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二十七章

二十七話 クロッカス -切望- その三

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 ドアを開けると、先生方が椅子に座って私を待ち構えていた。
 これってある意味すごいよね。生徒一人の為に先生方が待っていてくれるなんて。
 何度かこの部屋に入ったことがあるけど、ここまで重苦しい雰囲気は初めて。覚悟はしていたけど、すごいプレッシャーを感じる。
 たった一人だけど、不思議と落ち着いていた。みんなと話をしたことで勇気をもらったみたい。何も怖くなかった。

「伊藤、よく来てくれた。かしこまる必要はない。楽にしてくれ」
「はい、播磨はりま先生」

 風紀委員の顧問、播磨先生が気遣ってくれる。我がクラスの先生は座ったまま、思い悩んだ顔をしている。
 多分、私の心配じゃなくて、私が問題を起こした時の責任問題を考えてそう……。

「伊藤……」
「新見先生……」

 私と新見先生はお互い睨みあう。新見先生には言い負かされてばかり。何度も苦渋くじゅうを味わってきたけど、最後は私が勝ってみせる!

「それでは、昨日提出された嘆願書について尋問に入ります。伊藤ほのかさん、尋問について説明をしておきたいのですが、よろしいですか」
「はい」

 進行役は教頭先生みたい。普通なら生徒指導主事せいとしどうしゅじの播磨先生なんだけど、私は風紀委員で播磨先生は風紀委員顧問。
 その関係から、私が有利にならないよう外されたってことだよね?
 噂では、教頭先生はどの派閥にも属していないらしい。公平な審判をしてくれると思う。

「キミは訊かれたことだけ説明するように。ここは不平不満を語る場所ではありません。私の言いたいことは分かりますね?」
「はい」

 いよいよ始まる、尋問が。
 橘先輩が言っていた。嘆願書を提出して受理されれば、ほぼ要求通りになると。理由は個人の意見ではなく、全生徒の半分が賛同している意見だから。
 もちろん、あからさまに無茶な要求は通らない。授業の時間を短くすることや、始業時刻をもっと遅くにする、といった学園の基本的なルールは変更不可能。

 だけど、今回の新見先生の判断を覆すことは出来る。
 先生の力は強い。一生徒の力では対抗できないけど、みんなで協力すれば変えられる。
 嘆願書とは青島の信念を具現化ぐげんかしたものだと、私は思う。

「よろしい。では、尋問を開始します。嘆願書には二つの事が書かれています。まずは一つ目から。浪花叶愛さんの停学取り消しと青島祭実行委員の復帰について書かれています。伊藤さん、間違いはありませんね?」
「はい」

 私は力強く頷く。

「では、これについて、浪花の処分を言い渡した新見先生はどう思いますか?」
「考慮する必要はないかと」

 やっぱり、抵抗する気みたい。そこまで新見先生は風紀委員が……生徒が憎いの? 何のために教師をやっているのってツッコみたくなる。
 この回答は想定内というか、絶対にそうだと思っていた。ここで処分を取り消しますなんて言われたら、そっちの方が想定外。
 まあ、そっちの方が断然いいんだけどね。

「本当にそう思いますか?」
「当たり前です。浪花がしたことを忘れたのですか? 新聞部をそそのかし、ビラをまき、学校に迷惑をかけた。だから、罰を受けた。それだけのことです。それに問題を起こした生徒に大事な青島祭を仕切らせていいのでしょうか? いいはずがありません」

 確かに、浪花先輩がしでかしたことは学校に迷惑をかけた。でも、停学はやりすぎだと思う。
 しかも、それを利用して青島祭実行委員長の権限を奪い、好き勝手に生徒の出し物を却下する新見先生のやり方は絶対に許せない。

「……新見先生の言い分は分かります。ですが、学校の生徒半数以上が、この処罰に疑問を思っています。それについては?」
「教頭先生、それは誤解です。あの校内放送で、生徒達は勘違いしているだけです。あの放送で、私は権力を使って無理やり要求を押し通した悪者、そこにいる伊藤は理不尽な教師に立ち向かう正義の味方のような印象を全生徒に与えてしまいました。だから、生徒達は勘違いしてしまい、伊藤に賛同したわけです。生徒は自分で考えたわけでもなく、ただ流れに身を任せただけです。あの放送での出来事は教師に不満を持つ一部の生徒の暴走です。なげかわしいことですが、賛同者が集まったのは事実。私達教師はこんなバカげたことが再発しないよう、より厳しく生徒に接するべきです」
「……なるほど。では、新見先生の意見について、伊藤さん。キミの意見を訊かせてください」

 私は思うがままに答えた。

「新見先生がおっしゃった一部の生徒の暴走ですが、それは違います。一部? 学校の三分の二以上の生徒が私に賛同してくれたんです。一部どころか半数以上が先生方に不満を持っているという解釈かいしゃくになりませんか? それならば、生徒に厳しく接するのではなく、新見先生の態度を改めるべきです」

 情報操作をしているのは新見先生の方。ここにきて、まだ認めようとしないなんて、本当に意地が悪い。
 私は断固、新見先生に立ち向かう。

「ほう……言ってくれるじゃないか、伊藤。先生が悪いと言いたいのか? 社会にも出たことのない素人が言うじゃないか」
「私は教頭先生に訊かれたことを話したまでです。社会に出たことはありませんが、生徒の気持ちなら理解できます。現役なんで。考えてもみてください。あんな放送だけで……流れで学校の三分の二以上の生徒が同意してくれるでしょうか? 答えはNOです。生徒はバカじゃありません。言われたから同意する、そんな単純じゃないんです。言われたことを真に受けるのではなく、何が正しいのか判断して行動できる、それが高校生です」

 子供子供って先生はバカにするけど、生徒の事を見ようともしない人に見下されなきゃいけないなんて納得いかない。
 生徒をバカにする先生なんかに私達生徒の気持ちなんて分かるはずがない。生徒の事は生徒が一番よく知っている。
 生徒でない先生が、生徒を差し置いて生徒の気持ちを語るなんて百年早い! ってややこしいよね?
 つまりは、生徒なめるなってことだから。

「何が正しい判断だ。未熟な生徒がそんな事できるわけがない。子供は大人が導かなければならないんだ。国が認めた教育のスペシャリストの先生がだ。生徒は黙ってそれに従っていればいい」

 スペシャリストが聞いて呆れる。生徒を脅して従わせようとしているだけじゃない。言い返してやろうと思ったとき。

「新見先生、それは言い過ぎです。それに学校の方針にも反することです」

 同じ先生である教頭先生が、新見先生に意見してくれた。これには正直、驚かされた。
 てっきり、教頭先生は新見先生の味方だと思っていたのに。新見先生はムキになって教頭先生に言い返している。

「ですが!」
「勘違いしないでほしいのですが、あなたはこの学校に雇われた先生です。学校の方針に従ってもらわなければ困ります。まさか、学校の方針を忘れたわけではありませんよね?」
「……」

 おおおっ! 教頭先生、デキる! アニメや漫画、ドラマでの教頭先生は悪役って相場が決まっているのに、ちゃんと冷静に考えて判断してくれる。カッコいい!
 教頭先生が私の方に振り向いた。

「伊藤さん、浪花さんの停学についてはあなたと同意見です。ですが、青島祭実行委員長復帰に関しては疑問があります。理由は新聞部に嘘の情報を教え、屋上から号外を巻かれる事件を発生させてしまったからです。能力があるとはいえ、問題行動を起こした彼女を責任ある役職に復帰させるのは抵抗があるのですが、そこはどうですか?」

 ううっ、痛いところをつかれる。この件に関しては教頭先生の言い分が百パーセント正しい。でも、撤回させないと……。

「確かに浪花先輩は新聞部の人にお願いして、あの事件が起こしました。ですが、それは訳あってのことです」
「訳とは」

 私は一息ついて、ゆっくりと理由を話す。ここからは慎重に言葉を選ばないと……。

「それは私の為です。私が馬淵先輩達に騙されている事に気付いた浪花先輩が助けてくれたんです」

 ここで馬淵先輩達の名前を出したのは、前もって了承を得ている。馬淵先輩達に新聞部の件について相談した時、馬淵先輩から言ってくれた。事実を明らかにしようと。
 それが私への謝罪としたいって言ってくれた。みんなも同意してくれた。これがバレれば、馬淵先輩達は何かしらの罰を受けるかもしれないのに。
 この想いを無駄にできない。必ず、浪花先輩を青島祭実行委員長に復帰させてみせる!

「騙されたとは?」
「馬淵先輩達が私に言いました。自分達は同性愛者であると。私はそれを信じてしまい、何とかしたいと思ったんです。獅子王さん達のような迫害はくがいを受けている可能性があると判断し、助けたいと思い、行動しました」
「なるほど、それで?」
「私は周りを巻き込んで、馬淵先輩達を助けようとしました。スターフィッシュというグループを作り、ランキング一位になるよう頑張ってきました。ですが、馬淵先輩達は元々同性愛者ではないので、私のやっていることは意味のないことでした。それを見かねた浪花先輩が私にそのことを教えてくれようとしたんです」
「それなら口頭で言えば済む話だろう? 新聞部に依頼することではない」

 新見先生の横やりが入るけど、私はかまわず説明を続ける。なぜ、口頭で伝えるのはダメで、新聞部に依頼することになったのかを。

「申し訳ありません。それも私のせいです。私は自分が正しいことをしていると信じ、浪花先輩の言葉に耳を傾けませんでした。浪花先輩は馬淵先輩が同性愛者でないと知っていましたが、証拠が無かった為、私への説得をあきらめました。だから、浪花先輩は新聞部に相談したんです。新聞部は浪花先輩に協力し、馬淵先輩達の正体を暴こうとしました。しかし、私達風紀委員は新聞部の発行した新聞を差し押さえました。その新聞が発表されれば、獅子王さん達に迷惑がかかると思ったからです。うまくいかないことに浪花先輩はあせっていました。だから、浪花先輩はあんな強硬策をとってしまったんです。私達が新聞部の発行した内容を信じていれば、こんなことにはならなかったと思います。申し訳ありません」

 私は教頭先生に頭を下げる。この筋書きは橘先輩と考えたつじつま合わせ。
 それらしい理由をつけ、浪花先輩は悪くないこと、人を救うためにやってしまったことをアピールする為の嘘。

「なるほど、そういうことですか」
「教頭先生。だからなんだと言うんです? 理由があれば許される行為だと? そんなことを許したら、生徒はやりたい放題です。耳を貸すべきことではありません。今後、このようなことが起こらないよう、厳しい処分をするべきです。青島祭実行委員長に復帰させるなんてもってのほかです」

 新見先生の言葉に、私の意見に傾きかけていた教頭先生が新見先生に同意し始めた。

「確かにそうですね。伊藤さん、たとえ理由があったとして、それしか方法がなかったとしても、過激なことをしていい理由にはなりません」
「確かにその通りです。ですが、停学処分はやり過ぎだと思います! この処分が重いことを、三分の二の生徒が同意してくれています。お願いです、教頭先生。悪いことをしたら罰を受けるのは道理ですが、重すぎる罰は正しいのでしょうか? 検討をお願いします!」

 私は深々と頭を下げた。
 浪花先輩の行為はやり過ぎだったとしても、停学は重すぎる。今後の受験にも響く可能性だってある。
 だからお願い!

「教頭先生。伊藤も悪いことをしたら罰を受けることは認めています。それならば、検討する必要はないでしょう。今後の事を考え、処分は厳しくするべきです」
「そうですね、今後の事を考えれば新見先生の言うことは正しいでしょう」

 ダメ……このままだと新見先生の意見が通っちゃう、これは諸刃もろはの剣だけど、使うしかない。
 私は教頭先生に呼びかける。

「待ってください! 教頭先生、ハーレム発言の件は覚えていますか?」
「……また唐突ですね。覚えていますが、何か?」

 教頭先生は苦々しい顔つきをしている。それはそうだよね。あの事件のせいで、どれだけ苦情の処理におわれたのか、忘れられないよね。
 だからこそ、この手が活きてくる。

「ハーレム発言をした押水先輩ですが、それをそそのかした人物がいます」

 私はいったん言葉を止める。
 正直、この手は使いたくない。デメリット以前に心情的にイヤなの。でも、負けるわけにはいかない。
 ちゃんと先輩に了承はとっている。だから、使わなきゃ。
 一息ついて、説明を再開する。

「風紀委員の藤堂先輩です。彼は罰を受けました。一ヶ月の中庭掃除と奉仕活動と反省文です。似ていませんか、藤堂先輩と浪花先輩のやったことは? 藤堂先輩は押水先輩をそそのかし、放送室を無断使用しました。浪花先輩は新聞部に協力をお願いして、新聞を先生方の許可を得ずに新聞をばらまきました。先生方に多大な迷惑をかけたことも共通していると思います」
「そうだな。だから、なんだ?」

 認めましたね、新見先生。先輩のやったことと浪花先輩のやったことが似ていることを。
 言質は取った。なら、反撃させていただこう。

「それなら、償いも同じようにするべきではありませんか? 片や奉仕活動で片や停学。藤堂先輩は風紀委員に残りましたが、浪花先輩は解任されました。この差は何ですか? 公平にするのであれば、同じ処分にするべきではありませんか?」
「……確かに一理ありますね。新見先生、なぜ、浪花さんだけ、重い処分なのでしょうか?」

 教頭先生の質問に、新見先生は苦し紛れに答えた。

「状況が違います。藤堂の時はまだ問題が少ない時でした。ですが、浪花の時は違う。同性愛の問題、リンチ事件が続いたんです。問題を起こす生徒が増え、しかも、悪質になっていき、どこかで食い止めなければなりませんでした。浪花の時がたまたまだったということです」
「待ってください! たまたま? それはずさんすぎませんか?」
「ずさんだと?」

 新見先生が睨んでくるけど、私は怖がらず、断固反対する。ここで認めてしまってはダメ。無理でも押し切るしかない。

「そうです。本当に食い止めたいなら、もっと早くに全校集会で処分を厳しくするって前もって生徒に伝えるべきでしょ。それ以外にもやれることはあったはずです。なのに、トラブルが起きてから対応する新見先生のやり方ははずさんだと言っているんです! たまたま処分が厳しくなったなんて、納得いきません! 全然公平ではないです!」
「……確かにそうですね。その点は我々教師にも問題があります。新見先生、私も停学処分はやり過ぎだと思います」
「ですが!」

 やった! 風向きを変えることに成功した! 教頭先生も同意してくれた!
 このままうまく……。

「伊藤さん、もし公平にするのであれば、浪花さんの青島祭実行委員長の復帰は認められません。なぜなら、藤堂君が一ヶ月の奉仕活動をしていたとき、風紀委員の活動を禁止したからです。ならば、浪花さんも同じことが言えるのではありませんか?」
「ま、待ってください! 藤堂先輩は風紀委員としてやり過ぎた行為が問題になったはずです! 浪花先輩は私個人を助けるためにやったことですから委員とは関係ないです! それに停学処分がなくなれば、委員の活動を禁止する理由にはならないですよね?」
「停学処分がなくなったからといって、罰は受けてもらいます。その罰が終わるまでは委員長の復帰は認められないのでは?」

 やっぱり、気づかれたか……。
 諸刃の剣と揶揄やゆしたのはこのことがあったから。
 先輩の処分は停学でなかったけど、委員の活動停止があった。
 私は公平を求めてしまった為、浪花先輩の停学はやりすぎとアピールできても、青島祭実行委員長の復帰をあやうい立場にしてしまった。
 それならば、青島祭が始まる前に、許してもらわないといけない。そのために、案を出さなきゃ……。

「では、次の議題に入ります」
「そ、そんな! まだ話は……」

 ダメ! ここで終わってしまったら、浪花先輩の青島祭実行委員長の復帰ができなくなる。なんとかしないと……。

「伊藤さん。嘆願書はまだあるのです。いつまでも同じ内容を争っていても仕方ありません。言いたいことは全ての案件を終えてからにしてください」
「はい……」

 そうだよね。先生方の貴重な時間をいてくれているんだから、我儘言えないよね。
 嘆願書については浪花先輩の事だけじゃない。明日香や獅子王さん達の事もある。
 まだ、チャンスはある。必ず浪花先輩の青島祭実行委員長の復帰を認めさせる!
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