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二十七章

二十七話 クロッカス -切望- その六

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「ならお伺いしますか、新見先生は何をしているんですか?」
「何?」
「獅子王さんは古見君を好きになったことで暴力沙汰が少なくなりませんでしたか? 古見君は獅子王さんを好きになって、たくましくなりませんでしたか? 人を好きなって、変わることができたんですよ! 綺麗事なんかじゃない、ちゃんと結果を残せています! 人を思いやる気持ちに価値がないなんて言わせません! 価値がないなら、私達は人ではなく機械ではありませんか! ただ命令されたことだけを実行する、そんなものに成り下がってしまうじゃないですか! 何の価値もないのは新見先生です! 新見先生は獅子王さんの暴力行為を抑制することができましたか? 古見君の笑顔を引き出せましたか? 何も結果を残していないくせに、二人の事を知ろうともしなかったくせに偉そうなことを言わないでください!」

 大人が正しいのなら……先生は生徒を更生させる存在なら……新見先生は間違っている。
 生徒を力で抑えつけようとする人なんかに、教育なんてできるわけないじゃない!

「貴様、黙って聞いていれば好き勝手言いやがって……」
「言いたくもなりますよ。生徒の声を聞こうともしない、そんな先生の言葉をどうして私達が従おうなんて思うんですか! 厳しくしたって、そこに誰かを思う気持ちがなければただの命令でしかありません! そんな命令に従おうとするのは機械です。人間じゃありません!」
「二人とも、そこまでにしなさい! 新見先生、言葉が過ぎます。伊藤さんもあまり感情的にならないように」
「申し訳ありません」
「……ごめんなさい」

 教頭先生のおかげで周りを見渡す余裕ができた。先生方は戸惑っている。
 そうだよね、新見先生と言い争っていただけだもん。ここにいる先生方にみんなの想いを訴えなければいけないのに、私は自分の感情を新見先生にぶつけ、口論していただけ。
 賛同してもらうように教頭先生が尋問してくれたのに……私はまた先輩にフラれたときのように、感情の赴くまま、暴走してしまった。あれほど、後悔したのに……。

「これにて尋問は終わります。伊藤さん、最後に何か言っておきたいことはありますか?」
「……はい」

 私は先生方の方へ向き直る。
 私はやっぱり、自分の気持ちを大切にしたい。たとえ感情論で説得力がなくても、嘘はつかず、自分の心を真っ直ぐに伝えたい。

「先生方、どうかお願いします。浪花先輩の停学撤回と青島祭実行委員長の復帰、却下された出し物の再考をしていただけませんか? 新見先生の意見を聞いて、先生方がどんなことを思っているのか、少しは知ることが出来ました。生徒や親の理不尽な行為に悩まされているのも承知のうえでお願いします。生徒一人一人を見守ることなんてできないのかもしれませんが、それでも、問題児だからって見捨てるのはやめていただけませんか? 浪花先輩は問題を起こしました。でも、挽回ばんかいするチャンスを与えてくれませんか? 浪花先輩なら、きっと出し物がすべてうまくいくよう調整してくれて、今までにないくらい青島祭を盛り上げてくれると思います。みんなに迷惑をかけたことを反省し、今後、問題を起こさないと私は信じています。それと、獅子王さんと古見君の事、見守ってはいただけませんか? 同性愛は嫌悪されるし、排除しようとする人が現れるでしょう。それゆえ、問題が起こりやすいのが現状です。でも、厄介者扱いするのはやめてもらえないでしょうか? 先生方の中にも同性愛とは何か、分からない人もいると思います。ですが、同性愛の事が分からなくても、その生徒がどんな生徒なのかは接することができるはずです。理解できるはずです。当人達もどうしたらいいのか、正しい解が分からないから、迷っているんです。必死に答えを探しているんです! そんな生徒を頭越しに否定するようなことを言うのは控えていただけないでしょうか? お願いします! もし、先生が生徒を導かなければならないと思うのであれば、生徒の笑顔を奪うようなことだけはしないでください! 生徒の声を聞いてください! お願いします!」

 先生方に深く頭を下げる。もう私にできることはこれくらいしかない。
 お願い、嘆願書の内容を認めて! 同性愛者を弾圧するようなことはしないで!
 長い沈黙が続く。不安で仕方ない。どうなってしまうの? 認めてくれるの? それとも、ダメなの?

「……伊藤さん、頭をあげてください」

 教頭先生の言葉で私は頭をあげた。そこには教頭先生の笑顔があった。優しい笑顔につい、ほっとしてしまう。

「それでは多数決をとります。伊藤さんの嘆願書に書かれた内容を認めてもいいと思う先生は手をあげてください」

 先生方の手は……あがらない。
 うそでしょ! どうして……私では何も変えられなかったの? 私が弱虫だから? モブだから?
 貧血を起こしたように意識がふらっとなる。足の力が抜け、その場に座り込んでしまいそうになる。
 これが現実なんだ……。
 絶望で心が折れそうになったとき……。

「あっ……」

 手があがった。ボクシング部の顧問の先生が上げてくれた……ありがとう、先生……。
 手は一つだけでなく、そこから二つ、三つ……沢山の先生方が手をあげてくれた。新見先生以外、全員が手をあげてくれた!

 うれしい……。

 私は口を押え、感激で涙があふれてくる。やった……やりましたよ、みんな!

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」

 私は心の底から先生方に頭を下げた。うれしくてうれしくて仕方ない。自分のやってきたことが、想いが通じた。
 私一人では絶対にここまでくることができなかった。多くの人に支えられ、この決定を勝ち取ることができた!
 一人で達成できた充実感より何倍もの達成感が胸の中であふれてくる。

 私みたいなモブでも、ここまで頑張ることができた。もしかして、私って主人公しちゃってる? そんなわけないか。

 きっと、物語の主人公はもっとスマートに華麗に人助け出来ている。
 私みたいにすぐに言い負かされて、誰かに助けられっぱなしで、泣き虫な主人公はない。
 でも、モブで満足。だって、みんなの優しさに感謝できる機会を与えてもらえたから。
 先生方から、頑張れとか、よくやったって声が飛んできた。やめてよ……今、優しくされたら涙が止まらないじゃない。

「ふざけるな! なんだ、この茶番は! 俺は絶対に認めないからな! 教師が生徒の顔色をうかがえだと? 教師は強者でなきゃいけないんだ! 生徒にナメられているから、ガキに礼儀や社会の事を教えることができないんだ! だから、問題児が増えていくんだろうが! なぜ、そんな簡単なことに気付かない!」
「いい加減にしなさい、新見先生。見苦しい。自分の想い通りにならなかったからと言って、生徒に八つ当たりか? 恥を知れ!」
「あ、あなたは……」

 突然現れたのは……用務員のおじさん? なんで?
 新見先生が驚愕きょうがくしてるけど、どういうこと?

「よく頑張ったの、お嬢ちゃん……いや、伊藤君。大人相手に女の子が堂々と立ち向かう姿は爽快そうかいじゃった」
「あ、ありがとうございます。きょ、教頭先生、用務員のおじさんがいますけど、これって?」
「……あんな姿ですが、この学校の理事長です」

 え……ええええっ! うそでしょ! 全然威厳がない! ただのおじさんじゃん!
 いや、待って……私としたことがこのお約束に気付けなかったなんて、一生の不覚!
 アニメや漫画、ドラマで用務員さん=理事長、もしくはお偉いさんってパターンは王道じゃない! 自称文学少女である私が見落としてしまうなんて……。
 でも、なんてベタをいれてくるの、ここで! ちょっと、嬉しいんですけど!
 悔やまれるのは、この喜びを共有できる人が周りにいないってこと。はがゆいよ~。

「新見先生、先程教師が生徒の顔色をうかがうといったが、それは違う。教師は生徒と向き合い、模範となるよう行動する。それが教育だと私は思う。その子がどういう生徒か、どうしたら才能を伸ばすことができるのか、それを先生が考えなければならんじゃろうが。命令して従わせるなんてもってのほかじゃ」
「ですが、生徒一人ひとり見守るなど、時間がいくらあっても足りません! それに生徒にナメなれたままでは!」
「生徒一人ひとり見守りことができないと言い切るな。まずは、その努力をしろ。どうしたら、できるのか? 短時間のうちに生徒を把握する方法をお前さんはどのくらい考えた? 一年か? それとも十年か? わしは四十年以上考えておる。未だに現役だと思っておるわ。それに、生徒にナメられるのは、教師に問題があるからだと思わないのか? まずは自分をみがき、生徒に威厳のある姿をみせなさい。さすれば、ナメられることもなくなるじゃろ。お前さんは結果を急ぎ過ぎた。だから、うまくいかん。それを自覚するんじゃ」

 四十年以上って……教育に人生をささげてなきゃ言えないセリフだよね。教師人生の長い理事長の言葉だからこそ、新見先生を打ち負かすことができた。
 これで、終わったの? 私達の勝ちだよね? 実感がないんだけど、どうなの、これ?

「伊藤さん、後の事は追って連絡します。もう、いきなさい。キミを待っている生徒が沢山いるでしょ? 嘆願書の内容はすべて認められた。そう報告してきなさい」
「はい!」

 私は走りたい衝動を抑え、歩いて職員室を出た。



「失礼しました」

 ドアを閉めたとき、職員室のドア前で待っていたみんなと目が合う。
 みんな、結果が知りたくてしょうがないって顔をしているよね。その不安を私が吹き飛ばしてあげましょう!

 私はみんなにむかって、笑顔でVサインをしてみせた。
 みんなの大騒ぎする声が学校中を駆け巡っていった。
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