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八章

八話 真実への追求 その六

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 次に向かったのは保健室だ。
 体育館を出て、渡り廊下を通り、校舎に入って職員室側と反対方向の校舎の一階に保健室はあった。
 保健室はグランド側にあって、怪我人が出やすい場所の近くにあるみたいだ。

「なあ、白部さん。瑠々さんと莉音さんのこと、教えてくれないか?」

 もし、二人の中に犯人がいるとしたら、なぜ、平村と白部を陥れようとしたのか、そこのところを確認しておきたかった。

「瑠々は真子と同じで文化系の子で莉音は私と同じ陸上部だった。私は莉音、真子は瑠々と気があって、話をする事が多かった。莉音とはよく、服やアクセのことで話をしてたっけ。ああっ、そういえば莉音は腕時計が趣味で集めてた。瑠々と莉音はとても仲がよくて、小学校からずっと同じクラスで、いつも二人一緒にいたの。私と真子と同じような関係ね」
「でも、私達は保育園からずっと一緒ですけど」

 平村が俺達の会話に割って入ってきた。どうでもいいことだが、そこは大事なことか?
 庄川も同じ事を思ったのか、苦笑している。

「そこ、はりあうところ? でも、二人の絆みたいな? 漫画やゲームに出てくる仲間みたいなものっすか?」
「そうですね」

 平村はニコニコと笑顔を浮かべているが、ちょっと前まで二人は冷戦状態だったよな?
 今度は白部と考えがリンクしたようだ。白部も俺と同じ事を考えているようで、苦笑いを浮かべている。
 だが、白部の笑顔を見ていると、平村とのいさかいは徐々に解消されているように思える。
 たとえ、この事件の真相が分からなくても、二人の仲は修復されるだろう。
 問題は良好であった二人の関係を、どうして真犯人は壊すような真似をしたのか。

 腕時計を盗んだのは平村のグループの可能性が高い。もちろん、他にも犯人だと考えられるヤツもいるが。
 もし平村のグループの中に犯人がいた場合、五人の間に何があったのか? 
 平村とずっと一緒にいた井波戸にはアリバイがあるが、井波戸はこの一件に全く関わっていないのだろうか?
 まだ、俺の知らない事がありそうだ。事件解決に必要なピースがそろっていないと言うべきか、そんな気がする。

 ただ、白部の話で一つ気になったのが、莉音の趣味が腕時計というところだ。
 なるほどな。だからこそ、莉音は高級な腕時計を自慢していた結菜に突っかかったわけか。腕時計の良さを値段で自慢しているヤツが許せなかったのだろう。

 その気持ち、少しは分かるつもりだ。俺も祖父の影響で腕時計には多少思い入れがあるからな。
 高価な時計を持っているからってその点のみ自慢されると少し腹が立つ。
 腕時計は値段じゃない、デザインや歴史といった沢山いいところがあるんだと言いたくもなる。
 今になって庄川の言いたいことが理解できた気がする。

 そんなことを考えているうちに保健室へとたどり着いた。
 休日は閉まっていると思ったが、白部は普通に保健室のドアを開く。ドアはスライドされ、中に入ることが出来た。
 つまり、養護教諭がいるってことだよな。
 中に入ると、机にあるパソコンで仕事をしている先生が目に入った。

「お久しぶりです、遠藤先生」
「あら、白部さんじゃない! 久しぶりね~。元気してた?」

 養護教諭の遠藤先生は作業の手を止め、白部達を笑顔で迎え入れた。
 白衣を着た二十代の女性で活発的なイメージを感じる女性だ。明るくて、笑顔が綺麗で、マドンナ的な女性のように思える。
 白部達の話が終わるまで、俺は保健室の中を軽く見渡した。

 他の教室より少し広めて、ベットが三台並んでいる。
 ベットとベットの間にはカーテンのような布で仕切られているが、今は全て閉じられていて誰も使用していない。
 壁際に薬品や書類をまとめている棚があり、しっかりと施錠されているようだ。視力検査に使うボードや身長を測る装置等も壁際にまとめられていた。
 壁には、毎月のお知らせというか、健康面についての記事のようなものが手書きで紙が貼られていた。
 記事の内容は熱中症について書かれていて、原因や対策といったことがメインで書かれている。

「藤堂先輩。やっぱり保健室ってどこの学校も独特の匂いがしますね」
「怪我人を相手にしているわけだからな。似ていてもおかしくはないな」

 庄川の指摘に俺も同意する。
 ちなみに、学校に保健室があるのは常識ってイメージがあるが、海外の学校はそうではないらしい。
 伊藤が以前、得意げに豆知識を披露していた内容だったが、思い出す日が来るとは思ってもいなかったな。
 平村達の話が一通り終わった後、遠藤先生はようやく俺達の存在に気づいてくれたようだ。

「あれ? キミは庄川君じゃない。お久しぶりね」
「どもっす、先生。相変わらず綺麗っすね」
「ありがとう。庄川君の隣にいるキミは?」

 白部が俺のことを紹介してくれた。そして、ここに来た理由も簡潔に話し出す。
 遠藤先生は俺をまるで観察するかのようにじっと見つめている。その視線が値踏みされているように思えて、居心地が悪い。

「そう……あの事件を調べているのね。ところで、キミはどうして事件の事を調べているの?」

 遠藤先生は真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。もしかして、遠藤先生は俺がこの一件に関わっているのは興味本位ではないか疑っているのかもしれない。
 俺は遠藤先生を真っ直ぐ見返す。堂々と、そして決意を込めて。

「俺はただ約束したからです。平村さんと白部さんに」
「約束?」
「腕時計盗難事件の犯人を明らかにすると」

 どんな理由があるにしろ、人の仲を引き裂く権利なんて誰にもないはずだ。
 人の想いをもてあそび、真犯人は今も姿を見せずに自分の罪を何の罪もない白部に押しつけている。
 こんなことが曲がり通るなんて納得がいかない。

「でも、あの事件の犯人は白部さんでしょ? 今更調べても何も変わらないんじゃない?」

 遠藤先生の言葉に俺は眉がぴくりと動くが、冷静に反論する。

「俺は白部さんが犯人でないと確信しています。もちろん、平村さんもですが。だから、俺が証明してみせます。真犯人を」

 俺と遠藤先生は目をそらすことなくにらみ合う。
 絶対に証明してみせる。誰が何と言おうともな。
 しばらくにらみ合っていたが、遠藤先生は笑顔を浮かべ、優しく語りかけてきた。

「分かった。私でよければ力を貸すわ。後、私も白部さんが犯人だって思ってないから、私からもお願いさせて。白部さんの無実を証明してあげて」

 つまり、俺を試していたわけか。一応合格点をいただいたと思っていいのだろう。
 俺ははっきりと答える。

「もちろんです」

 遠藤先生は俺に手を差し伸べてきた。俺はその手をしっかりと握り返す。

「よろしくね、名探偵さん。いや、色男さんって呼んだほうがいいのかしら?」

 遠藤先生の茶化しに、なぜか白部と平村が食ってかかっている。
 俺はため息をついた。

「だそうだ、色男」
「えっ? 俺っすか? 藤堂先輩の事じゃないんですか?」

 よしてくれ。
 ハーレムは押水の件で十分だ。自分がモテるとは思っていない。
 俺は自分の発言を思い返し、余計に憂鬱ゆううつになった。確か押水も自分はモテないと言っていたな。
 同じ言い訳をしてしまったことに頭痛がしてきた。

「……藤堂先輩。変な想像してない?」

 頬を赤くした白部に睨まれ、俺は肩をすくめる。
 そんなこと思うわけがないだろ。俺は本気で二人を助けたいと思っているのに、不真面目なことを考えると思っているのか?
 俺は少し抗議の意味を込めて白部に言い返す。

「そんな気はない。お前達も真面目にやれ」
「……」
「……」

 なぜかもっと強く二人から睨まれてしまった。
 その光景を見て、庄川と遠藤先生は笑っている。庄川、笑ってないで助けてくれ。マジで。

「まあまあ、藤堂先輩って空気読めないところあるし、本題に入ろうぜ」
「仕方ないわね」
「そうですね」
「……」

 はあ……どうして、後輩とは先輩を敬うことができないのか。伊藤もそうだったな。
 ナメられているのか、俺は。
 ……まあ、いいか。
 怖がられないだけマシってもんだ。敬意はもってほしいがな。
 そう自分に無理矢理言い聞かせ、俺は遠藤先生に事件の事を尋ねた。

「俺が聞きたいのは事件の当日、一時限目の途中で二人の生徒がここに来た時の事です。昔のことだとは思うのですが、思い出せる範囲で教えていただけませんか?」

 腕時計盗難事件から半年以上はたっているのだ。遠藤先生は部外者といってもいいし、その日に保健室に来た生徒のことなんて覚えていない可能性の方が高い。
 だが、覚えている可能性だってあるはず。どんな些細なことでも事件解決のきっかけになるのであれば確認しておきたい。

「いいわよ。どこまで協力できるか分からないけど、私の分かる範囲で答えるわ」
「助かります。まずは、腕時計盗難事件のあった時間、一時間目なのですが、この保健室に来た生徒のことを覚えていますか?」

 ここで覚えていません、と言われてしまったら終わりだ。井波戸の話を鵜呑うのみにするしかなくなってしまう。それでは、二人の犯行について検証が出来ない。
 俺の心配をよそに、遠藤先生はすんなりと話してくれた。

「覚えているわよ。その時間に来た生徒は髙品たかしな瑠々さんと司波しなみ莉音さんね。確か……九時四分に保健室に入ってきて、一番左端のベットを髙品さんがずっと使用していたわ。三時間目が始まる前に髙品さんは教室に戻っていった。こんなところかしら」

 く、詳しいな。
 想定外すぎて、幸運というべきなのだろうが、都合がよすぎる気がする。俺はつい聞き返してしまう。

「どうしてそんなに詳しいんですか? しかも、時間まで正確に分かるなんて」

 そうなのだ。
 遠藤先生は二人が保健室に来た時間まではっきりと言ったのだ。半年以上も前のことなのになぜはっきりと言えるんだ?
 戸惑う俺に、遠藤先生は笑顔で教えてくれた。

「キミの言うとおり、普通は覚えていないわ。でも、この一件は私にとっても思い出深い出来事だったから」
「思い出深い?」

 遠藤先生は窓の外を見上げ、物憂げな表情を浮かべていた。

「二人のアリバイについて、何人かの生徒が私に尋ねてきたから。友達思いのいい子よね。世の中、捨てたものではないって思ったわ。でも、結局は友達の無実を証明できなかったって泣いていたけどね。そうよね、平村さん」
「え、遠藤先生! 言っちゃダメ!」

 平村が必死に遠藤先生の口を塞ごうとしている。
 平村よ、もう遅いと思うぞ。
 俺は横にいた白部と目が合った。
 白部は俺から顔ごと背けたが、耳の赤さまでは隠せなかったようだ。

「いいエピソードっすよね」
「全くだ」

 白部は無言で俺に蹴りを入れた。
 なぜ、俺が蹴られなければならない。言ったのは庄川だろうが。納得いかないぞ。
 俺は念のため、遠藤先生に確認する。

「平村さん以外に遠藤先生に話を聞きに来たのは生徒が誰か、覚えていますか?」
「そうね……白部さんもよね? 自分の無実を証明してみせるって尋ねてきたわ。後はクラスの委員長……井波戸さんね。それと髙品さんと司波さん」
「髙品さんと司波さんですか?」

 なぜ、二人が遠藤先生に尋ねたんだ? 自分達の事なんて遠藤先生に尋ねなくても分かるだろうに。

「ええ、そうよ。でも、二人は犯人扱いされたことで私に愚痴を言いに来たって言った方が正しいわ。他は……ああっ、そうそう、男の子が一人尋ねて来た」

 男の子? 誰だ、それは?
 俺は白部に視線で知っているかと尋ねるが、白部は首を横に振る。彼女も知らなかったようだ。

「名前は分かりますか?」
「……」
「遠藤先生?」

 遠藤先生は慌てて返答する。

「ううん……ごめんなさい。ちょ~っと思い出せないわね。大抵の子は分かるんだけれど、見覚えのない子だったわ。きっと、保健室を利用したことがない生徒だと思うの。運動部の子や保健委員の子は覚えているんだけどね」

 だとしたら、文化系の男子生徒か、健康優良児の男子生徒って事か?
 いや、運動部でも怪我をせずに三年間過ごしてきたヤツだっているはずだ。
 それにしても、遠藤先生が何か含みのある言い方をするので、気になるな。
 俺は庄川を盗み見たが、庄川の表情は無表情のままだ。その姿に違和感を覚えてしまう。
 一体、誰なんだ? その男子は?
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