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二十章

二十話 サボテン -燃える心- その二

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 頭の片隅に不安を抱えながらも、私は馬淵先輩の後をついていく。馬淵先輩と一緒に学園に戻り……って!

「なんでまた戻ってきちゃったんですか! よくよく考えたら、最後に裏山にいけばよかったんじゃないですか!」
「まあまあ、理由はちゃんとあるから、落ち着いて」

 理由? 考えられるとしたら、時間、つまり夕刻でないと会えない、見れないってことなの?
 裏山を往復したせいか、日が沈みかけている。夕日を窓越しに浴びながら、私達は校舎に戻ってから階段を上り、上の階へ目指している。

 また、驚きとツッコミどころの多い光景を見せるつもりなのかな? それとも、何か違う光景を見せるつもり? 馬淵先輩の言っていた理由が気になる。
 この学園は一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生の教室になる。馬淵先輩はさらにその上の階に向かっている。この上は……屋上しかないけど、何かあるの?
 屋上に近づくにつれ、何か聞こえてきた。何の音?
 手拍子? 声? 音楽?

「ついたよ。ここが大本命。しっかりと彼女達と彼らの姿を見てね」

 彼女達? 彼ら?
 馬淵先輩の言葉に引っかかりを覚えたけど、いつまでも驚いてはいられない。
 馬淵先輩は屋上のドアに手をかけ、私を見る。覚悟はいいのかって無言で私にせまる。私はうなずいてみせた。
 屋上のドアを開く。ドアの向こうから夕日がさしこむ。その赤い日差しの中には……。

「ナミ! リズムが崩れてますよ」
「分かってる!」
「ユリ! テンポが速いです! みんなにあわせてください!」
「はい!」

 一人の女の子がリズムよく手を叩きながら、ダンスの練習している女の子達に声をかけている。
 女の子達は指摘されたところを聞きながら、修正してダンスを続けていた。それを男の子達がビデオカメラにおさめている。
 ダンスを練習しているみんなは激しい動きをしているのに、笑顔で楽しそう。キラキラした汗が飛び散り、充実した毎日を送っていそう。

 ん? 女の子も男の子もどこかで見たような……ああっ!
 女の子達はヒューズ! そんでもって、男の子達はFLC《ヒューズ・ラブリー・クラブ》の人達だ!

 ヒューズとはスクールアイドルの名前で、少し前までは上位ランクのグループだった。
 でも、メンバー全員がある男の子を好きになっちゃって、解散してしまう。

 FLCはヒューズのファンクラブで、ヒューズが解散後、FLCも解散。ヒューズと一緒に応援団を結成していた。
 男の子が空からふってきた事件があって、そのときテニス部とダブルスの試合をすることになったんだけど、テニス部を応援していたのがヒューズとFLCだった。
 これって、応援団の練習? それにしてはダンスに気合が入り過ぎているような気がする。これではまるで……。

「あれ? 軍曹殿では?」
「こ、近藤先輩!」

 私に声をかけてきたのは、FLCのリーダである近藤先輩。ある男の子を調査していた時に知り合いになった。元柔道部で角刈りのガタイのいい二年の先輩。
 あのときはFLCの解散の危機があったから暗い顔をしていたけど、今は生き生きとしている。近藤先輩の気持ちを知っていただけに、とてもうれしい気持ちになる。

「お久しぶりです、軍曹殿。なぜ、屋上に? もしかして、苦情がありましたか?」

 以前、先輩にお仕置きされてから、近藤先輩は風紀委員が苦手みたい。だから私の事、軍曹殿って呼ばれている。ちなみに先輩は大佐殿。これが格差社会かぁ!

「いえ、ちょっと声がしただけで。ねえ、馬淵先輩?」
「? 誰もいませんが?」

 馬淵先輩がいたところを振り返ると、誰もいなかった。
 あれ? いない。どこにいったの?
 と、とにかく話を続けなきゃ。

「え、えっと、すみません。近藤先輩達は何をしているのですか?」
「青島祭に向けて特訓です。聞いてください、軍曹殿。ヒューズが復活します!」
「ふ、復活?」
「そうです! 再結成です!」

 私は開いた口がふさがらなかった。再結成? それってヒューズがもう一度、スクールアイドル目指すってこと? それが青島祭と何の関係があるの?
 何か嫌な予感がしてきたんだけど。
 そんな私の不安をよそに、近藤先輩は笑顔で教えてくれる。

「ヒューズはもう一度、ライブラブを目指します! その手始めに、ゴールデン青島賞をとります!」

 い、嫌な予感が的中しちゃったよ! ヒューズがゴールデン青島賞を目指している?
 私が最初に思ったのは、馬淵先輩達が勝てるかどうかではなく、また近藤先輩に迷惑をかけてしまうかもしれないことだった。
 だってそうでしょ? 近藤先輩はあれだけ辛い目にあっても、またFLCとヒューズが復活した。
 多分だけど、相当苦労したのではないかと思う。それなのに水を差すようなことを私はしようとしている。

 もちろん、馬淵先輩達にだって負けられない理由はある。
 でも、家庭科部や文芸部、ヒューズのように純粋にゴールデン青島賞を狙っている人達に対して、不純のような気もしてくる。
 どうしよう? そう考えていると……。

「ねえ、あなた。もしかして、風紀委員の人?」

 ヒューズのメンバーに声をかけられた。その声は険を含んでいて、敵意のあるまなざしで私をにらんでくる。
 気が付くと、ヒューズのメンバー全員に囲まれていた。

 えっ? なに?

 私は怖くなって、身を縮めてしまう。

「腕章に風紀委員って書かれている。間違いないね」
「ねえ、何しに来たの?」

 あ、あははは……やっぱり嫌われているよね?
 彼女達の想い人をひどい目にあわせてしまったんだもん。私も一枚かんんでいたし。
 先輩だけでなく私も彼女達の想い人、押水先輩の件に関しては悪いことをしてしまったと反省している。
 でも、先輩が全ての罪を背負ってしまい、償うことができなかった。

 だから、これは仕方のないこと。私は覚悟した。どんな罵声を浴びせられても我慢しようと。
 だけど、現実はそんなに甘くなかった。

「ちょっと、聞いているの!」

 い、痛い!
 私は胸倉を強く掴まれてしまった。思いのほか強い握力に、さっきまでの決意が鈍る。
 私の胸倉を掴んている女の子は私を親の仇を見るように睨みつけてくる。怖くて声が出ない。

「あなた達風紀委員のせいで、私達がどれだけひどいめにあったのか分かってるの!」
「あなた達、本当に何様なわけ? 人の恋愛を邪魔する権利なんてないはずだよね?」
「正しいことしているつもりなの? ふざけないで! 小さな親切大きなお世話って言葉知らないの?」

 ううっ……泣きたくなってきた。中学の時、嫌がらせや嫌味を言われたけど、それとは比べものにならない。
 言葉には言いあらわせない感情を、ヒューズのメンバーは私にぶつけてくる。怒り、悲しみ、憎しみ……そして、失恋の痛み。

 確かに私が悪い。それはわかっている。でも、でも耐えられないよ。メンバーの恨み言は止まらない。今も言葉だけではなく、胸倉を強く何度も引っ張られている。

 誰か……助けて……先輩、助けて。

「あの……そこまでにしませんか? 相手は女の子ですし」

 メンバーの言葉を止めてくれたのは、意外にも近藤先輩だった。
 私は涙目で近藤先輩を見る。近藤先輩は苦々しい顔つきだけど、それでも、私の事を気遣ってくれた。
 どうして、と思うよりも、助けてほしいとの感情が勝る。
 これで、おしまいなの? 終わってくれるの?
 だけど、メンバーの怒りは、近藤先輩に向けられる。

「どうして、近藤君が彼女を庇うの?」
「女の子なら何をしてもいいって思ってるの?」
「甘いよ、近藤君。FLCだって、風紀委員のせいでつぶれかけたんでしょ? 許せるの?」

 近藤先輩は苦笑いを浮かべていたが、怒ることなく、冷静に彼女達に意見する。

「……思うところは多々あります。ですが、もうやめませんか? 歌を聞いてくれるみんなを笑顔にするのがヒューズだと自分は思っています。そんなあなた達が誰かを泣かせるのは間違いだと思います。恨み言をぶつけても、人を笑顔にはできないですよ。そのことをあの騒動で学びましたから」
「……」

 気のせいか、さっきよりも鋭い視線をぶつけられているような気がする。も、もしかして、逆効果?
 ダメ。ここで近藤先輩とヒューズの仲が悪くなれば、また迷惑をかけてしまう。でも、どうしたらいいの? 怖くて動けないのに……。

 がちゃ。

 屋上のドアの開く音がした。全員が何も言わず、立ち尽くしている。
 誰……なの? 空気が重たくなった気がして、怖くて顔を上げることができない。
 もしかして、誰か助けに来てくれたの? 誰でもいい。助けて……。

「取り込み中悪いが、伊藤を返してもらうぞ」

 えっ?
 最初は幻聴が聞こえたのかと思った。だって、そんなはずはないと思っていたから……。
 でも、私にはわかる。聞き間違えることなんてありえない。だって、その声は……。

「先輩……」

 もう我慢できなかった。涙があふれて止まらない。先輩が助けに来てくれたんだ。胸の奥が熱くなるのが分かる。
 一番来てほしい人が来てくれた……うれしい……。

「ちょっと何なのよ! こんなのきいてないわよ! あっ! 待ちなさいよ! まだ、話は終わってないわよ!」
「ちょっと、美月!」

 メンバーの一人、美月さんが私と先輩の間に立ちふさがる。先輩はそのメンバーを睨むと、美月さんはさっと目をそらした。
 先輩……女の子相手に大人げないですよ、その眼力。

「なんだ? 言いたいことがあるのなら俺に言え。伊藤は関係ないだろ?」
「そ、そんなことない! 風紀委員が彼に酷いことをしたでしょ!」
「それは違う。何度も説明したはずだ。俺が押水をたぶらかした。嫉妬が原因だ。それ以上も以下もない」

 そんなはずはない。私は橘先輩と協力して、押水先輩からハーレム発言を引き出したんだ。
 先輩と同じ、いや、それ以上のことをしてしまった。でも、先輩が一人、罪をかぶってしまい、私達は裁かれなかった。
 謝りたかった。だけど、怖くて何も言葉が出てこない。そんな自分が情けない。
 美月さんは引き下がらずに、今度は先輩に恨み言をぶつける。

「そんなの詭弁きべんだわ!」
「では、何か証拠を見せてもらえませんか? そこにいる伊藤があなた達に危害を与えた証拠を。もちろんあるんでしょうね? 無い場合は俺も風紀委員長も黙ってはいられませんよ」

 先輩の威圧するような態度に、美月さんが一歩後ろに下がる。それでも、負けじと言い返す。

「な、何よ! あんたが悪いんでしょ!」
「そうです。俺が悪いんです。相手をはきちがえないでください。無実の人に罪を押し付けることは納得できません。それでも、伊藤に文句を言うのであればそれ相応の覚悟はしてください」
「ちょ、ちょっと、大佐殿! 落ち着いてください! 美月さんも落ち着いて!」

 近藤先輩が二人の間に割って入る。先輩は近藤先輩と目が合うと、少しだけ態度が軟化なんかした。

「すまない。少し頭に血が上っていた」

 先輩が美月さんに頭を下げる。バツが悪くなったのか、美月さんはそっぽ向いていた。

「……別に、私も少し言い過ぎた。でも、許したわけじゃないから。忘れないでよ。騒動は収まっても、あなたのしでかしたことはずっと許さないから!」
「ああ、きもめんじておく。いくぞ、伊藤」
「は、はい」

 私は先輩の背中に隠れるように移動する。ヒューズの敵を見るような視線を浴びながら、私は先輩の制服をちょこんとつまんで屋上を後にした。
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