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十二章

十二話 シャガ -決心- その三

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「失礼します!」

 私は風紀委員室のドアを勢いよく開けた。
 中には橘先輩、先輩、御堂先輩、朝乃宮先輩、長尾先輩、黒井さん、上春さん……多くの風紀委員がいた。
 みんなの視線が一斉に私に集まる。その視線に臆することなく私は橘先輩を睨みつける。

「どうしたの、伊藤さん? 謝りにきたの?」
「違います。今日は宣戦布告せんせんふこくにきました」
「せ……」
「せ、宣戦布告?」

 予想もしなかった言葉に橘先輩と先輩が茫然ぼうぜんとしている。

「そうです。私は獅子王先輩達の事、応援したいんです。でも、風紀委員は邪魔するんですよね? だったら、戦うしかないじゃないですか! だから、宣戦布告です! 私と勝負してください!」

 私はびしっと人差し指で橘先輩を指さした。ふっ、決まった!
 橘先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたまま、口をパクパクしている。

「しょ、勝負ってね、伊藤さんが風紀委員全員とかい?」
「はい!」

 橘先輩が目を丸くしている。ふふっ、いい気味きみ
 だけど、喜んでばかりじゃいられない。まずは、同じ土俵どひょうに立たせないと。

「この勝負で私が勝ったら、今後一切、獅子王先輩達の邪魔はしないでください。そして、私に協力してください!」
「はぁ? 協力?」
「そうです! 風紀委員全員で獅子王先輩達の恋愛をバックアップしてください」

 この提案には橘先輩も眉をひそめる。まあ、当たり前だよね。私の言ってること、無茶苦茶だって自分でも分かってるし。でも、無理が通れば道理引っ込むって言うしね。
 あれ? 使い方、間違えてる? まっ、いいか。大切なのは私の意見を橘先輩に飲み込ませること。

「ちょっと、それは虫が良すぎない?」
「風紀委員全員対私一人ですよ? それくらいのご褒美があってもいいですよね?」
「話にならない。第一、そんな勝負をしなくても獅子王先輩達をつぶせるから。勝負を受けるメリットがない」

 鼻で笑い、提案を却下する橘先輩。
 この反応は想定内そうていない。ここからが勝負どころ。

「失礼ですが、橘先輩。獅子王先輩に勝てるんですか? 獅子王先輩が本気になったら誰も勝てませんよ? 現に先輩は手も足も出なかったじゃないですか?」
「やりようはいくらでもあるさ」
「ありませんね」

 橘先輩の意見を私はきっぱりと断言する。

「どうしてそう言えるの?」
「私達が邪魔するからです」
「私達? 伊藤さん以外にも味方がいるの? 誰?」

 私は不敵な笑みを浮かべ、自信満々に告げる。

「風紀委員に恨みを持つ人達です。私、連合を作ったんです、対風紀委員用に。押水先輩のことで風紀委員をうらんでいる女の子が沢山いますから、この提案に乗ってくれました。押水先輩のお姉さん、妹さんもこの提案にのってくれています」

 私の意見に橘先輩は考え込む。実際に風紀委員に恨みはなくても不満に思っている人はいる。
 それをあおることは、橘先輩にはあまりよろしくない事態。
 本当のことをいえば、ただのはったり。獅子王先輩だって味方につけてない。つまり、私一人だけ。
 無謀むぼうだけど、それでも提案にのってもらうしかない。

「伊藤、いい加減にしろ」

 先輩が怒った顔をして私に注意してくる。私はなるべく平静をよそおいながら先輩の言葉を却下する。

「先輩は黙ってください。これは橘先輩と私の勝負です」

 一喝いっかつして、先輩の言葉をさえぎってみせたけど、もちろんこのまま黙ってくれる先輩じゃない。

「お前な……」
「藤堂、少し黙ってろ。これは伊藤と橘の喧嘩だ。外野は口を出すな」

 御堂先輩が先輩を睨みつけて黙らせる。御堂先輩に止められるとは思ってもいなかったのだろう。先輩は唖然としている。

「藤堂はんも御堂はんも落ち着き。伊藤はん、聞きたいんやけど、伊藤はんが負けたらどうする気なん?」
「それは……」

 ここだ! 橘先輩が勝負していいと思えるようなメリットを出さないと提案にのってもらえない。
 逆にメリットがあればいいんだよね? それなら考えてある!

金輪際こんりんざい、私は獅子王先輩達と関わりを断ちます。風紀委員に恨みを持つ人にも橘先輩達に手を出さないよう説得します。後……後は……わ、私の秘蔵ひぞうのBLドラマCDを贈呈ぞうてい……」
「いや、いらないから」

 即答! なんで! 森○×石○だよ! プレミアム価格ついてるよ!
 橘先輩なら私の提案、とびつくと思ったのに!

「飛びつかないから。普通にいらないから」

 清水の舞台から飛び降りる覚悟で提案したのに!
 あれ? 御堂先輩がずっこけてる。失敗した?

 バコッ!

「あいた!」
「伊藤、学校に変なものを持ってくるな! 己は風紀委員だろうが!」

 せ、先輩、相変わらず空気読めてない発言を……。
 しかも、ゲンコツって。
 久しぶりのやりとりだけど、全然嬉しくないよ!

「フフフッ……アハハハハハハッ! ほんま、おもろいな、伊藤はんは。ええんやない。勝負、受けても」
「あ、朝乃宮?」

 お腹を抱え、大笑いした朝乃宮先輩が涙目で私に援護してくれる。朝乃宮先輩が援護してくれるなんて、これは予想外。

「身内でいつまでもいがみ合ってても仕方ありません。それならはっきりと勝負つけて白黒つける。負けたら勝った方の言うことを聞く。シンプルでわかりやすいやん。もちろん、CDはなしで」

 ううっ、朝乃宮先輩、絶対わざとBLドラマCDのこと言ったよね?
 顔から火が出そう。

「そうは言うけどね、朝乃宮。勝負にならないでしょ? バカバカしい」
「おい、橘。挑まれた勝負から逃げるのは私の流儀りゅうぎじゃねえ。誰が相手だろうとな。朝乃宮はどう思う?」

 橘先輩の意見に御堂先輩が二人の話に割って入ってフォローしてくれた。朝乃宮先輩は御堂先輩の意見に同意するように頷く。

「……せやね。なら、ハンデをつければええやんやない? 伊藤はん対ウチ、長尾はん、御堂はん、藤堂はん、橘はん。これならどうです?」
「そうは言ってもねえ……みんなはどうなの?」
「私はいいぞ。伊藤なんかに負ける気しねえ。第一、伊藤は先輩に対して生意気なまいきすぎる。少しお灸をすえないとな」

 み、御堂先輩? 私の事、フォローしてくれてるんですよね?
 残忍ざんにんな笑みが怖いんですけど。

「僕もいいよ。伊藤氏とアニオタ対決するのも面白そうだし」
「フン、にわかの長尾先輩なんかに負けませんよ?」

 これで三人が賛同してくれた! 後は先輩が認めてくれたら。

「……先輩、私と勝負してくれませんか? お願いします」

 私は頭を深く下げてお願いした。
 先輩とは小細工こざいくなしで正々堂々と勝負を受けてほしいから。

「……分かった。そのかわり、伊藤が負けたら俺の言うこときいてもらうからな」
「はい、ありがとうございます!」

 やった! 先輩が認めてくれた!
 これで後一人。

「ちょっと待った。正道、伊藤氏に何お願いするの? エッチなこと?」

 え? えええええええええええええっ! 先輩が私の体目当てで!
 そ、それはちょっと、困るというか心の準備が……。

「バカいえ。伊藤の根性叩きなおしてやるだけだ。他意たいはない」

 ですよね。ホント、先輩って空気読めないだけでなく、脳筋だよね。
 先輩には絶対に負けない! 逆に私が教育してあげます!

「待て、なんで藤堂がそんなことをする。私が面倒見る」

 先輩の意見に御堂先輩が待ったをかける。

「御堂が? なぜだ?」
「藤堂は……その……なんだかんだで伊藤を甘やかしそうだからな。藤堂は真面目に頑張っているヤツに対して応援するタイプだろ? それじゃ罰にならねえ。私がとことん伊藤の根性をきたえなおしてやる」

 み、御堂先輩? え、援護ですよね? 何か私にうらみがあるわけじゃないですよね?
 指を鳴らして笑みを浮かべている姿、怖すぎますよ? 幼稚園児なら気絶するくらいのレベルですよ?
 橘先輩がため息をつく。

「はあ……分かったよ。勝負するから」
「本当ですか!」

 やったぁあああああああああああああああああ! 第一だいいち関門かんもん突破とっぱ
 でも、喜んでばかりはいられない。次の条件を承諾しょうだくしてもらわないと勝てない。

「ここで僕だけ拒否するのもなんだしね。勝負の方法は?」
「勝負については遺恨いこんが残らないよう。正々堂々とやりませんか? 対戦相手同士が話し合って、勝負の内容とルールを決めることでどうでしょう? 了承すればお互いそのルールに従うってことで」

 お願い、このルールでうなずいて。でなきゃ、私が勝てる要素がなくなっちゃう。
 精一杯せいいっぱい虚勢きょせいを張る私に、橘先輩は苦笑しつつ、頷いてくれた。

「いいよ、それで。僕も後輩に少し甘く見られてるのは嫌だからね。伊藤さん、覚悟しておいてね」

 ううっ、怖いけど、頑張るしかないよね! それに了承を得ることができた!
 もし勝てれば、風紀委員の力を借りることができる。それならきっと獅子王先輩達の事、うまくいくはずだよね。
 邪魔者もいなくなって、味方も増える! メリットが大きい。
 先輩達相手に勝負で勝つのは困難だけど、やってみる価値はある。もう、下準備は整いつつある。

 人生ってホント、分からない。まさか私が風紀委員と、先輩と勝負することになるなんて。
 でも、ちょっとわくわくしている。少し前は不安で、怖くて泣きそうだったのに。でも、先輩に勇気をもらったから大丈夫!

  やっぱり、好きな人の言葉は何よりも力になる。そのことを古見君に教えてあげたい。
 目標はできた。あとは達成するために行動するのみ!
 私が望むハッピーエンドの為に負けたくない。
 先輩、勝負です!



 ○○○


 ふう、まるで台風な人だよね、伊藤さんは。可愛い子には旅をさせよって言うけど、たくましくなっちゃって。ちょっと予想外だ。
 僕は椅子に深く座り、ため息をつく。

「もう、千春! なんでほのかさんの喧嘩を買っちゃうんですか! ほのかさんが不利じゃないですか!」

 上春さんは頬を膨らませ、朝乃宮に詰め寄る。朝乃宮は困った顔でなだめる。

「そないに怒らんといてや、咲。伊藤はんの思惑おもわくにせっかくのってあげたのに」
「やっぱり、そういうこと」

 僕は呆れたように朝乃宮を睨むけど、涼しい顔をして無視している。

「え? どういうことですか?」

 今度は上春さんが困った顔をしている。朝乃宮は上春さんの頭をそっと撫でながら説明する。

「獅子王先輩のこと、づまってるみたいやね。それに風紀委員という目の上のたんこぶがある。それを同時に解決する方法がさっきの提案です」
「提案? 勝負のこと?」

 朝乃宮は上春さんを後ろからそっと抱きしめる。

「せや。伊藤はんが勝ったら手を貸して欲しいっていってたやろ? 邪魔者ふうきいいんだまらせるだけでなく、伊藤はんのサポートをさせる。これが狙いです。まあ、ちょっと強引な策やね。誰かの手助けなしでは到底無理どすな。なあ、御堂はん?」

 名指しされた御堂はそっぽ向く。黒井さんはやれやれと肩をすくめている。

「そこまで分かってて、なんで伊藤さんに手を貸すの、朝乃宮?」

 僕の問いに朝乃宮は目を細め、伊藤さんが去っていった方向を見つめている。

「必死になってる後輩見てたら助けとうなるやん。少しの間やったけど同じ委員やったしね」
「ちーちゃん……」

 上春さんが感激したように朝乃宮を見つめている。

「なら、わざと負けてあげるの?」
「そんなわけないやん」
「ちーちゃん……」

 上春さんが泣きそうな顔で朝乃宮を見つめている。朝乃宮は笑顔のまま上春さんの髪をそっと撫でる。

「簡単に負けたら伊藤はんの為にならんやろ。それにウチらに勝てると思われるのもしゃくやし」
「まあ、そうだな。私達に勝てなきゃ、獅子王の説得も無理だろ」
「嬉しそうですわね、お姉さま」
「久しぶりの勝負事だしな」

 御堂は獅子王先輩と戦うことができなくてフラストレーションがたまっていた。それを伊藤さんにぶつけようとしているのだろう。
 御堂の顔を見て、黒井さんはため息をつく。

「暇つぶしの相手に伊藤さんをからかうのはよしてくださいまし。知能勝負だと、お姉様は負けますわよ」
「う、うるせえ! そんな勝負、受けなきゃいいだろ!」

 女性陣が騒ぐ中、正道と潤平、僕は溜息ためいきをつく。

「左近、どーするん? 本気で相手する気?」
「どうしよっか、正道?」
「本気でやるに決まってるだろ」

 正道は静かに闘志を燃やしていた。正道には、伊藤さんがなぜあんな無謀むぼうなことを言ってきたのか、心当たりがあるみたい。
 闘志とうしを燃やしている正道を見て、つい僕と潤平は呆れてしまう。

流石さすがは正道。後輩の女の子相手に容赦ようしゃない発言、大人げない」
「潤平はどうする気? 手加減するの?」
「僕は悪いけど、本気になれないよ。可愛い後輩相手じゃあ燃えないんだよね。誰かいないかな、本気で勝負したいって思える相手が」

 潤平の過去を知っている僕は、この言葉に苦笑してしまう。
 潤平が本気で相手になれるかもしれない相手は、今回は伊藤さんに手をかさないだろう。

「おい、左近。確認しておきたいんだが」
「なんだい、御堂?」
「お前、やる気あるのか?」

 予想外の指摘を受け、僕は一瞬、言葉を詰まらせる。

「……どういうことかな?」
「自分の胸に聞いてみろ。なんだ、あのやる気のない態度は。伊藤は意外と根性がある。なめてると出し抜かれるぞ」
「別になめてるわけじゃないよ。ちゃんとやるから……って何、みんなして。その疑いのまなざしは」

 気がつくと、ここにいる全員が僕をジト目で睨んできている。そんな目で見られると、居心地が悪いじゃない。

「左近、気づいていないのか? いつもの圧迫感が全くないぞ、お前。本当に……」
「あー分かった分かった。心配しないでよ」

 正道の説教が始まりそうだったので、適当に切り上げて、風紀委員室から逃げ出した。
 これ以上ここにいると痛くもない腹を探られる可能性がある。痛いところもあるけどね。
 僕はこれからのことを考え、廊下の窓の外に視線を送る。
 空は雲で覆われている。青空もその雲の先も全く見えなかった。


 ○○○
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