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二十三章

二十三話 ヒヤシンス -悲しみを超えた愛- その二

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 暗い部屋の中、私はベットの中で考え事をしていた。
 もう明け方になるけど、眠れなかった。ずっとずっと考えていた。
 馬淵先輩が私に近づいてきた目的と、前生徒指導主事がなぜ風紀委員を目の敵にしているのか。
 馬淵先輩が私に近づいてきた理由については心当たりがある。今までの出来事にヒントはあった。
 後はそれをパズルのように組み合わせるだけ。でも、ピースが足りない。
 だから、欠けているピースをさがして、完成させるだけ。

 私の推理が正しいかどうか、確認しないと……。
 今回は私がメインで調査することになった。この一件の真実を知ったとき、先輩は私の事、どう思うのか? 怒るのかな?
 先輩との仲がまた悪くなりそうで怖い。でも、これは私がやってきたことがめぐりめぐってきたもの。
 だから、私が今度こそ対応しなきゃいけないんだ。

 もう一つの問題については明日、るりかに確認してみよう。前生徒指導主事の態度が気になって仕方ない。
 もしかしたら、獅子王さん達の劇に何か悪影響を及ぼすのかもしれない。それは絶対に阻止しないと。
 私は目をつぶり、日が昇るのをじっと待っていた。



「前生徒指導主事? ああ、新見先生の事?」

 次の日、私は前生徒指導主事の先生の事をるりかに訊いてみた。朝のHRが終わり、一時間目が始まる間の時間は、みんなおしゃべりに花を咲かせている。
 クラスの中にはお化け屋敷に関する小道具が隅に置いてある。文化祭が近づいていることを教えてくれる。

「新見義春。身長百七十八、彼女はなし。真面目な性格だけど、生徒の自主性を尊重していた話の分かる先生だった。でも、今は真逆の右翼派の先生になって、とっつきにくい感じがする先生になっちゃったかな」
「右翼派?」
「そう。知らない? 右翼派と左翼派の対立」

 知っている。この学園には二つの派閥がある。右翼派と左翼派と呼ばれる派閥だ。
 この二つの派閥がうまれたきっかけは、学園の存続がもとになっている。
 年々、生徒数が少なくなっていくBL学園は生徒を確保するために色々な対策をたてていた。私服を認めているのもその一つ。
 ただ、生徒にびた対策に異を唱える先生もたくさんいた。いつしか派閥ができてしまい、それが右翼派と左翼派となった。

 左翼派は時代とニーズのあった新しいものを学園に取り込み、生徒数を確保することを考えている。
 右翼派は昔からある青島の伝統をまもり、凛とした態度で生徒の教育にあたることを考えている。

「知ってるけど、それが何? 何か関係あるの?」
「大ありだよ。ほのか、新見先生が計画したスクールアイドル計画をつぶしたじゃない」
「スクールアイドル計画? そんな計画……ああっ! あったあった!」

 確かにありましたよ! スクールアイドル計画。
 この学園のスクールアイドル、ヒューズが有名になって入学希望者が増えたことをがきっかけになって立案されたのがスクールアイドル計画。
 この計画で学園だけでなく、青島も活気づける目的もあった。

 でも、そのスクールアイドルをプロデュースする人物に問題があった。押水先輩である。これ以上、押水先輩のハーレム候補がうまれないよう、私達が阻止したんだっけ。

 なるほど、そりゃあ新見先生は風紀委員を恨むよね。自分のたてた計画をつぶされて、しかも生徒指導主事をおろされたんだから。
 でも、押水先輩をプロデュースさせた場合の危機管理ができていないことも原因だと思う。
 もし、あのまま計画が発足して、スキャンダルが発生したら青島と学園が受けるダメージは大きい。
 入学希望者を減らす可能性だってある。せめて、押水先輩がスクールアイドルに手を出さないよう、何か対策をとってからするべきだったよね。もう、遅いけど。

「気をつけなよ、ほのか。今は獅子王先輩達に害はないけど、同性愛の問題が大きくなったら何かしてくるかもしれないよ。あの新見先生、獅子王さん達の同性愛に対して反対意見を言っていたって噂があるから」

 さ、最悪~。どうして、しわ寄せが何の関係もない獅子王さん達にいくわけ? 信じられないんですけど。
 獅子王さんも古見君も園田先輩も劇を成功させようと努力している。その努力が報われるよう、私が頑張らないと。
 今度は失敗しないようにしなきゃ。

 プレッシャーを感じつつ、お腹に力を入れた。気合を入れていこう。お昼休みは忙しくなるんだし。
 私はお昼休みに会いにいく人物を頭に思い浮かべていた。



 授業が終わり、放課後。
 私は勇気を出して先輩にメールした。内容は待ち合わせについて。二人で馬淵先輩の事を調査する為にどこかで落ち合わなければいけないから。
 それだけのことなのに、手に汗が出てきて、何度もメールの内容を確認し、十分くらいかけてようやく送信ボタンを押せたんだ。
 返事はすぐにかえってきた。OKをもらったことが、返信がきたことがうれしい。
 さっそく待ち合わせ場所にいかなきゃ。先輩の教室にいきたいけど、昨日迷惑をかけたばかりだからいけない。だから、待ち合わせにしたわけ。

 私は遅れないよう、早足で向かう。
 足取りは軽いんだけど、全然落ち着かない。気持ちがそわそわして息遣いが荒くなる。待ち合わせ場所の校舎裏に着く。
 寒い風が体を通り抜けていくけど、全然気にならなかった。そんなことよりも自分の姿が気になる。
 髪、伸びすぎてないかな? 何かへんなところ、ないかな? 久しぶりに先輩と二人っきりで調査するから緊張してきた。
 何度もチェックしながら、腕時計をチェックする。
 ああっ! もう時間! 全然足りない!

 どうしよう? 先輩が私の容姿をチェックすることはないと思うけど、それでも、気になってしまう。分かっていても期待してしまう。
 足音が聞こえる。きた! ああっ、チェックしなきゃ! って何を?
 前髪を整えないと……ううっ、恥ずかしくて顔を上げることができない。
 足音が近づいてきて……もうすぐ……すぐそこに……。

「ちょりーす、伊藤氏」
「ふん!」
「ほげっ!」

 私の右ストレートがきれいに長尾先輩の頬につきささる。体が自然に動いた。自分でもれとした動き。
 なぜ、先輩と待ち合わせをすると違う誰かが来るわけ? いい加減、イラッとしてきた。
 変なイベントはいりませんから!

「な、何するん! 親父にも殴られたことないのに!」
「嘘をつかないでください! 相撲やってたら殴られたことあるでしょうが!」
「いや、ないし。そんな相手いなかったし」

 えっ、そうなの? それって自慢?
 もし、それが本当なら私ってすごくない? 私、NO1じゃない?
 だって、私、風紀委員対決で長尾先輩に勝てたんだもん! 風紀委員のてっぺんとれるかも! 御堂先輩に勝てたしね。
 最強伝説、伊藤ほのかの快進撃が今、始まる!

「朝乃宮に勝てるの?」
「勝てませんね、はい」

 あの超人に勝てる要素が見当たらない。刃向ったら殺されるかも。いや、マジでね。あの人は頭のネジが五、六本外れてるから。
 ここは謙虚に最強の座はゆずるとしよう。

「長尾先輩、こんなところで何をしているんですか?」
「ちょっとね。それより伊藤氏、また問題を抱えてるん?」

 バレてるし!
 私はとりあえず誤魔化すように笑ってみせた。
 一応この件は私と先輩、橘先輩の三人だけの秘密。余計な心配をみんなにかけたくない。
 ただでさえ、長尾先輩には獅子王さんのことで迷惑をかけているから頼ってはいけない。

 それに先輩にも頼れない。これは私の問題だから……今度こそ、償うの。うまくいくかは分からないけど、でもやりとげてみせる。
 手をぎゅっと握り、お腹から力をこめる。

「……抱えていますけど、大丈夫です! 私、獅子王さんとの件でレベルアップしていますので! こんな問題、さくさくっと解決しますから!」

 力こぶをつくり、大丈夫ってアピールする。長尾先輩は優しく笑いかけてくれた。

「そう。でも、困っていたら声をかけてね。僕も朝乃宮も力を貸すから。もちろん、御堂もね」
「……ありがとうございます。長尾先輩、いい男ですね。格好いいですよ」
「ははっ、ありがとう。僕としては御堂とも仲直りしてほしいんだけどね」
「……あははっ」

 長尾先輩ってどこまで知っているの? 私って単純なのかな? すぐにバレてるよね、私の個人情報と気持ち。

「不思議そうな顔しないでも、表情を見たらすぐに分かるからさ。正道とは仲直りしたんだね。よかったよかった」
「はい」
「なら、御堂とも仲直りしてあげてよ。御堂って不器用だから」
「……長尾先輩は御堂先輩と仲がいいんですか?」

 もしかして、長尾先輩って御堂先輩の事が好きなのかな?
 長尾先輩は苦笑しつつ、首を振る。

「全然よくないよ。御堂とは天敵だから。でも、友達の伊藤氏の悩みや抱えているものをかるくしてあげたいと思うから。気まずいままだと辛いでしょ?」

 天敵って……昔、御堂先輩と何かあったのかな? 普通に話しているように見えるんだけど。
 御堂先輩と仲直り……ちょっと想像つかない。元々御堂先輩と仲が良かったわけじゃないし、年上だし、怖いから近寄ろうともしなかった。
 でも、獅子王さん達の件でお世話になって、力を貸してくれて……やっぱり、仲直りできなくても、感謝の気持ちは伝えたい。
 御堂先輩と話してみよう。

「分かりました。御堂先輩と話してみます」
「うん。頑張ってね」

 そう言うと長尾先輩は去ろうとして……また戻ってきた。
 忘れ物?
 長尾先輩は少しバツの悪い顔をしながら頭をかいている。

「どうかしましたか、長尾先輩?」
「……伊藤氏は男と喧嘩したことある? ガチの殴り合いで」
「あるわけないじゃないですか」

 自慢じゃないけど腕立て伏せ十回もできないよ、私。漫画やアニメのように無双できませんしね。
 そんなこと、今関係あるの?

「だったらアドバイスしてあげる」
「はい?」

 えっ、えっ? 私、戦うの? いきなりバトル展開になっちゃうの?
 長尾先輩の冗談かと思ったけれど、目が本気だ。ど、どうなってるの?
 不安になる私に、長尾先輩はゆっくりと語りかけてきた。

「当たり前だけど、小柄な伊藤氏では男は大柄だし、体格の違いでビビると思う。でも、相手もビビっていることを忘れないで」
「そ、そうなんですか?」

 どうして、私の事、怖いって思うの? 言っている意味が分からない。
 長尾先輩は私が誰と戦うのか分かっているような口調なんだけど。

「ソイツは自分の行動が正しいのか、迷いがあるからね。だから、伊藤氏の気持ちが折れない限り、絶対に負けないから。大事なのはココだから」

 長尾先輩が私の鎖骨あたりをガツンと叩かれた。痛みはないけど、何か重たいものがずっしりと染み渡る。
 まるで気力を注入されたみたいに、力がわいてくる。

「……負けないでね。相手は何人いても、伊藤氏が戦う相手は一人だから」
「それって……」

 長尾先輩は何も応えずに今度こそ去って行った。
 私はその後ろ姿に頭を下げた。気が付けば体が軽く感じ、力が少しみなぎっている。
 ありがとうございます、長尾先輩……。

「話は終わったか?」
「せ、先輩! もしかして、長尾先輩がここに来たのって」
「ああっ、俺が呼んだ。潤平がどうしても伊藤と話がしたいって頼まれてな」

 長尾先輩が私に会いに来たのって……本当の理由って……。

「先輩……もしかして、長尾先輩に今回の件、話しました? 馬淵先輩とのこと」
「いや、何も話していないが?」
「そうですか」

 長尾先輩って、本当にいい先輩。
 約束通り、力になってくれている。絶対に恩返ししなきゃ。たまに下ネタのツッコミもしてあげよう。

「そろそろいくか?」
「はい!」

 頑張らなきゃ!
 今回の一件は、私が解決しなければいけない事。あの問題に終止符をうつとき。
 今日の目的は馬淵先輩に真意を問いただすこと。馬淵先輩とやりあう為の情報ぶきは休み時間に集めてきた。
 なるべくなら今日中に解決しておきたい。青島祭も近いし、何も問題が起こらないよう気を付けないと。
 獅子王さん達の劇が何のトラブルもなくできるようにしなきゃ。
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