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十一章

十一話 アネモネ -恋の苦しみ- その七

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 でも、どうしたらいいの?
 遥先輩にアドバイスをもらったのに、決断できない。答えが出ないせいで授業も身に入らないし。気が付くと、放課後になっていた。
 廊下を一人とぼとぼと歩きながら、これからどうするべきか考えていた。

 古見君の件から手を引くの? それとも、お節介を続けるの?
 決めなきゃいけない。決断しなきゃいけないんだけど、りがつかない。
 こんなとき、どうしたら決断できるの? 先輩ならどうするの?

 ううん、やっぱり先輩に……相談してみようかな? テスト前から先輩に会ってないし。
 でも、古見君達が別れたって先輩が知ったら、余計な真似まねをするなって言われそうだよね。先輩に怒られるのは怖い。
 でも、先輩に会いたいって思ったら余計に会いたくなってきたし……。

 よし! 先輩に会いにいこう!
 先輩も実は私に会いたかったりして。いやぁ~先輩、そんなに私に会いたいなんて、会いたい? 愛たい? なんちって!
 では、さっそく先輩にメールしよっと。

「ちょっと待って」
「……」
「無視しないでね、伊藤さん」

 ううっ、この不吉な声は……。
 声のほうを振り返るとあんじょう、橘先輩がいた。一番会いたくなかった人に会っちゃったよ。

「た、橘先輩、こんにちは」
「こんにちは、伊藤さん。テスト前に言ったこと、覚えてる?」

 古見君のことがあって、すっかり忘れていた。テスト前に橘先輩に提案された。
 私が古見君の件から手を引いたら、風紀委員は今後一切こんごいっさい、古見君達に干渉かんしょうしないって。

 まだ先輩に相談してないのに。
 決断がせまられている。

 手を引くか、続けるが。

「覚えてます」
「そう、よかった。それで、どうするの?」
「……も、もう少し待ってもらえませんか?」

 苦し紛れの私の答えに、橘先輩は許しくてはくれなかった。

「ダメだよ。結局、答えでなかったんでしょ? 迷っているなら戻ってきなよ。古見君達のこと、そっとしておけばいいじゃない。絶交しろと言っているわけじゃないんだから。僕達には僕達のやることがあるでしょ? いつまでも黒井さんと上春さんに仕事を肩代かたがわりさせていたら悪いでしょ?」
「黒井さんと上春さんが?」

 うううっ、二人に迷惑かけてたんだ。ごめんね、黒井さん、サッキー。

「そうだよ。二人に迷惑かけない為にも、戻っておいでよ。獅子王先輩だって、いざってときは伊藤さんに頼らず決断できるよ。彼らのことは本人達の決断に任せよう」
「……決断ならしましたよ。二人は別れました。獅子王先輩はアメリカにいくことになりました」
「えっ、そうなの? そっか、そうなんだ。なら、問題ないじゃない。よかったよ。問題は無事に解決だ」

 よかった? 問題は無事に解決? なにそれ? 二人は別れたんだよ?
 獅子王先輩から笑顔が消えた。古見君は泣いていた。
 なのに、それなのに……。

「二人も分かったんじゃない。自分達の恋愛が間違いだったって。少し心配してたけど、し苦労だったみたいだね」

 分かった? 間違ってる? 取り越し苦労? なにそれ?
 分かってるって何? 好きなのに、相手の為に別れなきゃいけないなんて、それこそ間違ってるよ!
 取り越し苦労? 何様なわけ? 二人がいつ橘先輩に迷惑かけたの? 勝手に迷惑だと思ってただけじゃない。
 橘先輩の言葉に、ふつふつと怒りがわいてきた。

「それなら、このまま風紀委員室にいこうか」
「……いきません」
「はい?」

 私はきっぱりと断ってしまった。たとえ、その場の感情で答えたとしても、悔いはなかった。
 やっぱり、納得いかない! 間違っているのは、古見君達! もう一度話し合うべきだよ!
 こうなったら、徹底抗戦! はっきりさせるまでとことんやってやる。

「私、やるべきことが分かりました。二人を応援します」
「お、応援って……獅子王先輩はアメリカに行くんでしょ?」
「可能なら、止めさせます!」

 そうだ! まだ、終わってない! 終わらせるもんか!

「もう一度確認するけど、本気なの?」
「本気です!」

 私は橘先輩を睨みつける。本気だって分かってもらうために。
 迷っていたことがバカみたい。意志は決まった。まだ何をしていいのか分からないけど、あきらめなかったら、きっとうまくいくはず!
 橘先輩はいつもの笑顔ではなく……怒っていた。
 あ、あれ?

「そう。分かった。なら、本気でつぶすから」
「えっ?」
「聞こえなかった? 獅子王先輩達の仲を本気でつぶすってこと。完膚かんぷ無きまでにね」

 橘先輩が怖い……感情のない声で宣言され、足がすくみそうになる。

「う、嘘ですよね? いつもの冗談ですよね?」

 え? え? なんでそうなるの? ここは応援してくれるところじゃないの?
 可愛い後輩の心意気に心うたれて、橘先輩が呆れたように笑って認めてくれるところじゃないの?
 なんで、ここまで怒ってるの? ここまで怒られることなの?

「嘘じゃないから。散々、言ったよね。同性愛は間違ってるって。せっかく問題が解決しそうなのに、風紀委員の伊藤さんがかき乱してどうするの? ちょっと風紀委員としての自覚、かけてるんじゃない? 真面目に頑張っている黒井さんや上春さんに申し訳ないと思わないの? 正道にも迷惑をかけていることに気付かない? ちょっと、おふざけが過ぎない?」
「……ふ、ふざけてないもん」

 ふざけてなんかいない。でも、橘先輩が怖くて声が小さくなってしまう。橘先輩と目が合わせられない。

「なら余計にタチが悪いでしょ? 風紀委員長として、みんなの頑張りを台無しにする行為を見過ごせない。あまり、僕を怒らせないでね」
「……」
「もし、失敗したらどうするの? アメリカの件もダメになったらどうするの? 伊藤さん、責任とれるの? 一時の感情で行動するのはやめて。みんな、迷惑してる」

 迷惑という言葉に、息が止まりそうになる。


 迷惑だよ!


 お見舞いにいったときの古見君の言葉がよみがえる。なけなしの決意がくずれそうになる。


 やるならとことんやりなさい。迷わず、相手の為に、相手の幸せを願って。


 遥先輩の言葉が折れそうな私の心をささえている。
 そうだ、恋愛で誰かが傷つくなんて納得できない!
 私はお腹に力を込めて、反論する。

「……それでも……それでも、私、自分にできることをしたいんです! だから、橘先輩が邪魔するなら、風紀委員が邪魔するなら、私、立ち向かいます!」
「そう……分かったよ。だってさ、正道」

 せ、先輩? 廊下の角から先輩が出てきた。
 さっきまで会いたかった先輩が目の前にいる。でも、先輩は……怒っていた。
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