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十七章
十七話 ヤナギ -愛の悲しみ- その一
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「獅子王先輩、申し訳ありませんでした!」
私は獅子王先輩に頭を深く下げて謝罪した。
古見君との仲を見直す話し合いに途中で抜けてしまったこと。
二人に迷惑をかけたこと。
二人の仲を応援しきれなかったこと。
先輩ともめて話し合いを台無しにしてしまいそうになったこと。
全てに対して謝罪した。
獅子王先輩が毎日ロードワークしている場所に待ち伏せして、謝罪する機会を待っていた。獅子王先輩と知り合った時はまだ暖かかったけど、今は少し肌寒い。
街路樹も紅葉してきている。北風に身をすくめながら、獅子王先輩への謝罪の言葉を考えていた。
獅子王先輩の姿が見えたとき、逃げ出したかったけど、私は前に出て獅子王先輩に謝った。
獅子王先輩、怒ってるよね? それとも、呆れてるのかな? 失望されたかな?
獅子王先輩は私の事、もう信頼していないと思うけど、私のしでかしたことはちゃんと謝っておきたかった。たとえ、自己満足でも……。
「別にいい。気にするな」
「はぁ?」
あ、あれ? 思っていたよりあっけない。私が気にしすぎていたの? でも、利用されることを獅子王先輩は何よりも嫌悪していたんじゃなかったの?
異変はそれだけではなかった。
「それより、悪かったな。なんか、俺様のせいで、あの野郎とその……喧嘩したんだろ?」
「……」
私は開いた口が塞がらなかった。
獅子王先輩が私に謝罪? 吃驚仰天! ありえないんですけど!
「伊藤?」
「ごめんなさい間違えました私の知る獅子王先輩とは違います失礼します」
私は息継ぎをせずに、一気の話し終えると回れ右をした。
あっれ~、おかしいな。目の錯覚か。まずい、幻覚が見えちゃうなんて……。
「待て、このあんぽんたん」
「あいたぁたたたたたたたたた! 痛い痛い痛い!」
この腕力はハンパない! 脳みその中身でちゃう! 先輩以上の握力!
頭を鷲づかみしている獅子王先輩の腕をタップアウトして、必死に許しを乞う。
「どうだ? 人違いだったか?」
「いえ! 獅子王一先輩でした! 申し訳ありません!」
「分かればよし!」
痛む頭を押さえながら、獅子王先輩を涙目で思いっきり睨む。
おかしい。
俺様の獅子王先輩が、私の事を気遣うなんて……でも、この握力の強さは、長尾先輩に勝った腕力はやっぱり獅子王先輩。
きっと、一万分の一の確率で、獅子王先輩は人に気遣うんだ。その一万分の一のタイミングがきっとさっきの謝罪だったに違いない。それに死語も相変わらずだし。
「それで、今後どうするんだよ?」
今後って事は……まだ、私は二人の仲を応援していいって事?
「お、おい、どうした? なんで泣いてやがる?」
えっ……泣いてる? 私が?
本当だ……頬に涙が……。
「は、腹でも痛いのか? おい?」
「……いえ、嬉しいんです」
「嬉しい?」
そうだ。私は嬉しいんだ……だって……。
「私はまだ必要とされていたんですね……あんなことがあったのに……まだ、頼られている事が嬉しくて……」
諦めていた。
二人の恋の応援を出来ない事は仕方ないと思っていた。でも、私は二人の恋をずっと見てきたからこそ、最後まで応援したかった。
だって、二人は本当に想い合っているから……身近で見ていたかったら……。
一番嬉しかったのは、まだ私のことを頼ってくれたこと。それが、嬉しくてつい……。
「ったく、くだらねえ事で泣いてるんじゃねえよ」
獅子王先輩が私のおでこにデコピンをパチンと当ててきた。
少し痛かったけど、どうしてだろう……何か心がポカポカとした気持ちになる。
私は涙を拭き、気合いを入れ直す。
二人は付き合うことになった。でも、それはスタートラインに立っただけ。ここからだ。
私は今後の事を獅子王先輩に提案する。
「そうですね。橘先輩との対決もありますし、明日古見君と三人で話し合いませんか?」
「分かった。場所と時間が決まったらメールしてくれ」
私は分かりやした~と敬礼し、その場から離れようとしたとき、あることに気づいた。
獅子王先輩が走り去っていく前に、私は慌てて呼び止める。
「わ、私、獅子王先輩のメールアドレス、知りません」
「そうか? 仕方ねえな。ほら」
獅子王先輩が何かを投げてきたので、私は咄嗟に受け取る。スマートフォンだ。
これって、連絡先を登録しろってこと?
獅子王先輩って本当にダイナミックっというかなんというか……履歴とか見られても大丈夫なのかな?
それにしてもこのスマホ、全身が金色で何かすごく輝いているんだけど、これって黄金? 金メッキじゃないよね? 眩しっ!
周りの装飾にあるこの輝いた石は……ダイヤ? えっ、ウソでしょ! どこまで光り物が好きなの、この人! ヤのつく人でもここまでしないよ!
ここまでするとホント、神ってる。デコってもここまでキラキラはしない。まさにキラキラスマホ……でも、全然羨ましくない……。
流石は獅子王先輩。尊敬します。
私はなるべく指紋をつけないよう、気をつけながらアドレスを登録する。傷をつけようものなら、絶対に弁償なんてできない。
確実にマグロ漁船就職コースですから。
「私のアドレス、登録しておきましたから、何かあったら連絡してください」
「おうよ」
スマホを受け取り、獅子王先輩はロードワークに戻っていった。
私は獅子王先輩の背中をじっと見送っていた。
なんだろう、獅子王先輩の雰囲気が少しやわらかい気がする。気のせいじゃないよね?
獅子王先輩の変化を不思議に思いながらも、私はもう一人、謝罪するべき人のもとへ向かった。
「ふぅ……許してもらえてよかったよ~」
今さっき、古見君に謝罪した。古見君も怒っていなくて、許してもらえた。
すごく嬉しかった。
前は古見君と喧嘩しちゃったし、また喧嘩になるのは嫌だったから……逆に古見君に気を使わせちゃった。先輩とのこと、大丈夫なのって。
私は笑ってごまかすことしかできなかった。
だって、私、今でも……。
「!」
息が止まるかと思った。
廊下の向こうから先輩の姿を見つけたとき、立ち止まってしまった。足が動かない……息苦しい……。
私はどうしていいのか分からず、動けずにいると、先輩も私に気づいて……目が合ってしまった。
どうしよう? 足が震えてしまう。
先輩の顔がみれない……そっと、目をそらして顔を伏せてしまう。
地面をじっと見つめることしかできない私の隣を先輩は……黙って通り過ぎていった。
私に声をかけることなく、まるで私の事が目に入らなかったように。
あれ? 視界がにじんで……や、やだ……また、泣いてる。でも、今度の涙はさっきとは正反対で……全く別の感情があふれ出してしまい……涙が止まらない。
涙が出てくるのは、先輩に話しかけることができなったせいなのか、先輩に無視されてしまったせいなのか、そのどちらもなのか、分からなかった。
分かっているのは、この胸に感じる痛みを耐えることが精一杯ということだけ。
どうして、何も言ってくれないの、先輩?
廊下の窓から射し込む夕日が、もうすぐ下校時間を過ぎることを教えてくれる。でも、私はその場から一歩も動けなかった。涙を拭うことしか出来なかった。
私は獅子王先輩に頭を深く下げて謝罪した。
古見君との仲を見直す話し合いに途中で抜けてしまったこと。
二人に迷惑をかけたこと。
二人の仲を応援しきれなかったこと。
先輩ともめて話し合いを台無しにしてしまいそうになったこと。
全てに対して謝罪した。
獅子王先輩が毎日ロードワークしている場所に待ち伏せして、謝罪する機会を待っていた。獅子王先輩と知り合った時はまだ暖かかったけど、今は少し肌寒い。
街路樹も紅葉してきている。北風に身をすくめながら、獅子王先輩への謝罪の言葉を考えていた。
獅子王先輩の姿が見えたとき、逃げ出したかったけど、私は前に出て獅子王先輩に謝った。
獅子王先輩、怒ってるよね? それとも、呆れてるのかな? 失望されたかな?
獅子王先輩は私の事、もう信頼していないと思うけど、私のしでかしたことはちゃんと謝っておきたかった。たとえ、自己満足でも……。
「別にいい。気にするな」
「はぁ?」
あ、あれ? 思っていたよりあっけない。私が気にしすぎていたの? でも、利用されることを獅子王先輩は何よりも嫌悪していたんじゃなかったの?
異変はそれだけではなかった。
「それより、悪かったな。なんか、俺様のせいで、あの野郎とその……喧嘩したんだろ?」
「……」
私は開いた口が塞がらなかった。
獅子王先輩が私に謝罪? 吃驚仰天! ありえないんですけど!
「伊藤?」
「ごめんなさい間違えました私の知る獅子王先輩とは違います失礼します」
私は息継ぎをせずに、一気の話し終えると回れ右をした。
あっれ~、おかしいな。目の錯覚か。まずい、幻覚が見えちゃうなんて……。
「待て、このあんぽんたん」
「あいたぁたたたたたたたたた! 痛い痛い痛い!」
この腕力はハンパない! 脳みその中身でちゃう! 先輩以上の握力!
頭を鷲づかみしている獅子王先輩の腕をタップアウトして、必死に許しを乞う。
「どうだ? 人違いだったか?」
「いえ! 獅子王一先輩でした! 申し訳ありません!」
「分かればよし!」
痛む頭を押さえながら、獅子王先輩を涙目で思いっきり睨む。
おかしい。
俺様の獅子王先輩が、私の事を気遣うなんて……でも、この握力の強さは、長尾先輩に勝った腕力はやっぱり獅子王先輩。
きっと、一万分の一の確率で、獅子王先輩は人に気遣うんだ。その一万分の一のタイミングがきっとさっきの謝罪だったに違いない。それに死語も相変わらずだし。
「それで、今後どうするんだよ?」
今後って事は……まだ、私は二人の仲を応援していいって事?
「お、おい、どうした? なんで泣いてやがる?」
えっ……泣いてる? 私が?
本当だ……頬に涙が……。
「は、腹でも痛いのか? おい?」
「……いえ、嬉しいんです」
「嬉しい?」
そうだ。私は嬉しいんだ……だって……。
「私はまだ必要とされていたんですね……あんなことがあったのに……まだ、頼られている事が嬉しくて……」
諦めていた。
二人の恋の応援を出来ない事は仕方ないと思っていた。でも、私は二人の恋をずっと見てきたからこそ、最後まで応援したかった。
だって、二人は本当に想い合っているから……身近で見ていたかったら……。
一番嬉しかったのは、まだ私のことを頼ってくれたこと。それが、嬉しくてつい……。
「ったく、くだらねえ事で泣いてるんじゃねえよ」
獅子王先輩が私のおでこにデコピンをパチンと当ててきた。
少し痛かったけど、どうしてだろう……何か心がポカポカとした気持ちになる。
私は涙を拭き、気合いを入れ直す。
二人は付き合うことになった。でも、それはスタートラインに立っただけ。ここからだ。
私は今後の事を獅子王先輩に提案する。
「そうですね。橘先輩との対決もありますし、明日古見君と三人で話し合いませんか?」
「分かった。場所と時間が決まったらメールしてくれ」
私は分かりやした~と敬礼し、その場から離れようとしたとき、あることに気づいた。
獅子王先輩が走り去っていく前に、私は慌てて呼び止める。
「わ、私、獅子王先輩のメールアドレス、知りません」
「そうか? 仕方ねえな。ほら」
獅子王先輩が何かを投げてきたので、私は咄嗟に受け取る。スマートフォンだ。
これって、連絡先を登録しろってこと?
獅子王先輩って本当にダイナミックっというかなんというか……履歴とか見られても大丈夫なのかな?
それにしてもこのスマホ、全身が金色で何かすごく輝いているんだけど、これって黄金? 金メッキじゃないよね? 眩しっ!
周りの装飾にあるこの輝いた石は……ダイヤ? えっ、ウソでしょ! どこまで光り物が好きなの、この人! ヤのつく人でもここまでしないよ!
ここまでするとホント、神ってる。デコってもここまでキラキラはしない。まさにキラキラスマホ……でも、全然羨ましくない……。
流石は獅子王先輩。尊敬します。
私はなるべく指紋をつけないよう、気をつけながらアドレスを登録する。傷をつけようものなら、絶対に弁償なんてできない。
確実にマグロ漁船就職コースですから。
「私のアドレス、登録しておきましたから、何かあったら連絡してください」
「おうよ」
スマホを受け取り、獅子王先輩はロードワークに戻っていった。
私は獅子王先輩の背中をじっと見送っていた。
なんだろう、獅子王先輩の雰囲気が少しやわらかい気がする。気のせいじゃないよね?
獅子王先輩の変化を不思議に思いながらも、私はもう一人、謝罪するべき人のもとへ向かった。
「ふぅ……許してもらえてよかったよ~」
今さっき、古見君に謝罪した。古見君も怒っていなくて、許してもらえた。
すごく嬉しかった。
前は古見君と喧嘩しちゃったし、また喧嘩になるのは嫌だったから……逆に古見君に気を使わせちゃった。先輩とのこと、大丈夫なのって。
私は笑ってごまかすことしかできなかった。
だって、私、今でも……。
「!」
息が止まるかと思った。
廊下の向こうから先輩の姿を見つけたとき、立ち止まってしまった。足が動かない……息苦しい……。
私はどうしていいのか分からず、動けずにいると、先輩も私に気づいて……目が合ってしまった。
どうしよう? 足が震えてしまう。
先輩の顔がみれない……そっと、目をそらして顔を伏せてしまう。
地面をじっと見つめることしかできない私の隣を先輩は……黙って通り過ぎていった。
私に声をかけることなく、まるで私の事が目に入らなかったように。
あれ? 視界がにじんで……や、やだ……また、泣いてる。でも、今度の涙はさっきとは正反対で……全く別の感情があふれ出してしまい……涙が止まらない。
涙が出てくるのは、先輩に話しかけることができなったせいなのか、先輩に無視されてしまったせいなのか、そのどちらもなのか、分からなかった。
分かっているのは、この胸に感じる痛みを耐えることが精一杯ということだけ。
どうして、何も言ってくれないの、先輩?
廊下の窓から射し込む夕日が、もうすぐ下校時間を過ぎることを教えてくれる。でも、私はその場から一歩も動けなかった。涙を拭うことしか出来なかった。
応援ありがとうございます!
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