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十六章

十六話 ホオズキ -偽り- その七

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 御堂先輩はため息を一つついて、私に語りかけてくる。

「伊藤。お前、さっきから黙って聞いていれば、先輩、先輩って、何がしたいんだ?」
「何がしたいって、協力を求めているだけじゃないですか! 御堂先輩が教えてくれたんですよ? 一人じゃ無理なら力を貸してもらえって」
「はぁ……言い方が悪かった。お前は誰の為に行動しているんだ?」

 カッチーン!

 誰の為って古見君と獅子王先輩の為でしょ! 話を聞いてたの、御堂先輩は。
 馬鹿ばかにされた気分になり、口調がぞんざいになる。

「獅子王先輩と古見君に決まってるじゃないですか!」
「それならなぜ、藤堂の過去を持ち出す。今は関係ないだろ?」

 関係はある! 御堂先輩だって知っているはずのなのに。もどかしくて、言葉がどんどん荒くなっていく。

「関係あります! 先輩は過去の出来事で傷ついています! それを癒すためにも、吹っ切る為にも、二人の仲を応援してほしいんです!」
「つまりは、藤堂の為に伊藤は獅子王先輩と古見の仲を応援するってことか?」
「違います! そんなわけ……」
「だったら、藤堂の事はほおっておけ! 今のお前、二人の仲を利用して藤堂を口説いているようにしかみえねえんだよ!」
「!」

 どくんっと心臓が跳ね上がる。
 私が古見君達を利用して先輩を口説いている。そんなはずな……。

「そんなはずないって言い切れるか? 獅子王先輩や古見の前で誓えるか! はっきり答えてみろ、伊藤!」

 私は急に冷水をかけられたように、気持ちが覚めていく。
 違う。そんなわけない。そんなわけないじゃない。
 すぐに反論しようとしたとき、目に映ってしまった。古見君と獅子王先輩の戸惑っている姿が。

 なんで、そんな表情をしているの? 私は二人の味方だよ? 行動で証明してきたじゃない。頑張ってきたじゃない。なのに、どうして……。

 二人の姿に気をとられ、反論するタイミングを逃してしまった。御堂先輩は更に私を問い詰める。

「本当に二人の仲を応援するのなら、二人の為だけに考えて行動しろ! ついでみたいに扱うな! 利用するな! 見返りを求めるな! 古見達に見返りを求めたら、お前の行為に下心があるんじゃないかって、信じられなくなるだろうが! お前がやっていることは契約か何かか? 違うだろ! お前の善意でやっていたことじゃなかったのかよ!」
「私は……私は……二人の為に……」

 はっきり言いたかったのに、息苦しくて言葉がつむげない。
 どうして、はっきり言えないの? 違うのに……。
 でも、二人の表情が頭から離れてくれない。私は……私は……。
 そんな私を御堂先輩は容赦ようしゃなく切り捨てた。

「二人の仲を応援する代わりに、絆を見せろと言ってるお前のよこしまな気持ちのどこに誠意がある! ふざけるな! 自分が幸せになりたいって思うのはかまわねえさ。だけどな、他人を利用して幸せになるなんて、それこそ灰色の世界だろうが! 人を利用して、されて、そんなのが嫌だから獅子王先輩達は苦しんでいるんだろうが! なんで、そんな簡単なことが分からなくなっちまったんだよ、お前は!」

 ああっ……。
 私は足が震え、何も言葉を発することが出来なかった。
 思い上がっていた。

 最近、上手くいきすぎて舞い上がっていた。自分なら上手くやれると慢心まんしんしていた。
 私は獅子王先輩や古見君達の為に、行動できていたの?
 最後のほうなんて、先輩に拒絶されたくなかったから、必死でつなぎとめようとしていただけじゃない。


「これは警告や。獅子王先輩と古見はんを説得するなら、二人の事だけを考えて行動せなあかんよ。決して他の事に気をとられたらあきませんえ」


 朝乃宮先輩の言葉がよみがえる。
 朝乃宮先輩は分かっていたんだ。だから、警告という言葉を使ってアドバイスしてくれたのに。

 私は獅子王先輩と古見君の方を見た。
 二人はまだ困惑している。その視線が私を責めているような気がして、余計にいたたまれなくなる。

「だ、大丈夫だよ、伊藤さん。僕は気にしていないから」
「はぁ……別にいいんだけどよ。そういうの慣れてるし」

 二人の言葉に、私は嫌というほど分かってしまった。御堂先輩に言っていることがはっきりと理解できてしまった。

 二人とも、私に利用されたと思っているんだ。二人は私のことを分かってくれると思っていたのに……いや、違う。
 私の本心を見抜いていたんだ。私の矮小わいしょうで醜い心を。

 私はつい無意識のうちに、視線で先輩を探してしまった。助けを求めてしまった。
 先輩も困った顔をしている。何も言ってくれない。

「あはははっ……」

 私はやっと気づいた。

 失敗したんだ。

 足の力が抜け、その場に座り込んでしまう。大事な時に、大事なところで私はドジった。取り返しのつかないミスをしてしまったんだ……。
 御堂先輩の怒りが先輩に向けられる。先輩を壁に叩きつけ、御堂先輩は怒鳴り散らした。

「藤堂! こうなったのも、全部お前のせいだろうが! お前がいつまでもうじうじしているから、周りの人間が迷惑をこうむるんだ! お前、忘れたのか? 私をフッたときのことを! そのとき、なんて言った? 全然、実行できてないだろうが! なんのために、私はフラれたんだよ!」

 ああ、やっぱりそうなんだ。
 御堂先輩は先輩のこと、好きだったんだ。でも、フラれたんだ。
 御堂先輩は憤怒ふんどの表情を浮かべているけど、私にはわかってしまった。

 御堂先輩は泣いているんだ。心の中で。深い悲しみを押し殺して、私の不始末をつけてくれているんだ。

「お前が求めているものは、絆じゃねえ! ただ、人に嫌われるのが怖いだけのチキンだろうが! お前が起こした事件のせいで、周りの人間、親がお前のもとから離れていった。その苦しみを味わうのが怖いから、人に好かれる前に、逃げられる前にお前が逃げているだけだろうが! この卑怯者ひきょうもの!」

 御堂先輩の悲痛の叫びが、部屋に響き渡る。
 御堂先輩の泣きそうな声に、先輩の悲痛な顔に……理解してしまった。

 私、先輩に拒絶されていたんだ。
 思えば、それらしい行動はいくつもあった。


「き、聞いたことあるぞ。藤堂には相棒がいるって。鬼のように強い女だって。元レディース総長だって!」


 これって、私の事じゃなくて御堂先輩のこと。
 つまり、先輩の昔の相棒は御堂先輩で、何か原因があって別れた。
 御堂先輩は何かと先輩と私を気にかけていた。
 水泳部の調査も私と先輩が二人っきりになるのを阻止しようとした。靴箱の件も。

 御堂先輩は知っていたんだ。このままだと、私も御堂先輩のようになってしまうことを。だから、御堂先輩は私を気にかけてくれていたんだ。

 先輩とキスした時、先輩は困った顔をしていた。私はこんなにも幸せだったのに、先輩は困っていた。
 それが苦しかったんだ。

 ボクシングの試合が終わったとき、先輩にどうして私の為に戦っているのか理由を聞いたとき、相棒だって言われた。
 あれはキスの答えだったんだ。私とは恋人にはなれないと言われていたんだ。

 他にもいろいろある。
 先輩はいつも、私が想いを告げようとしたとき、拒絶してきた。それを私は気づかないフリをして、立ち回っていた。

 そのツケが今になってくるなんて……なんて、バカなんだろう、私は……これじゃあ、まるでピエロじゃない。
 私だけ恋していた気分になっていたなんて……浮かれていた自分が恥ずかしい……恥ずかしいよ……。

 スカートの上で握りしめていた手に、涙がこぼれる。
 一滴、二滴と……涙の量は増え、こぼれていく。
 どんな痛みよりも、ファーストキスを奪われた痛みよりも鋭く、胸を突き刺す痛みに、私は完全に戦意を失った。
 勝負のことは完全に手につかなくなっていた。



「やっぱり、こうなっちゃったか。すみませんね、獅子王先輩、古見君。風紀委員長として謝罪させてください」

 橘先輩の声が聞こえてくる。どうして、橘先輩がここに?
 私はうつむいたまま、その声を聞いていた。

「勝手を言って申し訳ありませんけど、場所を変えませんか? これからのことについて、話しておきたくて。それと、伊藤さんの件ですが、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ですが、彼女はあなたたちの仲を誰より信じ、幸せになってほしいと願っていました。そこだけは分かってあげてください」

 橘先輩と獅子王先輩、古見君は風紀委員室から出ていった。
 御堂先輩は壁を殴り、この場から出ていく。先輩も出ていこうとする。
 私は顔を上げ、先輩を目で追った。
 先輩は……私に顔を合わせずに去っていった。

 これが答えなんだ。私はフラれたんだ。もう、笑うことしかできなかった。
 なんてみじめなんだろう……私は……死んでしまいたい……。

 パシン!

 廊下で何かをたたく音が聞こえた。
 しばらくして、部屋に入ってきたのは朝乃宮先輩だった。

「伊藤はん」
「朝乃宮先輩……私……せっかく警告してもらったのに……」

 ぽろぽろと涙が頬をつたってこぼれていく。視界がにじんでいく。

堪忍かんにんや。幸せそうな伊藤はんに酷なこと言えなかったウチの責任です」

 朝乃宮先輩が私をぎゅっと優しく抱いてくれる。こんな私に優しくしてくれる朝乃宮先輩の優しさに、私は泣きながら、想いを伝える。

「私……私……そんなつもり……なかったんです……本当に……本当に……利用する……つもりなんて……」
「わかってる。ウチはわかってます」
「う……羨ましかった……んです……古見君と……獅子王先輩が……あんなに周りに否定されても……お互い強く想いあっていて……好きでいられて……私と先輩の仲は……障害がなくても……全然……進展しなくて……だから……だから……私……憧れて……先輩と……あんな……あんな関係に……うっ……うっあああああああああああああああああああぁああああああああああっ!」

 私は大声で叫ぶように泣いた。私の想いは先輩に届かなかった。
 失ってしまって、初めてわかった。
 これが失恋の痛みなんだって。

 幸せであればあるほど、想いが強ければ強いほど、この胸の痛みは大きくて、鋭くて、張り裂けそうになる。
 先輩……先輩……先輩……。
 手の届かない愛に、私は泣き叫ぶことしかできなかった。
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