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九章

九話 サイネリア -いつも喜びに満ちて- その四

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 不利と思ったのか、顧問は古見君に語りかける。

「なあ、古見。お前だって分かっているんだろ? 男同士なんて間違っている。大人になればそのうち、好きな異性ができる。同性愛なんてはしかみたいなものだ。女ができればじきに治る。そういうものだ」

 同性愛がはしか? じきに治る? 人を好きになる気持ちを病気扱いするなんて、絶対に認めない!
 私は古見君の手を握る。冷たい……まるで古見君の心を表しているみたい。握った手に力が入る。古見君は不安そうな顔で私を見ている。
 大丈夫だよ、古見君。
 私は真正面から顧問と向かい合った。

「同性愛を病気のように扱うのはやめてください! 大人になればそのうち好きな異性ができる? どこにそんな保証があるんですか? 私達、もう大人の言うことを無条件に信じていられるほど子供じゃありませんから。本当の気持ちを押し殺して、素直に感じたものを否定して、大人に指図されたまま生きていくことに何の意味があるんですか! そんなの家畜と同じじゃないですか!」
「子供が偉そうなことを抜かすな! 世間の事、何も知らねえガキが偉そうなことをえてるんじゃない!」
「確かに私は子供ですし、世間の事なんて知りません。でも、納得いきません! 人を好きになる気持ちが間違いだなんて、そんなのおかしいです! 否定なんてしたくありません! 先生は私達に何を教えたいんですか? 大人に都合のいいことですか? 誰かも分からないみんなに気をつかう生き方ですか?」

 私一人が生きているわけじゃない。みんなが生きている世界だ。ルールは必要だと思うし、自分勝手やって不快にさせるのはよくないと思う。
 でも、人を好きになることを誰かの都合で決めていいわけがない! 誰かの都合で結ばれた絆なんて、きっと偽物。本物じゃない。
 私は本物を信じている。偽物なんかに負けない。

「これだから、青臭いガキは……まあ、嫌いじゃないけどな」
「私は今の先生、大嫌いです」

 顧問は苦笑しながら私の肩をぽんぽんと叩く。

「セクハラで訴えますよ」
「本当に可愛げのないガキだな」

 ふん! 顧問に可愛いなんていわれても嬉しくない。

「古見」
「は、はい!」
「お前も男なら、嬢ちゃんみたいな度胸をつけろ。女の方が度胸があるなんて、男として恥ずかしいだろ? それとな、嘘をついて悪かった。古見の対戦相手な、怪我をして試合ができなくなった。それが本当の理由だ。まあ、なんだ。運が悪かっただけだ、気にするな」
「そうですか……残念です」

 最初っからそう言えばいいのに。私は思いっきり顧問を睨みつけるけど無視された。顧問は去り際に古見君に話しかける。

「古見、俺は教師なんだ。教師の立場として、やっぱり同性愛は認められねえよ。世間の常識を教えるのも教師の仕事だって思っている。世間の常識では、同性愛は不純なんだよ」

 顧問はそう言い残して、去っていった。
 私は納得いかなかった。どうして、性にこだわるんだろう。誰かを好きになるのが性ありきな考えなんて、かたよっていると思う。

 同性愛を拒絶する人がいれば受け入れている人だっているのに。同性を好きになれるのは、人が高度な思考をもつ動物だからって思う。
 だって、同性で恋愛しても子孫が残せないから。これは生物学を超越ちょうえつした進化じゃないのかなって思うのは大げさなことかな。

「ありがとう、伊藤さん」

 古見君の笑顔に影があるけど、仕方ないよね。まだ手探りで答えを探している最中だし。迷って当たり前。

「お礼になるかわからないけど、予定がなくなったから、藤堂先輩と遊びにいけるよ? 伊藤さんもいきたいんでしょ? 藤堂先輩と遊びに」
「……いいの? 先輩と遊びにいくのは、古見君の気持ちを確かめる為なんだよ? 私の事は無視していいんだよ?」

 本音は先輩と遊びにいきたい。でも、古見君の気持ちを一番に考えたい。だって、古見君は私の友達だから。
 古見君は優しく微笑んで、うなずてくれる。今度は曇りのない笑顔だ。

「だからだよ。僕は同性愛について、獅子王先輩の気持ちに向き合うって決めたんだ。藤堂先輩と遊んでみて確認してみたい。でも、遊びだから楽しまなきゃ。伊藤さんが楽しくないと、僕も楽しくない。だって、友達だから……変かな?」

 古見君の心遣いがうれしい。気持ちをあたたかくしてくれる。どうして、こんないい人がモテないの?
 先輩がいなかったら私、もしかしたら古見君のこと好きになってたのかもしれないね。
 まあ、私には先輩がいるから無理だけど。でも、古見君は先輩の次くらいにいい男の子かも。

「変じゃない! うん! 今からいこう!」
「ダメだよ。藤堂先輩に怒られるよ」

 古見君に注意され、私は舌をぺろっと出して誤魔化す。
 先輩にメールしなきゃ。さっきまでの微妙な空気は消え失せて、私はどきどきしながら先輩にメールを打つ。
 ついに先輩と遊びにいける。楽しみ~。



 放課後。

 私は樫の木の下で先輩達を待っていた。雲一つない秋空はまさにデート日和。気分がどんどん高まっちゃう。
 デートはやっぱり待ち合わせから始まるよね。好きな人がいつ待ち合わせ場所に来てくれるのか、どきどきしながら待ち続ける……いいよね!

 しかも、放課後デート! 高校生の憧れのシチュだよね。
 それを体験できる日が来るなんて……古見君と先輩のBLデートもまじかで見られるし、これってすごいことじゃない?

 今までひどい目にあってきたけど、やっと私にもご褒美キター! 絶対に失敗しないように頑張らないと!
 コンパクトで前髪確認したいけど、確認している時に先輩が来たら格好悪いし……ううっ……落ち着かない~。
 携帯で時間を何度も確認していると、足音が聞こえてきた。
 きた……。
 私は恥ずかしくてついうつむいてしまう。少し前までは早く来てほしいと思っていたのに、そのときがくるとどきどきが止まらない。

 お、落ち着くのよ、ほのか。男の子と遊びにいったことなんて何度もあるじゃない。合コンだっていった。
 でも、本命の男の子と遊びにいったことはない。古見君が一緒にいてくれるけど、どうしよう。どきどきが先輩にまで聞こえちゃう。

「ごめん、遅くなって。待った?」
「う、ううん。今来たところ……」

 こ、声が裏返っている! どうしようどうしよう!
 たった一言なのに、どうしてその一言がちゃんと言えないのよ! 恥ずかしくて顔を上げることができない。

「そう、なら何も問題ないわね」

 私はぱっと頭を上げ、来た人物を確認する。相手は古見君と……滝沢さん? えっ、なんで?
 滝沢さんは私を睨みつけ、腕を組んでいる。

「何よ。あなた、声が裏返っていたけど、緊張きんちょうしているの? 女の子相手に緊張するなんて、そっちのけがあるの? やめてくれる? 私、ノーマルなんですけど」
「も、もう、まひろ! そんないいか……ぐえっ!」
「古見君。ちょっといいかな? いいよね?」

 私は古見君の胸倉を掴むと、樫の木の裏側へ引っ張り込む。私の右足を古見君の左足にぐるぐりと踏みつけた。
 右手は胸倉を掴んだまま、左手を古見君の内臓をえぐるように押し付け、頭の先を古見君の顔面に当たるようにこすりつける。

「ねえ、なんでかな? どうしてかな? なんで、部外者の滝沢さんがここにいるのかな?」
「い、痛いよ痛いよ! 伊藤さん、やめて! トラウマを思い出しちゃう! 中二のとき、僕をカツアゲした橋瓦はしがわら君のこと、思い出しちゃう!」
「ちょっと! ひなたに何してるのよ!」

 滝沢さんにどんっと背中を押され、倒れそうになる。滝沢さんは古見君をかばうようにして私達の間に立ちふさがった。
 この子、なんなの! なんでいつも邪魔ばかりしてくるのよ!

「滝沢さん、古見君は今から大切な用事があるの。帰ってくれる?」
「嫌よ。ひなたを悪の道に連れ込まないで!」

 あんたは古見君のママか! 過保護かほごすぎるでしょ!
 私は滝沢さんをにらみつけると、滝沢さんも睨んできた。古見君は滝沢さんの後ろでおろおろしている。

「悪の道って何よ! 私は古見君の力になる為に行動しているの! 邪魔しないで!」
「ひなたの為に行動しているですって? どこがよ! ひなたはね、女の子が好きなの! お、お、男の子と……その……関係はダメなの! おかしいの! キモいの!」
笑止しょうし!」
「!」

 古見君が女の子が好き? 笑わせてくれる! 滝沢さんは何も分かっていない! この勝負、もらった!
 私は滝沢さんを指さし、堂々と真理を言い放つ。

「真の恋に性別など、関係ない! それに古見君は男の子が好きなの!」
「いや、違うから! 勝手に解釈かいしゃくしないで、伊藤さん!」
「古見君は黙ってて!」
「僕の事なのに!」

 私はにっこりと笑って、ドン引きしている滝沢さんに語りかける。

「古見君はね、男の子に欲情してしまう人なの。女の子じゃダメなの。その証拠に獅子王先輩のこと、気になっているんでしょ? 本当の自分を認めてあげましょうよ? 男の子はね、古見君。BLという十字架を背負って生きてるの。うまれたときからギルティなの。アダムとボブが神にそむいて犯した罪なの。でも、それは何も恥ずかしいことじゃない、むしろ誇ってもいいことだと私は思う」
「誇れるわけないでしょ! けがわらしい!」
「滝沢さん、あなた、魔王サタンを知らないの? 悪魔の王はね、元は天使達の中で最も美しい大天使だったわけ。きっと彼はBLの素晴らしさに気づき、主に謀反むほんを起こしてしまったんだわ。ああ……創造主と大天使の禁断の恋。まさにロマン! 素敵だわ! ダ・ヴィ○チ・コード、えましたわ~!」
「んなわけないよ! やめて! 魔王サタンを桃色にするのはやめて!」
「おだまり!」
「!」

 私の一喝いっかつで、古見君は黙り込む。私は恍惚こうこつとした表情で、両手を広げ、二人に布教する。

「古見君、認めるだけでいいの……認めるだけでその苦悩から解放されるわ。ありのままの自分を受け入れてしまいなさい。そのごうを受け入れたとき、それは古見君の人生を光り輝く美しいものにするでしょう。救いはそこにあるのです。さあ、私の手を握って懺悔ざんげなさい。僕はBLが大好きなのだと。三度の飯よりもBLが好きなんだと。BL最高だと! さあ、古見君! 叫んで! 究極と至高の先に、BLへと至る道があるとぉおおおお!」
「大きな声でアホなことをぬかすな、伊藤!」

 ゴンッ!

「ガーガリン!」

 痛ッ! 頭が痛い! ゲンコツだ!
 振り向けば、やっぱり先輩がいた! なんで、先輩が? いつの間に!

「なっ! 未知の事象だとぉ!」
「やかましい。伊藤、朝の指導だけでは足りなかったようだな」
「いえそんなわけありませんごめんなさいすみませんでしたもう二度としません」

 私は日本のサラリーマンよろしく、ぺこぺこと頭を下げた。痛いのはもうイヤ……。

「古見君と……滝沢さんだな。うちの風紀委員が迷惑をかけた」
「い、いえ、別に」
「全くだわ!」
「ちょっと! 元はといえば滝沢さんが!」

 言い終わる前に私は先輩に後頭部を掴まれ、無理やり頭を下げられた。

「俺がよく指導しておく。すまなかった」
「……すみませんでした」

 私は渋々謝った。なんで私が滝沢さんに謝らないといけないの? この結末はおかしい。何処どこ、何処に間違いがあったの?
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