上 下
271 / 531
二十三章

二十三話 ヒヤシンス -悲しみを超えた愛- その五

しおりを挟む
「馬淵先輩の幼馴染の名前は本庄先輩。そして、その想い人の名前は押水先輩。違いますか?」

 馬淵先輩は黙り込んでいて、周りのみんなが動揺している。その姿を見れば一目瞭然いちもくりょうぜん
 彼らの動揺こそ、私の推理が正しい証拠。

 押水先輩は私と先輩、橘先輩の三人で対応した問題児で、四十人以上の女の子をはべらせたプレイボーイ。
 本庄先輩は押水先輩をしたう女の子の一人で、秋庭先輩の親友。そして、今はフランスに引っ越してしまった。

 夏の終わりに解決したハーレム騒動。でも、未だに終わっていなかった。今もあの騒動で苦しむ人たちがいる。
 私はその人達から目をそらしていた。解決したと思い込んでいた。そのツケがこの騒動。だからこそ、私は自分の手で解決したかった。
 私の推理に馬淵先輩は、

「……違うよ」

 そう言われてしまった。今度は私が動揺してしまう。
 私の推理は間違ているの? いや、そんなはずはない。ちゃんとみんなから話を聞いて確認したじゃない。
 私は気持ちを立て直す為に軽く深呼吸をする。弱気になる必要はない。自分の推理を信じる。

 馬淵先輩は嘘をついている。なら、その嘘を証明すればいい。馬淵先輩と本庄先輩が幼馴染である証拠をつきつけよう。
 その証拠とは……。

「本当に違うんですか? 馬淵先輩の幼馴染は本庄先輩ではないと。馬淵先輩の好きな人は本庄先輩じゃないと」
「……うん」
「それなら馬淵先輩のアイフォーンを見せていただけませんか? 画像ファイルの中に馬淵先輩と本庄先輩のツーショットの画像がありますよね?」
「……見せたくない。プライバシー侵害だ」
「では言っていただきたい言葉があるのですがよろしいですか? 『本庄先輩が嫌い』。関係ないなら言えますよね?」
「……言いたくない。そんなことを言わなければならない理由がない」
「言えないの間違いじゃないんですか? では最後です。本庄先輩本人に電話して確認しましょうか?」

 この一言に馬淵先輩は一瞬、絶句した。その後にみせた表情は、憤怒ふんどだった。馬淵先輩が初めてみせた感情。
 それを私に叩きつけてくる。

「ふざけるな! そんなことできっこない! やれるものならやってみせてよ!」

 私は携帯を取り出し、ゆっくりと番号を押していく。その間、馬淵先輩は私の携帯を睨んでいた。
 それはつながるはずがないという疑惑からなのか、それとも……。
 番号を押し終えると、呼び出し音がなる。馬淵先輩の目が大きく見開く。

 ワンコール……ツーコール……スリーコール……。

「……なんだ?」

 女性の声が聞こえてきた。携帯の表示は『本庄』と表示されている。
 馬淵先輩はその声を訊いて……笑い出した。

「……違うよ。これはゆずきの声じゃない」
「いえ、本庄先輩の声ですよ? 表示もちゃんとされているじゃないですか?」
「違う! これはゆずきの声じゃない! 適当な番号を登録して、登録名を本庄にしただけだろ!」
「本当に違うんですか?」
「だから、違うと言っているだろう! この声はあの女……」

 馬淵先輩の声が止まる。ようやく気づいていただけたみたい。私の意図を。

「この声はなんですか? ゆずきさんと違いますか? でも、ゆずきさんって誰ですか? 本庄ゆずき先輩の事ですよね? 馬淵先輩の幼馴染の」
「……違う」

 馬淵先輩の声が震えている。馬淵先輩がみせた致命的なミスを突破口にして、一気に畳み掛ける。

「なら、どうしてゆずきって言ったんですか? それも二度も。私、馬淵先輩の幼馴染の名前は本庄としか言っていませんよね? なんで電話の主をゆずきさんと判断したのですか? 表示もちゃんと『本庄』って出ていましたよね? それでも馬淵先輩は電話の相手をゆずきと呼んでいましたよね?」
「そ、それは……だからって本庄ゆずきとは限らないだろ? 他のゆずきという可能性だって……」
「ではどこのゆずきさんですか? 教えていただけませんか? 確認したらすぐにわかることですよ? 三年生でゆずきって名前は何人いるんでしょうね? そう多くはないと思ういますが」

 馬淵先輩は私を睨んでいる。あの優しげに笑う馬淵先輩の姿はどこにもない。
 私は馬淵先輩の視線を受け、最後の一押しをする。

「馬淵先輩、期待したんじゃないんですか? 好きな人の声を聴きたいから、じっと必死に携帯をにらんでいたんじゃないんですか? それは馬淵先輩がまだ本庄ゆずき先輩の事が好きだからじゃないんですか? どうして自分の気持ちを偽るんですか?」
「……うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさい! 全てお前のせいだろうが!」

 馬淵先輩は私の胸倉を掴み、屋上のドアに叩きつける。
 馬淵先輩は憤怒の表情をしたまま、私の顔に向かって拳を……。

 ドン!

 屋上のドアに叩きつけた。殴った振動が私の背中越しに感じる。
 馬淵先輩は頭を垂れ、私に尋ねてきた。

「……どうしてよけようとしなかったの? 目をつぶらなかったの?」
「……これが私の受け入れるべき罰だと思いましたので」

 馬淵先輩の拳がすっと引いていく。馬淵先輩は顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。

「……かなわないよ、伊藤さんには。女の子ってみんな、こんなに強いの?」
「そんなことありません。特別な想いがなければできっこないですよ」

 馬淵先輩は乾いた笑いを浮かべ、そっと私の胸倉から手を離した。
 私はそんな馬淵先輩に確認をとる。

「では、認めていただけるんですね? 私が言ってきたこと」
「ああ、認めるよ。伊藤さんの言うとおりだ。僕はゆずきの事でキミに復讐しようとした」

 馬淵先輩の自白はとれた。馬淵先輩の嘘を証明できた。
 私は電話の主に声をかける。

「園田先輩、終わりました」
「自信無くすわ~。まさか、見破られるとは。結構本気でだましにいったのに」
「愛する人の声は騙せないってことですよ。協力、ありがとうございました」
「またね~」

 通話を切った。園田先輩はやる気満々だったけど、私はこの結果は当然だと思っていた。だから、この手を使えた。馬淵先輩を追い込むことができた。
 これで偽りの関係は終わりを告げた。

 みんなと笑いあい、オリジナルの歌やダンスを勉強した日々……大変だったけど楽しかった。仲間だと思っていた。
 あの日々が思い出となって消えていく。

 ここから始まる。私と馬淵先輩の新しい関係が。

 罪を負うべきものと裁くもの。

 はじめよう。腹を割った話し合いを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。

ねんごろ
恋愛
 主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。  その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……  毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。 ※他サイトで連載していた作品です

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

ご褒美

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
彼にいじわるして。 いつも口から出る言葉を待つ。 「お仕置きだね」 毎回、されるお仕置きにわくわくして。 悪戯をするのだけれど、今日は……。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

私をもう愛していないなら。

水垣するめ
恋愛
 その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。  空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。  私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。  街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。  見知った女性と一緒に。  私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。 「え?」  思わず私は声をあげた。  なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。  二人に接点は無いはずだ。  会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。  それが、何故?  ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。  結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。  私の胸の内に不安が湧いてくる。 (駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)  その瞬間。  二人は手を繋いで。  キスをした。 「──」  言葉にならない声が漏れた。  胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。  ──アイクは浮気していた。

処理中です...