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二十三章

二十三話 ヒヤシンス -悲しみを超えた愛- その五

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「馬淵先輩の幼馴染の名前は本庄先輩。そして、その想い人の名前は押水先輩。違いますか?」

 馬淵先輩は黙り込んでいて、周りのみんなが動揺している。その姿を見れば一目瞭然いちもくりょうぜん
 彼らの動揺こそ、私の推理が正しい証拠。

 押水先輩は私と先輩、橘先輩の三人で対応した問題児で、四十人以上の女の子をはべらせたプレイボーイ。
 本庄先輩は押水先輩をしたう女の子の一人で、秋庭先輩の親友。そして、今はフランスに引っ越してしまった。

 夏の終わりに解決したハーレム騒動。でも、未だに終わっていなかった。今もあの騒動で苦しむ人たちがいる。
 私はその人達から目をそらしていた。解決したと思い込んでいた。そのツケがこの騒動。だからこそ、私は自分の手で解決したかった。
 私の推理に馬淵先輩は、

「……違うよ」

 そう言われてしまった。今度は私が動揺してしまう。
 私の推理は間違ているの? いや、そんなはずはない。ちゃんとみんなから話を聞いて確認したじゃない。
 私は気持ちを立て直す為に軽く深呼吸をする。弱気になる必要はない。自分の推理を信じる。

 馬淵先輩は嘘をついている。なら、その嘘を証明すればいい。馬淵先輩と本庄先輩が幼馴染である証拠をつきつけよう。
 その証拠とは……。

「本当に違うんですか? 馬淵先輩の幼馴染は本庄先輩ではないと。馬淵先輩の好きな人は本庄先輩じゃないと」
「……うん」
「それなら馬淵先輩のアイフォーンを見せていただけませんか? 画像ファイルの中に馬淵先輩と本庄先輩のツーショットの画像がありますよね?」
「……見せたくない。プライバシー侵害だ」
「では言っていただきたい言葉があるのですがよろしいですか? 『本庄先輩が嫌い』。関係ないなら言えますよね?」
「……言いたくない。そんなことを言わなければならない理由がない」
「言えないの間違いじゃないんですか? では最後です。本庄先輩本人に電話して確認しましょうか?」

 この一言に馬淵先輩は一瞬、絶句した。その後にみせた表情は、憤怒ふんどだった。馬淵先輩が初めてみせた感情。
 それを私に叩きつけてくる。

「ふざけるな! そんなことできっこない! やれるものならやってみせてよ!」

 私は携帯を取り出し、ゆっくりと番号を押していく。その間、馬淵先輩は私の携帯を睨んでいた。
 それはつながるはずがないという疑惑からなのか、それとも……。
 番号を押し終えると、呼び出し音がなる。馬淵先輩の目が大きく見開く。

 ワンコール……ツーコール……スリーコール……。

「……なんだ?」

 女性の声が聞こえてきた。携帯の表示は『本庄』と表示されている。
 馬淵先輩はその声を訊いて……笑い出した。

「……違うよ。これはゆずきの声じゃない」
「いえ、本庄先輩の声ですよ? 表示もちゃんとされているじゃないですか?」
「違う! これはゆずきの声じゃない! 適当な番号を登録して、登録名を本庄にしただけだろ!」
「本当に違うんですか?」
「だから、違うと言っているだろう! この声はあの女……」

 馬淵先輩の声が止まる。ようやく気づいていただけたみたい。私の意図を。

「この声はなんですか? ゆずきさんと違いますか? でも、ゆずきさんって誰ですか? 本庄ゆずき先輩の事ですよね? 馬淵先輩の幼馴染の」
「……違う」

 馬淵先輩の声が震えている。馬淵先輩がみせた致命的なミスを突破口にして、一気に畳み掛ける。

「なら、どうしてゆずきって言ったんですか? それも二度も。私、馬淵先輩の幼馴染の名前は本庄としか言っていませんよね? なんで電話の主をゆずきさんと判断したのですか? 表示もちゃんと『本庄』って出ていましたよね? それでも馬淵先輩は電話の相手をゆずきと呼んでいましたよね?」
「そ、それは……だからって本庄ゆずきとは限らないだろ? 他のゆずきという可能性だって……」
「ではどこのゆずきさんですか? 教えていただけませんか? 確認したらすぐにわかることですよ? 三年生でゆずきって名前は何人いるんでしょうね? そう多くはないと思ういますが」

 馬淵先輩は私を睨んでいる。あの優しげに笑う馬淵先輩の姿はどこにもない。
 私は馬淵先輩の視線を受け、最後の一押しをする。

「馬淵先輩、期待したんじゃないんですか? 好きな人の声を聴きたいから、じっと必死に携帯をにらんでいたんじゃないんですか? それは馬淵先輩がまだ本庄ゆずき先輩の事が好きだからじゃないんですか? どうして自分の気持ちを偽るんですか?」
「……うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさい! 全てお前のせいだろうが!」

 馬淵先輩は私の胸倉を掴み、屋上のドアに叩きつける。
 馬淵先輩は憤怒の表情をしたまま、私の顔に向かって拳を……。

 ドン!

 屋上のドアに叩きつけた。殴った振動が私の背中越しに感じる。
 馬淵先輩は頭を垂れ、私に尋ねてきた。

「……どうしてよけようとしなかったの? 目をつぶらなかったの?」
「……これが私の受け入れるべき罰だと思いましたので」

 馬淵先輩の拳がすっと引いていく。馬淵先輩は顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。

「……かなわないよ、伊藤さんには。女の子ってみんな、こんなに強いの?」
「そんなことありません。特別な想いがなければできっこないですよ」

 馬淵先輩は乾いた笑いを浮かべ、そっと私の胸倉から手を離した。
 私はそんな馬淵先輩に確認をとる。

「では、認めていただけるんですね? 私が言ってきたこと」
「ああ、認めるよ。伊藤さんの言うとおりだ。僕はゆずきの事でキミに復讐しようとした」

 馬淵先輩の自白はとれた。馬淵先輩の嘘を証明できた。
 私は電話の主に声をかける。

「園田先輩、終わりました」
「自信無くすわ~。まさか、見破られるとは。結構本気でだましにいったのに」
「愛する人の声は騙せないってことですよ。協力、ありがとうございました」
「またね~」

 通話を切った。園田先輩はやる気満々だったけど、私はこの結果は当然だと思っていた。だから、この手を使えた。馬淵先輩を追い込むことができた。
 これで偽りの関係は終わりを告げた。

 みんなと笑いあい、オリジナルの歌やダンスを勉強した日々……大変だったけど楽しかった。仲間だと思っていた。
 あの日々が思い出となって消えていく。

 ここから始まる。私と馬淵先輩の新しい関係が。

 罪を負うべきものと裁くもの。

 はじめよう。腹を割った話し合いを。
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