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十一章
十一話 アネモネ -恋の苦しみ- その九
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ど、どうして彼がここにいるの。
私は先輩に裏切られた痛みも忘れ、呆然としていた。
私の目の前にいる人は、私が三股していたときうちの一人の男の子だ。告白の返事もしていないのに、勝手に私の事を彼女扱いした男の子。あの三股で一番しつこかった男の子。
金髪で日焼けした肌に両耳にピアス、香水臭くて人の体をなめまわすように品定めするいやらしい目つきをした男の子。
「女鹿君」
「嬉しいねえ。俺のこと、まだ覚えていたか。まあ、当たり前だな。元カノだからな」
勝手に元カノにしないで! 私はまだ誰とも付き合ってない! 付き合うなら、せんぱ……。
先輩の顔が思い浮かんだ時、胸の奥がちくりと痛んだ。先輩に嫌われたことを思い出してしまい、止まった涙があふれてくる。
私は必死に涙をこらえた。
「酷いよな、あの風紀委員。お前の事、平気で傷つけるなんて」
「見てたの?」
「ああ、ばっちりな」
女鹿君はにやっと笑ってみせる。
どうしてそんなに嬉しそうに笑っているの? 私が傷つくのがそんなにうれしいの?
私は思いっきりすごんでみせるけど、女鹿君は笑っているだけ。私の非力な睨みでは女鹿は怖がってもくれない。
「あんなヤツらと縁を切って、俺のもとに帰ってこいよ。慰めてやるからよ」
女鹿君が舌なめずりしながら、私の肩を抱いてくる。
触られた瞬間、鳥肌が立ち、寒気がした。きつい香水の匂いが鼻につき、つい顔をしかめてしまう。先輩に肩を触ってもらったときとは大違い。
やっぱり、私、今でも先輩が好き。だから、余計に悲しくなる。
「それじゃあ、いくか」
私の肩を抱いたまま、歩こうとする女鹿君に、私は恐怖で叫びそうになる。私はありったけの勇気をかき集め、女鹿君を押しのけた。
女鹿君は大げさに両手を上げ、笑いかけてくる。
「おいおい、元カノにひどいことするなよ。せっかく俺が慰めてやろうって親切心で声かけてやったのに」
「結構です。それに私と話しているところを橘先輩に見られてもいいんですか?」
橘先輩の名前なんて使いたくなかったけど、この言葉は有効だった。いやらしく笑っていた女鹿君の顔が歪んでいく。
「ちっ! 今日はこれくらいにしてやるけどな、絶対にお前のこと、俺のモノにしてやるからな。そうなったら、たっぷりベットの上で可愛がってやるよ。俺、結構うまいんだぜ。いろんな女、抱いたからよ。俺の虜にしてやっから」
女鹿君が笑いながら離れていく。
足が震えて止まらない。私は必死でその場に座り込まないよう、足に力をこめた。もしこの場でしゃがみこんだら、女鹿君に抱きかかえられて、連れ去られてしまうと思ったから。
女鹿君が戻ってくることなんてないのに。それでも、女鹿君のことが怖くてそう思ってしまった。連れ去られたら帰ってこれない、そんな怪談のような恐怖を私は女鹿君に感じていた。
先輩、助けて……そう心の中で思っても、声に出すことができない。先輩に嫌われてしまったから。
今の私を先輩は助けてくれるの? きっと助けてくれないよね。残念だって言われたし。絶対に嫌われた。
そう思うとまた涙がこぼれた。
「姉ちゃん! ご飯!」
「……」
「お姉ちゃん、なんだって?」
「知らない。返事ない」
私は電気もつけずにベットに潜り込んでいた。もうどうでもいい。何もしたくない。
無理。私一人、騒いでも何の意味もない。それどころか余計に酷くなるだけ。
真面目にやったって、一人頑張ったって、何も変わりはしない。
やっぱり、モブはどこまでいってもモブ。だったら、大人しくした方が身のためだ。
何も……考えたくない……眠い……このまま、何もかも忘れて寝てしまいたい。
「どーん!」
「ぶるほ!」
な、何? お腹に衝撃が!
私のお腹に弟の剛が乗っていた。
「た~け~し!」
「ふん、ねーちゃんが悪い」
何が悪いのよ! みんなして私を悪者にして!
「ねーちゃんがいないから父さんも母さんも心配して、デザート食べられなかった。ねーちゃんのせいだ!」
知らないわよ! このクソガキ!
だから年下は嫌いなのよ! たかがデザートで私の眠りを邪魔するなんて百年早い!
「こら、剛。お姉ちゃん、めずらしく落ち込んでるんだから邪魔しないの」
ママが私の部屋をのぞきながら、呆れたように剛をなだめようとしてる。
「何よ、その言い方! いいことしてるみたいに言わないで! 落ち込んでいるんだからそっとしておいてよ!」
「滅茶苦茶元気じゃん」
バシュ!
私はグーで剛の頭を殴った。
ホント、男の子って空気読めないよね! この藤堂が!
「ね、姉ちゃんがぶった!」
「うるさい! 親にもぶられたことがないのにって甘えないよう、ぶってあげたんでしょ! 感謝しなさいよね! 金とるわよ!」
「ほのか、悪徳業者だって暴力ふるってお金取らないわよ」
ふん! 乙女の部屋にノックなしで入ってくる愚弟が悪いのよ! ケツの毛むしり取らないだけ優しいでしょうに!
「元気そうでよかったわ。ご飯、もったいないからちゃんと食べなさい。剛とお父さんにデザート出せないでしょ」
「うるさいな、放っておいてよ! 今は何も口にしたくないの! 空気読んでよ!」
「ほのか! 母さんにむかってなんて口のきき方だ! 謝りなさい!」
なんで、パパまで私の部屋に入ってくるのよ! 次から次へと。娘のプライバシーはないの、この家?
「謝りなさい! パパはほのかをそんな娘に育てた覚えはないぞ!」
「あるわけないでしょ! 家事子育て全部ママに押しつけて、何様なのよ!」
「いやいや待て待て! ふ、風呂掃除してるだろうが! 休みの日はママをスーパーに送迎してるだろ! 剛の遊び相手にもなっているぞ! これほどの労働を無償で、しかもサービス残業零円奉仕だぞ! 働いても働いても年中小遣い上がらないんだぞ!」
「お金とるとか最低! だからデリカシーがないって言われるの! 剛がアホで繊細さが欠けているのは、パパのせいだからね!」
「親を病原菌みたいに言うな! 歯をくいしばれ!」
パパが私にビンタを繰り出すが、私はスウェーでかわし、カウンターの右フックでパパのテンプルをうちぬく。
「……お、親をぶつなんて……なんて、娘だ! 親の顔が見たぞ!」
「鏡でみてこい! どうして、私の周りの男どもはこう軟弱なのよ! 女々しい! うじうじ悩んで格好悪い! 女の子のほうがまだマシ!」
そうよ! 古見君も先輩も、みんなみんなうじうじしすぎなの!
格好悪い! ダサイ! イケてない!
「なんだと! このじゃじゃ馬が! 子供のくせに化粧なんかして、似合ってないぞ! 金の無駄遣いだ!」
「ひどい! 高校生にもなったらメイクの一つや二つ、みんなしてますから! 人のこと文句言う前に、まずパパのその薄毛症をなんとかしてこい!」
「お、おま……おま……い……言っては……ならないことを……」
ふん! 本当のことでしょ! 図星を突かれてキレるなんて本当のことだって認めるようなものじゃない!
「ほのか、お父さんに謝りなさい。お父さんの薄毛症は禁句なの。可哀想じゃない。不治の病なのよ。どんなにお金をかけても治らないのに高い薬なんか買っちゃって。お金と時間の無駄使いなのに。厚毛症にならないのがほんと、惨めだわ」
「母さんが一番ひどい!」
パパが薄毛症のことでママに泣きついている。
か、格好悪い。大の大人がママに泣きつくなんて。
絶望した! 世の中の男どもに絶望した!
男がひ弱だから、最近のアニメは女の子ばっかり戦ってるのよ! 女に守られるなんて、男としてプライドってものがないの! 男が頼りないせいで、女ばかり貧乏くじをひくんだよ!
あーあ、ラグ〇ロクでもおこらないかな。こんな腐った世界、破壊されればいいのに!
男なんて死んでしまえ! 特に橘!
「はあはあはあ……腹がたちすぎておなかすいてきたわ! ご飯!」
「はいはい、用意しているから早く来なさい」
「剛、邪魔!」
「ぽがっ!」
私は剛を蹴り飛ばし、ご飯を食べにキッチンに向かった。
「ううっ、またつまらぬものを食べすぎてしまった……」
気が付くと、ご飯三杯おかわりしてしまった。あまりに腹がたつからついヤケ食いしちゃった。
ううっ、マズイ……せっかく頑張ってやせたのに、またリバウンド。
しょうがない。デザート食べてからまたダイエット、頑張ろう。ダイエットも体力が必要だしね。
今日のデザートは柿。
一口噛むだけで柿の甘さが私の口の中にひろがっていく。甘くて美味しい~。やっぱり、柿は甘柿だよね! 干し柿も大好き!
柿の味を堪能していると、ママが私を思いっきり睨んでいた。
「ほのか、いい度胸じゃない。お母さんの料理がつまらないってどういうこと? 明日から自分で作る?」
デザートを取り上げられそうになり、私は柿をさっと退避させる。
「ち、違うの! 美味しいからつい食べ過ぎたの! もう、ママ。私が太ったらどうする気!」
「ダイエットしなさい」
「はい」
一言で切り捨てられた。
ううっ、厳しいよ。ただでさえ今は食欲の秋なのに。委員会もあるからおなかがすくのに。あっ、委員会はもう関係ないか。クビだよね、絶対。
柿を食べる手が止まってしまう。
「ほのか?」
「ううん、なんでもない」
元気のない私に、ママは心配げに声をかけてくれるけど今は何も話したくない。
「うそおっしゃい。学校で何か嫌なことがあったのね。話しなさい」
「別にいいでしょ、なんでも」
そう、ママに話しても仕方ないし、どうしようもない。
「そんなわけにはいかないでしょ。今日みたいにほのかが悩んでいるせいで、ご飯を片付けるのが遅くなったら大変でしょ? 迷惑なのよ」
迷惑って何よ……私だって頑張っているのに。どうして、誰も認めてくれないの?
虚無感に心が折れそうになる。
「……そんなに私って迷惑?」
「迷惑よ。手がかかる娘だわ。誰に似たのかしら?」
そんなにはっきり言わなくたっていいじゃない!
ママの言葉に私はブチぎれた。
「そんなに迷惑なら、私なんて産まないでよ! そんなに私って迷惑? 邪魔なの? 生きてちゃいけないの! 私だって好きで迷惑をかけているわけじゃない! 私だって頑張ってるんだから! そんなことママは知らないくせに、なんでひどいことばかり言うの! 親でしょ! デリカシーがないよ! 最低……みんな……最低! みんな、大嫌い!」
「ほのか……」
ママが私の手をそっと握ってくる。
私は怒り任せに振りほどこうとするけど……振りほどこうとするけど……振り抜けない。なんで?
「ほのか! 逃げなさい!」
「ねーちゃん!」
パ、パパ? 剛? なんでそんなに青ざめているの? 剛なんて震えている? なんで?
その言葉の意味を、私は一秒後に知った。
私は先輩に裏切られた痛みも忘れ、呆然としていた。
私の目の前にいる人は、私が三股していたときうちの一人の男の子だ。告白の返事もしていないのに、勝手に私の事を彼女扱いした男の子。あの三股で一番しつこかった男の子。
金髪で日焼けした肌に両耳にピアス、香水臭くて人の体をなめまわすように品定めするいやらしい目つきをした男の子。
「女鹿君」
「嬉しいねえ。俺のこと、まだ覚えていたか。まあ、当たり前だな。元カノだからな」
勝手に元カノにしないで! 私はまだ誰とも付き合ってない! 付き合うなら、せんぱ……。
先輩の顔が思い浮かんだ時、胸の奥がちくりと痛んだ。先輩に嫌われたことを思い出してしまい、止まった涙があふれてくる。
私は必死に涙をこらえた。
「酷いよな、あの風紀委員。お前の事、平気で傷つけるなんて」
「見てたの?」
「ああ、ばっちりな」
女鹿君はにやっと笑ってみせる。
どうしてそんなに嬉しそうに笑っているの? 私が傷つくのがそんなにうれしいの?
私は思いっきりすごんでみせるけど、女鹿君は笑っているだけ。私の非力な睨みでは女鹿は怖がってもくれない。
「あんなヤツらと縁を切って、俺のもとに帰ってこいよ。慰めてやるからよ」
女鹿君が舌なめずりしながら、私の肩を抱いてくる。
触られた瞬間、鳥肌が立ち、寒気がした。きつい香水の匂いが鼻につき、つい顔をしかめてしまう。先輩に肩を触ってもらったときとは大違い。
やっぱり、私、今でも先輩が好き。だから、余計に悲しくなる。
「それじゃあ、いくか」
私の肩を抱いたまま、歩こうとする女鹿君に、私は恐怖で叫びそうになる。私はありったけの勇気をかき集め、女鹿君を押しのけた。
女鹿君は大げさに両手を上げ、笑いかけてくる。
「おいおい、元カノにひどいことするなよ。せっかく俺が慰めてやろうって親切心で声かけてやったのに」
「結構です。それに私と話しているところを橘先輩に見られてもいいんですか?」
橘先輩の名前なんて使いたくなかったけど、この言葉は有効だった。いやらしく笑っていた女鹿君の顔が歪んでいく。
「ちっ! 今日はこれくらいにしてやるけどな、絶対にお前のこと、俺のモノにしてやるからな。そうなったら、たっぷりベットの上で可愛がってやるよ。俺、結構うまいんだぜ。いろんな女、抱いたからよ。俺の虜にしてやっから」
女鹿君が笑いながら離れていく。
足が震えて止まらない。私は必死でその場に座り込まないよう、足に力をこめた。もしこの場でしゃがみこんだら、女鹿君に抱きかかえられて、連れ去られてしまうと思ったから。
女鹿君が戻ってくることなんてないのに。それでも、女鹿君のことが怖くてそう思ってしまった。連れ去られたら帰ってこれない、そんな怪談のような恐怖を私は女鹿君に感じていた。
先輩、助けて……そう心の中で思っても、声に出すことができない。先輩に嫌われてしまったから。
今の私を先輩は助けてくれるの? きっと助けてくれないよね。残念だって言われたし。絶対に嫌われた。
そう思うとまた涙がこぼれた。
「姉ちゃん! ご飯!」
「……」
「お姉ちゃん、なんだって?」
「知らない。返事ない」
私は電気もつけずにベットに潜り込んでいた。もうどうでもいい。何もしたくない。
無理。私一人、騒いでも何の意味もない。それどころか余計に酷くなるだけ。
真面目にやったって、一人頑張ったって、何も変わりはしない。
やっぱり、モブはどこまでいってもモブ。だったら、大人しくした方が身のためだ。
何も……考えたくない……眠い……このまま、何もかも忘れて寝てしまいたい。
「どーん!」
「ぶるほ!」
な、何? お腹に衝撃が!
私のお腹に弟の剛が乗っていた。
「た~け~し!」
「ふん、ねーちゃんが悪い」
何が悪いのよ! みんなして私を悪者にして!
「ねーちゃんがいないから父さんも母さんも心配して、デザート食べられなかった。ねーちゃんのせいだ!」
知らないわよ! このクソガキ!
だから年下は嫌いなのよ! たかがデザートで私の眠りを邪魔するなんて百年早い!
「こら、剛。お姉ちゃん、めずらしく落ち込んでるんだから邪魔しないの」
ママが私の部屋をのぞきながら、呆れたように剛をなだめようとしてる。
「何よ、その言い方! いいことしてるみたいに言わないで! 落ち込んでいるんだからそっとしておいてよ!」
「滅茶苦茶元気じゃん」
バシュ!
私はグーで剛の頭を殴った。
ホント、男の子って空気読めないよね! この藤堂が!
「ね、姉ちゃんがぶった!」
「うるさい! 親にもぶられたことがないのにって甘えないよう、ぶってあげたんでしょ! 感謝しなさいよね! 金とるわよ!」
「ほのか、悪徳業者だって暴力ふるってお金取らないわよ」
ふん! 乙女の部屋にノックなしで入ってくる愚弟が悪いのよ! ケツの毛むしり取らないだけ優しいでしょうに!
「元気そうでよかったわ。ご飯、もったいないからちゃんと食べなさい。剛とお父さんにデザート出せないでしょ」
「うるさいな、放っておいてよ! 今は何も口にしたくないの! 空気読んでよ!」
「ほのか! 母さんにむかってなんて口のきき方だ! 謝りなさい!」
なんで、パパまで私の部屋に入ってくるのよ! 次から次へと。娘のプライバシーはないの、この家?
「謝りなさい! パパはほのかをそんな娘に育てた覚えはないぞ!」
「あるわけないでしょ! 家事子育て全部ママに押しつけて、何様なのよ!」
「いやいや待て待て! ふ、風呂掃除してるだろうが! 休みの日はママをスーパーに送迎してるだろ! 剛の遊び相手にもなっているぞ! これほどの労働を無償で、しかもサービス残業零円奉仕だぞ! 働いても働いても年中小遣い上がらないんだぞ!」
「お金とるとか最低! だからデリカシーがないって言われるの! 剛がアホで繊細さが欠けているのは、パパのせいだからね!」
「親を病原菌みたいに言うな! 歯をくいしばれ!」
パパが私にビンタを繰り出すが、私はスウェーでかわし、カウンターの右フックでパパのテンプルをうちぬく。
「……お、親をぶつなんて……なんて、娘だ! 親の顔が見たぞ!」
「鏡でみてこい! どうして、私の周りの男どもはこう軟弱なのよ! 女々しい! うじうじ悩んで格好悪い! 女の子のほうがまだマシ!」
そうよ! 古見君も先輩も、みんなみんなうじうじしすぎなの!
格好悪い! ダサイ! イケてない!
「なんだと! このじゃじゃ馬が! 子供のくせに化粧なんかして、似合ってないぞ! 金の無駄遣いだ!」
「ひどい! 高校生にもなったらメイクの一つや二つ、みんなしてますから! 人のこと文句言う前に、まずパパのその薄毛症をなんとかしてこい!」
「お、おま……おま……い……言っては……ならないことを……」
ふん! 本当のことでしょ! 図星を突かれてキレるなんて本当のことだって認めるようなものじゃない!
「ほのか、お父さんに謝りなさい。お父さんの薄毛症は禁句なの。可哀想じゃない。不治の病なのよ。どんなにお金をかけても治らないのに高い薬なんか買っちゃって。お金と時間の無駄使いなのに。厚毛症にならないのがほんと、惨めだわ」
「母さんが一番ひどい!」
パパが薄毛症のことでママに泣きついている。
か、格好悪い。大の大人がママに泣きつくなんて。
絶望した! 世の中の男どもに絶望した!
男がひ弱だから、最近のアニメは女の子ばっかり戦ってるのよ! 女に守られるなんて、男としてプライドってものがないの! 男が頼りないせいで、女ばかり貧乏くじをひくんだよ!
あーあ、ラグ〇ロクでもおこらないかな。こんな腐った世界、破壊されればいいのに!
男なんて死んでしまえ! 特に橘!
「はあはあはあ……腹がたちすぎておなかすいてきたわ! ご飯!」
「はいはい、用意しているから早く来なさい」
「剛、邪魔!」
「ぽがっ!」
私は剛を蹴り飛ばし、ご飯を食べにキッチンに向かった。
「ううっ、またつまらぬものを食べすぎてしまった……」
気が付くと、ご飯三杯おかわりしてしまった。あまりに腹がたつからついヤケ食いしちゃった。
ううっ、マズイ……せっかく頑張ってやせたのに、またリバウンド。
しょうがない。デザート食べてからまたダイエット、頑張ろう。ダイエットも体力が必要だしね。
今日のデザートは柿。
一口噛むだけで柿の甘さが私の口の中にひろがっていく。甘くて美味しい~。やっぱり、柿は甘柿だよね! 干し柿も大好き!
柿の味を堪能していると、ママが私を思いっきり睨んでいた。
「ほのか、いい度胸じゃない。お母さんの料理がつまらないってどういうこと? 明日から自分で作る?」
デザートを取り上げられそうになり、私は柿をさっと退避させる。
「ち、違うの! 美味しいからつい食べ過ぎたの! もう、ママ。私が太ったらどうする気!」
「ダイエットしなさい」
「はい」
一言で切り捨てられた。
ううっ、厳しいよ。ただでさえ今は食欲の秋なのに。委員会もあるからおなかがすくのに。あっ、委員会はもう関係ないか。クビだよね、絶対。
柿を食べる手が止まってしまう。
「ほのか?」
「ううん、なんでもない」
元気のない私に、ママは心配げに声をかけてくれるけど今は何も話したくない。
「うそおっしゃい。学校で何か嫌なことがあったのね。話しなさい」
「別にいいでしょ、なんでも」
そう、ママに話しても仕方ないし、どうしようもない。
「そんなわけにはいかないでしょ。今日みたいにほのかが悩んでいるせいで、ご飯を片付けるのが遅くなったら大変でしょ? 迷惑なのよ」
迷惑って何よ……私だって頑張っているのに。どうして、誰も認めてくれないの?
虚無感に心が折れそうになる。
「……そんなに私って迷惑?」
「迷惑よ。手がかかる娘だわ。誰に似たのかしら?」
そんなにはっきり言わなくたっていいじゃない!
ママの言葉に私はブチぎれた。
「そんなに迷惑なら、私なんて産まないでよ! そんなに私って迷惑? 邪魔なの? 生きてちゃいけないの! 私だって好きで迷惑をかけているわけじゃない! 私だって頑張ってるんだから! そんなことママは知らないくせに、なんでひどいことばかり言うの! 親でしょ! デリカシーがないよ! 最低……みんな……最低! みんな、大嫌い!」
「ほのか……」
ママが私の手をそっと握ってくる。
私は怒り任せに振りほどこうとするけど……振りほどこうとするけど……振り抜けない。なんで?
「ほのか! 逃げなさい!」
「ねーちゃん!」
パ、パパ? 剛? なんでそんなに青ざめているの? 剛なんて震えている? なんで?
その言葉の意味を、私は一秒後に知った。
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