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バットエンド_届かない声 後編 第七章

七話 縁 その二

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「それなら遠慮なく」
「ち、ちーちゃん!」

 朝乃宮が上春の横から俺の弁当のとんかつを取り上げる。上春は顔を真っ赤にして、朝乃宮に抗議しているが、朝乃宮は知らん顔をしている。
 俺は朝乃宮の行動に感謝した。ここは朝乃宮の思惑にのるしかない。
 俺は朝乃宮の弁当からそうめんを掴む。朝乃宮は何も言わず、食事を続けている。
 俺は上春に話しかけた。

「上春、遠慮することはない。おかずを交換するのだから、お互いイーブンだろ?」
「……ありがとうございます」

 上春ははにかみながら、自分のおかずを差し出してきた。俺はそーめんを一つ箸でつまむ。それを見届けた後、上春は俺のおかず、卵焼きをそっとつまんだ。
 上春が卵焼きを一口かじったとき。

「……あれ?」

 上春は俺の卵焼きをじっと見つめ、食べようとしない。
 な、なんだ? 不味かったのか?
 上春は何か驚いた顔をしているが、俺には全く心当たりがない。失敗なんてしてないよな?

「口に合わなかったか?」

 不安を押し殺し上春に尋ねてみると、上春は両手を強くぶんぶんとふり、違うというアピールをしてきた。

「いえいえ! 美味しいです! でも、なんていったらいいのか、その……この味は」
「咲もそう思いはった?」
「ちーちゃんも? でしたら、勘違いじゃないですよね?」

 上春だけでなく、朝乃宮も何か俺の味付けに問題を感じたのか? だとしたら、何なんだ? はっきり言って欲しい。

「ちょっと、失礼」

 左近が俺の弁当のおかずを一口食べた。しかし……。

「別にいつも通りだと思うんだけど」

 だ、だよな。
 左近とはときどきおかずを交換していることがあるので、俺の味付けをよく知っている。
 その左近がいつも通りというのであれば、問題ないはずだ。伊藤だって褒めてくれた味付けなのに。

 別に俺の料理の腕をけなされるのはいいのだが、この味付けは俺の祖母、楓さんから受け継いだものだ。
 それを何か言われるのは、楓さんの味付けにケチをつけられた気がして、いい気がしない。
 俺が楓さんと同じ料理の腕前だとうぬぼれるつもりはないのだが……。

「正直に言ってくれ。何がダメなんだ?」

 俺の問いに答えたのは朝乃宮だった。

「そんなこと、一言も言ってません。ただ……」
「ただ?」
「どこかで食べた味と思っただけです。それも最近」

 どこかで食べた味? そんなはずはない。
 楓さんは専業主婦だ。楓さんの味を二人が食べる機会なんてあるはずがない。
 だが、上春は朝乃宮の意見に同意するように何度も頷いている。

「気のせいではないか? 卵焼きやとんかつの味付けなんて、あまり変わらないだろう?」

 俺の意見を否定したのは意外にも左近だった。

「それは違うよ、正道。二人が感じているのなら、勘違いって事はないでしょ。それに、とんかつは知らないけど卵焼きは家庭で味付けはバラバラだと思うよ。僕の家の卵焼きは全然あまくなくて、味気なくて好きになれないんだよね。正道の卵焼きは砂糖が入っているでしょ? 僕、個人的には正道の作る甘い卵焼きのファンなの」

 俺はつい苦笑してしまう。確かに、甘い卵焼きを食べられた俺にとって、旅館や余所で出てくる卵焼きを食べると、卵の甘さはあるが、少し物足りないと感じる事がある。
 それと、左近の指摘は納得いくものがあった。
 とんかつだって家庭の味っていうものがあり、味付けは千差万別だ。卵焼きなんてそれこそ、家庭ごとに味付けが様々だろう。
 だとすれば、二人だけが感じる似た味付けとは何なんか?

「そ、それより、藤堂先輩も私の作った素麺そうめん、食べてみてください。美味しいですよ」
「毎日食べると飽きますけど」
「ちーちゃん!」

 ははっ、そりゃそうだな。どんな美味しいものでも、毎日食べると飽きるわな。
 疑問はつきないが、上春達もはっきりとした答えを持っていないようだし、これ以上は追求しても無駄か。
 俺は気持ちを切り替え、麺の束を一口すする。

「……美味しいな。あっさりしていて食べやすい」

 つるっとのどごしのいい、さっぱりした味だ。弁当というくらいだから、水気がなくなっていると思ったのだが、みずみずしかった。

「そ、そうですよね! 美味しいですよね!」
「ヘルシーすぎて食べた気はしませんけど」
「ちーちゃん! 黙ってて!」

 二人の喧嘩を聞き流しながら、俺は箸を動かし、素麺を口にする。
 それにしてもこの素麺、全然腹にたまらないな。おなかすくだろ、これ。
 女子の弁当を見ていつも思うのだが、あまりにも小食すぎないか? 女子って燃費よすぎないか? 腹が減らないのか? だから、甘い物をよく摂取したくなるのか?
 俺はそんなどうでもいい事を考えつつ、購買で余ったパンを買おうと心に決めていた。



 食事を終えて打ち合わせも済んだ後、俺は昇降口に向かっていた。今日は活動を早く切り上げ、明日に備えることになったので帰るつもりだ。
 いつもなら、伊藤と一緒に風紀委員の活動をするところだが、今は別行動している為、隣に伊藤がいない。

 それは伊藤が頑張っている証拠なので喜ばしいことだが、少し寂しいとも感じていた。賑やかなヤツがいないだけで、何か言いようのない隙間を感じる。
 伊藤がそばにいればうるさいと感じ、いなければ寂しいと感じる。全く勝手な話だな。

 伊藤は俺がいないことをどう思っているのだろう?
 小言を聞かずにすんで清々しいと感じているかもな。だとしたら、ちょっとした骨休みになっているのかもしれない。

 今、伊藤は御堂と一緒に行動している。
 御堂には黒井というパートナーがいて、伊藤と同じ一年の風紀委員だ。同じ学年の女子同士、仲良くやっているのだろう。
 そう考えると、御堂と組ませたことは伊藤にとっていいことづくめだな。これを機に、上春達とも組ませた方が伊藤の為かもしれない。

 俺なんかと一緒にいるより、そっちのほうが伊藤にとっていい気がする。
 余計な喧嘩に巻き込まれることもないし、融通の利かない野郎おれの相手をしなくて済む。考えれば考えるほど良い事づくめじゃないか。


 ソウダナ、ソレガイイ。
 オレナンカトイッショニイテモナニヒトツイイコトナンテナイ。
 ダッタラ、ワカレテシマエ。メンドウゴトモナクナルシナ。


 俺は頭に浮かんだネガティブな考えを消し去ろうと頭を左右に振るが、消えるどころか、ある疑問が膨らんでいく。
 伊藤はもしかして、俺と組んだことに後悔しているのではないかと。
 俺は伊藤との縁を大切にしたいと思っているが、それは俺の考えであって、伊藤の考えではない。
 屋上では、伊藤は俺とのコンビ解消にブチ切れていたが、今でもそう思ってくれているのだろうか?
 御堂や黒井と一緒に委員会の活動をして、考えが改まったのではないか?

 そう考えた瞬間、俺なんかが伊藤と一緒にいることで伊藤の貴重な時間を奪っている事に、罪悪感がわいてしまっていた。
 俺は本当に伊藤にとっていい先輩なのか? 反面教師ではないのか?

 拭えない不安が余計なことばかり考えてしまう。ますます、伊藤と俺は釣り合っていない気がしてくる。
 いや、待て。これは好機なのではないか?
 俺は先ほど、人との付き合い、つながりは必要最低限でいいと思っていた。ならば、伊藤とのつながりは必要最低限のうちに入るのか?

 左近とは風紀委員の活動上、付き合いは欠かせないが、伊藤はそうではない。
 伊藤がいなくても、活動はできるし、生活に支障をきたすわけでもない。今までだって、ずっと一人で対応してきた。
 寂しいと思っているのは今だけで、慣れてしまえば寂しいと思うことはなくなるのではないか。
 だとしたらいっそ、コンビを解消した方がお互いの為になるのでは……。

「こ、こんにちは、藤堂先輩」

 俺は突然聞こえた小さな声に、我に返る。思考が停止し、何か思い詰めていたものが消えていくのを感じる。
 俺は声を掛けてきた人物に話しかける。

「……平村さんか」

 声の主は平村だった。俺は軽く頭を下げる。
 平村は何か困ったような顔をしているが、何かあったのか? まさか……。

「もしかして、白部さんに何かされたのか?」

 アイツ、また平村に……いや、そんなことはあり得ない……と思いたいが、まさか……黒幕に何かされて、それで再び平村をイジメて……。

「えっ? 奏水ちゃんにですか? いえ、特に何もありませんけど」
「そっか……やはりか。杞憂きゆうだったな」

 ただの俺の思い過ごしだったようだ。そうだよな、俺は白部と約束したんだ。
 白部に限って約束を破ることはないと思っていた。それが確認できただけでもいい知らせだ。
 それに、黒幕は白部達にちょっかいをかけてはいないようだな。保険はかけておいたが、いつまで効力があるのか分からない。
 さっさと事件を解決させるべきのだが……それにしても、どうして平村の顔が急に真っ赤になっているんだ?

「あ、あの……ありがとうございます」
「何がだ?」
「奏水ちゃんの事です。おかげで少しずつですが話が出来るようになりました。藤堂先輩のおかげです。あっ、もちろん、みんなの前ではお互い無視していますが、電話でお話をするのはいいですよね?」

 これが俺が二人にかけた保険の内容だ。
 人前では冷め切ったような態度をとる事で、まだイジメは続いていることを周りに誤解させ、完全に二人っきりになれるところでは好きに話をしていいと俺は提案した。

 そうすることで、黒幕にはまだ二人の仲が修復していないと思わせ、ちょっかいを出さないようにする作戦だ。
 二人は俺の意見にちゃんと従ってくれている。二人のためにも、さっさと事件を解決させないとな。
 往来で自由におしゃべりができるようにするために。

「ああっ、問題ない」
「よかった……」

 平村の笑顔がまぶしかった。
 平村は白部との仲を修復しようとしている。大切なものが何かはっきりと分かっているのだ。だから、俺のように迷いがない。
 心から信じられる人がいるとは、どんな気持ちなのだろう。健司と別れて以来、心を許せる友はいない。だから、平村の気持ちが羨ましい。

 もしかすると、俺が二人の仲に介入したのは余計なお世話だったのではないか? 俺が何もしなくても、二人は仲直り出来たのではないのか?
 くそっ! ダメだ。
 ネガティヴな考えが止まらない。なぜだ……なぜなんだ……。

「藤堂先輩、何か悩んでいるんですか?」

 いつの間にか、平村がかなり近い距離で俺の顔色をうかがっている。近い! 近い!
 俺は一歩下がって平村と距離をとる。そして、何でもないと言いたくて、手をパタパタと横に振る。

「大丈夫だ。何も……」
「ウソです。藤堂先輩、悩んでいます。顔を見れば分かります。もしかして……私のせいですか?」
「違う! ただ……」

 俺は平村に心配を掛けたくなくて、自分の気持ちを打ち明ける。それに平村なら……俺の悩みの答えを知っている気がしたからだ。

「……お節介が過ぎたのでは……そう思っていたんだ。俺は平村さんのイジメを解決したかった。その為に俺は二人の友情を利用した。結果、うまくいっているようだが、もし、どちらかが仲直りしたくなかったら、友情が冷めてしまっていたのなら……俺は余計なことをしたと思ってな。それに、俺が何もしなくても結局二人は仲直りできたとさえ思うんだ」

 素直な気持ちを打ち明けた後、俺は深いため息をついた、俺の本音を聞いて、平村はどう思ったのか? 失望したのかもな……。
 もちろん、二人の仲を純粋に取り持ちたいとも思っていた。

 伊藤には二人を仲直りさせるよう努力してみるとは言ったが、もし、二人が仲直りを望んでいなかったら、俺のやろうとしたことは二人にとっていい迷惑だっただろう。
 二人に嫌われるのはいい。だが、迷惑をかけたくなかった。特に平村は白部によるイジメで精神的にまいっていたのだ。更に追い打ちをかけるようなことはしたくなかった。
 俺の懺悔さんげに、平村はくすくすと笑っていた。俺を責めるわけでもなく、ただ可笑しそうに笑っている。
 どうして、笑うんだ? 笑えるんだ?
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