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十章

十話 オキナグサ -告げられぬ恋- その五

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「また橘先輩に言い負かされたし?」
「うん……」
「ほのほの、負けすぎ。しかも、大人にも言い負かされるなんて」

 放課後、喫茶店『BLUE PEARL』で私と明日香、るりかの三人で中間テストにむけてテスト勉強をしていた。
 私達だけじゃない。他のBL(BLUE ISLAND LIBERTY)学園の女子生徒もここで勉強している。執事さん目当ての人もいるみたいだけど。
 ちなみに、執事さんと目があったとき、さっとそらされたのは気のせいだよね?
 テスト勉強の合間あいまに、昨日の橘先輩と神木さんのやりとりを明日達に聞いてもらったんだけど、二人に呆れられた。

「たかが高校生の付き合いに周りの許可なんて必要ないし」
「獅子王先輩、もうすぐ卒業だよね? それに部活は引退している人だよね?」

 るりかの問いに私は首を振る。

「引退していないみたい。獅子王先輩、大学のスポーツ推薦すいせんが決まっていて、そのためにボクシングの練習を続けているって古見君から聞いた」

 獅子王先輩なら、どんな大学でもよりどりみどりだと思ったんだけど、獅子王の財力を借りず、自分の実力で決めるって古見君が教えてくれた。
 しかも、授業料は全額獅子王先輩のポケットマネーなんだって。すごいよね。
 しかも、お小遣いとかではなく、株や自分の会社で得たお金で払うとか、すごすぎる。
 高校生でしょ? 自分の会社とかなに? もってるの? スケールが庶民と違いすぎる。ただのおぼっちゃまじゃなかったんだ。

「そりゃヤバいね。推薦取り消し、ありえるかも」
「ダメだし」
「おお~い!」

 私の味方がいない! 橘先輩や神木さんの意見に同意しないで! 否定してよ、二人とも!
 誰かに肯定されないと私、不安になるじゃない! 自慢じゃないけど、一人じゃ何も出来ない子なんだよ、私。

「それにこのままだと古見君、絶対いじめられるし」
「古見君は卒業まであと二年あるからね。マジ、きついくない?」

 やっぱり、古見君がいじめにあっちゃうよね。
 獅子王先輩と古見君の恋はデメリットしかない。その現実が私に重くのしかかる。

「いいこと思いついたし! 古見君達に女の子紹介すればいいし!」
「それいい! あの顔なら絶対モテるよね!」
本末転倒ほんまつてんとうじゃん!」

 ダメじゃん! 二人とも別れているじゃん! いい加減にしてよね!
 私はストローでオレンジジュースを一気に吸い上げる。昨日のパフェ、美味しかったな……。
 私のお小遣いだと、一ヶ月に一回しか食べることができない。もっと味わっておけばよかった。
 私は勉強に身が入らず、頬杖ほおづえをつく。

「ダメなのかな、同性愛って」

 シャーペンをくるくる回しながら英単語を暗記しようとするけど、古見君達のことで頭がいっぱいで全然覚えられない。
 恋愛に間違いがあったとしても、真剣な恋まで否定されるのはやっぱり納得いかない。

「ほのか、考え過ぎだし。もっとシンプルに考えるし。軽い付き合いなら問題ないし」
「そうそう、明日香の言うとおりだよ。キスくらいならOKじゃない?」

 軽い付き合いか……それなら周りは古見君達を認めてくれるのかな?
 真剣な恋だからって、難しく考えすぎていたのかもしれない。BLは性行為も当然って考え方をしていたのかも。
 最近、テニス部やバスケ部、水泳部でBLの絡みがあったから勘違いしてたのかも。
 獅子王先輩と古見君に確認してみよう。




「獅子王先輩、古見君とア○ルセックスしたいですか?」
「ぶほっ! お、お前、破廉恥か! 女のくせになんて卑猥ひわいなこと言うなや!」

 そうかな? 一般的な質問だと思うんだけど。
 次の日の放課後、練習中の獅子王先輩を捕まえて、私は獅子王先輩の意見を聞きに来た。
 獅子王先輩がどこまで相手に望んでいるのか、知っておく必要があるから。
 獅子王先輩に怒られちゃったけど、開口一番かいこういちばんに、性癖せいへき確認するのはダメかな?
 私は理解できなくて首を小さくかしげてみせる。
 やおい穴がないことくらい、分かってるよ? 弟で確認したもん。

「お前いきなりアナ○セックスしたいかってきかれたらどう答える?」
「セクハラで訴えます」
「なら訊くな」
「女の子はダメですけど、男の子はOKですよね?」

 獅子王先輩が呆れている。あれ、通じない? なんでだろう?
 まっ、いいか。そんなことより、確認しなきゃ。

「獅子王先輩はもし古見君と付き合うなら、どんなことしたいのかなって思いまして」
「どんなことってなんだ?」
「手をつないだり、抱きしめたりです」
「……」

 あっ、赤くなった。
 普段見せない獅子王先輩のテレた表情が可愛い。

「そ、そんなこと、どうでもいいだろ! 俺様はただ、古見を独占したいだけだ!」
「分かりました。もうきません」

 獅子王先輩の反応で分かった。次は古見君に確認だ。
 でも、その前に確認しておきたい。

「獅子王先輩、ボクシング部の顧問から何か言われました?」
「ああ、古見のこと本気かって言われた」
「そ、それで、何って答えたんですか?」
「モチのロン」
「……」

 か、かっこ……わるい!
 今のセリフでカッコよさが台無だいなしだ! 無論とか、フツウに勿論でいいじゃない。
 ドヤ顔で言わないでよ。

「それで、どうなったんですか?」
「やたらと気にかけてきたな。顧問は俺様達を応援してくれてるのか?」

 それはない。二人の仲を破局させたいはず。でも、顧問は獅子王先輩に強く言えないというところかな。
 マズイ。顧問が本格的に対応してきたら、二人の仲、引き剥がされるかも。ただでさえ、神木さんがしゃしゃりでてきているのに。

 調整が必要になるよね。早く二人の仲を確認しないと。でも、古見君、神木さんに会ってから元気なくしてるし。
 万人受けできる付き合いなんてあるのかな?
 分からないけど、それでも、私が頑張らないと!



「古見君、獅子王先輩とエッチしたいですか?」
「なっ! い、伊藤さん! こっちきて!」

 休憩時間、私は古見君に手を引っ張られ、廊下に連れ出された。
 な、なんなの?
 廊下の端で誰もいないことを確認した古見君が困った顔で私に注意してきた。

「伊藤さん、みんなのいる教室の前でなんてこと言うの! 風紀委員でしょ!」
「風紀委員である前に一人の女の子なの。男の子同士の恋って気になるじゃない」

 あれ、古見君、鳩が豆鉄砲を食ったような顔している。なんでだろう。

「あ、あのね、伊藤さん。伊藤さんがもし、男の子からエッチしたいって言われたらどう思う?」
「その男の子の写メを風紀委員全員にまわして、掲示板でさらして、ビンタ一発で許してあげる」
「鬼だよね」
「そうかな?」

 あれ、古見君、ドン引きしてる。なんでだろう?
 普通だよね? セクハラをこれだけで許してあげるんだから、私、優しいよね?

「で、でも、いきなりどうしたの? なんで、その、獅子王先輩と……え……」
「あ、ごめんね。古見君がもし獅子王先輩と付き合うなら、どんな風に付き合いたいのか知りたくて。手を繋ぎたいとか、ある? ほら、軽いスキンシップまでのお付き合いなら、誰からも文句を言われないと思ったから確認しておきたくて」

 自分で言っておいてなんだけど、これってただ消極的なだけで、問題の解決になっていない。
 古見君、こんな提案くらいしかできない、ビビりの私に怒ってるかな?

「……ないかな。獅子王先輩と一緒にいられたら……それだけでいいのに……」

 ベストカップルじゃん! 一緒にいられたらいいだけだなんて、健気けなげだよ、古見君。
 二人の付き合い方は問題ないと思うよね? 獅子王先輩は独占したいだけ、古見君は一緒にいるだけ。
 なんの問題もないじゃん! 早速、先輩に相談しよう! 先輩なら分かってくれるはず。

 あっ、今はテスト期間中か。先輩にもテスト期間中は大人しく勉強していろって言われているし、やめておこう。テストが終わるまで先輩に会えないのか……寂しいな……。
 先輩は私に会えなくて寂しくないのかな?
 はあ……先輩と手を繋ぎたい、話をしたい。キスは……いいや。思い出すだけで恥ずかしいし、胸がドキドキして切なくなる。
 これって恋の病? ただのトラウマだよね……。

「でも……やっぱり無理なのかな?」
「……神木さんのこと、気にしているの?」
「……うん。あんなにはっきりと言われたらね。獅子王先輩のそばにいるだけで、僕は迷惑をかけてしまうのかな?」

 ううっ……泣きそうな顔をしないで、古見君。私まで悲しくなっちゃう。
 そうだよね。いくら同性愛がダメだからって、好きな人と一緒にいることもダメなんてありえない。
 同性だってすごく気のあう友達やいつも一緒にバカやれる悪友だっているのに。
 付き合い方まで口出す権利なんて神木さんにはないはず。やっぱり、まずは神木さんをなんとかしないと。
 私は古見君を元気づけたくて、明るい声で話しかける。

「そんなことないよ、古見君。神木さんの言うことなんてきいちゃダメ」
「で、でも……神木さんの言うことは正しいよ。責任なんてとれない」

 うなだれる古見君を励ますために、私は笑顔で堂々と言い切る。

「絶対に何かいい方法があるはず。だから、あきらめないで、古見君」
「伊藤さん……ありがとうね」

 古見君の今にも消えてしまいそうなはかない笑顔に、私の胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
 何かいい方法……そんな保証もないただの希望的観測の裏付けもない言葉しか言えない自分が嫌になる。
 でも、それでも、頑張らないと。ハーレム騒動のような悲しい結末をもう、見たくないから。
 私は無理して笑った。

「ううん。いいよ、気にしないで。あっ、そうだ! 私と一緒に神木さんを埋めようか? それで解決だよ! きっと文句を言う人もいなくなるし!」

 素敵な提案をしたんだけど、古見君は首をぶんぶん横にふる。

「ええ! だ、ダメだよ! そんなこと!」

 土葬どそうがダメなのかな? ちょっと西洋過ぎたのかな? やっぱり日本人ならあれだよね。

「そっか。神木さんなんかを埋めたら土壌どじょう汚染おせんされるもんね。綺麗に焼こうか? 灰にして埋めるなんてどう? 汚染の心配ないし」

 土葬がお気に召さなかったようなので火葬かそうを提案してみた。古見君はドン引きしていた。

「伊藤さんって風紀委員だよね?」

 風紀委員だろうと許せないものは許せない。神木さんの私たちをバカにした態度、本当に腹が立つ。
 でも、古見君が少し笑ってくれた。それだけで嬉しい。

 全く……人が真剣に恋しているんだから邪魔しないでほしい。空気読んでよね!
 いい加減、この学園に空気清浄機を全教室に配備するべき。コンセントもお願いしたい! ドライヤーとか使いたいし!
 獅子王先輩と古見君の仲を守れるのは私だけ。絶対に死守しないと。

「ありがとう、伊藤さん。でも、どうして?」
「どうしてって?」

 私が尋ねると古見君は自信無げにうつむきながら、自分の気持ちを話してくれた。

「だって、男の子同士の恋愛だよ? 僕、獅子王先輩のこと好きだけど、どうしても男の子同士ってことが壁になって、自分の気持ちが分からないんだ。でも、伊藤さんは男の子同士の恋愛に偏見を持たずに、逆に応援してくれる。どうして? 伊藤さんが、その……BLが好きだから?」
「違うよ」

 私が即答したことに古見君が困惑している。私は自分の素直な気持ちを伝えた。
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