上 下
305 / 521
二十七章

二十七話 クロッカス -切望- その五

しおりを挟む
「……分かりました。なるほど、そう言い返してきましたか……耳が痛いですね。先生方、二人の意見に何かありますか?」

 教頭先生は職員室にいる先生方に意見を求める。最初に答えたのは……。

「わしは賛成だ。伊藤の主張はしっかりしている。生徒が頑張る姿を応援するのは教師の一つの役目だと思う」

 流石はボクシング部の顧問の先生。いざってときは頼りになる! カッコいい! 神木さんの時にも私をかばってくれたし、本当に生徒想いの先生!

 それに比べてウチの担任ときたら……よそ見して目を合わせようともしない! 賛同してよね!
 迷惑をかけているとは思っているし、悪いとは思っているけど、それでも真っ先に賛成してほしかった!
 T○S系に出てくる熱血教師なら絶対に賛成してくれますよ。

「なぜ、あんたが賛同するんだ! あなたのせいでこんなことになっているんだぞ!」

 新見先生がものすごい形相でボクシング部の顧問を怒鳴ってるんですけど、どういうこと?
 ボクシング部の顧問のせい? どうして、ここでボクシング部の顧問が出てくるの?
 さっき先生は生徒の問題行動の一つに同性愛問題をあげていた。
 それとボクシング部の顧問のせいという言葉を組み合わせると、一つの解が出てきた。それは……。

「もしかして、獅子王さん達が気に入らないから、意地悪していたんですか? そのせいで、無関係な人達の出し物を却下してきたんですか?」
「気に入らないだと? 学園の方針を無視して我が物顔で生徒を処分した獅子王財閥がか? 当たり前だろうが!」

 ど、怒鳴らないでよ……。
 新見先生の激怒した表情に怖くなるけど、私は必死におびえを隠した。弱気になったらダメ。それは相手に伝わる。隙を突かれる。
 新見先生の怒りに満ちた憎悪ぞうおを私にぶつけてくる。

「生徒を更正させるのが先生の役目だ。なのに、獅子王財閥は権力に物を言わせて、問題を起こした生徒全員を退学処分にした。許せなかった……更正するチャンスすら与えない獅子王財閥が。無力な自分が……だから、教師は強くならなければいけないんだ! なぜ、教師ばかりが理不尽な目にあわなければならない! こっちは休日返上で仕事してるんだよ! それをガキや親が足を引っ張るからロクな教育ができないんだ!」

 うわ……新見先生の心の底からの叫びに、誰も何も言えない。
 新見先生の怒号はまだ続く。

「最近の子供や親は、やれ暴力をふるうだセクハラをしてくるだうるせえんだよ! 悪いことをした生徒に体罰を与えて何が悪い! 頭を軽く叩いただけだろうが! 女子生徒の肩についていたゴミをとっただけでセクハラだと? ふざけるな! お前らみたいなガキはそれ以上の事を教師にしているだろうが! どれだけ教師が胃を痛め、身を削っているか。伊藤、お前に分かるか! 教師はお前達の親じゃねえだぞ! あまえるな! 責任を求めるな! 俺は絶対に教師の尊厳を取り戻してやる! 生徒や親の我儘をはねのけ、社会に出ても恥ずかしくない分別ふんべつのある生徒を送り出すんだ! 同性愛だ? ふざけるな! そんな恥さらしをこの学校から出したら、永遠の恥だ!」

 新見先生が怒っている気持ち、やるせない気持ちが痛いほど伝わってくる。
 テレビの特集やネットでみかけるモンスターペアレントや自意識過剰じいしきかじょうでしょってツッコみたくなる女の子や悪ガキは確かに存在する。
 きっと、寝ている生徒にチョークを投げる先生は、今では暴力をふるったって思われてしまう。

 先生の苦労はきっと先生にだけしか分からない。子供の私なんかが同情できるはずもない。さっきとは逆。
 だから、何も言えないし、反論もない。
 先生には先生の苦労がある。でも、逆に言えば、同性愛者には同性愛者の苦労がある。
 恥さらし? なにそれ? 先生にそんなことを言われる筋合いはない。
 いくら苦労しているからって、獅子王さん達の想いを踏みにじっていい理由にはならない!

「取り消してください。同性愛者を問題児扱いしないでください」
「問題児扱いするな? お前は同性愛者がおかしいとは思わないのか? 人として間違っているとは思わないのか?」

 私は真っ直ぐに新見先生を見据え、断言する。

「思いません。新見先生は獅子王さんや古見君とちゃんと話したんですか? 向き合ったんですか?」
「それくらい話さなくても分かる。獅子王だぞ? 自分勝手で力を振りかざして、他人の気持ちを考えずに従えようとする。なんでも許してもらえると思ってる。そんなヤツが正常だと思うのか?」
「……ここにいる先生方もそう思うのですか?」

 私は職員室にいる先生方に呼びかける。誰も返事をしてくれない。ボクシング部の顧問の先生も黙ったまま。
 これが現実。同性愛者は誰にも賛同されない。先生ですら見捨てている。どこにも味方がいない。
 悲しかった。

 どうして、同性愛者だからって当事者の事を知ろうとしてくれないの? 勝手にレッテルをはって、悪者とひとくくりにしてしまうの?
 伝えたい。二人の事を。知ってほしい、私の大切な友達の事を。私の友達は自慢できる最高の友達だと。
 私は一息つき、二人について語る。

「先生方は古見ひなた君を知っていますか? 古見君は優しくて、気遣いが出来るし、料理も上手で、私が悩んでいたときに手を差し伸べてくれました。それに、不良に襲われた時、古見君は私を護ってくれました。優しくて思いやりのある、強い男の子です。今は青島祭にむけて、劇の練習を必死に頑張っています。何度失敗しても、ダメだしされても、新見先生に出し物を却下されても、諦めずに頑張っているんです。これって、ちょっとした奇跡なんですけど、先生方には分かりますか?」

 先生方は何も言わない。当たり前だよね、古見君の事を知ろうとしない先生方に分かるはずがない。そう思っていたんだけど……。

「……古見は大人しい子だ。人前で何かする子ではなかった。積極的になってるんじゃな」

 答えてくれたのはボクシング部の顧問の先生だった。
 ははっ、なんだ、ちゃんと古見君の事を見ようとしてくれている先生がいるじゃない。少し泣きそうになった。
 ボクシング部の顧問の先生は、古見君に同性愛をやめろと言った先生の一人。
 でも、今は古見君事を理解しようとしてくれている。それが嬉しかった。

「そうです。引っ込み思案だった古見君が積極的になれたのは、獅子王さんを好きになったからではないでしょうか? 獅子王さんと知り合う前の古見君は、中性的な容姿のせいで、いじめにあっていました。そのせいで、どんな酷い目にあっても抵抗することを諦めて、作り笑いばかり浮かべていたんです。それを獅子王さんが救ってくれた。古見君は獅子王さんに憧れて、心が触れ合って、好きになった。これっておかしなことですか? 周りに責め立てられるようなことですか?」

 そんなはずはない。恋愛に間違いはあるのかもしれない。でも、古見君と獅子王さんの恋は間違いなんかじゃない。
 同性愛という言葉一つで否定されていいものじゃない!

「おかしいだろうが! なぜ、友情でとどめておかない? それに、獅子王財閥の御曹司が男を好きになるのは異常だろうが! あの容姿と金持ちなら、周りの女が放っておかない。なぜ、女を選ばない? 気まぐれに決まっている!」
「気まぐれじゃありません!」

 新見先生は間違っている。誤解している。獅子王さんの事を。
 だから、今度は獅子王さんの事を話そう。

「獅子王さんの事、新見先生は、先生方はどこまで知っていますか? 傲慢ごうまん横暴おうぼう唯我独尊ゆいがどくそんですぐに暴力をふるい、獅子王財閥を盾に好き勝手やっていると、先生方はそう誤解していませんか?」
「現実にそうだろ? アイツの暴力にどれだけ目をつぶってきたことか。俺達が獅子王に手を出せないのは獅子王財閥の御曹司だからだ」

 新見先生の苦々しい顔つきで、どれだけ獅子王さんに苦労させられているか分かってしまう。
 いや~分かりますよ、私も理不尽な目にあいましたから……そう笑い話ができればいいんだけど、今はそのときではない。
 それに、新見先生はやっぱり誤解している。それを伝えてなきゃ。

「新見先生、獅子王さんはいつ、権力を盾に先生方に命令しましたか? 暴力沙汰を取り消せって獅子王さんに言いましたか?」
「そんなこと、言われなくても……」
「言われなかったんですね? はっきりしてください!」
「……言われていない。だが、それがなんだ? 同じことだろ?」

 違う……違いますよ、新見先生。やっぱり、新見先生は獅子王さんの事、誤解している。
 理解しようともしていない。獅子王さんにも非はあるけど、それでも、誤解は解いておきたい。

「同じじゃありません。逆です。獅子王さんは獅子王を恨んでいるんです。なぜだか分かりますか?」
「獅子王を恨んでいる? 意味が分からないぞ、伊藤」
「そうですよね。実家はお金持ちで権力があって誰も逆らえない、獅子王さんはまるで選ばれた人みたいで羨ましい限りです。でも、獅子王財閥というビックネームのせいで、獅子王さんは一人の男の子として、誰も見てくれませんでした。孤独だったんです。だから、獅子王さんは獅子王という苗字に、肩書に嫌気がさしていたんです。なので、獅子王さんは権力を使って命令なんてしません。自分の要求は自力で通そうとしていたんです。傲慢で横暴で唯我独尊なのは、自分を認めてほしいとのサインとは思いませんか? 人に迷惑をかけてでも、認められたかったとは考えませんでしたか?」

 私が獅子王さんの気持ちを語るなんて、おこがましいとは思う。でも、獅子王さんを知れば知るほど、そう思ってしまうの。
 古見君と獅子王さんの出会いの話を聞いたときに、私と先輩と古見君と獅子王さんの四人で今後の事を話した時に、獅子王さんの気持ちに触れた。
 私は獅子王さんの友達として、どうしても話しておきたかった。きっと、獅子王さんは望まないと思うけど、それでも、獅子王さんがどんな人なのか、知っていてほしかった。

「獅子王さんは強い人です。でも、どんな強い人でも一人では生きていけません。獅子王さんは孤独に苦しんでいました。ですが、そんな獅子王さんを一人の男の子として見てくれたのが古見君です。古見君と出会ってから、獅子王さんは変わっていきました。古見君を好きになって、人を思いやる気持ちや気遣いができるようになりました。問題行動だって減っていることくらい、先生方にだって分かっているはずです。先生、人を好きになるって素晴らしいこととは思いませんか? それが同性愛だったとしても、素敵なことではないですか?」
「それなら、女を好きになればいいだろうが。なぜいちいち同性にこだわる? 女を好きになれば問題ないだろうが」

 確かに、男の子が女の子を、女の子が男の子に惹かれやすいというのは生物学的に見て当たり前の事。でなきゃ子孫を残せない。それがきっと、正しいこと。
 でも、仕方ないじゃない。大事な人が、特別な人が、最愛の人が必ず異性であるとは限らない。

 同性からでも見つけてしまうことだってあるはず。人を好きになる感情を制御できるなら、誰だって苦労しない。
 好きって気持ちはそれだけ厄介で、苦しくて、せつなくて……それでも、求めてしまうものだから。
 性別が違うから諦めることができるなら、それは本当の特別じゃない、最愛じゃない。だからこそ……だからこそ!

「こだわりますよ……だって、心から惹かれる人ですよ? そんな簡単に見つかりませんよ。異性なら誰だっていいってことじゃないでしょ? 特別な人が異性にいなかったらどうするんですか? それでも、異性の中から見つけなければいけないんですか? 私は違うと思います。異性だろうが同性だろうが、好きになってしまったらその人の事ばかり考えちゃうんです。それが恋です。新見先生はただ自分の価値観を押し付けているだけじゃないですか!」
「お前だってそうだろうが! 同性愛なんておぞましいものを生徒達に見せつけて、感染でもしたらどうするつもりだ! お前に責任がとれるのか!」
「責任? 何の責任ですか? 二人の絆を見て、素晴らしいと思うことは悪いことなのですか? そんなことはありません! 自分が素直に感じたものを、どうして他人の価値観で否定されなきゃいけないんですか! 同性愛者を見て、おぞましい、認められないと思うのは仕方ないことだと思います。ですが、素晴らしいと思うのも仕方のないことだと思いませんか? 獅子王さんと古見君を、私はずっと見てきました。同性愛であることに悩んで、傷ついて、別れて……でも、それでも、お互いを求めてしまう姿に、私は男女間の恋愛にも見劣りしない、強くて綺麗な絆だって思いました。同性愛はおぞましいものでも、病気でもありません! 取り消してください!」
「黙れ! 綺麗事ばかりぬかすな! 同性愛など、害にしかならないんだよ!」

 綺麗事? 害にしかならない? そんなはずはない。絶対に私は論破してみせる!
 分かってる。同性愛を受け入れられないのは悲しいけど、仕方ないと思う。でも、すべてを否定されて、弾圧されるのは納得いかない。私は自分の意地を最後まで貫き通す!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【R18百合】会社のシゴデキ先輩女子と付き合っています

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:198pt お気に入り:11

【完結】【R18百合】会社のゆるふわ後輩女子に抱かれました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:51

悪人喰らいの契約者。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:31

異世界 無限転生!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:190

俺の雄っぱいに愛と忠誠を誓え!

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:22

ミニミニ探偵物語

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

ホラー短編

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

美幼女の女神様を幸せにしたいだけなのに執着されていました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:42

処理中です...