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二十九章

二十九話 バラ その九

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 楽しい時間はあっという間に過ぎ、青島祭最後のイベント、キャンプファイヤーが始まろうとしていた。

 これが終われば、青島祭はおしまい。

 色々なことがあったけど、もう終わっちゃうんだ。もっと遊びたかったな……。
 結局、先輩とは会えずじまい。体調が悪いから、もう帰ってしまったらしい。
 先輩に無理をさせてしまったことをどうしても謝りたくて、先輩にメールしたんだけど、返事が『気にするな』の一文だけ。本当に先輩らしい。

 六時を過ぎると、もう太陽は沈んで周りは暗い。みんなはキャンプファイヤーが始まるまで、おしゃべりをしている。
 ちなみに私は準備係なので、せっせと働いている。雑用ばかりだと思っていたけど、いろんな裏事情を知ることが出来て、やっててよかったと思う。
 丸井先輩から準備が完了した事を告げられ、これで私のお仕事は終わり。後は、後夜祭が始まるのを待つだけ。
 しばらくすると……。

「おまたせ致しました。後夜祭を始めたいと思います。火をつけますので、近寄らないようお願いいたします」

 青島祭実行委員の人達が丸太を使って『井』の形をした井桁に、トーチ棒を使って点火しようとしている。火がつくと、暗闇に光が浮かび上がる。
 おおおっ~と声があがり、みんなが集まっていく。

「それでは音楽を流します。みなさん、楽しんでいってください」

 スピーカーから音楽が流れ、後夜祭が始まる。後夜祭については周りに迷惑をかけなければそれでいいといったゆるいルールしかない。
 音楽に合わせてフォークダンスするのもよし、キャンプファイヤーを見ながらただおしゃべりするのもよし。要は自由時間というわけ。

 さてっと、私は帰ろう。私は帰り支度を始める。
 えっ、始まったばかりなのに、もう帰るのかって? 当たり前じゃん。だって、私、一人だもん。
 クラスのみんなと来たけど、私が仕事をしている間に、友達は彼氏と一緒にどこぞへと消えてしまっていた。
 明日香もるりかも彼氏達とよろしくしている。周りを見てもカップルだらけ。リア充ども、燃えてしまえと言いたい。

 でも、みんなが幸せなんだからいいよね。
 私はキャンプファイヤーの準備の係で、片付けは別の人がやってくれる。火がついたということは、私の役割は終わり。
 先輩のいない後夜祭に興味はないし、クラスの打ち上げの会場を予約しにいこう。
 他のクラス、部も打ち上げするらしいし、早く場所どりしなきゃ。

「伊藤さん」

 声をかけてきたのは橘先輩だった。私は舞台裏での橘先輩の姿を思い出し、つい一歩下がってしまう。
 今の橘先輩はどっち? いつもの橘先輩? それとも怖い方の橘先輩?

「ははっ、ごめんね。もしかして、嫌われた?」
「……いえ。それより、何か用ですか? トラブルが起きたとか?」
「そうそうトラブルは発生しないよ。それより、どう? 僕と一緒に踊らない?」

 意外な提案だった。橘先輩からダンスに誘われるなんて。橘先輩はそんなキャラではないような気がしたのに。

「ダメかな? 実は今しか時間が取れなくてね。一回しか踊れないんだ。だから、伊藤さんにお願いしたいんだ」
「……一つだけ条件があります」
「なにかな?」
「私の前でもう、怖い橘先輩にならないでくださいね」
「……心得たよ。じゃあ、踊ろうか」

 橘先輩が手を差し伸べてきた。私は少しテレながらも、その手を掴む。橘先輩にエスコートされるなんて、これって結構レアイベントだよね?
 流れている曲は『オクラホマミキサー』。定番だよね、この曲。それとも、青島が田舎だからこの曲なのかも。

 私と橘先輩は一礼して、ダンスの輪に入っていく。男の子とこうして二人で踊るのって緊張する。
 BGMが明るい曲だから、そのせいで緊張は若干ほぐれるけど、それでもどきどきしちゃう。

 やはりというか、当たり前なんだけど、橘先輩って男の子だよね。
 手も身長も大きいもん。それにダンスでも、ちゃんとエスコートしてくれて、難なく踊れている。
 ゆっくりと流れるようにステップを刻む。いいよね、女の子扱いされるのって。いつもそうしてほしい。でも、少し緊張してしまう。
 私は落ち着かなくて、おしゃべりしてこの気持ちをまぎらわそうとした。

「橘先輩。私との勝負ですけど、何をもって勝ち負けを決めるんですか? 橘先輩の前に獅子王さん達を連れてきて、二人は付き合っていますって言えばそれでOKなんですか?」
「そんなことはもうどうでもいいよ。僕が負けても勝っても、風紀委員は獅子王さん達に関わらない。それでいいじゃない。伊藤さんももういいよね?」

 橘先輩の質問に、私は……。

「……そうですね。二人は付き合うことになりますし、いつまでもお邪魔虫がいてはいちゃつけませんからね。あっ、何か相談されたら力になってもいいですか?」

 私の問いに橘先輩はうなずく。

「いいよ、それで。それよりも、今はこの時間を楽しもうよ。僕、楽しみにしてたんだ。伊藤さんと踊るの」
「……もう、私を口説いているんですか? 私には先輩がいますからね」
「そうだね。二人仲良くね」

 そういいつつ、私を見つめてくるのはやめてほしい。橘先輩との距離が近いんだから、恥ずかしい。
 体が密着しているし、どきどきしっぱなし。
 べ、別にこれって浮気じゃないよね? 上司の命令に逆らわないのがよき部下ってことだよね?

 そんな意味不明な言い訳をしつつ、私は頬が赤くなるのを感じながら、橘先輩とフォークダンスを続ける。
 曲が終わり、お互い礼をする。橘先輩の手が私の手から離れていく。それが少し名残惜なごりおしいと感じていた。

「じゃあ、僕は仕事に戻るから。遅くならないうちに帰ってね」
「子供じゃないんですから。でも、風紀委員として節度ある行動をします。それでいいですか?」

 橘先輩は笑顔でうなずき、人ごみの中に消えていった。
 ちょっと予想外の出来事だったけど、これはこれでいい思い出。さて、今度こそ、いこうかな。

 ん? あれは……獅子王さんと古見君!
 二人もダンスに参加している。周りにいるみんなは特に気にせずに踊っていた。
 よかったね、古見君、獅子王さん。きっと、二人はもう大丈夫だよね。本当に羨ましいな。来年こそ、私も先輩と一緒に……。

「ほ・の・か・ク・ン」
「きゃ!」

 後ろから耳元でささやかれ、私はびっくりして前へ飛び上がる。こんなことをする人は一人しかいない。
 浪花先輩の隣には八乙女先輩がいる。二人は今、踊ってきたところかな?

「炎の光に照らし出されるほのかクンも幻想的で美しい。お姫様、ボクと一曲、踊っていただけませんか?」

 浪花先輩が膝をつき、まるで王子様がお姫様の手にキスするような格好で私をダンスに誘ってくる。私の返事は決まっていた。

「喜んで。さあ、踊りましょうか、八乙女先輩」
「はい!」
「えっ? ちょ、ちょっと! ほのかクン!」

 浪花先輩を無視して、私は八乙女先輩の手を握り、輪の中に入る。
 お辞儀をして、手をとり、踊り出す。私から誘ったんだから、男の子のポジションで踊る。

「ありがとう、伊藤さん。とても楽しいわ」
「いえいえ。私もたまには浪花先輩にヤキモチをやいてもらわないとって思っていたんです」
「まあ!」

 私達は困惑している浪花先輩を見て、お互い笑いだす。恋人の前で他の女の子を誘うなんて、マナー違反ですよ、浪花先輩。
 少しは反省してくださいね。

「伊藤さん、本当にありがとう。あなたのおかげで叶愛と楽しい青島祭を堪能たんのうできました。全て伊藤さんのおかげです」
「いえ、そんなことありせん。八乙女先輩やみんなが力を貸してくれたからうまくいったんです。私一人の力では何もできませんでした」

 まさにその通り。私一人では何もできない。みんなが力を貸してくれたから、やり遂げることができた。
 私はたいしたことないのに、周りのみんなはそう思っていない。私が新見先生に勝ったってことになっている。それは大きな勘違いなのに……。
 力を貸してくれたみんなに申し訳ないと思っている。でも、八乙女先輩は私の考えを否定するかのように首をゆっくりと横に振る。

「それは違うわ。伊藤さんの本当の力はみんなを結びつける力なのよ」
「結びつける力?」
「そう。一人一人は点でしかない。大きい点、小さい点、人それぞれだけど、それ自体は小さいものなの。でも、伊藤さんの力は、その点を結び付けて大きな円を作り上げることなの。その大きな点はみんなの力を合わせることができるから、どんな困難にも立ち向かえるの。素敵な力だと思うわ」
「そ、そうですかね?」

 過大評価しすぎじゃない? ちょっとむずがゆいんだけど。
 けど、八乙女先輩がそれでいいのなら、そうしておこう。要は私の力が小さくったって、みんなと力を合わせたら、ハッピーエンドになれる。
 それでいいよね?

 曲が終わってしまったので、八乙女先輩と踊る時間も、もうおしまい。お互い礼をして手を離す。
 ちなみに浪花先輩が泣いて踊ってほしいとせがまれたので、一緒に踊ってあげました。
 さて、フォークダンスも堪能したし、そろそろ……。
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