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二章

二話 裏切り その三

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 俺と上春、朝乃宮は一年F組に向かっていた。
 時刻は八時十五分。左近との打ち合わせは八時くらいから始めたので、十五分たったことになる。
 ちなみに、俺は二人をおいて先に調査に向かおうとすると、上春は説教を辞め、すぐさま俺についてきた。
 説教していたことなんて、まるでなかったかのような変わり身の早さだ。つい、感心してしまった。

 朝の八時頃は生徒は廊下にも教室もいなかったが、この時間帯になると生徒の数は多い。廊下にも教室にも生徒がおしゃべりに花を咲かせている。
 話の内容は、テレビのドラマの話や好きなアイドルやモデル、下ネタといった内容だ。
 どうでもいい内容なのだが、こういったことが代わり映えのしない高校生活の退屈を紛らわしているのだろう。

「なあなあ、俺、すっげー事、発見した。俺、将来CD・DVDの販売店に就職するわ。音楽かけ放題だし、DVD見放題だろ?」
「天才! それ、いいね!」
「それに……屁をこいてもバレないだろ?」
「まじリスペクト!」

 ……平和なヤツらだ。
 こんなバカやれる空間で、裏では掃除ロッカーに女子を閉じ込めるような陰湿な事件が起きている。
 その異質さに俺は苦々しい気分になる。

 それだけではない。
 今居心地の悪い気分になっているのは、隣を歩いている人物に関係してくる。
 上春がニコニコと笑顔で俺を見つめているからだ。

 人に喧嘩を売られたり、恨みを買うことが多いので、上春のような好意的な態度をとられるとどうしていいのか分からない。
 伊藤も好意的な態度をとってくれるが、それは難解な事件を通して築いたものがあるからだ。

 俺と伊藤は最初から仲がよかったわけではない。出会った当初は、お互い煙たい存在だと思っていた。
 時間をかけ、信頼がうまれたわけだが、上春にはそれがない。なのに、上春は最初から俺に好意的に接してくる。

 きっと、可愛い女子に笑顔を向けられる事は、男として喜ばしいことなのだろう。だが、俺にとって、可愛い女子だろうが何だろうが、理解できないことは不安でしかないのだ。
 それ以外にも、女子と話すことが苦手ということもあるのだが。

 伊藤と御堂は素直に話せるのに、他は全くダメだ。ああっとか、そうかっとか、そんなことしか言えない。
 女子にとって、俺なんてつまらない男にしか映らないだろう。だから、余計に上春に好かれる理由が分からないのだ。

 ちなみに朝乃宮と二人っきりになると、生命的な危機を感じて、落ち着かない。
 女子の中で一番厄介なのは朝乃宮介だが、上春も厄介だな。
 今回は上春と共同で調査する事になったことだし、何か話を振ってみるか。

「なあ、上春」
「なんですか、藤堂先輩」

 ニコニコと上機嫌な上春に戸惑いつつ、俺は今から向かうF組のことを尋ねてみた。

「一年F組の事で知っていることがあれば教えてくれるか?」
「それはF組の意味ですか? それとも人間関係ですか?」
「人間関係で頼む」

 青島高等学校では一年から三年までAからFまで組がある。
 そのうちF組は進学に特化したクラスとなる。偏差値の高い大学に入学することを目的としたクラスで、他のクラスとは時間割が違う。
 他のクラスは六時間目までしかないが、Fクラスは七時間目が存在する。受験に必要な科目が多く取り入れられ、家庭科や美術といった受験に関係のないものは省かれている。

 そんなエリートのクラスでいじめがあるのはどんな理由なのか?
 勉強からくるストレスなのか、それとも勉強の出来るヤツが勉強できないヤツを見下してのことなのか。
 後は受験勉強なので周りの生徒はライバルとなる。そういった緊張感からイジメが発生する可能性も考えられるな。

「……んん、楽しいクラスですかね?」

 意外な答えに、俺は首をかしげる。

「楽しいクラス?」
「はい、評判良いですよ、F組は。面白いって噂ですし、みんな和気藹々わきあいあいとしてるみたいですよ」

 俺は上春の評価に眉をひそめつつも、そうなのかと思ってしまう。
 確かに、クラス替えがあったとき、自分のクラスが楽しいか楽しくないのかでアタリ、ハズレで評価していたな。
 後は美男美女、担任の先生も評価の対象になる。まあ、退屈をどこまで紛らわすことが出来るのかがポイントなのだろう。

 上春の言い分だと、クラスの雰囲気は悪くないようだ。何の問題も感じられないクラスに思える。
 これは実際に確認した方が良いな。押水のような予測すらできなかった件もある。しっかりと見極めないと。
 決意を新たにしたところで、ようやく一年F組にたどり着く。

「上春、念のために確認するが、白部の顔、知っているか?」
「いえ、会ったことないので」

 そうなると、周りの生徒に確認するしかないな。
 一年F組の教室をドアからのぞいてみると、複数の生徒が教室でたむろっている。F組だからといって朝から勉強しているヤツはいないようだ。
 まあ、当たり前だよな。受験は二年後だ。今から勉強しなくても問題ない……と思いたい。

 クラスにいる生徒達は他のクラスと変わらず、朝のHRが始まるまでおしゃべりを楽しんでいた。やはり、この明るい雰囲気のクラスにイジメは似合わない。
 違和感が増していく。このクラスにイジメはあるのか? それとも、黙認されているのか?
 俺は近くにいる生徒に声をかけようとしたとき。

「おはあり! ウェイウェイ!」
「「「ウェイウェイウェイウェ~~~~イ!」」」

 なんだ? どっかの部族の挨拶か?
 教室に入ってきたのはやたら明るい男子生徒だった。笑顔を振りまき、分け隔てなく周りの生徒に挨拶を交わしている。
 身長は百八十そこそこで足が長く、スパイキーショートの似合う爽やかな男子だ。
 口調はふざけているが、服装はちゃんとしていて清潔感があり、シャツやズボンにシワはない。ニキビ一つない整った顔立ちはさぞモテることだろう。

 そのイケメンの男子を中心に輪ができ、クラスはより一層、明るい雰囲気に包まれていた。
 男子達は小学生の子供のようにはしゃぎ、女子は、

「本当、男子ってガキね」

 女子達は呆れながら、男子達を見て苦笑している。その笑みは侮蔑ぶべつしたものではなく、男子ってそういうものだから、といった何かを悟ったような声色だった。
 それでも、男子達の中心にいる爽やかな生徒には好意の目で見つめている。
 なるほど、あれが……。

「楽しいクラスか……」

 クラスの人気者、盛り上げ役がいるわけか。
 俺の独り言を、上春が拾い上げ、解説してきた。

「そういうわけです。彼の名前は庄川しょうがわ司君です。成績優秀、スポーツ万能、一年でレギュラー、まさに少女漫画に出てくるヒーローですね」

 まさにその通りだ。天は二物を与えずというが、それを真っ向から否定したような人物像だな。
 そんなことはどうでもいい。目的の人物である白部を探さないと。そう思っていたら、庄川が俺達に話しかけてきた。

「おっ、そこにいるのは咲じゃん! お久しぶり! 何か用? まさか、伊月がまた何かした?」
「またってなんだよ、またって。何もやってねえよ!」

 周りの男子が伊月と呼ばれた生徒に茶々を入れている。
 何かにつけてはしゃぎたがるな、ここの男子は。どんな些細なことでも大事おおごとにしたがる男子に少しうんざりしていると、庄川が俺達に話しかけてきた。

「で、本当のとこ何なの?」

 先ほどとは打って変わって、小さな声で探りを入れてきた。
 警戒されているな。
 当然と言えば当然か。風紀委員が何の用もなく他のクラスにくるはずがないと思うのが自然だろう。
 それに、何かやましいことがあるから、確認したがる可能性も考えられる。

 ここはストレートに聞いてみるか。まどろっこいのはお互い、時間の無駄になるしな。

「このクラスにいる白部さんを探しています。この教室にいますか?」
「白部? ああっ、そういうこと……」

 俺の一言で庄川は何が言いたいのか理解いただけたようだ。
 きっと、庄川は昨日の事件の事は知らないはず。ならば、普段から白部に問題があるから思い当たることがあるのだろう。

「悪いんだけど、俺がしっかり注意しておくからさ。とりま、俺の顔に免じて許してよ」

 きっと、白部をかばっているのだろう。雰囲気からして、白部と仲がよさそうだ。
 だからといって引き下がるわけにはいかない。

「重要な事なので、他人任せにできません。実際に白部さんとお話をさせていただきたいのですが……」
「そんなこと言わないでさ。白部も悪いとは思うんだけど、俺達F組の仲間だからさ。このクラスに仲間を売るヤツはいないから……」

 先ほどの喧噪は消え、いつの間にか俺達は男子生徒に囲まれていた。女子生徒も俺達を遠巻きに見つめている。
 異様な雰囲気に包まれ、俺達はF組の生徒に取り囲まれていた。上春は朝乃宮が護衛しているから問題ないだろう。

 さて、どうするべきか。ここは一度、出直すか?
 一人なら多少強引でも問い詰めるのだが、上春を巻き込むわけにはいかない。
 ここは引くしかないか……。

「……何、この騒ぎ……」

 この空気を切り裂いたのは、一人のけだるそうな声だった。
 その声の主はロングの黒髪の女子で、男子達に向かって顎でそこをどけとジェスチャーしている。
 マイペースというか度胸があるというか……俺が言うのも何だが、空気を読めよな。

「ちょ! 普通にヤバいって、白部!」
「バカ!」

 そうか、目の前にいる女子が白部か……。
 俺と白部の間に庄川が割り込んでくる。

「白部。お前、まだ真子っちゃんにちょっかい出してるの? よくないからやめとけって言ってるだろ?」
「……庄川には関係ないから」
「そうはいかないんだって。ほら、そこにいる風紀委員が激おこなんだって」

 これではらちが明かない。
 俺は無理矢理二人の間に割り込む。

「白部さんですね?」
「……誰?」
「風紀委員の藤堂です。昨日の掃除ロッカーの件でお話があるのですが、ついてきてもらえますか?」

 俺の有無を言わさない態度に、白部は俺を睨んでくるが、にらみ返してやると表情が硬くなる。それは昨日の件で思い当たることがあるのか、それとも、ただ睨まれて緊張しているのか判断できない。
 しばらくにらみ合っていたが、白部が目をそらし、ため息をつく。

「……話、聞くから」
「ついてきてくれ」

 俺と白部は教室から出て行こうとするが、やはり、庄川が呼び止めてきた。

「ちょっとちょっと! まだ、俺と白部の話は……」
「ごめんなさい! 大切なことなんです! 少しだけ、お話しさせてください!」

 上春が庄川を呼び止め、深く頭を下げた。
 上春の真摯な態度に、庄川は困った顔をして何も言えない。ここで上春を押しのけたらクラスの印象が悪くなるだろう。
 一致団結していたクラスにほころびが生じ、白部をかばう事が難しくなるはず。
 その状況は庄川にとって避けたい事態のはずだ。
 庄川は弱った顔をしながらも、それでも俺達を呼び止めようとしていた。

 不味い……さっさと白部をここから連れ出さないと厄介なことになりそうだ。

「女の子の頼みを無下むげにしはるやなんて、野暮やありません」

 驚きだった。
 上春に続き、朝乃宮までが庄川の足止めをしてくれている。きっと、俺の為ではなく、上春の為だな。
 いきなり現れた年上の美人に声をかけられ、庄川は戸惑っている。庄川だけでなくクF組の生徒の視線は完全に朝乃宮に向いていた。

 朝乃宮は視線を集めやすいからな。男なら朝乃宮の美貌に、女子なら凜とした態度に。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。
 即席のコンビネーションで俺は白部を教室から連れ出すことに成功した。

「……」
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