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二十七章

二十七話 クロッカス -切望- その四

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「では次の案件に入ります。青島祭に有志で参加希望をしていた出し物が却下された件についてです。これは現在青島祭実行委員長を兼任している新見先生の判断と聞いています。間違いないですか?」
「はい。私が浪花を停学処分にしたわけですから、責任をとって青島祭実行委員長を兼任させていただきました。そして、改めて出し物についてチェックしていたのですが、その中に実現が難しい出し物がいくつかありました。なので、却下したまでです。私が就任したのが遅かった為、本来なら却下する時期を超えていたのですが、青島祭の進行を考えて、やむなしと判断しました」
「なるほど。伊藤さん、この意見に反論はありますか?」

 反論? そんなもの……。

「あります。新見先生にお尋ねしますが、本当に実現不可能なのでしょうか? 私は青島祭実行委員の方にお願いして、全てのエントリーシートをみせていただきました。却下された出し物と通過した出し物のエントリーシートの内容をチェックしましたが、内容はさほど変わりませんでした。教頭先生、嘆願書に添付していた資料を見ていただいてもよろしいでしょうか? エントリーシートによっては、却下された出し物のエントリーシートの方がちゃんと書けています。現物をコピーしたものを見比べて頂けたら一目瞭然いちもくりょうぜんです」

 一年生の書いたエントリーシートと、三年生が書いたエントリーシートでは経験の差から出来が違ってくる。
 一年生のたどたどしいエントリートが通っているのに、三先生のちゃんとしたエントリーシートが却下されるのはおかしい。
 このエントリーシートを見比べたら、誰だって気付くはず。私の言いたいことが正しいってことを。

「言われてみればそうですね。新見先生、説明を」
「私は実現が難しいと言ったはずです。出し物の数は多い、そのくせ注文が多いし、詰めが甘い。これらを全て要求通りにしていたら、とてもじゃありませんが、青島祭には間に合いません。スケジュール面を考えての判断です」
「その件について、伊藤さんは何かありますか?」

 それらの問題はもう解決済み。ちゃんと対策をとってある。

「あります。エントリーシートの不備については書き直してきました。タイムスケジュールも用意しています。これらは現場の意見、青島祭実行委員の丸山先輩達にお願いして、あらかじめチェックしてもらいました。そこにいる五人の先生方にも了承していただております。教頭先生、いくら急なこととは言っても、いきなり出し物ができないだなんて横暴すぎます。青島祭実行委員長を先生方の都合で変更したのであれば、特例を認めていただいてもいいはずです。エントリーシートの受け付けはもう完了していますが、OKをもらった後にダメでしたは道理に合いません。再考をお願いします」

 私は深々と頭を下げてお願いした。青島祭の出し物に有志で参加するのは特別なことだと思う。だって、主役になれるから。
 バンドなら、ステージの上で練習してきた歌や音楽をみんなの前で格好良く披露できるし、劇や他のことだって自分の得意分野をみんなに見てもらえる。
 みんなの歓声が、充実感が味わえる。そう思っているのは、私だけじゃないはずだ。

 そんな楽しみを、いきなり大人の都合で変更させられるなんて納得いかない。
 教頭先生達は私が用意してくれたエントリーシ―トやタイムスケジュールを手に取ってくれた。一枚一枚確認してくれている。
 このエントリーシートとタイムスケジュールは、先生方に認められてもらえる自信があった。
 新しく作ったエントリーシートは、過去にチェックを通過したエントリーシートを参考にして作った。これは橘先輩の案。
 もし、新見先生にエントリーシートを却下された場合に抗議する為、用意した策である。
 過去にチェックを通過したのに、今回は通過しないのは道理に合わないと押し通す為のもの。

 より完璧なエントリーシートにする為、丸井先輩達の元、何度も何度もチェックしてもらった。これで完成度はかなり高いものになった。
 最後に五人の先生方にチェックしてもらった。なぜ、五人の先生なのか?
 それはこの五人の先生こそ、新見先生に脅されていた先生方である。橘先輩はそれを逆手に取り、先生方に交渉した。きっと、脅迫だけどね。

 エントリーシートをチェックしないと、脅されていた件をバラすって。脅迫に脅迫を重ねるなんて、橘先輩、マジ外道だわ~。
 先生方にチェックしてもらったのには理由がある。新見先生がダメだしたとき、五人の先生方はOKを出したのに、新見先生だけが出さなかったことを問いただす為。
 新見先生一人がダメで他の先生方はOKなのはどうしてか? この状況を作り出すために先生方に協力してもらった。
 もちろん、不正がないよう、ちゃんと審査してもらうよう、橘先輩がお願い……脅迫したと思う。不正だらけだと思ってしまうのは気のせいかな?

 だけど、五人の先生はちゃんと全員分のエントリーシートをチェックしてくれた。先生としての仕事をしてくれた。
 だから、五人がキャバクラにいってはしゃいでいた写真をお返しした。これが新見先生の脅迫の材料だったわけ。
 男ってつくづく女の子が好きだよね。奥さんだっているのに、もう!

 まあ、そのおかげで質の高い、二重の保険をかけた拒否されないエントリーシートを書くことができたんだし、ちょっと複雑。
 それにしても、橘先輩ってホント、抜け目ない。
 もしかしたら、私の知らないところでまだ却下されないようにする策をろうしているかもしれない。何が何でも押し通すって気、満々だよね。

 一番お世話になったのは青島祭実行委員の人達だよね。丸山先輩が力を貸してくれなかったら、絶対にうまくいかなかった。

 はあ……どんどん借りが増えていく。借りを返すために借りを作るとかありえないんですけど。いつまでたっても返せないじゃん!
 エンドレスなんだけど、私はそれでもいっかって思っている。だって、いつまでも返せないってことは、いつまでも一緒にいられるってことだから。
 お互い助け合える友達なら、それは一生モノだと思う。私だって、明日香やるりか達が困っていたら、何度だって助けたい。
 だって、大好きだから。
 これって間違ってないよね?

「……分かりました。伊藤さん、ありがとう。よくこれだけの資料とエントリーシートを作り上げてきましたね。あなたの努力は必ず報われるでしょう」
「あ、ありがとうございます」

 ほ、褒められちゃった。先生に褒められることなんて滅多にないのに、教頭先生井褒められるなんて、やっぱり、私ってすごいよね! 頑張ったかいがあったよ!
 いけない、教頭先生に褒めてもらえることが目的じゃない。嘆願書のすべての項目を認めてもらうことだ。

「待ってください! こんなエントリーシート、机上の空論でしかありません! 実際には計画通りいくとは限りませんし、ここは正攻法でいくべきです。出し物の数を減らして、確実にいくべきだと私は思います!」

 そんなこと、させない!
 私はきっぱりと新見先生の意見を否定する。

「それは新見先生だから不可能なんです。浪花先輩ならできます」
「なんだと! 俺が浪花に劣るというのか? あの問題児よりも!」
「新見先生、言葉に気を付けてください。伊藤さんも言い過ぎではありませんか?」

 私は首を横に振る。だって、本当のことだから。
 今度こそ、浪花先輩を青島祭実行委員長に戻れるよう、説得しないと。きっと、ここしかチャンスがない。

「いいえ、根拠こんきょがあってのことです。新見先生、このタイムスケジュール、誰が考えたと思いますか? 浪花先輩が考えたんです。大変なスケジュールになると分かっているのに、どうしてすべての出し物を採用したか分かりますか? それは青島祭をみんなに楽しんでもらう為です。だから、丸山先輩をはじめとする全実行委委員が浪花先輩に賛同したんです。新見先生は実際には計画通りにいくとは限らないと言いました。ですが、それを言うのであれば、新見先生の考えた計画だってうまくいくとは限らないのではないですか? 裏を返せば、どんな計画だっていちゃもんをつけることができるってことですよ。そんなことでみんなが楽しめる青島祭ができるんですか? できませんよ!」

 私は先生方に訴える。
 浪花先輩と新見先生。どちらが青島祭を仕切るのにふさわしいのか?

「新見先生はある程度の完成度しか目指していません。ですが、浪花先輩はより高い完成度を目指しています。より高く、より困難に立ち向かっていく。それは青島高校の信念『自己啓発』ではないのですか? それを先生が諦めて、生徒が頑張っているなんておかしいじゃないですか! 私は青島祭をより完成度の高いものにしてくれるのは新見先生ではなく、浪花先輩だと信じています! お願いします! みんなの楽しみを、挑戦する人達の志を奪うようなことはしないでください!」

 タイムスケジュールについては、浪花先輩が事前に残してくれたものを丸山先輩から借りていた。
 浪花先輩の想いは八乙女先輩から聞いた。みんなの想いに応えようとして、最近二人っきりの時間が無くなったと愚痴ぐちられた。
 他愛のない話だったけど、浪花先輩の想いと人柄を知った。
 それを知って、浪花先輩が実行委員長に戻ってほしいと再度確認させられた。

 みんな、青島祭を楽しみにしている。最高に楽しめるよう、実行委員や風紀委員、数々の生徒が頑張っている。
 なのに失敗しないように縮こまっているなんてもったいない。楽しくない。感情論だけど、それの何が悪いの?

 楽しいって気持ちは原動力になる。きっと大変だけど、それすら楽しいことになるんだって思うよね?
 私は楽しかった。みんなとおしゃべりして、青島祭の準備をするのは。先生には、大人には分からないのかな?
 それが少し悲しかった。
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