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間章

間話 クサノオウ -私を見つけて- その五

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「の、呪いですか?」
「そうだ。獅子王は獅子王財閥の総帥そうすいの名前だ。その名前がある限り、俺様は個人として見られることはねえ。どんなに頑張っても、どんなに成果をあげても、獅子王だから出来て当たり前。こなして当然とうぜん。この名前がある限り、誰も俺様個人を見てくれない。獅子王財閥はつぶれることはねえ。しかも、俺様は跡取あととりだ。逃げることのできない、一生付きまとう呪いだ。俺様に近づいてくるのはみんな、獅子王の名前にかれて、利用しようとするヤツばかり……誰も……誰も俺様を見てくれない。だから、嫌いだ。俺様はこんな腐った灰色の世界が大嫌いだ」

 うなだれる獅子王さんに、僕は何も言葉をかけることができなかった。財閥の世界なんて、中学生の僕には想像がつかない。
 僕が一度同級生に大けがをさせられたとき、獅子王さんが僕を病院に運んでくれた。大手の病院に無料で入院させてもらった。しかもかなり広い個室で、VIP対応で治療を受けた。
 獅子王さんの家は相当なお金持ちだって思っていたけど、きっと僕が想像するよりもはるかにすごいのだろう。
 でも、やっぱり理解できない。

「そんなことないですよ。獅子王さんはすごいです。財閥なんて関係ないですよ」
「なぜそう言い切れる?」

 獅子王さんはうつむいたまま、尋ねてきた。僕は自信満々に、胸を張って答える。

「だって、獅子王さんは僕に希望を与えてくれた人だから。獅子王の名前でなくても、獅子王さんはすごいです。こんなすごい人に惹かれない人はいませんよ」
「……」
「獅子王さん?」
「こっち見るな、バカ」

 あれ? 獅子王さんが鼻をこすっているけど寒いのかな?
 でも、これが僕の本心だ。
 獅子王さんはすごい。僕の憧れだ。獅子王財閥なんて関係ない。それほどのインパクトを、衝撃を僕に与えてくれた人なんだ。

 それに、僕を救ってくれたのも、助けてくれたのも、獅子王財閥ではなく、獅子王さんだ。これだけは揺るぎない事実なんだ。
 気が付くと、頬に冷たいものが当たった。それは白くてはかないもの……雪だった。

「雪が降ってきましたね」
「俺様は雪が嫌いだ。冷たいし、靴は汚れる。ただバカみたいに白いだけで何も残らねえ。空っぽだ」

 獅子王さんはジャブで雪を捕まえる。手にしても、残るのはとけてしまったわずかな水滴だけ。それもすぐに乾いて消えていく。
 何も残らないものに獅子王さんは価値が見出せないのだろう。
 でも、僕は違う。

「僕は雪が好きです。だって、雪が積もった場所を歩くと、足跡がつきますよね? その足跡は僕がここにいたって証明になるじゃないですか。僕は友達がいないから……獅子王さんに会うまでは一人だったから……」

 獅子王さんは魅力的な人だ。でも、僕は違う。教室にいるときも、体育の授業の時も、帰り道も一人だけ。僕はいてもいなくても、誰も悲しんでくれる人はいない。

 この雪だけが、僕がここにいることを、面影おもかげを残してくれるんだ。誰も僕を見てくれない世界で唯一ゆいいつ、僕の存在を知らせることができる時間。それが雪が降ったときだ。
 深々と雪が舞い降りてくるのを、僕は黙って見上げていた。

「……安心しろ、古見。お前の事は俺様が見てやるから。俺様が古見のことを必ず見つけてやるから」

 獅子王さんの今までに見たことのない真摯しんしなまなざしに、僕は嬉しくなった。
 目を見れば分かる。この人は本気でそういってくれているんだ。

 涙が出るほど嬉しかった。だって、僕の事を認めてくれた人は、僕の憧れで、目標だった人だから。
 誰かに認められるのがこんなにうれしいなんて知らなかった。もう一つ、嬉しいことがあった。

「……はじめて僕の名前を呼んでくれましたね」
「そうだな。これからは古見と呼んでやる。ありがたく思え」
「はい!」

 僕は心の底から笑顔を浮かべることができた。獅子王さんと出会えて、本当に良かった。

「獅子王さん、報告したいことがあるんです。僕、青島高等学校を受験します。合格すれば、一緒の学校です」
「そっか。俺様の後輩になるのか」
「はい! よろしくお願いします、獅子王先輩!」

 少し照れ臭かったけど、僕ははっきりと獅子王さんに告げた。獅子王さんは笑って受け入れてくれた。
 雪が降った日の事。獅子王さんの絆がうまれた日の事。
 獅子王さんから獅子王先輩に変わるのはそう遠くない日の出来事。



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