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十四章

十四話 ツワブキ -先を見通す能力- その六

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「すまん、左近! 伊藤に負けた!」

 両手を合わせ、謝罪する御堂を僕は注意深く観察する。
 伊藤さんとの勝負に負けた御堂は、沈痛な顔で面持おももちで報告してきた。
 まあ、御堂が風紀委員室に入ってきたときから、雰囲気で分かっていたけどね。
 問題はそこじゃない。本当に問題なのは……僕は御堂に探りを入れてみる。

「なんで負けたのか分かってる?」
「……言い訳しねえよ。負けは負けだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 御堂の男らしい言葉に、僕は心の中でガッツポーズをとった。きっと、正道も潤平も同じ気持ちだろう。
 潤平が伊藤さんにじゃんけんのことを教えたと聞いたとき、もうこの手は使えないと覚悟した。
 バレてなくて本当によかったよ。その点だけは喜ばしいことだ。

「終わったことを悔やんでも、仕方ないでしょ? 次は負けないでね」

 僕は優しく御堂をねぎらった。御堂は僕の態度に戸惑っているみたい。
 いけない、ついバレていなかったことがうれしくて、態度に出てしまった。

「……次があるのか?」
「さあ? でも、ない可能性はないよね? なら、次を見据えて対策を練るべきだよ」

 僕は言葉をにごし、誤魔化ごまかした。
 御堂は何か思いつめた顔をしている。少し言い過ぎたかもしれない。

「教えてくれ、橘。私の何が問題なんだ? なぜ、私はじゃんけんで勝てない」

 ……考えすぎだったようだ。僕は笑って答えた。

「運じゃない? それより、次は誰なのかな?」

 御堂の質問をさらりと流し、僕は次のことを考える。
 残りは僕と正道と朝乃宮の三人。
 多分なんだけど、伊藤さんが最後に指名するのは僕だと思う。伊藤さんは僕のこと、ラスボスみたいに思われているから。
 よくよく考えれば、僕と伊藤さんの対立が全ての始まりだった。それがこんな大ごとに発展するとは思ってもいなかったけどね。

 伊藤さんは変わったと思う。人に対して優しくなったと思うし、強くもなった。
 伊藤さんは協力者に納得してもらえるよう、考えて行動している。潤平の腕相撲勝負がそれを証明していた。
 潤平はわざと負ける気でいた。でも、伊藤さんは獅子王先輩を引っ張り出して、潤平を本気にさせた。
 せっかく勝てる勝負をふいにして、負けるかもしれないのに。
 潤平はいつも本気で戦うことを望んでいた。それを伊藤さんが叶えた。潤平は伊藤さんに恩返しのつもりで協力しているのだろう。

 御堂に対して伊藤さんは、伊藤さん自身が御堂と勝負して勝つことで協力を求めた。御堂は後輩想いで面倒見はいいけど、直接手をかすことはない。
 御堂が手をかして問題を解決するのは、本人の為にならないと考えているからだ。
 そんな御堂の助けをかりるとしたら、勝負して勝つことだけ。
 それも伊藤さんはわかっていて、潤平や黒井さんの助けを借りながらも、最終的には自分の力で御堂に勝ったのだ。

 あの泣き虫でお調子者の伊藤さんがここまで頑張るとは……。
 ふふっ、感無量かんむりょうだ。女の子の成長は早いよね。僕もうかうかとしていられない。

 僕は窓の外を見上げた。夕日が校舎を赤く染めていく。夜が来るにはまだ早い時間だ。
 風紀委員対決は中盤に差し掛かろうとしている。
 僕を除けば、次の対戦相手は正道と朝乃宮のどちらかだ。次に伊藤さんは誰と勝負をするのか? 想像はつくけどね。

「正道。もし、いどまれても仏心ほとけごころは出さないでね」
「分かってる。後輩相手でも真剣勝負なら手は抜かん。相手に対して失礼だからな」

 正道の回答に僕は満足げにうなずく。
 今できることはこんなものだろう。

 次はどんな勝負になるのか。

 正道達が勝つのか、それとも負けるのか。
 伊藤さんはどんな方法で勝ちにくるのか。
 不謹慎だけど報告を聞くのが楽しみになってきた。
 だけど、ここで予想外のことが起こる。

「藤堂はん、そないにあつうならんでもええんとちゃいます? 何事もやり過ぎは体に毒ですし」
「朝乃宮?」

 朝乃宮が静かに席を立つ。
 な、なんだろう。なぜか不安になってきた。

「次はウチに任せてもらえません? 悪いようにはしません」
「朝乃宮がか? どういう風の吹き回しだ?」

 僕も正道と同じことを思った。
 朝乃宮が上春さんのこと以外で自分から動くなんてめずらしい。

「少し思うところがあるさかい、ウチが相手します。藤堂はんは手を出さんといてください」
「……伊藤がもし、俺を指定してきたらどうするつもりだ?」
「それは問題ありません。そうならんよう手は打ちます。悪いようにはしませんから」

 朝乃宮が風紀委員室から出ていった。
 不味まずいな。朝乃宮がどう動くのか予測できない。
 朝乃宮の行動が吉と出るか、凶と出るかは僕にも分からない。ややこしいことにならなければいいんだけど。

「正道、どうする気?」
「……様子見だな。下手に動けば伊藤に危害が及ぶ可能性がある。もし、何かあれば無理矢理にでも割り込む。それでいいか、左近」
「……お願い」

 本当に世の中、うまくいかないことだらけだ。良い事も悪い事も……。
 何事も起きませんように……。
 僕はそう願うことしかできなかった。


「なあ、藤堂……私ってそこまで運が悪いのか? くじ運は強いんだけどな……」
「「……」」


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