314 / 521
二十九章
二十九話 バラ その四
しおりを挟む
劇の出だしは、高天原に住む神々が、二人の神、男神イザナキと女神イザナミ神に国造りを命じることから始まる。
神々から与えられた天の沼矛を使い、島を作り上げた。その島でイザナギとイザナミが天の浮橋から舞い降りる。
ここで幕が開き、劇が始まる。私のナレーションはここで一旦終了。次のナレーションまで、獅子王さんの劇を見守ろう。
照明が獅子王さんと古見君にあたる。獅子王さんの凛々しい姿と古見君の麗しい容姿に観客から声が上がる。その声は非難ではなく、称賛だった。
二人ともイケメン……ではなく、古見君だけが美少女のように綺麗。
獅子王さん達は離れた場所からゆっくりと歩き出す。そして二人は約束通り、天御柱を廻り、巡りあう。
古見君が獅子王さんと向き合い、ささやくようにつぶやく。
「……ああっ、愛しい人よ」
獅子王さんも古見君を真っ直ぐ見据えて伝える。
「……お前はいい女だ、だがな……」
獅子王さんが少し不機嫌そうな顔になる。なぜかというと……。
「バカ、先に言うな。俺様から言わせろ。お前を愛している」
キャーと黄色い声があがる。若干、セリフはアレンジさせていただいている。
ここで獅子王さんが古見君を押し倒し、まぐわりがはじまる。押し倒したところはシートが引かれていて、光に映し出された二つの影がからみあっているように動いている。
実際はからみあっていないんだけどね。
きゃーきゃーと声があちらこちらで聞こえてくる。理由は男の子同士のカラミのせいか、それとも、男女のカラミに見えちゃうのか。
ちなみに先輩は顔をそむけている。ウブだよね、先輩は。
園田先輩は睨みつけている。あれは絶対、劇の出来具合をチェックし続けているよね。目が真剣すぎる。
ここで証明が消え、幕が下りる。幕を下りたのを確認してから、私のナレーションが始まる。
イザナギとイザナミは子供のたくさん作るんだけど、そのうちの一人、カグツチを産んだ時にイザナミは死んでしまう。
死因が壮絶なんだけど、興味あったら調べてみてね。
ここでまた幕が開く。
横たわる古見君を抱き上げ、獅子王さんが天に吠えるように大声で叫ぶ。
「イザナミィイイイイイイイイイイ! たった一人のガキの為に、俺様の最愛のイザナギィがぁあああああああああああ!」
獅子王さんは怒り狂い、腰の剣を抜き、カグツチを容赦なく一切の迷いもなく切り捨てる。その迫真の演技に、みんなが息をのむ。
愛しい人を殺されたからって、自分の子供でも躊躇せずに斬り殺すなんて……。
獅子王さんは古見君を抱えて、ステージをゆっくりとおりる。
本来のお話は亡くなったイザナミをイザナギが比婆の山で葬ってから、カグツチを斬っちゃうんだけど、劇の都合上、シナリオを変更させていただいた。
ここからが黄泉比良坂の本番。一番の見どころになる。みんなにじっくりと見てほしい。
ん? なに?
最初は見間違えだと思った。目を凝らしてじっと天井を見ると……誰かいる! どうして、あんなところに?
ステージの証明、天井に人影が見えた。
証明は機械操作でやるので、あんなところに青島祭実行委員がいる必要はない。なら、なぜ?
嫌な予感がした。ゲート転倒、鳴らなかったBGM。もしかして……。
「伊藤?」
私はすぐさま、天井に続く階段を上る。先輩の声が聞こえたけど、今は一刻を争う事態。もし、何かあったら先輩を呼べばいい。
階段を上がると、周りは真っ暗。証明は足元にあるけど、下に向いて光を照らしているので、視界が悪い。
うわっ、怖っ! 高い! 高いよ!
下を見ちゃうと、ステージまでの距離が結構ある。落ちたら死んじゃうかも。落ちないよう慎重に進んでっと。
私は不審者がいた場所に近づく。どこにいるの?
ガラン!
音がした方を見ると……いた!
顔は見えないけど、体の細さからして、女の子?
捕まえて確かめればいい。
「待って!」
絶対に逃がさない! きっとロクなことしていないはず。獅子王さん達の邪魔はさせないから!
大きく足を踏み出し……。
「えっ?」
ふわっとした浮遊感というか、何も感触がない。脳が危険信号を出すけど、間に合わない。
私は足を踏み外し、そのまま落ちて……。
「伊藤!」
私の右手に強い圧迫感があった。頭ががくんとなる。
右手の痛みの原因をたどると、先輩がいた。先輩が私を落ちないよう支えてくれているんだ。
「先輩!」
やっぱり、先輩は私の王子様だ! 先輩に引き上げてもらって、すぐに追いかけなきゃ!
先輩は私を持ち上げ……てくれない。どうして? 先輩の手が震えている。
もしかして、私って重い? ううっ、ショックだよ……先輩、持ち上げてよ~。
先輩、とても辛そうな顔をしている。額に汗を浮かべて、顔が真っ赤になっている。
ごめんね、先輩。私が重いせいで。助かったらダイエットしますから。
「くっ……伊藤。なんとか……這い上がれ……ないか?」
私は先輩の腕を掴み、這い上がろうとした。でも……。
「痛っ!」
先輩が顔をしかめてしまい、慌てて手を離す。どうしたの、先輩? そんなに痛かったの?
「あっ……」
思い出してしまった。先輩の腕はゲートが転倒してきたとき、私をかばったせいで腕を痛めた。それがまだ治っていないとしたら……。
先輩が苦しそうに、それでも私の腕を離さないでくれている。
でも、先輩の腕の震えがいつまでもつのか分からないと伝わってくる。
死ぬ……。
そんな現実が頭によぎった。
怖い……怖い怖い怖い! 助けて! 助けて、先輩!
「助けて! 助けて! 先輩!」
恥も外見もなく、私は先輩の腕にしがみつく。死にたくない、死にたくない、死にたくない!
助けてよ、助けてよ、先輩! 先輩!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
先輩の叫び声に私はあっけにとられる。先輩は目をぎゅっとつぶって歯を食いしばり、体全体を使って私を引き上げようとしている。
先輩に掴まれている手の部分が痛くて熱い。手加減なしの全力。それほど辛いんだ、先輩。
さっきまでのパニックになっていた自分が恥ずかしい。
先輩はこんなにも頑張っているのに、私は泣き叫んでいただけ。私も頑張らなきゃ!
勇気を出して、片方の手を必死に足場へ伸ばした。ちょっとずつ、ちょっとずつだけど、足場に手が近づく。
あと少し……あと少しで……。
もうちょっとで手が届きそうなのに、届かない。先輩の引き上げる手が止まってしまった。
先輩の手がぶるぶると震えて、今にも私の手から離れてしまいそうになる。
もう、ここからは自力で上がるしかない。
お願い、私の手、足場を掴んで! もう少しで届くのに!
私の願いは届かず、空を掴むことしかできない。足場に手が届かない。
「……すまん、伊藤。もう、もちそうにない」
「……」
ははっ、仕方ないよね。先輩は頑張ってくれた。
こんなことになったのは私のドジのせい。だから、これは天罰だよね。
落ちたら痛いのかな? 死にたくないし、あまり痛いのはイヤ。骨折くらいで許してほしいな……。
先輩、私の事助けることが出来なかったからって、気にしちゃダメですからね。
私の不注意で起こした事だから、私が悪い。先輩は悪くありませんから。
不思議と恐怖はなかった。先輩の必死の頑張りがあったからこそ、あきらめがついた。
きっと、大丈夫だよね? 私、死なないよね?
運よく獅子王さんが受け止めてくれるかもしれないし……そうなったら、劇はどうなるの?
第二の女登場で盛り上がるのかな? なんてね。
獅子王さんに助けられたら、逆にもっとひどい目にあうかも……劇を邪魔しやがってっとか言われそう。
そ、そっちのほうが怖くなってきた。
はははっ、覚悟が決まると、不思議と余裕が出てきた。さあ、先輩。腕を離してください。
「伊藤、一、二の三で落ちる。伊藤はなるべく頭を護れ。後は俺がなんとかする」
えっ? どういうこと? 落ちる? 手を離すの間違いじゃないの?
私は全身鳥肌が立つような寒気を感じた。まさか……先輩も落ちる気なの! きっと私の下敷きになって守ってくれるつもり……。
ダメ! この高さで50キロの荷物を抱えて落ちるなんて、絶対にただではすまない! そんなことしたら、絶対に先輩が死んじゃう!
私のせいで先輩に何かあったら、私は生きていけない。きっと、心が壊れる。
やめて! やめてよ! そんなの、望んでない!
「いくぞ。一、二の……」
「ダメ! 絶対にダメです! 先輩!」
いや! なんでなの! こんなのひどいよ!
先輩の覚悟を決めた顔に、私は絶望してしまった。もう、先輩を止められない。
誰か……誰か先輩を助けて! お願い! 誰か助けてよ!
「三!」
「先輩!」
神々から与えられた天の沼矛を使い、島を作り上げた。その島でイザナギとイザナミが天の浮橋から舞い降りる。
ここで幕が開き、劇が始まる。私のナレーションはここで一旦終了。次のナレーションまで、獅子王さんの劇を見守ろう。
照明が獅子王さんと古見君にあたる。獅子王さんの凛々しい姿と古見君の麗しい容姿に観客から声が上がる。その声は非難ではなく、称賛だった。
二人ともイケメン……ではなく、古見君だけが美少女のように綺麗。
獅子王さん達は離れた場所からゆっくりと歩き出す。そして二人は約束通り、天御柱を廻り、巡りあう。
古見君が獅子王さんと向き合い、ささやくようにつぶやく。
「……ああっ、愛しい人よ」
獅子王さんも古見君を真っ直ぐ見据えて伝える。
「……お前はいい女だ、だがな……」
獅子王さんが少し不機嫌そうな顔になる。なぜかというと……。
「バカ、先に言うな。俺様から言わせろ。お前を愛している」
キャーと黄色い声があがる。若干、セリフはアレンジさせていただいている。
ここで獅子王さんが古見君を押し倒し、まぐわりがはじまる。押し倒したところはシートが引かれていて、光に映し出された二つの影がからみあっているように動いている。
実際はからみあっていないんだけどね。
きゃーきゃーと声があちらこちらで聞こえてくる。理由は男の子同士のカラミのせいか、それとも、男女のカラミに見えちゃうのか。
ちなみに先輩は顔をそむけている。ウブだよね、先輩は。
園田先輩は睨みつけている。あれは絶対、劇の出来具合をチェックし続けているよね。目が真剣すぎる。
ここで証明が消え、幕が下りる。幕を下りたのを確認してから、私のナレーションが始まる。
イザナギとイザナミは子供のたくさん作るんだけど、そのうちの一人、カグツチを産んだ時にイザナミは死んでしまう。
死因が壮絶なんだけど、興味あったら調べてみてね。
ここでまた幕が開く。
横たわる古見君を抱き上げ、獅子王さんが天に吠えるように大声で叫ぶ。
「イザナミィイイイイイイイイイイ! たった一人のガキの為に、俺様の最愛のイザナギィがぁあああああああああああ!」
獅子王さんは怒り狂い、腰の剣を抜き、カグツチを容赦なく一切の迷いもなく切り捨てる。その迫真の演技に、みんなが息をのむ。
愛しい人を殺されたからって、自分の子供でも躊躇せずに斬り殺すなんて……。
獅子王さんは古見君を抱えて、ステージをゆっくりとおりる。
本来のお話は亡くなったイザナミをイザナギが比婆の山で葬ってから、カグツチを斬っちゃうんだけど、劇の都合上、シナリオを変更させていただいた。
ここからが黄泉比良坂の本番。一番の見どころになる。みんなにじっくりと見てほしい。
ん? なに?
最初は見間違えだと思った。目を凝らしてじっと天井を見ると……誰かいる! どうして、あんなところに?
ステージの証明、天井に人影が見えた。
証明は機械操作でやるので、あんなところに青島祭実行委員がいる必要はない。なら、なぜ?
嫌な予感がした。ゲート転倒、鳴らなかったBGM。もしかして……。
「伊藤?」
私はすぐさま、天井に続く階段を上る。先輩の声が聞こえたけど、今は一刻を争う事態。もし、何かあったら先輩を呼べばいい。
階段を上がると、周りは真っ暗。証明は足元にあるけど、下に向いて光を照らしているので、視界が悪い。
うわっ、怖っ! 高い! 高いよ!
下を見ちゃうと、ステージまでの距離が結構ある。落ちたら死んじゃうかも。落ちないよう慎重に進んでっと。
私は不審者がいた場所に近づく。どこにいるの?
ガラン!
音がした方を見ると……いた!
顔は見えないけど、体の細さからして、女の子?
捕まえて確かめればいい。
「待って!」
絶対に逃がさない! きっとロクなことしていないはず。獅子王さん達の邪魔はさせないから!
大きく足を踏み出し……。
「えっ?」
ふわっとした浮遊感というか、何も感触がない。脳が危険信号を出すけど、間に合わない。
私は足を踏み外し、そのまま落ちて……。
「伊藤!」
私の右手に強い圧迫感があった。頭ががくんとなる。
右手の痛みの原因をたどると、先輩がいた。先輩が私を落ちないよう支えてくれているんだ。
「先輩!」
やっぱり、先輩は私の王子様だ! 先輩に引き上げてもらって、すぐに追いかけなきゃ!
先輩は私を持ち上げ……てくれない。どうして? 先輩の手が震えている。
もしかして、私って重い? ううっ、ショックだよ……先輩、持ち上げてよ~。
先輩、とても辛そうな顔をしている。額に汗を浮かべて、顔が真っ赤になっている。
ごめんね、先輩。私が重いせいで。助かったらダイエットしますから。
「くっ……伊藤。なんとか……這い上がれ……ないか?」
私は先輩の腕を掴み、這い上がろうとした。でも……。
「痛っ!」
先輩が顔をしかめてしまい、慌てて手を離す。どうしたの、先輩? そんなに痛かったの?
「あっ……」
思い出してしまった。先輩の腕はゲートが転倒してきたとき、私をかばったせいで腕を痛めた。それがまだ治っていないとしたら……。
先輩が苦しそうに、それでも私の腕を離さないでくれている。
でも、先輩の腕の震えがいつまでもつのか分からないと伝わってくる。
死ぬ……。
そんな現実が頭によぎった。
怖い……怖い怖い怖い! 助けて! 助けて、先輩!
「助けて! 助けて! 先輩!」
恥も外見もなく、私は先輩の腕にしがみつく。死にたくない、死にたくない、死にたくない!
助けてよ、助けてよ、先輩! 先輩!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
先輩の叫び声に私はあっけにとられる。先輩は目をぎゅっとつぶって歯を食いしばり、体全体を使って私を引き上げようとしている。
先輩に掴まれている手の部分が痛くて熱い。手加減なしの全力。それほど辛いんだ、先輩。
さっきまでのパニックになっていた自分が恥ずかしい。
先輩はこんなにも頑張っているのに、私は泣き叫んでいただけ。私も頑張らなきゃ!
勇気を出して、片方の手を必死に足場へ伸ばした。ちょっとずつ、ちょっとずつだけど、足場に手が近づく。
あと少し……あと少しで……。
もうちょっとで手が届きそうなのに、届かない。先輩の引き上げる手が止まってしまった。
先輩の手がぶるぶると震えて、今にも私の手から離れてしまいそうになる。
もう、ここからは自力で上がるしかない。
お願い、私の手、足場を掴んで! もう少しで届くのに!
私の願いは届かず、空を掴むことしかできない。足場に手が届かない。
「……すまん、伊藤。もう、もちそうにない」
「……」
ははっ、仕方ないよね。先輩は頑張ってくれた。
こんなことになったのは私のドジのせい。だから、これは天罰だよね。
落ちたら痛いのかな? 死にたくないし、あまり痛いのはイヤ。骨折くらいで許してほしいな……。
先輩、私の事助けることが出来なかったからって、気にしちゃダメですからね。
私の不注意で起こした事だから、私が悪い。先輩は悪くありませんから。
不思議と恐怖はなかった。先輩の必死の頑張りがあったからこそ、あきらめがついた。
きっと、大丈夫だよね? 私、死なないよね?
運よく獅子王さんが受け止めてくれるかもしれないし……そうなったら、劇はどうなるの?
第二の女登場で盛り上がるのかな? なんてね。
獅子王さんに助けられたら、逆にもっとひどい目にあうかも……劇を邪魔しやがってっとか言われそう。
そ、そっちのほうが怖くなってきた。
はははっ、覚悟が決まると、不思議と余裕が出てきた。さあ、先輩。腕を離してください。
「伊藤、一、二の三で落ちる。伊藤はなるべく頭を護れ。後は俺がなんとかする」
えっ? どういうこと? 落ちる? 手を離すの間違いじゃないの?
私は全身鳥肌が立つような寒気を感じた。まさか……先輩も落ちる気なの! きっと私の下敷きになって守ってくれるつもり……。
ダメ! この高さで50キロの荷物を抱えて落ちるなんて、絶対にただではすまない! そんなことしたら、絶対に先輩が死んじゃう!
私のせいで先輩に何かあったら、私は生きていけない。きっと、心が壊れる。
やめて! やめてよ! そんなの、望んでない!
「いくぞ。一、二の……」
「ダメ! 絶対にダメです! 先輩!」
いや! なんでなの! こんなのひどいよ!
先輩の覚悟を決めた顔に、私は絶望してしまった。もう、先輩を止められない。
誰か……誰か先輩を助けて! お願い! 誰か助けてよ!
「三!」
「先輩!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる