素振りがなかったので、不思議に思っていて、近くにいた美花里ちゃんに聞いてみたんです。そしたら『鞄に入れている制服をとっているだけじゃない?』って言われて。私も制服は自分の鞄の中に入れていたからそれ以上、疑問に思わなかったんです。でも、腕時計が私の鞄から見つかったとき、何が何だか分からなくなって……」
平村の様子がおかしい。顔が真っ青で唇が震えている。
「みんなが私を犯人扱いして……結菜ちゃんが本気で怒っていて……私、本当に知らないのに……誰も私の声を聞いてくれなくて……怖かった……怖かったんです……そんなとき……美花里ちゃんが……美花里ちゃんが……」
不味い。過去のトラウマともいうべき記憶を思い出したことで平村にかなりの負担を強いてしまっている。
俺はすぐさま、平村の肩を両手で掴む。
「平村! しっかりしろ! 俺が分かるか!」
「藤堂……先輩……」
くそ! 泣かせるつもりなんてなかったのに。
俺はまた、事件解決を優先させて人の気持ちをないがしろにしてしまったのか……。
「大丈夫だ。もういい。すまなかった」
「……いえ、大丈夫です。私、決めたんです。奏水ちゃんと仲直りしたいって。だから、あのとき、何があったのか話します。これは私の犯した罪だから……」
本当にいいのか? 覚悟は認める。だが、これ以上は……。
「藤堂先輩。聞いてあげて。私もちゃんと受け止めるから」
白部がそっと平村の手を握る。
平村は大きく目を見開き、白部を見つめる。そして、平村ははっきりと告げた。
「美花里ちゃんが私をかばってくれたんです。真子はそんなことをしないって。美花里ちゃんと結菜ちゃんは口論になったの。私が盗んだのではないのなら、誰が私の鞄に腕時計を入れたのかって。そのとき、私、奏水ちゃんがロッカーで何かしていたことを思い出してしまって真っ青になったんです。結菜ちゃんは私が黙り込んでしまったことを不審に思って、更に詰め寄ってきたんです。心当たりがあるのかって。それとも、本当はお前が犯人なのかって」
平村は自分を抱きしめるようにして、ポツポツと話を続ける。
「私、奏水ちゃんに助けて欲しくて、私の勘違いだって言って欲しくて奏水ちゃんを見たんです。そしたら、奏水ちゃん、黙ったままうつむいていたんです。いつもなら助けてくれるのに何も言ってくれないのは、本当に奏水ちゃんが私の鞄に腕時計を入れたからなのって。私、もう何が何だか分からなくなって……結菜ちゃんは怒鳴るし、みんな、犯罪者を見るような目で私を見てるし、私は違うって言っているのに、信じてもらえない。奏水ちゃんは何も言ってくれない。私がこんなにも苦しんでいるのに、奏水ちゃんは助けてくれない。だから……だから、私、叫んじゃったんです。腕時計を私の鞄に入れたのは奏水ちゃんだって!」
「それってひどくねえ? 仲間を、親友を売ったって事だろ? どうして、信じてやれなかったんだよ!」
庄川の糾弾に、平村は涙目で訴えてきた。
「だって、仕方ないじゃない! 私、犯人じゃない! それに、奏水ちゃんなら絶対に否定してくれるって思ってた。私の鞄に腕時計を入れてないって、私が犯人じゃないって言ってくれると思った。でも、奏水ちゃんは自分は犯人じゃないって言ってたけど、腕時計の事は何も言わなかった。言ってくれなかったの。言ってくれなかったの……」
「そんな勝手な理由で! それってただ白部の善意に甘えていただけだろうが!」
「分かってる! そんなことくらい分かってる! だけど……だけど……」
「待て、平村さん、庄川君。落ち着け」
ヒートアップする二人の間に俺は割り込んだ。今は平村の罪を断罪する場ではない。それに、これは平村と白部の問題だ。外野が口出すのはお門違いだろう。
「藤堂先輩は許せるんですか? 頭の悪い俺だって分かりますよ。真子っちゃんのやったことは許されないことだって。白部が真子っちゃんのこと恨むの分かりますよ。俺でも絶対に真子っちゃんを恨みますって!」
「それこそ今更だ。俺達は知っていたはずだぞ。平村さんが白部さんに濡れ衣を着せたことを。それを踏まえて調査しているんだ。平村を断罪したいだけならさっさと帰れ。邪魔だ」
俺の苛烈な言葉に庄川は絶句している。庄川だけではない。平村も白部も押し黙っている。
庄川は喘ぐように、それでも言葉をひねり出す。
「見損ないましたよ、藤堂先輩。やっぱ、女の子だから真子っちゃんをかばうんですか?」
「さっきから言っているだろ。俺の目的は白部さんと平村さんを仲直りさせることだって。俺達の感情はこの際、捨てておくべきだ。大切なのは二人の気持ちだ。平村さんは白部さんに無実の罪を押しつけ、白部さんは平村さんをイジメ続けた。二人にはそれぞれ罪がある。それをお互い許せるか、だろ?」
白部と平村は目を大きく見開き、お互いを見つめる。どちらも酷いことをした。
それでも、二人はお互いを許しあい、共に歩んでいけるのか。今まで曖昧で過ごしてきた、背を背けてきた事実。避けては通れない現実。
どちらも傷つき、傷ついてきた。それでも、二人はここにいる。お互いの意思で。
二人の出した答えは……。
「……」
「……」
お互い手をつなぎ、ぎゅっと握りしめる。今度こそ、選択を間違えないようする為に。
過去のしがらみを捨て、本心をさらけ出す為に。
「奏水ちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……私もごめん……ごめんね、真子」
二人は泣いていた。その涙は友を傷つけた事への罪悪感からなのか、それとも……。
俺は目頭が熱くなり、二人から目をそらす。
よかったな、白部、平村。
「……まあ、二人がいいって言うならそれで……って藤堂先輩、泣いてるんすか?」
「……目にゴミが入っただけだ」
「否定はしないんすね」
うっさい。
いつの間にか、白部も平村も笑っていた。わだかまりから解放され、憑き物が落ちたようなすっきりとした顔をしている。
ったく、どこに視線をあわせればいいんだ。居心地が悪すぎるぞ。
二人を直視できないでいるのは、期待してしまうからだ。
もしかすると、俺も勇気を出せば、諦めずに健司と正面から向き合っていれば、仲直り出来たのではないかと……許し合うことが出来て、また笑い合える未来があったのではないかと。
……馬鹿馬鹿しい。
時を戻すことなんて、過去をやり直すことなんて出来ないのに……健司がどこにいるかさえ、分からないのに。
何度同じ事を考えれば気が済むのか。無意味な事を繰り返してしまう愚かさに、自分の矮小さを思い知る。
俺は首を横に振り、無理矢理考えを戻す。
疑問は解消され、新たな情報が更新されたな。
平村は白部が腕時計の移動を見ていなかった。井波戸も白部が何かしていたのは知らなかった。
ここで一つ、新たな疑問が出てきた。真犯人はどうやって、腕時計の移動を知ったんだ?
真犯人は腕時計を盗み出し、平村の鞄に入れた。後は勝手に腕時計が見つかるのを待つだけだ。
だが、事件が発覚する少し前、腕時計は平村の鞄から白部の鞄に移動した。だから、荷物検査で腕時計が見つかるのは白部の鞄から発見されるはずだった。
しかし、腕時計は平村の鞄から見つかった。そうなると、真犯人が腕時計を白部の鞄から平村の鞄に入れ直した事になる。
真犯人の目的って何なんだ? 平村には腕時計が盗まれた時間、アリバイがあった。
腕時計が平村の鞄から見つかっても、平村の犯行が不可能って事は、体育の時間ずっと一緒にいた井波戸がすぐに証明してくれるだろう。
腕時計もすぐに見つかっている。平村もすぐに無実が証明される。だとしたら、狙いは白部か?
確かに白部だけがアリバイがなく犯行が可能だったが、もし、体育の時間に白部と司波莉音、髙品瑠々以外の生徒が体育館を抜け出した場合、どうするつもりだったんだ?
分からない。まだ、ピースが足りない。
俺達は更衣室の前までたどり着いた。
三階まで上がり、更にその奥の部屋に更衣室はあった。
グランドや体育館が一階にあるのに、女子更衣室は案外遠い場所にあるな。行き来が大変だろう。
理由があるとしたら覗きや侵入を防ぐ為だと考えられるが、大変だな女子は。
男子更衣室で検証したかったが、平村の反応から男子更衣室も無理だろう。なので、空き教室を更衣室に見立てて検証することにした。
白部の話だと、ロッカーは壁に沿って一列分並んでいて、上下二段あるとのこと。小さな小窓が天井のすぐ下に一つだけあり、夏場はかなり蒸すと愚痴っていた。
俺は女子の更衣室のことは分からないが、男子更衣室なら分かる。換気する場所が小さいと汗臭いからな。スプレーの臭いも鼻につくし、あまりいい思い出がない。
さて、現場検証をしてみるか。何か新しい発見があればいいのだが。たとえ真犯人が分からなくても、情報を集めるだけ集めて、左近に相談する手もある。
俺では分からないことでも、左近なら何か気づけるかもしれない。そんな希望を抱き、調査を続行する。
教室の入り口に俺達は集まり、白部に状況を確認する。
「白部さん。事件があった当時、キミたちが使用していたロッカーはどこにあったんだ? 後、腕時計を持っていたヤツのロッカーはどこだった?」
「私達が使用していたロッカーは入り口から見て、真ん中より少し右側の上の段。腕時計を持ってきていた子、結菜って言うんだけど、結菜は一番左側の上の段ね」
当時を思い出したせいか、白部は眉が八の字になっている。分かっていたことだが、白部は今、思い出したくもないことをあえて思い出してくれているのだ。
少し配慮が足りなかったことを今更気づくなんて、バカだな、俺は。
「別に気にしてないから。それに私が犯人でないことを証明できれば上書きされるわけだし。まだ、諦めたわけじゃないから」
白部は俺の考えを察してくれたようだ。本当に頭が下がる。
タフで頭の回転も早い、風紀委員に欲しい人材だな。
白部がやる気になってくれているんだ。このまま調査を続けさせていただこう。
この部屋であったことをまとめてみるか。
まず、白部が平村の鞄に腕時計があったことに気づいた。そして、その後すぐ、結菜が腕時計がなくなったことに気づき、事件が発覚した。
白部は慌てて自分の鞄に腕時計を隠す。その姿を平村と井波戸に見られた。
犯人捜しが始まり、荷物チェックで腕時計が平村の鞄から出てきた。見つけたのは荷物チェックをした白部達の担任の先生。
平村は白部が自分の鞄に腕時計を入れたと告発。
これが流れだったな。
気になった点を確認していくか。
「白部さん。平村さんの鞄に腕時計が入っていたと言っていたが、どこにあったんだ? どうやって腕時計を見つけることが出来た? 普通、ロッカーに荷物を入れるのは一人一つのロッカーに入れるだろ? そうなると、白部さんは平村さんのロッカーを開け、鞄の中身を確認したことになる。なぜ、平村さんの鞄を開けるようなことをしたんだ?」
白部は平村の鞄に腕時計があると言っていたが、考えてみると腑に落ちない。
白部がどうして、平村の鞄の中を確認したのか? 普通、人の鞄の中を見ることなんてありえないだろう。たとえ、友人であってもだ。
「……おおっ、そういえばそうっすね。人様の鞄を勝手に開けたことになるよな? その理由ってなんなの?」
庄川も俺の同じ疑問を抱いたようだ。
白部が答えようとしたとき、平村が慌てて答えた。
「奏水ちゃんが間違って私の鞄を開けちゃったのとか? それなら問題ないですよね?」
「そんなお茶目なミスするのは真子っちゃんだけじゃん」
庄川のツッコミに、俺はつい笑ってしまった。
白部は苦笑しつつ、教えてくれた。
「確かにロッカー一つに一人の荷物を入れるのが普通ね。でも、ロッカーの数はそんなに多くないの。一クラス分なら一人一つで足りるけど、あのときは合同で体育をしたから、二クラス分の女の子がロッカーを使うことになったわけ。もう分かるでしょ? 私と真子が同じロッカーを使用していたのよ。腕時計は真子の鞄が少し開いていて、そこに挟むように腕時計があった。最初は分からなかったけど、気になって見てみたら腕時計だったわけ」
「そ、そうでした! 私、奏水ちゃんと同じロッカーを使用していたんです! だから、私、奏水ちゃんが私の鞄に何かしていたことに気づけたんです」
「そこだ。平村さんはちゃんと見えていたのか? 白部さんが腕時計を平村さんの鞄に入れたことを。意見の食い違いがあるみたいだが」
白部は平村の鞄から自分の鞄に入れたと証言している。だが、平村は白部の鞄から自分の鞄に入れられたと証言している。
この違いはどこからくるのか。
平村は首をかしげ、考え込んでいた。
「そういえば、そうなんですけど……」
「おいおい! そこ大事なとこでしょ! ちゃんと思い出せよ!」
庄川の指摘に、平村は慌てて思い出そうとしていた。だが、テンパっているせいか、考えがまとまらないようだ。
パニクった平村を落ち着かせたのは白部だった。
白部は平村の手をそっと握った。平村は驚いたような顔で白部を見つめていたが、やがて、落ち着きを取り戻す。
平村は考え込んでいたが、あっと声を漏らした。
「そうです! 思い出しました! 私、最初は奏水ちゃんがロッカーの前で何をしているんだろうって思っていたんです。着替える素振りがなかったので、不思議に思っていて、近くにいた美花里ちゃんに聞いてみたんです。そしたら『鞄に入れている制服をとっているだけじゃない?』って言われて。私も制服は自分の鞄の中に入れていたからそれ以上、疑問に思わなかったんです。でも、腕時計が私の鞄から見つかったとき、何が何だか分からなくなって……」
平村の様子がおかしい。顔が真っ青で唇が震えている。
「みんなが私を犯人扱いして……結菜ちゃんが本気で怒っていて……私、本当に知らないのに……誰も私の声を聞いてくれなくて……怖かった……怖かったんです……そんなとき……美花里ちゃんが……美花里ちゃんが……」
不味い。過去のトラウマともいうべき記憶を思い出したことで平村にかなりの負担を強いてしまっている。
俺はすぐさま、平村の肩を両手で掴む。
「平村! しっかりしろ! 俺が分かるか!」
「藤堂……先輩……」
くそ! 泣かせるつもりなんてなかったのに。
俺はまた、事件解決を優先させて人の気持ちをないがしろにしてしまったのか……。
「大丈夫だ。もういい。すまなかった」
「……いえ、大丈夫です。私、決めたんです。奏水ちゃんと仲直りしたいって。だから、あのとき、何があったのか話します。これは私の犯した罪だから……」
本当にいいのか? 覚悟は認める。だが、これ以上は……。
「藤堂先輩。聞いてあげて。私もちゃんと受け止めるから」
白部がそっと平村の手を握る。
平村は大きく目を見開き、白部を見つめる。そして、平村ははっきりと告げた。
「美花里ちゃんが私をかばってくれたんです。真子はそんなことをしないって。美花里ちゃんと結菜ちゃんは口論になったの。私が盗んだのではないのなら、誰が私の鞄に腕時計を入れたのかって。そのとき、私、奏水ちゃんがロッカーで何かしていたことを思い出してしまって真っ青になったんです。結菜ちゃんは私が黙り込んでしまったことを不審に思って、更に詰め寄ってきたんです。心当たりがあるのかって。それとも、本当はお前が犯人なのかって」
平村は自分を抱きしめるようにして、ポツポツと話を続ける。
「私、奏水ちゃんに助けて欲しくて、私の勘違いだって言って欲しくて奏水ちゃんを見たんです。そしたら、奏水ちゃん、黙ったままうつむいていたんです。いつもなら助けてくれるのに何も言ってくれないのは、本当に奏水ちゃんが私の鞄に腕時計を入れたからなのって。私、もう何が何だか分からなくなって……結菜ちゃんは怒鳴るし、みんな、犯罪者を見るような目で私を見てるし、私は違うって言っているのに、信じてもらえない。奏水ちゃんは何も言ってくれない。私がこんなにも苦しんでいるのに、奏水ちゃんは助けてくれない。だから……だから、私、叫んじゃったんです。腕時計を私の鞄に入れたのは奏水ちゃんだって!」
「それってひどくねえ? 仲間を、親友を売ったって事だろ? どうして、信じてやれなかったんだよ!」
庄川の糾弾に、平村は涙目で訴えてきた。
「だって、仕方ないじゃない! 私、犯人じゃない! それに、奏水ちゃんなら絶対に否定してくれるって思ってた。私の鞄に腕時計を入れてないって、私が犯人じゃないって言ってくれると思った。でも、奏水ちゃんは自分は犯人じゃないって言ってたけど、腕時計の事は何も言わなかった。言ってくれなかったの。言ってくれなかったの……」
「そんな勝手な理由で! それってただ白部の善意に甘えていただけだろうが!」
「分かってる! そんなことくらい分かってる! だけど……だけど……」
「待て、平村さん、庄川君。落ち着け」
ヒートアップする二人の間に俺は割り込んだ。今は平村の罪を断罪する場ではない。それに、これは平村と白部の問題だ。外野が口出すのはお門違いだろう。
「藤堂先輩は許せるんですか? 頭の悪い俺だって分かりますよ。真子っちゃんのやったことは許されないことだって。白部が真子っちゃんのこと恨むの分かりますよ。俺でも絶対に真子っちゃんを恨みますって!」
「それこそ今更だ。俺達は知っていたはずだぞ。平村さんが白部さんに濡れ衣を着せたことを。それを踏まえて調査しているんだ。平村を断罪したいだけならさっさと帰れ。邪魔だ」
俺の苛烈な言葉に庄川は絶句している。庄川だけではない。平村も白部も押し黙っている。
庄川は喘ぐように、それでも言葉をひねり出す。
「見損ないましたよ、藤堂先輩。やっぱ、女の子だから真子っちゃんをかばうんですか?」
「さっきから言っているだろ。俺の目的は白部さんと平村さんを仲直りさせることだって。俺達の感情はこの際、捨てておくべきだ。大切なのは二人の気持ちだ。平村さんは白部さんに無実の罪を押しつけ、白部さんは平村さんをイジメ続けた。二人にはそれぞれ罪がある。それをお互い許せるか、だろ?」
白部と平村は目を大きく見開き、お互いを見つめる。どちらも酷いことをした。
それでも、二人はお互いを許しあい、共に歩んでいけるのか。今まで曖昧で過ごしてきた、背を背けてきた事実。避けては通れない現実。
どちらも傷つき、傷ついてきた。それでも、二人はここにいる。お互いの意思で。
二人の出した答えは……。
「……」
「……」
お互い手をつなぎ、ぎゅっと握りしめる。今度こそ、選択を間違えないようする為に。
過去のしがらみを捨て、本心をさらけ出す為に。
「奏水ちゃん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……私もごめん……ごめんね、真子」
二人は泣いていた。その涙は友を傷つけた事への罪悪感からなのか、それとも……。
俺は目頭が熱くなり、二人から目をそらす。
よかったな、白部、平村。
「……まあ、二人がいいって言うならそれで……って藤堂先輩、泣いてるんすか?」
「……目にゴミが入っただけだ」
「否定はしないんすね」
うっさい。
いつの間にか、白部も平村も笑っていた。わだかまりから解放され、憑き物が落ちたようなすっきりとした顔をしている。
ったく、どこに視線をあわせればいいんだ。居心地が悪すぎるぞ。
二人を直視できないでいるのは、期待してしまうからだ。
もしかすると、俺も勇気を出せば、諦めずに健司と正面から向き合っていれば、仲直り出来たのではないかと……許し合うことが出来て、また笑い合える未来があったのではないかと。
……馬鹿馬鹿しい。
時を戻すことなんて、過去をやり直すことなんて出来ないのに……健司がどこにいるかさえ、分からないのに。
何度同じ事を考えれば気が済むのか。無意味な事を繰り返してしまう愚かさに、自分の矮小さを思い知る。
俺は首を横に振り、無理矢理考えを戻す。
疑問は解消され、新たな情報が更新されたな。
平村は白部が腕時計の移動を見ていなかった。井波戸も白部が何かしていたのは知らなかった。
ここで一つ、新たな疑問が出てきた。真犯人はどうやって、腕時計の移動を知ったんだ?
真犯人は腕時計を盗み出し、平村の鞄に入れた。後は勝手に腕時計が見つかるのを待つだけだ。
だが、事件が発覚する少し前、腕時計は平村の鞄から白部の鞄に移動した。だから、荷物検査で腕時計が見つかるのは白部の鞄から発見されるはずだった。
しかし、腕時計は平村の鞄から見つかった。そうなると、真犯人が腕時計を白部の鞄から平村の鞄に入れ直した事になる。
真犯人の目的って何なんだ? 平村には腕時計が盗まれた時間、アリバイがあった。
腕時計が平村の鞄から見つかっても、平村の犯行が不可能って事は、体育の時間ずっと一緒にいた井波戸がすぐに証明してくれるだろう。
腕時計もすぐに見つかっている。平村もすぐに無実が証明される。だとしたら、狙いは白部か?
確かに白部だけがアリバイがなく犯行が可能だったが、もし、体育の時間に白部と司波莉音、髙品瑠々以外の生徒が体育館を抜け出した場合、どうするつもりだったんだ?
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