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二十三章

二十三話 ヒヤシンス -悲しみを超えた愛- その三

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「見つからないな」
「そうですね」

 馬淵先輩を捜して、私達は校舎を歩き回っていた。馬淵先輩にメールを送ったけど、返事はない。
 電話しても留守電につながってしまう。メッセージは残したけど、聞いてもらえたかどうか。
 多目的室や馬淵先輩の教室にもいったけど、いなかった。
 気になったことと言えば、多目的室に誰もいなかったこと。いつもなら、多目的室にみんながいるはずなのに。
 二上先輩もみんなも放課後になってからは見ていない。

 何か嫌な予感がする。馬淵先輩のことをリークした人はまだ分からない。以前の多目的室でのみんなの態度も気になるし。
 お昼休み、二上先輩に相談したことが無駄にならなければいいんだけど……。
 靴箱に靴があるから外にはいっていないはず。図書室にも保健室にもいない。どこにいるの?
 あと屋上は探していないけど、屋上にはヒューズのみなさんが練習しているからいきたくない。

 美月さんとは仲良くなれたけど、他のメンバーはきっと私の事、恨んでるからいけないよ。
 行くあてもないからうろうろしているだけだし、先輩も連れまわしているから迷惑かけっぱなし。最悪~。どうしよう……。
 次は……次は……。

 ぽん……。

 頭に何か感じる。大きくてごつい手。
 先輩の手だ。

「あせる必要はない。ゆっくりあせらずにいこう」
「……はい」

 気持ちが落ち着くような、恥ずかしいような、嬉しいような……。
 そんないくつかの気持ちが混ざって、私の胸の奥にうずまいている。はあ……いつになったらこの気持ちになれるわけ?
 私の気持ちに応えてくれないのに、優しくしてくれるのはちょっとした拷問ごうもんだよね。でも、そんな拷問を喜んでいる私ってドMなのかな?
 私の性癖の事なんて今はどうでもいい。馬淵先輩を捜さないと。

 今は三年の教室に戻ってきたけど、次はどうしよう?
 窓の外を見ると、上は曇り一つない青空、下は青島祭の準備をしている生徒達と校庭が見える。校庭が遠くに感じる。高い。
 一年の教室は一階だからすぐ下に校庭の地面が見えるけど、三階は遠いな。その分、屋上に近いけど。
 鳥の鳴き声と演奏学部の練習する音が聞こえる。
 ん? 何か足りないような……。

「ヒューズの事、気にしているのか?」
「えっ?」
「窓の外を見ていただろ? 屋上を気にしていたんじゃないか?」

 確かに気になったけど、あれ? おかしい……ヒューズが練習するときの音楽が聞こえない……窓があいているのに。
 ヒューズは屋上にいない? どうして?
 私は美月さんに連絡してみる。

「……なによ」

 ものすごい不機嫌な声が電話から聞こえてくる。お、怒っていらっしゃる? お昼休みに腹を割って話して、仲良くなれたと思ったのに……。
 びくびくしながらも、私は話を続ける。

「ごめん。忙しい時に」
「忙しくないわよ! 基礎トレしていただけなんだから」
「基礎トレ?」

 スピーカーから女の子達の掛け声が聞こえてくる。頑張ってトレーニングをしているみたい。
 ダンスしながら歌を歌うから体力が必須ひっすになる。大切なことだとは思うんだけど、いつもなら屋上で練習しているって前に近藤先輩に訊いたことがあった。
 なのに、今日だけ違う理由がすごく気になった。

「そうよ! ほのか!」
「は、はい!」
「ちょっと、ちょ~~~~とランキングトップだからって、有力候補だからって、イケメンだからってアイツら、調子乗ってない? 何様のつもりなのよ、あの男どもは!」

 あの男ども? もしかして、馬淵先輩達の事?
 私の予感が確信に変わっていく。

「ねえ、美月さん。私、今、スターフィッシュのみんなと連絡がとれないの」
「何? それってイジメ?」
「嬉しそうに言わないでよ」
「それなら屋上にいきなさい」

 やっぱり。ヒューズが屋上で練習しないのは、練習できない理由があるから。それと馬淵先輩だけでなく、みんなも見つからないことを考えると、全員同じ場所にいる可能性がある。
 そうなると広い場所が必要になるはず。
 この二つを考えると、馬淵先輩がいる場所は屋上と予測できる。

「アイツらに言っておいて! 屋上はヒューズが許可を得て使っているの! 早いもの勝ちじゃないんだからって!」
「は、はい!」
「それと、ほのか」
「は、はい!」
「……頑張りなさいよ。きっとアンタなら、なんとかしてくれるって信じているから」

 通話がぷつんと切れた。
 最後の言葉だけ小声だった。きっと周りに聞かれたくなくて、最後だけ本音を伝えてくれたみたい。美月さんの心遣いと演技に感謝した。
 このエールに応えるためにも頑張らないと。

「先輩、馬淵先輩の居場所が分かりました。屋上です。確認したので間違いないです!」
「そうか。だが、なぜ連絡して確認したんだ? 直接屋上にいけばよかっただろう?」
「もし、ヒューズが屋上にいて顔を合わせたらまた嫌な空気になるかもしれないじゃないですか。回避できるもめごとは回避しておかないと」
「……すまん」

 私は慌てて両手をふる。

「……先輩は悪くないです。でも、少しは気を遣ってくれるとうれしいです。真っ直ぐなのは先輩のいいところですけど、たまには変化球でいくのも覚えてくださいね」
「生意気な」

 先輩に軽くデコピンされて、私はちろっと舌を出す。
 行く先は決まった。いかなきゃ。
 どきどきがとまらない。もし、私の考え通りなら、馬淵先輩は私達の事をにくんでいるはず。
 それを受け止めることができるのか? 私達がやってきたことのしわ寄せを償うことができるのか? 目的地はもうすぐそこにある。
 不安で覚悟がうすれていく。
 屋上のドアが近づいてくる。覚悟を……覚悟を決めないと……。

「伊藤、変わるか?」

 先輩の声に、提案に飛びつきたくなる。押し付けてしまいたい。
 でも、それは許されない。これ以上、先輩が傷つくのを見たくない。それに先輩が負う傷を私にも分けてほしい。だから、逃げちゃダメ。

「大丈夫です、先輩。先輩にお願いしたいことは、これから起こる出来事に手を出さないでください。たとえ私が殴られることになっても、私が解決したいんです! よろしくお願いします!」

 私が一気にしゃべって、頭を深く下げた。普通なら却下される提案。でも、分かってほしい。
 今度だけは私がやるべきことだから……一生懸命なお願いなら、きっと先輩は無下に断れないはず……。
 頭の上からため息がきこえる。

「……なぜ、そこまでこだわる? 伊藤と馬淵先輩の間に何があるんだ? 馬淵先輩は伊藤の事を恨んでいるのか? 伊藤を傷つけるようなことをするのであれば、俺は許せないんだが」
「それは馬淵先輩に確認します。理由は確信しているんですけど、まだ予測の範囲ですから言えません。でも、信じてください。うまくいくとは言い切れませんが、それでも馬淵先輩に真っ直ぐぶつかっていきたいんです。きっと、馬淵先輩の気持ちに応える事は必要なことだから」

 ハーレム騒動で私は責任をとらせてもらえなかった。だから、今度こそ、とるべき。

「……分かった。だが、伊藤を殴るようなことがあったら問答無用で止めるからな。最悪、力ずくで集結させる。それまでは口出ししない。これで了承しろ」
「……はい。でも、手は出さないでくださいね」
「馬淵先輩次第だ」

 本当に頑固なんだから……。
 呆れてしまうけど、これが先輩なんだよね。そして、こんな先輩を私は好きになった。
 私はにこっと笑い、先輩に向かって拳を突き出す。先輩も私の拳をあわせるように突き出す。

 ガツン!

 少し痛いけど、気合は入った。先輩のエールを受け取った。
 いこう、あのドアの向こうへ。馬淵先輩の気持ちを受け止めてみせる。
 私は屋上のドアを開けた。
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