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第五部 愛しいキミの為に私ができること 後編 二十四章

二十四話 ハクサンチドリ -誤解- その六

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「嘆願書っていうのはね、伊藤さん、学生が不当な扱いを受けたり、問題のある生徒や先生について意見するための書類だよ。一応、生徒手帳に書いてあるから。読んでいない?」

 ないよ。生徒手帳なんて全部読んでいる人っているの? いるわけ……いや、いますよ、先輩が。
 なんとなくなんだけど、先輩は全部読んで暗記してそう……やだ、キモい!

「伊藤、何か失礼なことを考えてないか?」
「イエソンナコトナイデスヨ?」

 漫画でもよくあるけど、なんで人の悪口には敏感な人が多いの? 大切なことは鈍感なくせに。
 特に物語の主人公とヒロイン。あれは一種のお家芸だって思っちゃうもん。まあ、それは置いておこう。
 嘆願書の事は分かった。でも、嘆願書と獅子王さん達のアフターフォローが結びつかない。
 首をかしげていると、先輩が教えてくれた。

「伊藤、この学園の方針は知っているか?」
「ええっと、『自由な空間と豊かな環境の中、自己啓発じこけいはつうながす』でしたっけ?」
「そうだ。自己啓発の内容の一つとして、生徒が学園生活を送るにあたって不利益や不条理が出た場合、嘆願書を使って学園側に訴えることができるんだ。ただ、我儘わがままや思いつきの要望もあるから、嘆願書を出すには条件がある。かなり厳しい条件だったハズだが、よくその条件をクリアできたな」
「フッ、愛するほのかクンの為ならこれくらいの苦労、逆に楽しいくらいだよ」
「その……嘆願書には何を書いたんですか?」

 少しテレくさくてつい、ぶっきらぼうに訊いてしまった。
 そんな私を浪花先輩がやさしく頭を撫でてくる。

「同性愛者を認めてほしいことを書いたんだ。同性愛者だからといって不当な扱いはしないよう、普通の生徒達と同じように扱ってほしいことを記載した。これで獅子王先輩達の後押しにもなるでしょ?」

 ウインクされて、私は不覚にも顔をそむけてしまった。耳が真っ赤になっているからバレてるよね?
 正直に言うと、浪花先輩が私に向けてくれる好意はとてもうれしい。異性でも同性でも、私の為にここまでしてくれた人はいなかった。
 先輩は私の事を助けてくれるけど、それは私が先輩の後輩だから。つまり、私が風紀委員だから助けてくれる。
 風紀委員でなかったらきっと助けてくれない。危ない目に遭っていない限り、先輩は率先して助けてくれないと思う。

 でも、浪花先輩は違う。私を見て、私の事を知って、好きになってくれた。男の子に告白をされたことがあるけど、それはエッチが目的での告白だった。
 私の体をべたべたと触ってきて、不快だった。浪花先輩もセクハラをしてきたり、体に触ってくるけど、私が嫌がっていたらやめてくれる。そこが大きな違い。

 浪花先輩の時折見せる優しくて慈しみのある澄んだ目は、私の体ではなく心を見てくれている。
 私の存在を認めてくれる、助けてくれる、そんな安心感と心地よさを浪花先輩は与えてくれる。

 きっと、浪花先輩が男の子なら、きっとハーレムは出来ていたと思う。もしかしたら、そこに私がいたのかもしれない。
 でも、浪花先輩に出会う前に先輩と出会った。だから、恋にはおちない。

 あははっ、何を言っているの。とりあえず、話が長くなったので、まとめてみるね。

 
 1、新聞部に情報をリークしたのは浪花先輩。
 2、理由は馬淵先輩達が私をだましていたから。
 3、原因は私。


 以上。

 ツゥ~と冷や汗が出てきた。ダメじゃん、私。いやいや、違うよね。私、悪くないよね? 責任転換せきにんてんかんではないはず。
 いや、この場合はどっちが責任転換なの? 浪花先輩から私? 私から浪花先輩?
 軽く混乱していると、視線を感じた。先輩と橘先輩だ。

「て、てへ!」

 とりあえず、笑ってみた。私の態度に、先輩達は、

「伊藤……お前ってヤツは次から次へと……」
「伊藤さん、反抗期なの? ちょっとおいたがすぎやしないかい?」

 反応が最悪! なんでそうなっちゃうんですか! 信じられない! 可愛い後輩になんたる無礼! 許せない!

「ちっがーーーーーーう! 違いますから! 反抗期ってなんですか! ツッパってませんから! リーゼントしているように見えますか!」
「ほのかクンの反抗期って可愛いね」
「髪の毛を脱色して茶髪にしているだろ?」
「僕の紅茶、勝手に飲んでいるよね? 人のものを勝手に食べたらいけないって幼稚園の先生から教わらなかった?」

 まさかの! まさかの浪花先輩と先輩と橘先輩のコラボで私を責めてきた!
 浪花先輩と先輩は素で、橘先輩は分かっててやっているんだ!
 涙目で先輩達を睨みつけると、橘先輩がため息をついた。

「冗談はさておき、とりあえず、様子見でいこうか。伊藤さん、浪花さんに説明しておいて。僕、風紀委員のお仕事があるから」
「ちょっと! 丸投げですか!」
「伊藤さんの担当でしょ? それと今後は正道と組んでもらうから。上春さんと黒井さんには伝えておいたから、連絡しなくていいよ」

 あっ、逃げた! しかも、担当って何? 初耳なんですけど!
 橘先輩が風紀委員室から出ていくと、私と先輩、浪花先輩が取り残された。
 私はすぐに行動に移した。だって、このままだと先輩と浪花先輩、喧嘩しそうだもん。
 喧嘩するほど仲がいい。その言葉も二人の前では全然説得力にかける言葉。それはそれで私的にはOKなんだけどね。ライバルは少ない方がいいし。

 私は浪花先輩に馬淵先輩の事はすでに話をつけていることを説明した。浪花先輩は勇み足だったことを知り、早とちりしたことを謝ってくれた。
 私はもちろん、浪花先輩を許した。だって、私の為にやってくれたことだもん。怒れないよ。
 それに、悪意がないのなら、行動を控えてくれると思う。

 案の定、浪花先輩は私の指示に従ってくれた。これで問題は解決するはず。
 噂にはなっているけど、それは馬淵先輩達に否定してもらえばいい。
 馬淵先輩達が同性愛者でないことを否定する要素はもうないのだから。
 時間はかかるけど、問題はないと思う。これで、安心して劇の準備に集中できる。そう思っていたのに……。

「伊藤。放課後、時間あるか?」

 先輩が何を言ったのか、最初は分からなかった。放課後に時間が空いているかなんて、まるでデートのお誘いのよう。
 それ以外になにがあるのだろうか? いや、ない!

 先輩が私をデートに誘おうとしてくれている。返事はもちろんOKだけど、その過程が問題。即答でOKするべきか、少し気を持たせるか。
 先輩にはいろいろと焦らされているし、少しくらいこっちが焦らしてもいいよね? 許されるよね? 甘えていいよね?

「あるわけないだろ? さっさと消え失せろ、藤堂」

 ボガッ!

「いいえ! そんなことないです! ありますから! 時間はたくさんありますから!」

「い、伊藤。浪花を殴って、頭を踏むのはどうかと思うぞ?」

「浪花先輩? 誰です、それ?」


 私は足元にある何かを踏みつけながら、先輩に暇アピールする。

 もう! 何考えているの、浪花! 先輩の気が変わったらどうするつもりなの!

 先輩の事だから、本気でお誘いを取り消しちゃうよ。空気読めないし。

「そっか。それなら放課後、時間を空けておいてくれ。俺から迎えにいこうか?」

 迎えにいく……先輩が私をエスコートしてくれる。
 感動で胸がいっぱいになる。もう、絶対に勘違いじゃないよね! 
 キター! やった! でも、もっと早くに言ってほしかった!
 最近、忙しかったから手入れが雑になっているし、髪だって……ああっ、もう! もっとちゃんとすればよかった!

 後悔先に立たず。

 でも、次に先輩からお誘いがあるのか分からないし、ここは……。

「あ、あの……もし、先輩さえよければ校門で待ち合わせしませんか?」
「分かった」

 や、やった! デート成立!
 全世界に向かって叫びたい! 先輩とデートできて幸せだって!

「ほ、ほのかクン! 頭が! ボクの頭が! 痛たたたたたたたたたたっ!」
「伊藤」

 ひょい!

 私は先輩に襟首を掴まれ、少し離れた場所におろされる。私のいた場所に浪花先輩がうずくまっていた。

「浪花先輩……何してるんですか? ちょっとついていけないんですけど」
「ほのかクンの鬼畜っぷりにうっかりドMに目覚めそうになるよ。そんなほのかクンも最高さ」

 いや、親指たてられても……ちょっと、キモい。

「藤堂、お前はどこまで恥知らずなんだ? ほのかクンにあんなことをしておいて……」
「ちょっと、浪花先輩! 私はいいんです。いいから、お願いします」

「ほのかクン」

 恥知らずなのはきっと私のほう。浪花先輩は私の事を想って言ってくれている。
 なのに、私は浪花先輩の好意を踏みにじって、それでも男の子にしがみついている。
 自分でも最低だと、情けないとも自覚している。それでも、私は先輩の事が好きで、どんな些細ささいな事でも飛びついてしまう。

「伊藤、浪花は何を言っているんだ?」
「……いいえ、先輩は気にしないでください」

 ああっ、自分が醜みにくいって思う。心配してくれる浪花先輩より先輩を優先させちゃうなんて。
 それでも、それでも……ごめんね、浪花先輩。絶対に、絶対にこの恩は返すから。

「そっか。なら、浪花。放課後の備品整理、風紀委員からは俺と伊藤が参加する。それでいいか?」
「備品整理?」
「そうだ。左近が言っていただろ? 俺と組めって。風紀委員はこの時期、青島祭実行委員と共に裏方を担当する。頼りにしているぞ、伊藤」

 ほ、放課後の予定ってそんなことなの? デートじゃないの? 先輩がわざとやっているわけではないことは分かる。
 真面目な先輩のことだから、女の子と遊びに行くという判断がない。先輩らしいんだけど、いい加減に……いい加減に……。

「伊藤?」
「……このバカ! 唐変木とうへんぼく! 木偶でくの坊! 藤堂! いい加減にしてください! どこまで人の気持ちをもてあそんだら気が済むんですか! バカなんですか! ねえ! いっぺん、死んでこい!」

 やはり、古来からの言い伝えは正しい。バカは死ななきゃ治らない。ふふっ、乙女心をもてあそんだ罪は万死に値しますよ、先輩。
 私は手にしたスタンガンを構える。

「……言いたいことはそれだけか? 伊藤」

 先輩が凄んでみせる。でも、怖くない。私にはスタンガンが……って、ああっ! 取り上げられた! いとも簡単に!
 不味い! 先輩のお仕置きが怖い! なんとかしないと!

「あー! また暴力をふるう気だ! それしか能がないんですか! 暴力反対! あっ……あばばばばばばばばばばばばばばっ!」
「藤堂! ほのかクンから手を……こ、こっちに来るな!」

 私は抵抗することも許されず、先輩に蹂躙じゅうりんされ続けていた。ひ、ひどいよね……このオチ。ベタすぎて、笑えないよ……。



「伊藤」
「……」
「伊藤」
「……」
「あ、あの。大丈夫なんですか?」
「気にしないでくれ。いつもの気まぐれだ」

 そんなわけないでしょ!
 私は完全に先輩を無視することを決め込んだ。だって、そうでしょ! なんでもかんでも暴力で解決させようとする先輩が許せない!
 徹底抗戦しかない!
 ちなみに、この事を明日香とるりかに話したんだけど、

「ほのか、サカりすぎ。真面目に仕事しなさい」

 と、言われてしまった。断じて、この一言でスネているわけではない。
 放課後、私と先輩は青島祭実行委員のお手伝いをしていた。
 普段使わない倉庫から、青島祭に必要な備品をチェックする作業をしているんだけど……埃っぽい! 汚い! 何気に備品が重い!

 地味に大変な作業にうんざりとしてしまう。よく頑張れるよね、先輩達は。こんなの貧乏くじじゃない。
 私と先輩以外に、青島祭実行委員が五人ほどいる。ちなみに浪花先輩はいない。私の事、好きって言ったくせに。

「こっちの機材、外に出していいか?」
「はい、お願いします!」

 先輩は重い機材を軽々と持ち、運んでしまう。私には絶対に無理。
 先輩って凄いよね。こんな地味でキツい作業を文句一つ言わずに頑張っているんだもん。ちょっと、見直しちゃった。
 青島祭実行委員の人達も先輩を頼りにしている。それは先輩と青島実行委員のやりとりを見たら一目瞭然いちもくりょうぜん。

 いいなって思った。風紀委員はその職務上、みんなに嫌われやすい。特に頑固で融通の利かない先輩は疎うとまれやすいし、憎まれ役を買っている節ふしがある。
 そんな先輩が必要とされ、頼りにされているこの状況はきっと、先輩にとっていいことだよね。

 こんな日々が続けばいいのに。先輩がみんなから必要とされて、獅子王さんと古見君の恋が認められて、馬淵先輩の想いが報われる。
 そんなハッピーエンドを迎えたい。

 よし! 頑張ろう!
 私だって、こんな荷物、軽く……って重っ!
 手と足が震えている。まるで生まれたての小鹿のように足が震えてる!
 やっぱり、想いだけじゃどうにもならないよね。重いだけに。も、もう限界……。

「危ない!」
「!」

 う、うわっ……。
 後ろから私の荷物を支える人がいる。あたたかくて、落ち着くような安心感と、ドキドキするせつなさが頭の中をいっぱいにする。
 振り向かなくても分かる。分かっちゃうよ。

「伊藤、無理するな。俺を呼べ。俺が嫌なら他の人の助けを借りてくれ」

 そんなことはない! 先輩の事が嫌なんて絶対にない!
 他の人ではダメ。先輩でなきゃイヤ。
 先輩に悲しい思いをさせたくない。意地を張っていても意味がないって、身をもって体験したじゃない。仲直りしなきゃ。

「……先輩、ごめんなさいです」
「……そこはありがとうだろ? それとすまなかったな。また、俺は伊藤を傷つけてしまったのか?」

 私は首を横に振る。私なんかの為に傷つかなくてもいいですよ、先輩。
 私だけはいくら傷つけられても、許しますから。でも、ちょっとは反抗させてもらうけどね。

「先輩。絶対に青島祭、成功させましょうね!」
「そうだな」

 先輩と一緒に笑い合う。それが嬉しくてこそばゆい。こんな日がいつまでも続けばいいのに。
 温かい陽だまりのなか、私はそう願った。
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