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二十五章
二十五話 ヒガンバナ -あきらめ- その六
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「俺が生徒より劣っているとは心外だ。だから、何も知らないガキは困る。視野が狭いうえに感情論でしか話せない。浪花がなんでもかんでも引き受けるから、実行委員の負担も大きくなる。実行委員はいつも最終下校時間まで作業をしているんだぞ? それがいい指導者なのか? 余裕のないスケジュールは、何かあったときにフォローができなくなる。そんな状況で物事がスケジュール通りに行くと思うか? うまくスケジュール通りに進行してもどこかでトラブルや急な仕様変更は必ず出てくる。そのときに対応できる時間が、浪花のやり方ではとれない。では、その時間をどこからとるか? 無駄で実現性のない出し物だけを取り下げ、余計な作業時間を減らす。それで解決だ。どうだ? 問題あるか?」
「……ありません」
「だったら、これ以上、無駄な話をもちかけるな。素人が意見をして、余計な時間を取らすな。教師は生徒と違って暇じゃないんだ」
お説教する暇はあるくせに……。
悔しくて、歯をぐっとかみしめる。新見先生の言うことを認めたら、みんなのやってきたことを否定することになる。そんなのはイヤ!
たとえ感情論だとしても、認めたくないものは認めたくない。
それに、浪花先輩を否定するようなことは言ってほしくない。元はといえば、私の為を思って行動してくれたことがこの状況の原因となっている。
だから、私がなんとかしたいのに……。
新見先生の罵倒が続いていく。私はそれを止めることができない。しかも、明日香やるりか達を巻き込んでしまった。そのことで罪悪感がのしかかっていく。
誰か助けて……。
無意識に考えてしまった。助けてほしいと。自分の弱さにほとほと呆れてしまう。
自分でまいた種を人に刈ってもらおうだなんて……悔しい。新見先生の言うとおり。こんな情けない自分が恥ずかしい……。
「聞いているのか、伊藤? なんだ、お前、泣いているのか? 泣けば許してもらえるだなんて、これだからガキは……」
「ちょっと! いい加減にするし!」
「先生だからって言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
明日香とるりかが新見先生に食いついてしまった。ダメ……やめて……このままだと、二人まで新見先生に目をつけられてしまう。
「だよな。いい加減にしろよ、おっさん」
「その子供相手に泣かせるようなことをするなんて、お前の方がガキだろうが!」
コージ君やシン君も参戦してしまった。どんどん泥沼に……。
みんなを巻きこんだらダメ! 私がなんとかしないと……風紀委員の私が……。
先輩なら一人で事態を収拾できるはず。だから、私だって……でも、怖くて言葉が出てこない。
守られてばかりでいいの、それで? でも、怖い……。どうしたら……。
「ちょっと待った!」
私は唖然としてしまった。ここにいないはずの人がいるからだ。
浪花先輩。
停学中なのに……。
浪花先輩は私と新見先生の間に立つ。不安そうな私に、浪花先輩は私に向かって、ウインクしてきた。
「新見先生、言葉の暴力はいけませんよ。先ほど泣けば許してもらえるのか、なんて言いましたが、怒鳴れば自分を正当化できるとは思っていませんよね? 野暮ですよ、そのようなことは」
「黙ってろ。お前には関係ない」
「黙りますよ。新見先生がこの場から去れば」
新見先生と浪花先輩が睨みあう。お互い一歩も譲らない。
すごい……どうして、浪花先輩は怖くないの? 先生に向かって堂々としていられるの? その強さが知りたい……。
「浪花先輩、どうして……」
「好きな人のピンチにかけつけない女はいないよ」
真顔で言われて、つい見惚れてしまった。格好いいとは思うけど、そこは男であってほしかった。
そう思っていたら……。
「ほのほの、あんた……女の子にはしったの?」
「えっ?」
気が付くと、みんなが私から距離をとっている。何か変なものを見るような目で見られているけど……はっ! まさか!
「お、俺はいいと思うぞ! 例え女の子同士でも……女の子……同士……ぶはっ!」
「コージ! 大丈夫か! 鼻血が! 鼻血が止まらない! 明日香! 救急車を!」
「霊柩車なら呼んでやるし。ほのか、ガンバ」
違うから! 同性愛者に思われるのはやぶさかではないけど、私は先輩が好きなの! だから、誤解されたくない!
「おい、いい加減に……」
「もう、みんな! 何サボってるのよ! 早くクラスの手伝いをしなさいよ!」
クラスからみんなが出てきた。廊下で騒いでいた私達を不審に思い、クラスメイトが教室から出てきたみたい。
険悪な雰囲気は消え、新見先生は去っていった。ついため息が出てしまう。
「大丈夫かい、ほのかクン。ボクの為に嫌な思いをさせてしまってごめんね」
浪花先輩がぎゅっと私を抱きしめる。ぬくもりが心地いい。ぎゅっと抱きしめようとしたら、あることに気付いた。
浪花先輩、震えてる。そういえば、浪花先輩って男嫌いだったよね?
なのに、私の前に立ってかばってくれた。その強さが羨ましい。そんな浪花先輩につい、弱音を吐いてしまう。
「浪花先輩はどうして、そんなに強いんですか? 停学になったのに。それでも、私の事をかばってくれて。どうして、立ち向かえるんですか?」
浪花先輩はそっと耳元でつぶやいた。
「ボクはそんなに強くないよ。好きな人がピンチになったら自然とね、力が湧いてくるんだ。ほのかクンもきっと、自然とできるようになるさ」
そうなのかな? そのときがきたら、自然と力が湧いてくるのかな? でも、それって先輩がピンチにならないとダメってことだよね?
あまりいい状況とはいえない。それなら、強くなくていいのではと、思ってしまう。
ひそひそひそ……。
ん? 何か声が……。
「ね、ねえ。ほのかと抱き合っているイケメンは誰?」
「違うわよ! あのお人は浪花先輩よ! BL学園抱かれたい先輩第一位の浪花先輩よ!」
「えっ? ほのかってそんな趣味が……」
ま、またなの……百合疑惑は丸宮さんのときにやりましたから!
まあ、抱き合っているんだから、誤解するのも無理もないよね。だからって、そこの男子諸君、前かがみなって何をしているの?
はあ……これだから男の子って……。
「伊藤の趣味はいい! だが、しかし! 新見のヤツは許せない!」
「全くね。こんなことになったのも、あの風紀委員のせいよ!」
あの風紀委員? 誰の事?
新見先生と風紀委員の誰かがつながっているってこと? もしかして、これって橘先輩の仕業?
私はふいにそう思ってしまった。それなら、納得できる。獅子王さんと古見君の劇を邪魔して、二人の仲を裂くことができるから。
風紀委員が新見先生のやり方を静観する理由もそれなら納得……。
いや、おかしい。それなら、獅子王さん達の出し物だけやめればいい。明日香達の出し物を取り消しにする理由が分からない。
それに出し物を邪魔したところで、確実に二人が別れることはない。橘先輩ならもっと確実な方法で二人の仲を壊すと思うし。
その方法はまだ分からないけど、でも、こんな方法ではないと思う。
それなら、いったい誰が……。
次の瞬間、とんでもない言葉が聞こえてきた。
「あの風紀委員って……確か、不良狩りの」
「藤堂先輩でしょ。いいことしていると思っているんでしょうけど、ありがた迷惑だね」
「正義気取りってヤツ? 本当、迷惑だよな」
「学園をダメにしているのってああいうヤツだろ? 強ければ何をしてもいいのかよ」
えっ? どうして、ここで先輩の名前が出てくるの?
みんなが先輩の事を悪く言っている。どうして?
私はみんなに問い詰めようとしたとき、袖を引っ張られた。明日香だ。
「ほのか、こっちにくるし」
「う、うん」
気になったけど、明日香は何か知っていそうだし、ついていくことにした。胸騒ぎがする。
先輩と新見先生がグル? 違う。もっと、嫌な予感がする。お願い、私の勘違いだと教えてほしい。
私の予感があたっていたら……先輩は一人になってしまう。
ピンポーン。
「はーい。まあ、お嬢さんは……」
「ご無沙汰しています。藤堂先輩、いますか?」
「ちょっと、待ってね。正道さん……」
……。
「伊藤? どうした? 何かあったのか?」
「せん……ぱい……。先輩……先輩!」
私は感情のまま、先輩を押し倒す勢いで詰め寄った。私の細腕では、先輩はびくともしないけど、それでも、許せなかった。
「なんだ? どうしたんだ?」
「うそつき! どうして、どうして、嘘をつくんですか! みんなから嫌われることをするんですか!」
私は何度も何度も先輩の胸板をグーで殴った。
先輩の胸板は固い。それはまるで、先輩の心の壁みたいに頑なで、どんな想いも届かない、そんな冷たいものだった。
それが悲しくて、涙があふれてくる。自分の非力さに、無力さに涙を流してしまう。
「……先輩、やめてください。こんな嘘をつかれても、私はうれしくない……いい加減に気づいてください……先輩が傷つくことで先輩を想っている人がどれだけ悲しい想いをするか考えてください……お願いします……お願い……だから……」
お願い、気づいて……気付いてよ。
私は明日香とるりかから聞いた。本当の事を……。
「ねえ、明日香、るりか。どういうこと? 新見先生と先輩って何かあるの?」
「ええっと、それは……」
先輩の悪口を言うクラスメイトはこの際無視して、私は明日香とるりかに事情を問いただした。
「ほのかクン。ダメだよ。無理に訊くのは。二人のお嬢様が戸惑っているじゃない」
「……なんで浪花先輩がここにいるんですか?」
「だって、ボクは停学になったんだよ? その理由にあの藤堂が関わっているかもしれないなら、知る権利はあるよね?」
確かに。この件で一番の被害者は浪花先輩だよね。
でも、先輩がみんなに迷惑をかけていただなんて思いたくない。誤解なら解きたい。私の手で。
「……みんなのなかでは、藤堂先輩が馬淵先輩達を同性愛者だって新聞部にチクったって事になっているの」
なんで? 新聞部に同性愛の事を伝えたのは浪花先輩じゃん。それが、どうして先輩の仕業になるの?
でも、誤解だってことはわかったから少しほっとした。誤解なら解けばいい。
「なんでそんなことになっているんだい?」
浪花先輩の問いに、明日香達は何も言わない。何か答えにくいことなの? 明日香やるりかが言いにくいと思っている理由は……。
不安になってきてしまう。二人の態度を見て、嫌な予感がどんどん現実になっていく。もしかして……原因は……。
「ねえ、明日香、るりか。正直に答えて。原因は、もしかして……私なの?」
二人は沈痛な面持ちになる。そうなんだ……私が原因なんだ……。
「どういうことだい、ほのかクン? 意味が分からないよ。ねえ、キミ達、教えてくれないか? どういうことか説明をしてほしい」
「……誤解しないでほしいんだけど、ほのかのせいじゃない。でも、ほのかがきっかけにはなっている。事の始まりは馬淵先輩の同性愛疑惑から始まったの。馬淵先輩達はイケメンだし、人当たりが良かった。だから、馬淵先輩達を悪く言った犯人捜しが始まったの。それは善意の行動だった。最初に疑われたのはほのかだった」
るりかの言葉を聞いても、私は別段驚くことはなかった。私は馬淵先輩達の出し物を周りにアピールしていた。
だから、誰もが私を結び付けた。犯人として。
「ほのかのBL好きは仲のいい子ならみんな知っているし、ほのかの暴走だって思われたの。でも、馬淵先輩の事で悪口を言っていた男の子をほのかが本気で怒っている姿を見て、半信半疑になったわけ。本当にほのかが犯人なのか? 犯人なら、どうしてあそこまで怒るのかって。それで、次の犯人候補になったのが」
「先輩なの?」
私の問いにるりかは頷く。
「藤堂先輩は押水先輩の事で前科があるからね。それで藤堂先輩に直接尋ねた子がいるの。藤堂先輩が新聞部にチクったんですかって。藤堂先輩はその問いに否定しなかった。それどころか藤堂先輩は、それがお前に関係あるのか、みたいな態度をとっちゃって。その態度に不満を持った子が藤堂先輩が犯人だって噂を広めたの」
とんだ誤解じゃない。いや、誤解どころじゃない。勝手に犯人にされている。
浪花先輩が停学になったことを知らせた通知には、浪花先輩が新聞部に情報をリークしたことは書かれていない。騒動に加担した事だけが書かれていた。
つまり、真実を知る者は当事者と私、先輩と橘先輩、新聞部の人達と先生達だけ。だから、誤解がひろがっていく。
先輩は誤解されていると知っていながら、解こうともしない。理由は簡単に想像できた。先輩が誤解を解かない理由は……。
「先輩が誤解を解かない理由は……私なの? 私のせいで……」
「否定はしないよ、ほのか。藤堂先輩が犯人だって噂が流れてから、ほのかのことは誰も何も言わなくなったから」
私はすぐさま、先輩の家へと走った。いろんな感情が私の涙と一緒にあふれた。
先輩は私を護ってくれている。いつも、いつも……それが苦しい。
私って、誰かに守られてばかり……そんなに私って弱いの? 護られてばかりの弱虫なの?
イヤ……誰かに護られて、そのせいで大切な人が傷つくのはイヤなの……先輩も、橘先輩も、浪花先輩もこんな私を護ってくれた……なのに、私はこれでいいの?
馬淵先輩の件で、私は先輩と同じ過ちと罪を背負った。背負ったつもりだった。
でも、違った。相変わらず、私は護られている。好きな人に傷を負わせて、私は護られている。
こんなのって、こんなのってないよ……これじゃ永遠に、私は先輩の隣を歩けない。
後ろを歩いて、前にいる先輩に護られて、ついていくことしかできないような子になってしまう。こんなの相棒じゃない。
私は……私は……先輩と対等でありたい。一緒に……一緒に傷つき、一緒に悩んで、一緒に笑っていたい。
なのに、私の想いは独りよがりで、先輩に通じていない。それがすごく悲しい。
どうしたら、私の想いは先輩に届くの? どうしたら、私は強くなれるの?
先輩からも誰からも護られることなく、一人ですべてを解決できるような強さを手に入れられるの?
強くなりたい。今日ほどそう思ったことはない。
私の想いに先輩は……。
「すまない……また、俺は伊藤を……傷つけたんだな。そんなつもりはなかったのに……すまない」
違う……違う……違うの、先輩。謝ってほしいんじゃない。先輩に辛い思いをさせたいんじゃない。
私をもっと頼ってほしい。そんな悲しい顔をしないでほしい。
先輩は大切な人に嫌われるのが怖い。だから、大切になる前に嫌われてしまおうとしている。でも、それじゃ先輩はずっと一人。
先輩がみんなに必要とされる私の夢が崩れ去っていく。青島祭実行委員に囲まれて、頼りにされていたあの現実が壊れていく。
私がやるべきこと、先輩の為に私ができること。
それは……。
「先輩、決めました。私、立ち向かいます。浪花先輩の停学を取り消すために……みんなの出し物ができるように……行動します!」
「……ありません」
「だったら、これ以上、無駄な話をもちかけるな。素人が意見をして、余計な時間を取らすな。教師は生徒と違って暇じゃないんだ」
お説教する暇はあるくせに……。
悔しくて、歯をぐっとかみしめる。新見先生の言うことを認めたら、みんなのやってきたことを否定することになる。そんなのはイヤ!
たとえ感情論だとしても、認めたくないものは認めたくない。
それに、浪花先輩を否定するようなことは言ってほしくない。元はといえば、私の為を思って行動してくれたことがこの状況の原因となっている。
だから、私がなんとかしたいのに……。
新見先生の罵倒が続いていく。私はそれを止めることができない。しかも、明日香やるりか達を巻き込んでしまった。そのことで罪悪感がのしかかっていく。
誰か助けて……。
無意識に考えてしまった。助けてほしいと。自分の弱さにほとほと呆れてしまう。
自分でまいた種を人に刈ってもらおうだなんて……悔しい。新見先生の言うとおり。こんな情けない自分が恥ずかしい……。
「聞いているのか、伊藤? なんだ、お前、泣いているのか? 泣けば許してもらえるだなんて、これだからガキは……」
「ちょっと! いい加減にするし!」
「先生だからって言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
明日香とるりかが新見先生に食いついてしまった。ダメ……やめて……このままだと、二人まで新見先生に目をつけられてしまう。
「だよな。いい加減にしろよ、おっさん」
「その子供相手に泣かせるようなことをするなんて、お前の方がガキだろうが!」
コージ君やシン君も参戦してしまった。どんどん泥沼に……。
みんなを巻きこんだらダメ! 私がなんとかしないと……風紀委員の私が……。
先輩なら一人で事態を収拾できるはず。だから、私だって……でも、怖くて言葉が出てこない。
守られてばかりでいいの、それで? でも、怖い……。どうしたら……。
「ちょっと待った!」
私は唖然としてしまった。ここにいないはずの人がいるからだ。
浪花先輩。
停学中なのに……。
浪花先輩は私と新見先生の間に立つ。不安そうな私に、浪花先輩は私に向かって、ウインクしてきた。
「新見先生、言葉の暴力はいけませんよ。先ほど泣けば許してもらえるのか、なんて言いましたが、怒鳴れば自分を正当化できるとは思っていませんよね? 野暮ですよ、そのようなことは」
「黙ってろ。お前には関係ない」
「黙りますよ。新見先生がこの場から去れば」
新見先生と浪花先輩が睨みあう。お互い一歩も譲らない。
すごい……どうして、浪花先輩は怖くないの? 先生に向かって堂々としていられるの? その強さが知りたい……。
「浪花先輩、どうして……」
「好きな人のピンチにかけつけない女はいないよ」
真顔で言われて、つい見惚れてしまった。格好いいとは思うけど、そこは男であってほしかった。
そう思っていたら……。
「ほのほの、あんた……女の子にはしったの?」
「えっ?」
気が付くと、みんなが私から距離をとっている。何か変なものを見るような目で見られているけど……はっ! まさか!
「お、俺はいいと思うぞ! 例え女の子同士でも……女の子……同士……ぶはっ!」
「コージ! 大丈夫か! 鼻血が! 鼻血が止まらない! 明日香! 救急車を!」
「霊柩車なら呼んでやるし。ほのか、ガンバ」
違うから! 同性愛者に思われるのはやぶさかではないけど、私は先輩が好きなの! だから、誤解されたくない!
「おい、いい加減に……」
「もう、みんな! 何サボってるのよ! 早くクラスの手伝いをしなさいよ!」
クラスからみんなが出てきた。廊下で騒いでいた私達を不審に思い、クラスメイトが教室から出てきたみたい。
険悪な雰囲気は消え、新見先生は去っていった。ついため息が出てしまう。
「大丈夫かい、ほのかクン。ボクの為に嫌な思いをさせてしまってごめんね」
浪花先輩がぎゅっと私を抱きしめる。ぬくもりが心地いい。ぎゅっと抱きしめようとしたら、あることに気付いた。
浪花先輩、震えてる。そういえば、浪花先輩って男嫌いだったよね?
なのに、私の前に立ってかばってくれた。その強さが羨ましい。そんな浪花先輩につい、弱音を吐いてしまう。
「浪花先輩はどうして、そんなに強いんですか? 停学になったのに。それでも、私の事をかばってくれて。どうして、立ち向かえるんですか?」
浪花先輩はそっと耳元でつぶやいた。
「ボクはそんなに強くないよ。好きな人がピンチになったら自然とね、力が湧いてくるんだ。ほのかクンもきっと、自然とできるようになるさ」
そうなのかな? そのときがきたら、自然と力が湧いてくるのかな? でも、それって先輩がピンチにならないとダメってことだよね?
あまりいい状況とはいえない。それなら、強くなくていいのではと、思ってしまう。
ひそひそひそ……。
ん? 何か声が……。
「ね、ねえ。ほのかと抱き合っているイケメンは誰?」
「違うわよ! あのお人は浪花先輩よ! BL学園抱かれたい先輩第一位の浪花先輩よ!」
「えっ? ほのかってそんな趣味が……」
ま、またなの……百合疑惑は丸宮さんのときにやりましたから!
まあ、抱き合っているんだから、誤解するのも無理もないよね。だからって、そこの男子諸君、前かがみなって何をしているの?
はあ……これだから男の子って……。
「伊藤の趣味はいい! だが、しかし! 新見のヤツは許せない!」
「全くね。こんなことになったのも、あの風紀委員のせいよ!」
あの風紀委員? 誰の事?
新見先生と風紀委員の誰かがつながっているってこと? もしかして、これって橘先輩の仕業?
私はふいにそう思ってしまった。それなら、納得できる。獅子王さんと古見君の劇を邪魔して、二人の仲を裂くことができるから。
風紀委員が新見先生のやり方を静観する理由もそれなら納得……。
いや、おかしい。それなら、獅子王さん達の出し物だけやめればいい。明日香達の出し物を取り消しにする理由が分からない。
それに出し物を邪魔したところで、確実に二人が別れることはない。橘先輩ならもっと確実な方法で二人の仲を壊すと思うし。
その方法はまだ分からないけど、でも、こんな方法ではないと思う。
それなら、いったい誰が……。
次の瞬間、とんでもない言葉が聞こえてきた。
「あの風紀委員って……確か、不良狩りの」
「藤堂先輩でしょ。いいことしていると思っているんでしょうけど、ありがた迷惑だね」
「正義気取りってヤツ? 本当、迷惑だよな」
「学園をダメにしているのってああいうヤツだろ? 強ければ何をしてもいいのかよ」
えっ? どうして、ここで先輩の名前が出てくるの?
みんなが先輩の事を悪く言っている。どうして?
私はみんなに問い詰めようとしたとき、袖を引っ張られた。明日香だ。
「ほのか、こっちにくるし」
「う、うん」
気になったけど、明日香は何か知っていそうだし、ついていくことにした。胸騒ぎがする。
先輩と新見先生がグル? 違う。もっと、嫌な予感がする。お願い、私の勘違いだと教えてほしい。
私の予感があたっていたら……先輩は一人になってしまう。
ピンポーン。
「はーい。まあ、お嬢さんは……」
「ご無沙汰しています。藤堂先輩、いますか?」
「ちょっと、待ってね。正道さん……」
……。
「伊藤? どうした? 何かあったのか?」
「せん……ぱい……。先輩……先輩!」
私は感情のまま、先輩を押し倒す勢いで詰め寄った。私の細腕では、先輩はびくともしないけど、それでも、許せなかった。
「なんだ? どうしたんだ?」
「うそつき! どうして、どうして、嘘をつくんですか! みんなから嫌われることをするんですか!」
私は何度も何度も先輩の胸板をグーで殴った。
先輩の胸板は固い。それはまるで、先輩の心の壁みたいに頑なで、どんな想いも届かない、そんな冷たいものだった。
それが悲しくて、涙があふれてくる。自分の非力さに、無力さに涙を流してしまう。
「……先輩、やめてください。こんな嘘をつかれても、私はうれしくない……いい加減に気づいてください……先輩が傷つくことで先輩を想っている人がどれだけ悲しい想いをするか考えてください……お願いします……お願い……だから……」
お願い、気づいて……気付いてよ。
私は明日香とるりかから聞いた。本当の事を……。
「ねえ、明日香、るりか。どういうこと? 新見先生と先輩って何かあるの?」
「ええっと、それは……」
先輩の悪口を言うクラスメイトはこの際無視して、私は明日香とるりかに事情を問いただした。
「ほのかクン。ダメだよ。無理に訊くのは。二人のお嬢様が戸惑っているじゃない」
「……なんで浪花先輩がここにいるんですか?」
「だって、ボクは停学になったんだよ? その理由にあの藤堂が関わっているかもしれないなら、知る権利はあるよね?」
確かに。この件で一番の被害者は浪花先輩だよね。
でも、先輩がみんなに迷惑をかけていただなんて思いたくない。誤解なら解きたい。私の手で。
「……みんなのなかでは、藤堂先輩が馬淵先輩達を同性愛者だって新聞部にチクったって事になっているの」
なんで? 新聞部に同性愛の事を伝えたのは浪花先輩じゃん。それが、どうして先輩の仕業になるの?
でも、誤解だってことはわかったから少しほっとした。誤解なら解けばいい。
「なんでそんなことになっているんだい?」
浪花先輩の問いに、明日香達は何も言わない。何か答えにくいことなの? 明日香やるりかが言いにくいと思っている理由は……。
不安になってきてしまう。二人の態度を見て、嫌な予感がどんどん現実になっていく。もしかして……原因は……。
「ねえ、明日香、るりか。正直に答えて。原因は、もしかして……私なの?」
二人は沈痛な面持ちになる。そうなんだ……私が原因なんだ……。
「どういうことだい、ほのかクン? 意味が分からないよ。ねえ、キミ達、教えてくれないか? どういうことか説明をしてほしい」
「……誤解しないでほしいんだけど、ほのかのせいじゃない。でも、ほのかがきっかけにはなっている。事の始まりは馬淵先輩の同性愛疑惑から始まったの。馬淵先輩達はイケメンだし、人当たりが良かった。だから、馬淵先輩達を悪く言った犯人捜しが始まったの。それは善意の行動だった。最初に疑われたのはほのかだった」
るりかの言葉を聞いても、私は別段驚くことはなかった。私は馬淵先輩達の出し物を周りにアピールしていた。
だから、誰もが私を結び付けた。犯人として。
「ほのかのBL好きは仲のいい子ならみんな知っているし、ほのかの暴走だって思われたの。でも、馬淵先輩の事で悪口を言っていた男の子をほのかが本気で怒っている姿を見て、半信半疑になったわけ。本当にほのかが犯人なのか? 犯人なら、どうしてあそこまで怒るのかって。それで、次の犯人候補になったのが」
「先輩なの?」
私の問いにるりかは頷く。
「藤堂先輩は押水先輩の事で前科があるからね。それで藤堂先輩に直接尋ねた子がいるの。藤堂先輩が新聞部にチクったんですかって。藤堂先輩はその問いに否定しなかった。それどころか藤堂先輩は、それがお前に関係あるのか、みたいな態度をとっちゃって。その態度に不満を持った子が藤堂先輩が犯人だって噂を広めたの」
とんだ誤解じゃない。いや、誤解どころじゃない。勝手に犯人にされている。
浪花先輩が停学になったことを知らせた通知には、浪花先輩が新聞部に情報をリークしたことは書かれていない。騒動に加担した事だけが書かれていた。
つまり、真実を知る者は当事者と私、先輩と橘先輩、新聞部の人達と先生達だけ。だから、誤解がひろがっていく。
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「否定はしないよ、ほのか。藤堂先輩が犯人だって噂が流れてから、ほのかのことは誰も何も言わなくなったから」
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先輩は私を護ってくれている。いつも、いつも……それが苦しい。
私って、誰かに守られてばかり……そんなに私って弱いの? 護られてばかりの弱虫なの?
イヤ……誰かに護られて、そのせいで大切な人が傷つくのはイヤなの……先輩も、橘先輩も、浪花先輩もこんな私を護ってくれた……なのに、私はこれでいいの?
馬淵先輩の件で、私は先輩と同じ過ちと罪を背負った。背負ったつもりだった。
でも、違った。相変わらず、私は護られている。好きな人に傷を負わせて、私は護られている。
こんなのって、こんなのってないよ……これじゃ永遠に、私は先輩の隣を歩けない。
後ろを歩いて、前にいる先輩に護られて、ついていくことしかできないような子になってしまう。こんなの相棒じゃない。
私は……私は……先輩と対等でありたい。一緒に……一緒に傷つき、一緒に悩んで、一緒に笑っていたい。
なのに、私の想いは独りよがりで、先輩に通じていない。それがすごく悲しい。
どうしたら、私の想いは先輩に届くの? どうしたら、私は強くなれるの?
先輩からも誰からも護られることなく、一人ですべてを解決できるような強さを手に入れられるの?
強くなりたい。今日ほどそう思ったことはない。
私の想いに先輩は……。
「すまない……また、俺は伊藤を……傷つけたんだな。そんなつもりはなかったのに……すまない」
違う……違う……違うの、先輩。謝ってほしいんじゃない。先輩に辛い思いをさせたいんじゃない。
私をもっと頼ってほしい。そんな悲しい顔をしないでほしい。
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