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九章

九話 サイネリア -いつも喜びに満ちて- その八

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 ゲームセンターを出ると、すでに日が沈んでいた。中はほどよく暖房がきいていたから、外にでると風が冷たくて肌寒い。
 私が16歳未満なので、ゲームセンターの遊びは午後六時前に切り上げた。恋愛診断ゲームで先輩に私の生年月日を知られ、先輩がゲームセンターを出るよう提案してきたのだ。
 本当に真面目だよね、先輩は。黙っていればバレないのに。

「今日はもう解散でいいか?」
「ええっ! まだ六時ですよ! 早いですよ!」

 私達は小学生か! とツッコみたくなる。

「ごめん、伊藤さん。僕も藤堂先輩に賛成。帰ってロードワークとトレーニングしなきゃ」

 古見君にまで言われちゃうと反論できないよ。
 でも、古見君も真面目だよね。試合がなくなったのにボクシングのトレーニングしなきゃいけないなんて。

「ううん、いいよ。ボクシングのトレーニングって、一日でも休むと大変なんでしょ? 自分のことを優先させてよ」

 本当はもっと遊びたかった。放課後デートとは関係なく、四人で遊びたかった。
 滝沢さんの気持ちも分かったし、打ち解けることができると思ったのに。
 でも、本当はこの楽しい時間が終わるのがイヤだから遊びたかったな……寂しいって思うし。けど、私一人が我儘わがまま言っても仕方ないよね。
 あきらめようと考えていたら、古見君が声をかけてきた。

「伊藤さん、また遊んでくれる?」
「……うん! 今度は休日に思いっきり遊ぼうね」

 そうだ、また次があるじゃない。今度はみんなで遊べばいい。獅子王先輩や明日香、るりかも巻き込んで思いっきり遊びたい。
 遊園地デートもしたいし。

「まひろ。ちょっと付き合ってくれる?」
「いいけど……」
「じゃあ。僕達はここで」

 古見君と滝沢さんが帰っていっちゃった。
 先輩と二人きりになる。二人きりだけど、なんでだろう、嬉しいと思うよりも寂しいって思っちゃう。

「伊藤、家の近くまで送る」
「は、はい」

 私は先輩と一緒に帰ることにした。
 駅前は仕事帰りのサラリーマンや晩御飯を買いに来ている主婦、部活帰りの学生で行きっている。街灯や看板のネオンが夜を明るく照らしていた。
 私は先輩の少し後ろを黙って歩いている。普段は私から話しかけるんだけど、なんでだろう、しみじみとしちゃって何も言葉が出てこない。
 滝沢さんのことを考えると、つい暗い気持ちになる。

 私はできることなら滝沢さんの恋も応援したい。古見君がもし、獅子王先輩の事を想っていたら、二人は両想い。
 そうなると滝沢さんは失恋することになる。

 私は滝沢さんに、好きな人は誰にも渡したくない、振り向かせてみせるって偉そうにいったけど、本当は逃げていただけだよね。
 どうしたらいいんだろう? もし、先輩が同性愛者で私の事を見てくれなかったら、恋愛対象でなかったら努力しても意味がないんじゃ……。

 そんなはずはないと、私はぶんぶんと首を振る。先輩は同性愛者ではない。
 でも、どんな女の子が好きなのか分からない。ずっと一緒にいるのに、先輩の好みのタイプは全然知らない。

 タイプはお嬢様系? それとも真面目系?
 髪はショートとロング、どちらが好きなの?
 性格は明るい方? それとも、もの静かな方?
 服装はガーリー系? モード系? もしかして、ロック系とか?
 メイクは? 体型は? 年下と年上、どっちがタイプ?

 全然分からないよ、先輩。
 先輩……先輩の気持ちは誰にあるんですか……先輩の背中にそっと問いかける。大きくて頼りになる背中が今はとても遠く感じ……。

「伊藤」
「は、はい!」

 近い! 先輩が急に止まったから、鼻がぶつかりそうになったよ!
 私はつい恥ずかしがって、顔をそむけてしまう。

「その……伊藤に言いたいことがあってな」

 えっ、言いたいことって何? もしかして、愛の告白! なわけないか。
 どうせ小言でしょ? 先輩らしい。
 悩んでいるのがバカらしくなる。実に先輩と私らしいやりとり。
 男の子、女の子のやりとりじゃなくて、先輩後輩のやりとり。そこに恋愛感情はない。
 はあ……今日は怒られてばかり。怒られることしちゃった私が悪いんだけど。
 先に謝っておこう。

「今日のおふざけでみんなに迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした~。次からは気を付けます~」

 私は投げやりに答えた。これで先輩は呆れながら私に説教を始めてくれる。いつもの私達に戻れるんだ。
 恋愛感情はなくても、今はそれを望んでいる。
 このせつない気持ちを終わりにしたい。今の私では答えが分からないから……。

 ん? 小言が始まらない……いつもなら私の目を見て話をする先輩が困ったように顔を明後日の方をむいている。

「どうかしました?」
「……ええい! 伊藤!」
「は、はい!」
「受け取れ!」

 ぶふっ!
 先輩がいきなり私の顔に何かやわらかいものを押し付けてきた。

「す、すまん、伊藤! 大丈夫か!」
「ひ、ひどいですよ、先輩~」

 何よ、もう! ちょっと調子に乗っていたからって、女の子の顔を叩くなんて。
 泣きべそをかきながら先輩を睨もうとしたとき、目に見慣れたものが飛び込んできた。

 う、ウサギのぬいぐるみ……しかも、二つ。これって、どうぶつたちの森シリーズのうさぎ。ピンクとブラウンのうさぎ……双子のうさぎの赤ちゃん。

 か、可愛い~!
 私は痛みを忘れて、うさぎのぬいぐるみに目が奪われる。

「どうしたんですか、先輩! なんでなんで? これって古見君のプレゼント用にとったものですよね? しかも一匹増えてますよ?」
「……すまん、伊藤」

 えええっ! なんで先輩が頭を下げるの!
 混乱している私に、先輩は頬をかきながら視線をそらして、ぼそぼそとつぶやく。

「うさぎのぬいぐるみが欲しかったのは伊藤だったんだな。それを勘違いしていた」

 私は思いがけない告白に、唖然あぜんとしてしまった。一瞬いっしゅん、息が詰まってしまった。

「な、なんで分かったんですか?」
「伊藤に相談した時だ。古見にぬいぐるみを渡すかどうか相談した時、伊藤の泣きそうな笑顔を見て勘違かんちがいだって分かったんだ。古見の欲しいぬいぐるみはイルカだ。うさぎじゃないってことにも気づいた」

 な、泣きそうな笑顔って……私、そこまで未練みれんたらたらだったんだ……。
 は、恥ずかしい! 先輩にそんな顔見られたことが恥ずかしい! もう、黙っていてよ! 本当に空気読めないんだから!
 背中に汗が出ちゃうくらい、体が熱くなっているのがわかる。頬が赤くなるのを止められない。

「古見君にも確認した。それで確信した。うさぎのぬいぐるみが欲しかったのは伊藤だと」

 やーめーて! 傷口をえぐるような事実確認、本当に必要ありませんから! 永遠に知りたくなかったですから!
 今度は別に意味で涙が出そうになる。

「その……受け取ってくれないか? 男の俺が持つのは変だろ? 喜んでもらえる人に受け取ってほしい」
「……いいんですか?」

 そういいつつ、私はぬいぐるみに手を伸ばしている。欲しい……理由が可愛いだけじゃない。先輩のプレゼントだから、欲しい……。

「ああ、気にしないでくれ。その、なんだ、もう一つのぬいぐるみは、古見君のためにイルカのぬいぐるみをとるついでに取れたものだ。だから、気にしないでくれ。いや、別に残り物というわけじゃないからな。それになんだ……その……ひ、日頃の感謝というか……その……委員会を頑張っている褒美というか……なんだ……その……」

 慌てて早口で言い訳を重ねる先輩を見て、私はつい笑っちゃった。
 どうぶつたちの森シリーズのクレーンゲームで、どうして海で生きているイルカがとれるんですか? ないですよ、イルカのぬいぐるみなんて。
 先輩と古見君がトイレにいったときだよね、ぬいぐるみをとってくれたのは。

 きっと、古見君のアイデアだと思う。
 うさぎのぬいぐるみ一つだと、古見君が受け取ってもらえなかったから私にプレゼントした、残り物を渡されたと思われないよう、二つにしてくれたんだよね。
 もう一つは私の為に取ったものとして、合わせてプレゼントしようとしてくれた。勘違いした失敗を帳消しするために。
 この案が古見君だと思う理由は、どうぶつたちの森シリーズを知らなかった先輩が、双子のうさぎの設定を知っているわけないから。
 滝沢さんは自分の事でいっぱいいっぱいだったし、残りは古見君しかいない。
 古見君の気遣いが嬉しかった。先輩の不器用なところが嬉しかった。

「い、伊藤! そんなに痛かったか? 泣くほど痛かったか?」
「えっ?」

 泣いている? 私が?
 気が付くと頬に涙の跡を感じた。今も涙がこぼれている。
 ……うそ……イヤだ! ぬいぐるみもらっただけで泣いて喜ぶ女なんて、痛いだけじゃない!
 せ、先輩は本当に空気読めてない! 女の子を……泣かせないでよ。これ以上、好きにさせないでよ……。

 私はぐしぐしと涙をふき、ぬいぐるみをかっさらった。二つのぬいぐるみから先輩のぬくもりが伝わってくる。悩んでいたものがすっと消えていくのを感じた。
 私はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。誰にも渡さないように……ぎゅっと抱きしめる。

「痛かったです……責任取ってください」
「す、すまん! そうだな、伊藤は女の子だよな。最近、ちょっとキツくあたっていた。悪い、反省している。だから、その、許してくれ」

 先輩の私を必死に気遣う姿を見て、確信する。
 やっぱり、私、間違っていないよね。人を好きになる気持ちが間違いだなんて思えない。
 みんなが幸せになる方法はまだ分からないけど、きっと答えはあるはず。
 その答えを見つけるまで、責任を持って付き合ってもらいますからね、先輩!



「ねえちゃん! ご飯!」
「……んん」

 私は家に帰ってきてからずっと、先輩からもらったぬいぐるみをながめていた。
 机に双子のうさぎを並べて、頬を机にのせて、人差し指でちょいちょいとうさぎをつついていた。それだけで幸せな気持ちになれる。
 弟の剛が勝手に私の部屋に入ってきても、今日は怒る気になれなかった。

「何ぬいぐるみで遊んでいるんだよ! ご飯だって言ってるだろ! 俺、お腹ペコペコなんだよ。だから早く降りてこいよ!」
「剛……剛も出会えるといいね。ご飯の事も忘れられるような素敵すてきな人に」
「はあ? ご飯より大切なことなんてあるの? 食べないと死んじゃうだろ!」
「そうね。息がつまるくらい、お腹がすくのも忘れるような恋を、私はしている……」

 今、私は素敵な恋をしていることを改めて実感していた。
 よし、決めた!
 古見君の一件が終わったら、先輩に告白しよう。
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