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バットエンド_届かない声 後編 第七章
七話 縁 その三
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怪訝そうな顔をする俺に、平村は慌てて言い訳する。
「い、いえ、その……藤堂先輩って見かけによらず繊細なんだって思っちゃって。すごく親近感がわきます」
「……はっ?」
俺はつい、間の抜けた声をもらしてしまう。
親近感? どこにそんな要素があったんだ?
予測していなかった答えに、俺はまじまじと平村の顔を見つめてしまう。
平村は顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。
……気まずい。
平村は異性と話すのが苦手で、俺は異性でも同性でも話すのが苦手なせいで会話が続かない。
とりあえず、何か話しかけないと。
「そ、その……訳を聞かせてくれないか? 親近感ってなんだ? ちなみに繊細でなくて悪かったな」
俺の質問に、平村はぷっと吹き出し、笑い出した。
い、居心地が悪い……。
「ご、ごめんなさい。藤堂先輩ってすごく怖いのに、私なんかにオロオロしてるのが可笑しくて……それに、変なところにこだわっているし」
はあ……苦手だ。
それにしても、大人しそうにみえた平村だが、こうして向き合うといろいろと表情が豊かだな。
これが素の平村の姿なのだろうか。
平村は一通り笑った後、表情を引き締め、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
「藤堂先輩、ありがとうございます。私は藤堂先輩に救われたのですから」
救われた? 俺が救った? 平村をか? そうなのか?
平村は笑顔を浮かべている。その素直でまっすぐな瞳は嘘を言っていないことが分かる。
俺はつい見とれてしまった。
「私、昔から一人で物事を決めることができなくて、いつも奏水ちゃんや美花里ちゃんに決めてもらっていたんです。でも、今回は藤堂先輩が私の背中を押してくれたおかげで、奏水ちゃんと仲直りしたいって決断できて、自分の意思で行動しました。今はまだ、奏水ちゃんとは少ししかお話できていませんけど、でも、いつかきっと、奏水ちゃんと仲直りしてみせます。それに今回の一件ではっきりと分かりました。もう、誰かに頼るのではなく、自分で決めなきゃって。だって、大切なものは自分で護らないと失ってしまうから……たははっ、バカですよね、私。こんな当たり前のこと、この年になって気づくだなんて」
「……そんなことはない。立派な決断だと俺は思う」
自分の足で前へ進もうという気持ちは恥じるべきことではない。俺よりも立派だ。
大切なものは自分で護るか……あのとき、俺がもっと強かったら護れたのだろうか? 健司との友情も、両親の縁も……。
俺は首を横に振って、ありえない妄想を振り払う。
考えても無駄だな。俺が望んだものはもう、手を伸ばしても届かないところにいってしまったのだから。過去はやり直せないのだから。
だったら、これからのことだけを考えろ。
「ありがとうございます。藤堂先輩ももしかして、誰かと喧嘩したのですか?」
「喧嘩? なぜだ?」
別に喧嘩なんて……ああっ、そうか。
俺はもしかして、まだ引きずっていたのかもしれない。伊藤と喧嘩したことを。
仲直りはしたが、また喧嘩してしまうのでは、仲違いしてしまうのではないか?
そんなことを心のどこかで感じていたのかもしれない。伊藤が俺から離れてしまうことを……恐れていたのかもしれない。
だとしたら、俺は……。
「思い当たることがあるんですね。もし、その人が大切な人なら、すぐに仲直りしたほうがいいですよ。時間がたつと、仲直りするきっかけがなくなりますから。経験者の私が言うんです。間違いないですよ」
俺は平村と目が合い……二人同時に笑った。
経験者は語るか……納得できるな。
俺は何か、心の中にあった重たいものが消えていくのを感じた。
伊藤とは……真っ正面から向き合ってみよう。俺の勝手な判断でコンビを解消するのは、それこそ伊藤に失礼だ。
もっと、人を知る努力をするべきだと俺は思い直していた。そう思えたのは、平村のおかげだ。
だから、お礼を言いたかった。
「ありがとな、平村さん。今回の一件、いろんなものを見直すことが出来た。お礼といったらなんだが、必ず腕時計盗難事件の真相を解明してみせる」
「はい!」
平村の笑顔を見て、改めて誓う。二人の仲を利用したなどと考えるのはもうやめよう。二人のために行動する事を心がけよう。
そして、この事件が終われば伊藤と話してみよう。
とりあえず、何から話そうか。普段、仕事以外のことはあまり話さなかったから、それ以外のことを話してみよう。
それなら、一つ話題がある。今回の一件を話そう。伊藤が興味をもってくれたらいいのだが。
そんなことを考えていると。
「ふ~じどうぉおおおお!」
耳を突き抜けるような怒声に、俺は反射的に身構えてしまった。平村なんて驚きのあまり、硬直している。
腹に響く大声の正体は、御堂だった。
大股でこっちに歩いてくる姿は、かなり怒っているようだ。何があったんだ?
どうでもいいが、平村がおびえて俺の背中にはりついてるのだが。
「何かあったのか?」
「あのバカはどこだ!」
「バカ?」
あのバカ? 誰のことだ?
「破廉恥野郎のことだ!」
俺の襟首を掴み、何度も揺らしてくる。
破廉恥野郎? 男か? 御堂に何か破廉恥な事をしたのか?
御堂にそんなことを言わせるなんて度胸があるというか、命知らずだな。
御堂は下ネタが苦手で、ちょっとしたことでも過敏に反応してしまう。御堂にセクハラしようものなら、半殺しは確定だ。
その勇者に、不謹慎ながらも俺はちょっと興味を持った。
「誰のことだ? 名前をいえ、名前を」
「伊藤だ!」
伊藤かよ!
アイツ、何をやったんだ……。
だが、伊藤は女だし、同性である御堂に破廉恥なことをするのだろうか?
俺はつい、聞き返してしまった。
「伊藤がか? 何かの間違いだろ? 何をされたんだ?」
「あ、アイツは悪魔だ……変態だ……私の鞄にあんな……あんな……」
御堂は顔を真っ赤にさせ、思い出すだけでもおぞましそうな、そんな表情をしている。
「鞄? 何か入れられたのか?」
「お……男同士で……」
「男同士?」
鞄に男同士って何なんだ? 男同士の何が破廉恥につながるんだ?
御堂の言うことは要領を得ない。女子の口からいやらしいことを聞き出すのははばかれるが意味が分からないのは気持ち悪い。
それに伊藤が関わっているのなら、先輩として把握しておきたい。
だから、更に御堂に尋ねる。
「それがどうしたんだ?」
「だから! だから……お、男同士で……おとこ……おとこ……裸……」
「男同士がなんだっていうんだ?」
はっきりいえ、はっきり。
御堂はうつむき、肩をふるわせていたが……顔を上げ、涙目で俺を睨みつけた。
「言えるか、バカ!」
「ぐばはっ!」
ひ、火花が出たぞ、今!
一瞬、何をされたか分からなかった。きっと、御堂のパンチが俺の顔面に直撃したのだろう。今までで一番早いパンチだった気がする。
「とにかく、伊藤を見たらすぐに私に言え! いいな!」
御堂はそう言い残すと伊藤探しに戻っていった。
まるで嵐が過ぎたような気がする。なぜ、俺が殴られなければならなかったのか、そこだけが納得いかない。
「あ、あの、大丈夫ですか、藤堂先輩! 野蛮な人ですね、あの人は!」
平村が顔を真っ青にして怒っている。平村には刺激が強かったみたいだ。
俺は平村を安心させる為、なんでもなかったように答える。
「気にするな。風紀委員では日常茶飯事だ」
「どんだけ体育会系なんですか!」
いやいや、殴られるのは別に体育会系と関係ないと思うぞ。
さて、伊藤と話す内容が決まったな。全く、伊藤との関係を真剣に考えていた俺がバカみたいだ。
伊藤との付き合い方なんて先輩後輩で十分だ。たっぷり教育してやるからな、伊藤。
「い、いえ、その……藤堂先輩って見かけによらず繊細なんだって思っちゃって。すごく親近感がわきます」
「……はっ?」
俺はつい、間の抜けた声をもらしてしまう。
親近感? どこにそんな要素があったんだ?
予測していなかった答えに、俺はまじまじと平村の顔を見つめてしまう。
平村は顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。
……気まずい。
平村は異性と話すのが苦手で、俺は異性でも同性でも話すのが苦手なせいで会話が続かない。
とりあえず、何か話しかけないと。
「そ、その……訳を聞かせてくれないか? 親近感ってなんだ? ちなみに繊細でなくて悪かったな」
俺の質問に、平村はぷっと吹き出し、笑い出した。
い、居心地が悪い……。
「ご、ごめんなさい。藤堂先輩ってすごく怖いのに、私なんかにオロオロしてるのが可笑しくて……それに、変なところにこだわっているし」
はあ……苦手だ。
それにしても、大人しそうにみえた平村だが、こうして向き合うといろいろと表情が豊かだな。
これが素の平村の姿なのだろうか。
平村は一通り笑った後、表情を引き締め、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
「藤堂先輩、ありがとうございます。私は藤堂先輩に救われたのですから」
救われた? 俺が救った? 平村をか? そうなのか?
平村は笑顔を浮かべている。その素直でまっすぐな瞳は嘘を言っていないことが分かる。
俺はつい見とれてしまった。
「私、昔から一人で物事を決めることができなくて、いつも奏水ちゃんや美花里ちゃんに決めてもらっていたんです。でも、今回は藤堂先輩が私の背中を押してくれたおかげで、奏水ちゃんと仲直りしたいって決断できて、自分の意思で行動しました。今はまだ、奏水ちゃんとは少ししかお話できていませんけど、でも、いつかきっと、奏水ちゃんと仲直りしてみせます。それに今回の一件ではっきりと分かりました。もう、誰かに頼るのではなく、自分で決めなきゃって。だって、大切なものは自分で護らないと失ってしまうから……たははっ、バカですよね、私。こんな当たり前のこと、この年になって気づくだなんて」
「……そんなことはない。立派な決断だと俺は思う」
自分の足で前へ進もうという気持ちは恥じるべきことではない。俺よりも立派だ。
大切なものは自分で護るか……あのとき、俺がもっと強かったら護れたのだろうか? 健司との友情も、両親の縁も……。
俺は首を横に振って、ありえない妄想を振り払う。
考えても無駄だな。俺が望んだものはもう、手を伸ばしても届かないところにいってしまったのだから。過去はやり直せないのだから。
だったら、これからのことだけを考えろ。
「ありがとうございます。藤堂先輩ももしかして、誰かと喧嘩したのですか?」
「喧嘩? なぜだ?」
別に喧嘩なんて……ああっ、そうか。
俺はもしかして、まだ引きずっていたのかもしれない。伊藤と喧嘩したことを。
仲直りはしたが、また喧嘩してしまうのでは、仲違いしてしまうのではないか?
そんなことを心のどこかで感じていたのかもしれない。伊藤が俺から離れてしまうことを……恐れていたのかもしれない。
だとしたら、俺は……。
「思い当たることがあるんですね。もし、その人が大切な人なら、すぐに仲直りしたほうがいいですよ。時間がたつと、仲直りするきっかけがなくなりますから。経験者の私が言うんです。間違いないですよ」
俺は平村と目が合い……二人同時に笑った。
経験者は語るか……納得できるな。
俺は何か、心の中にあった重たいものが消えていくのを感じた。
伊藤とは……真っ正面から向き合ってみよう。俺の勝手な判断でコンビを解消するのは、それこそ伊藤に失礼だ。
もっと、人を知る努力をするべきだと俺は思い直していた。そう思えたのは、平村のおかげだ。
だから、お礼を言いたかった。
「ありがとな、平村さん。今回の一件、いろんなものを見直すことが出来た。お礼といったらなんだが、必ず腕時計盗難事件の真相を解明してみせる」
「はい!」
平村の笑顔を見て、改めて誓う。二人の仲を利用したなどと考えるのはもうやめよう。二人のために行動する事を心がけよう。
そして、この事件が終われば伊藤と話してみよう。
とりあえず、何から話そうか。普段、仕事以外のことはあまり話さなかったから、それ以外のことを話してみよう。
それなら、一つ話題がある。今回の一件を話そう。伊藤が興味をもってくれたらいいのだが。
そんなことを考えていると。
「ふ~じどうぉおおおお!」
耳を突き抜けるような怒声に、俺は反射的に身構えてしまった。平村なんて驚きのあまり、硬直している。
腹に響く大声の正体は、御堂だった。
大股でこっちに歩いてくる姿は、かなり怒っているようだ。何があったんだ?
どうでもいいが、平村がおびえて俺の背中にはりついてるのだが。
「何かあったのか?」
「あのバカはどこだ!」
「バカ?」
あのバカ? 誰のことだ?
「破廉恥野郎のことだ!」
俺の襟首を掴み、何度も揺らしてくる。
破廉恥野郎? 男か? 御堂に何か破廉恥な事をしたのか?
御堂にそんなことを言わせるなんて度胸があるというか、命知らずだな。
御堂は下ネタが苦手で、ちょっとしたことでも過敏に反応してしまう。御堂にセクハラしようものなら、半殺しは確定だ。
その勇者に、不謹慎ながらも俺はちょっと興味を持った。
「誰のことだ? 名前をいえ、名前を」
「伊藤だ!」
伊藤かよ!
アイツ、何をやったんだ……。
だが、伊藤は女だし、同性である御堂に破廉恥なことをするのだろうか?
俺はつい、聞き返してしまった。
「伊藤がか? 何かの間違いだろ? 何をされたんだ?」
「あ、アイツは悪魔だ……変態だ……私の鞄にあんな……あんな……」
御堂は顔を真っ赤にさせ、思い出すだけでもおぞましそうな、そんな表情をしている。
「鞄? 何か入れられたのか?」
「お……男同士で……」
「男同士?」
鞄に男同士って何なんだ? 男同士の何が破廉恥につながるんだ?
御堂の言うことは要領を得ない。女子の口からいやらしいことを聞き出すのははばかれるが意味が分からないのは気持ち悪い。
それに伊藤が関わっているのなら、先輩として把握しておきたい。
だから、更に御堂に尋ねる。
「それがどうしたんだ?」
「だから! だから……お、男同士で……おとこ……おとこ……裸……」
「男同士がなんだっていうんだ?」
はっきりいえ、はっきり。
御堂はうつむき、肩をふるわせていたが……顔を上げ、涙目で俺を睨みつけた。
「言えるか、バカ!」
「ぐばはっ!」
ひ、火花が出たぞ、今!
一瞬、何をされたか分からなかった。きっと、御堂のパンチが俺の顔面に直撃したのだろう。今までで一番早いパンチだった気がする。
「とにかく、伊藤を見たらすぐに私に言え! いいな!」
御堂はそう言い残すと伊藤探しに戻っていった。
まるで嵐が過ぎたような気がする。なぜ、俺が殴られなければならなかったのか、そこだけが納得いかない。
「あ、あの、大丈夫ですか、藤堂先輩! 野蛮な人ですね、あの人は!」
平村が顔を真っ青にして怒っている。平村には刺激が強かったみたいだ。
俺は平村を安心させる為、なんでもなかったように答える。
「気にするな。風紀委員では日常茶飯事だ」
「どんだけ体育会系なんですか!」
いやいや、殴られるのは別に体育会系と関係ないと思うぞ。
さて、伊藤と話す内容が決まったな。全く、伊藤との関係を真剣に考えていた俺がバカみたいだ。
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