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二十九章

二十九話 バラ その七

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 さて、すぐに先輩のお見舞いにいきたいけど、手ぶらでいくのは寂しいよね。先輩は私の命の恩人だし、いっぱい差し入れを持っていこう。
 先輩が食べきれないくらいたくさんの美味しいものを用意して、怪我を治してもらおう。
 何を買いにいこうかな~。

「ちょっと、ほのか! お化け屋敷の受付、サボってるんじゃないわよ!」
「あっ」

 わ、忘れてた! 昨日の午後は青島祭実行委員のお手伝いだったから、今日のお昼はお化け屋敷の当番だった! 
 なんてタイミングが悪いの。というか私、全然遊ぶ時間がないよね? 働き過ぎだよね? ちょっとくらい、遊ばせてよ~。
 ぐずっても仕方ないよね。すぐにいかなきゃ。

「いや、いいんだ。ほのかは俺と当番変わってもらったから」

 えっ? コージ君?
 いつの間にか、コージ君が私の横に立っていた。当番を変わった? なんのこと?

(いいから俺に任せとけって。バンドができたのも、元カノとヨリを戻せたのもほのかのおかげだからな。これはほんのお礼だ)

 コージ君、キミって人は……まるで学園恋愛ゲームに出てくる主人公の親友並みの気配りだよ。ちょっと見直した。
 コージ君が当番を変わってくれたおかげで、午後はまるまる時間が空いた。何をするべきかなんて決まってる。
 ママからもらった青島祭を楽しむ為の臨時のお小遣い全てを使って、先輩に差し入れにいこう!

 校舎を出て、運動場へ向かうと屋台がずらっと並んでいる。いい匂いが鼻を刺激する。お腹もすいてきた。
 そういえば、劇があって準備に忙しかったからお昼、まだ食べてない。
 ちょっとだけ、食べちゃおうかな? いや、先輩もお昼食べてないし、我慢しなきゃ。

「おじちゃん。たこ焼き八個入り二つ! ソースと醤油でお願いします!」
「あいよっ! 三百万円」

 くだらなっ! しかも、高い! そう思いつつ、三百円を渡した。
 もちろん、これだけではない。
 焼きそば、わたあめ、りんごあめは定番だよね。後はお好み焼き、ポップコーン、コロッケ、串焼き、おにぎり、サンドイッチ、青島風ペペロンチーノってとこかな?
 飲み物はコーラや果汁ジュース、ポカリくらいでいいよね。

 食べ物と飲み物が入った袋のひもが両手に食い込むけど、全然苦にならない。
 だって、楽しみなんだもん。先輩と一緒に食べるご飯、いいよね~。先輩は怪我人だし、私が食べさせてあげよう。

 たこ焼きをふうふうって息をかけて、冷ましてあげてから食べさせせる。
 先輩の事だから、息を吹きかけても、中は熱いとか空気読めてない発言しそう。
 それとも、買い過ぎだってお説教かな? うわ~リアルで想像できちゃうよ~。

 でも、先輩の事だから、文句を言いつつも、全部食べてくれるんだろうな。体調が悪いのにね。
 もちろん、残ったら私が全部食べるから。先輩に負担をかけられないもん。
 お腹壊しちゃうかもしれないけど、明日は休みだし、いいよね。
 校舎に入る途中、いろいろな人を見かけた。

 浪花先輩と八乙女先輩のペア。八乙女先輩、嬉しそうだったな。
 浪花先輩は相変わらず、いろんな女の子に手を振っていたけど。あまり八乙女先輩にヤキモチやかせないでくださいね。

 馬淵先輩と本庄先輩、秋庭先輩の三人も見かけた。秋庭先輩が楽しそうに本庄先輩の手を引っ張っていく。本庄先輩は呆れながらも、秋庭先輩についていく。それを馬淵先輩があたたかく見守っていた。
 三人の時間を楽しんでくださいね。

 獅子王さんと古見君も見かけた。とても楽しそうに屋台をはしごしていた。
 古見君は満点の笑顔を浮かべ、獅子王さんもいつもの不機嫌な顔じゃなくて、微笑んでいる。
 あの調子なら、絶対に別れないよね。これからも大変だと思うけど、頑張ってください。
 もし、私なんかの力が必要であれば、いつでもお貸ししますから。

 みんなの幸せそうな顔を見ることが出来て、本当によかった。
 これからも、きっと楽しいことが続くと信じている。私も頑張らないと。

 校舎の中に入り、展示を見に来た人達の邪魔にならないよう、廊下の端っこを歩き、保健室へ向かう。
 保健室が見えてきたとき、一人の女の子が目に入った。あれは……黒井さん?
 黒井さんは私と同じ一年生の風紀委員の女の子。でも、保健室前で何をしているの?

「こんちは、黒井さん。こんなところで何してるの? あっ、これ食べる? 美味しいよ」

 私は串焼きを一本黒井さんに差し出す。黒井さんにはいつもお世話になってるし、お返ししなきゃね。
 黒井さんは私の両手いっぱいの荷物を見て、悲しそうな顔をしている。なんでそんな顔をするの?
 もしかして、ダイエット中だとか。だとしたら、不味いかな? 

 けど、黒井さんの事だから呆れているのかな? こんなにたくさん買ってきたんだもん。毒舌の黒井さんならそう思うよね。
 黒井さんはいつもの強気な目つきではなく、申し訳なさそうな目で私を見つめている。

「黒井さん、もしかして食欲ない?」
「……」

 こくりと黒井さんは頷く。そういえば、もうお昼すぎてるし、昼食すませたみたいだね。
 でも、デザートとして食べても問題ない美味しさだと思うんだけどな。
 もしかして、遠慮しているとか?

「そっか。なら、りんご飴、どう? これなら後でも食べることができるし、美味しいよ。遠慮なんていらないから。黒井さんには助けてもらってばかりだし、受け取ってもらえたら嬉しいな」
「……結構ですわ。それより、保健室に何か用がありまして?」

 黒井さんの何か落ち込んでいるような表情が気になったけど、私は笑顔で答えた。

「うん! 先輩が保健室で休んでいるからお見舞いにきたの。ほら、差し入れも持ってきちゃった。エヘヘッ! ちょっと多すぎたよね?」
「……申し訳ありませんが、あなたを保健室に入れるわけにはいきませんの。帰ってくださいまし」
「もう、ヤダな、黒井さん。私、もう限界なの。ほら、腕が真っ赤になっちゃってる。意地悪しないで入れてよ」

 私は黒井さんの横とすり抜けようとするけど、黒井さんが体を張って邪魔してくる。
 最初は意地悪かと思った。でも、黒井さんはこんな意地悪をしない人。だったら、どうして?
 保健室には先輩がいる。黒井さんは御堂先輩のパートナー。もしかして……。

「保健室にはお姉さまがいますの。伊藤さんの気持ちは重々承知しています。その両手の荷物とあなたの笑顔を見れば、どれだけ藤堂先輩の事を想っているのか分かりますの。ですが、あえて言わせていただきます。二人の邪魔をしないでくださいまし。もし、私達に恩を感じているのであれば、今日だけは、この時間だけはお姉さまにいただけませんか? お願いします!」

 黒井さんが深々と頭を下げてくる。
 困るよ……そんなことされても困るよ、黒井さん……知ってるんだよね、私の気持ち?
 それなのに……それなのに……。

「そんな……そんなのってないよ、黒井さん。そんなこと言われたら、私、拒否できないよ……私、先輩の事、好きなんだよ。そんなお願いってないよ……」

 涙があふれてくる。今までの幸せな気持ちが消え去っていく。
 私だって、私だってお仕事頑張ってた。確かに青島祭やその準備の時、私は先輩と一緒にいた。
 でも、それはお仕事で一緒にいただけで、遊んでいたわけじゃない。
 仕事抜きで先輩と一緒に青島祭の空気を感じたかった。二人でおしゃべりしたかった。楽しい時間を過ごしたい、それだけなのに……。
 黒井さんも辛そうな顔をしている。それは私がさせているんだ。

 私ってそんなにダメなの? 先輩も私のせいで辛い目にあわせている。だけど、好きで困らせているわけじゃない。
 私だって、頑張ってるのに、どうして、誰かを苦しめちゃうの?
 私はいたたまれなくなり、逃げるようにこの場から走った。
 流れる涙をぬぐわず、どこにいっていいのかも分からず、ただ逃げることしかできなかった。
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