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五章

五話 希望 その三

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「私、平村さんと同じ青島西中の出身なんです。だから、卒業生として学校に入ることができると思います」
「でかした、伊藤!」

 ち、ちちち近すぎますから!
 先輩の両手が私の肩を握っている。視線を合わせるかのように先輩は体をかがめて私に語りかけてきている。
 き、緊張して、身動きがとれないよ。でも、高鳴る胸の鼓動とは別に、先輩の役に立てることのうれしさがこみ上げてくる。

「よし! 善は急げだ! 今すぐ行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! もう時間が遅いですから! 日をあらためたほうが良いですよ。それに一つ約束してください」
「約束? なんだ、ご飯をおごって欲しいのか?」
「そうなんですよ~○ニー。お腹がすいて力が出ないよ……って、違います! 私を腹ぺこキャラにするのはやめてください! そうではなくて、二人の仲を取り持って欲しいってことです」

 先輩は驚いた顔をしている。えっ? そんなに驚くとこ、ここ?
 先輩も橘先輩もみんな、身内には優しいけど、それ以外はアレだよね。風紀委員って結束が固いのかな?
 そんなことは今はどうでもいい。また同じ過ちを犯さないために、先輩に釘を刺しておかないと。

「先輩はこの一件をどう片をつけるつもりだったんですか?」
「……二人の仲違いを解消した後、白部さんにもう二度と平村さんをイジメないよう、注意をするつもりだ。それが一番だろう?」
「ダメですよ、それじゃあ」
「そうか? なら、厳しい処罰を与えるか」

 な、なんでそんな体育会系なんですか!
 先輩の気持ちは分かりますけど、きっとそれではダメな気がする。

「違いますから! 先輩のやり方だと、問題は解消されても、解決はしませんよ。どうせなら、平村さんと白部さんの仲を取り持って、ハッピーエンドを目指しましょうって事ですから」

 まただ……また、先輩が辛そうな顔をしている。あの日、喧嘩したときと同じだ。
 もしかして、先輩は誰かを救うことを諦めているのでは……。

「……それは余計なお節介だろ? 二人の仲は二人の問題だ。ただでさえ、風紀委員は人のプライバシーに介入しやすい委員なんだ。だから、必要最低限にとどめるべきだ」

 まるで自分に言い聞かせるような言葉……やっぱり、私の考えは間違っていない。
 だけど、先輩は勘違いしている。伝えなきゃ……相棒である私が……先輩に救われた私が伝えたいんだ。
 だから、諦めちゃいけない。たとえ、喧嘩になっても……。

「でもでも、事件さえ解決すれば後はどうでもいいってスタンス、後味の悪いものしか残らないじゃないですか。ハーレム騒動みたいなこと、私、イヤですから」

 私と先輩が初めてコンビを組んで対応した、押水先輩のハーレム騒動。みんなが不幸になったあんな結末、もう味わいたくない。やっぱり、ハッピーエンドが一番ですから!
 先輩もそのことを思い出してくれたのか、沈痛な顔をしている。
 先輩はやるといったら徹底的にやる。それはある種の暴走にも思えるほど苛烈な行動をとる。
 でも、そのことに後悔し、償いをしてきた。

 不器用な人。
 私は先輩をそう思っている。だからこそ、私が先輩の相棒として先輩の欠けているところを補わなきゃ。

「俺だって叶うのであれば、誰かを救いたいとは思う。だが、もし、平村さんが白部さんを裏切っていたのなら……白部さんには憎しみの感情しか残されていないのなら……二人の仲を取り持つことなんて不可能だ。ならば、確実にイジメをやめさせる方向で動くべきだろ? 最悪、二人の仲が修復不能になってもな」
「そんなこと!」
「酷いと思うか? イジメがなくなるだけでも、平村さんの負荷は軽減されるだろ? あやふやな結果よりも、確実な結果をとるべきではないか?」

 先輩って本当に真面目だよね。全ての原因が平村さんにあるかもしれないのに、それでも、平村さんを助けようとしている。
 先輩の言いたいことはよく分かる。私もイジメにあっていたから理解できてしまう。孤独とイジメ、どちらが辛いかは身にしみて分かっている。
 孤独はなれてしまえばそこまで辛いことはなくなる。学校に友達がいなくなっても、ネットを使えば誰かとつながることは出来るし、いくらでも孤独から解放される方法はある。

 でも、イジメは違う。どんどん嫌がらせはエスカレートするし、死にたくなるくらい辛い思いをさせられる。
 一番辛いのは助けを誰に求めたら良いのか分からないこと。誰かに助けを求めると、余計にイジメが酷くなる可能性が高い。
 相手が悪いのに、自分が悪いって思ってしまい、袋小路に立たされるあの感覚、もう二度と味わいたくない。

 先輩はその辛さを知っているからこそ、問題の解消を何よりも優先させ、行動する。
 希望的観測はいらない。イジメをなくす結果だけを先輩は求めている。
 それが先輩の出来る救いと信じて、最小限に目標を絞って行動するから結果が出せる。

 けど、それではダメ。そんなことをすれば、先輩が孤独になってしまう。みんなに恨まれ、一人になってしまう。
 だから、私は先輩のやり方を否定しなければならない。

「先輩の言い分は正しいと思います。でも、これだけは否定させてください。白部さんは今でも平村さんの事を大切に想っていますよ。平村さんも白部さんの事、大切だって思っていますから」
「平村さんへのイジメは愛情の裏返しといいたいのか? それに、平村さんに会ったことのないのに、どうしてそんなことが言えるんだ?」

 先輩は私と平村さんが中学の時、同じ委員だってことを知らない。きっと、そのことを伝えても、だからなんだと言われるのがオチだと思う。
 だから、根拠を伝えなきゃ。

「先輩、覚えていますか? 昨日、先輩が犯人らしき人物を見て追いかけたとき、バールが落ちていた事を」
「……伊藤、それは希望的観測すぎやしないか? 現実はもっと残酷かもしれないんだぞ」

 分かっている。でも、残酷でない可能性だってあるはず。
 その根拠を先輩に示さなきゃ。バールと白部さんの何気ない一言こそ、白部さんが平村さんを大切に思っている根拠だから。

「それでも、私は希望的観測に賭けたいんです。白部さんは言っていたんですよね? 先輩が掃除ロッカーに閉じ込められた平村さんが大変なことになっていたかもしれないと言ったとき、白部さんはそんなことはないって。言質、とれてるじゃないですか」

 ただの憶測の言葉だったのかも知れない。でも、私は白部さんのこの一言に真実が含まれていると信じている。
 現実は残酷で厳しいのかもしれない。でも、優しくて希望のあるものかもしれないんだ。私は後者であってほしいと願っている。

「仮にそうだとしても、平村さんはどうなんだ? 平村さんは白部さんのことを恨んでいる可能性の方が高いだろ?」
「私はそうは思いません。平村さんの鞄から腕時計が出てきたとき、泣きながら白部さんが犯人だって訴えたんですよね? それって、親友に酷いことをされたから泣いたんじゃないですか?」
「……伊藤は腕時計を盗んだ犯人が白部さんだと言いたいのか?」
「違うと思います。けど、平村さんが犯人だった場合、おかしな点があるじゃないですか。それは……」

 私は平村さんが白部さんの事を今でも大切な友達である根拠を述べてみた。先輩は私の根拠に何も反論はしないけど、肯定もしてくれない。悩んでいるんだと思う。
 私の今まで話した内容はあくまで推測の域を出ない。だから、先輩も納得いかないところがあるんだと思う。
 だとしたら……。

「先輩、確かめてみませんか? もし、二人が想い合っているのなら、また親友同士に戻りたいと思っているのなら、その願いを叶えてあげませんか?」
「……すまない、伊藤。俺はあの二人に深入りするつもりはない。押水の件で学んだんだ。中途半端な助けは余計に傷つけるだけだって。二人は俺にとって他人も同然。救うとしても、必要最低限にとどめておくべきだ」

 先輩が言っているのは、私と先輩が初めて担当した事件、ハーレム騒動のことだ。押水先輩が四十人以上の女の子を虜にした事件である。
 確かに、押水先輩はいろんな女の子にお節介を焼いてきた。押水先輩に救われた女の子は沢山いたけど、それ以上に不幸になった人達がいた。
 なぜなら、押水先輩に救われた女の子は押水先輩を好きになってしまったから。

 押水先輩は誰の想いも受け入れなかったせいで、押水先輩に恋をしていた女の子達だけでなく、その女の子達に恋をしていた男の子達も巻き込んで不幸になってしまう。
 最後はみんなが不幸になってしまった。私達が押水先輩のハーレムを崩壊させたわけだけど、私達がやらなくても、きっと崩壊していたと思う。

 先輩が言いたいのは、人を助けるのなら最後まで責任を持てとのことだろう。先輩って呆れるくらい真面目というか……ゼロかイチしかないというか……。
 先輩を説得するにはどうしたらいいの?
 先輩は二人を助けない理由として、仲がよくない事をあげていた。それならば……。
 先輩を説得する方法。それは……。

「先輩は私の着替えを覗きましたよね?」
「すまん!」

 うわっ! 即座に頭を下げてくれましたよ! 男らしい!
 見られた事実確認をしてしまい、顔が赤くなるのを感じるけど、こんなことを言いたかったわけではない。
 誤解されないよう、早く本題に入らないと。

「え、ええっとですね……それは別にいいんですけど、言いたい事はそこじゃなくて、先輩が風紀委員室に来た理由って、私の事が心配で来てくれたんですよね?」
「……余計なお世話だったか?」

 やっぱりそうだ。先輩は私のことを心配してくれていたんだ。頬が緩むのが抑えられないよ。
 もし、これが、

「いや、たまたまだ」

 なんて一言で済まされたら、覗かれ損だし、最悪に格好悪かった。
 でもでも、私の推測があっていて、ほっとしたよ。いや、本当にね。
 先輩は他人にはある程度優しいけど、お節介は基本やかない人だ。だから、私にお節介をやいてくれていることは、少しは仲が進展したと判断していいのかな?
 だとしたら、嬉しい。

 もっと、もっと先輩と仲良くなりたい。
 昨日、先輩と喧嘩したとき、絶対に許してやるもんか! 私からは謝らないから!
 そんなことばかり一晩中考えていた。それで自覚したの。先輩の事が大好きなんだって。

 改めて自覚してしまい、泣いちゃったんだよね。胸が切なくて、この気持ちがどうしようもなく愛おしいって思ったの。
 私は先輩の相棒でいたい。誰よりもそばにいたい。だから……。

「嬉しい……って言いたいんですけど、先輩の好意に甘えているだけじゃダメですよね。だから、先輩に等価交換を求めます」
「等価交換?」
「先輩がこの一件に関わっている間、私は御堂先輩に認めてもらえるよう、努力します。先輩の後輩はやればできるんだってところ、見せます。だから、先輩も私に見せてくれませんか? 先輩もやればできるんだって」

 もし、先輩が私のことを少しでも大切だって思ってくれているのなら、私の提案に乗ってくれるかもしれない。これは賭けというよりも願望が入っていたんだけど。
 コンビを組んだ時間はまだ少ないけど、それでも、私を理由に先輩は白部さん達を救ってくれるかもしれない。
 お願い、先輩! 先輩は誰かを救える人だって自信を持ってください!
 私の提案に、先輩は……。

「……俺に出来ると思うか? 事件の解決を優先させ、人の気持ちをないがしろにしてきた俺が……誰かを理由にしないと動けない俺が……人を救う事なんて出来ると本当に思うか?」

 普段はみせない先輩の弱気なところに、私はぎゅっと胸が締め付けられる。せつなくて、なんとかしてあげたい気持ちがあふれてくる。
 だから、私は笑顔で先輩に告げる。

「出来なくてもいいじゃないですか。いきなり結果をだせだなんて、ブラック企業の言うことでしょ? それか、バイト先のファミレスとか……」
「な、何かあったのか?」
「おっほん! そんなことはどうでもいいんですけど、私が言いたい事は結果よりも過程が大切だってことです。先輩が二人の為に行動した。これが大切だと思うんです。あっ、生意気言ってごめんなさい」

 結果は出た方がいいと思うけど、大切なのは誰かを救いたい気持ちこそが一番大事だと信じている。
 だって、誰かを助けたいって気持ちは優しくてあたたかいモノだから……。
 私の想いは先輩に通じたのか? 不安で上目遣いで先輩を見てみると……。

「……本当に生意気だな」

 えっ? そこは否定するべきところでは?
 先輩が笑っている。先ほどの迷いは全くなく、決意に満ちあふれている。
 格好いい……。

「伊藤?」
「あっ……ええっと……も、もう、先輩! そこは、ありがとな、とか言う台詞の場面でしょ! 相変わらず空気が読めませんね、先輩は」

 ううっ……顔を真っ赤にして言っても、説得力ないよね? ちょっと、悔しい。
 先輩は少し乱暴に私の頭を撫でてきた。
 これって、感謝の気持ちってことなの?

 女の子の頭を気安く撫でないでいただきたい。先輩に可愛く見せるために細心の注意を払って髪型をセットしているのだから、台無しになるじゃない。
 でも、優しく頭を撫でてもらいたくて可愛くみせているところもあるので……複雑な気分なんだよね。

「ありがとな、伊藤」
「えっ?」
「頑張ってみるよ。伊藤にいい先輩だと思ってもらえるよう、頑張るから」

 先輩は今までに見たことのない穏やかな顔をしている。
 初めて見る先輩の表情に、私はときめきを感じながら、元気よく返事をする。

「はい! 私の先輩はすごい先輩だって自慢させてくださいね! もちろん、私も頑張りますから!」

 私は先輩に拳を突き出す。先輩の大きな手がこつんと優しく私の拳にぶつかる。
 やる気出た! 千パーセント超えましたから!

 これではどっちが励まされたのか分かったものじゃない。でも、いいよね、こういう関係って。
 励まし、励まされ、お互いを高めていく。私は絶対に先輩とベストパートナーになってみせる!

 それと、恋人イベントもしてみたい!
 中間テスト、期末テストで二人っきりでテスト勉強したり、クリスマス、大晦日、正月を一緒に過ごしたい。
 春になればお花見、夏になれば海、秋には紅葉巡り、冬にはスキー……一年が過ぎても、先輩が卒業した後もずっとずっとそばにいたい。先輩と一緒に歩いて行きたい。

 うん! もっと女子力をつけて先輩を虜にしよう!
 私が男の子と話しているだけで、先輩にヤキモチをやいてもらえるような、そんな魅力的な女の子になりたい。
 やることは決まったし、一秒も無駄にできないよね。早速御堂先輩の元へ戻らないと。
 げんこつされるかもしれないけど、全然怖くない。先輩との約束が勇気と力をわけてくれる。だから、頑張らなきゃ。
 私はスキップしそうな明るい気持ちで御堂先輩の元へと歩き出した。



 ***



「……またキミなの? こんなところで待っているなんて、暇なの?」

 俺は白部と話がしたくて、校門でずっと待っていた。盗難事件について話したいことがあったからだ。
 下駄箱に白部の靴があったので、ここにいれば会えると思っていたのだが、一時間待たさせるとは思っていなかった。
 おかげで体は冷えてしまった。そんなこと白部には全く関係はないのだが。
 俺は白部の進行方向に立ち塞がるように陣取る。白部は迷惑そうに顔をしかめている。

「お前が平村さんのイジメをやめるまで何度でも会いに来る。何度でも言うぞ、平村さんをイジメるのを即刻やめろ」
「私に指図しないで」

 お互い本気でにらみ合う。どっちも譲る気はないのだろう。
 俺は平村の事を知らない。当時の事件のことを知らない。
 だが、白部のことは少し知っている。

 白部が俺に向かって吐き捨てた言葉、平村を裏切り者と言い捨てたときのあの冷たい声。
 白部は本気で平村を恨んでいる。だが、それは平村を信じていたからこそ、好きだからこそ、裏切られたことが悲しくて、イジメをしていることを俺は知っている。

 ならば、まだやり直せるチャンスはあるはずだ。
 腕時計盗難の事件にはきっと裏がある。その裏に隠された事実こそ、二人の仲を取り持つきっかけになるはずだ。
 二人が仲直りすれば、すれちがいをただせば、イジメをやめさせることはできるし、伊藤との約束も守ったことになる。
 だったら……。

「白部。お前にも味わわせてやろうか? 掃除ロッカーに閉じ込められる辛さをな」
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