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間章
間話 クサノオウ -私を見つけて- その三
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「……い……お……い、おい! しっかりしろ! 誰にやられた!」
し、し……おう……さ……ん?
泣い……てる……の?
違う……雨が……降って……いるんだ。
寒い……体が……冷たくて……感触が……ない。
雨が僕の体温を奪っていく。生きる力ごと失っていく。
ごめん……な……さ……い。僕……こ……えが……きこえ……。
「しっかりしろ! おい! 勝手に死んでんじゃねえぞ、こら!」
し……しん……ぱ……い……かけ……て……ご……め……。
そこで僕の意識は途切れた。
気がつくと、白い天井が見えた。
ここは病院?
「気がついたのね」
白衣を着た女性が、僕をのぞき込むように微笑みかけてきた。
「……」
言葉が出ない。口が腫れて、動かすだけでも痛みを感じる。
僕の事情を察して、白衣の女性は手で僕を制してきた。
「無理に喋らなくていいから。ここは獅子王財閥管轄の病院よ。覚えてる? キミ、瀕死の状態で運ばれてきたの。驚いたわ……彼があんなに取り乱したことなんて初めてよ」
獅子王さんが病院まで運んでくれたのかな? 気を失う前に獅子王さんの顔を見たような気がするし。だったら、迷惑かけちゃったな。
でも、獅子王さんが取り乱したってどういうことだろう?
その理由を女医さんが話してくれた。
「彼ね、獅子王財閥のかかりつけの医者をかたっぱしから呼び出したの。沢山の医者がこの部屋に押し寄せて大変だったわ。さっさと治せって必死になって医者を脅して、殴ってね……本当に大変だったのよ。彼が暴れるから、怪我人が増えちゃって。ふふっ、傑作だったわ。ここ、病院なのにね、どんどん怪我人が量産されるていくの。いつも冷めた態度をとっていた彼があんなにも取り乱すなんて、キミ、相当彼に気に入られているわね」
獅子王さんが僕を気にかけている?
全然実感がなかった。いつも冷たくされていたのに。
「しばらく入院が必要だわ。ゆっくりしていきなさい。治療費の心配はしなくてもいいわよ。彼のポケットマネーから支払われるから」
女性はころころと笑っているけど、僕には別の事が気にかかっていた。
こんな体じゃあ、獅子王さんに会えないよね……お礼も言いたいのに……。
それよりも、迷惑をかけたことを謝りたい。
殺されかけたことより、獅子王さんに会えないことの方が辛かった。
「獅子王さん、助けていただきありがとうございました」
「……ふん」
怪我が治って、僕は獅子王さんがいつも昼寝をしている河原に来ていた。獅子王さんはいつも通り寝そべっている。
僕は助けてもらったことのお礼をいうと、獅子王さんは不機嫌そうにそっぽむかれた。
やっぱり迷惑をかけたから怒っているよね。当然だ。
「お見舞いにも来てくれたんですね。寝ていて気づきませんでした。でも、嬉しかったです」
「……誰がお見舞いに行くかよ」
「主治医さんに訊きました。お見舞いの花、あれってガーベラですよね? オレンジの色がとても綺麗で癒されました」
「……ちっ、あのアマ」
主治医のお姉さんが教えてくれた。僕が検査しているときや寝ている時に、獅子王さんはお見舞いに来て、花を飾ってくれたって。
そのことがとても嬉しかった。だって、僕のお見舞いに来てくれたのは親と幼馴染のまひろだけだったから。
まひろにはお見舞いに来るたびに僕を怒っていた。なんでだろう?
そんなことより、獅子王さんに伝えないと。
「獅子王さん。ご迷惑をかけたことは謝ります。でも、お願いです。また会いに来ていいですか?」
「……」
「獅子王さん?」
「……なんでだよ」
獅子王さんが僕の方を見る。その表情がいつもと違った。怒っているんだけど、どこか悲しげな苛立ちを含んだ表情だ。
「なんで、また俺様に会いに来る? お前の怪我、俺様と知り合いになったせいだろ?」
「違いますよ。どうしてそう思うのですか?」
「アイツらに直接訊いたからだ」
「やっぱり」
僕は獅子王さんの答えに確信を持っていた。
僕を大怪我させた人は転校していった。親が急に海外へ転勤となったからだ。僕の怪我が治って学校に登校したときは、僕をいじめていた相手全員がいなくなっていた。
ちなみにその全員が、何者かに襲われて、完治しないまま転校したとのことだ。
特に僕を木刀で殴った人は顔面を整形したのかって思えるほど歪んでいたらしい。頬が黒紫っぽく腫れ上がり、今も腫れが引いていないみたいだって噂で聞いた。
僕は獅子王さんが仇をとってくれたんじゃないかって思っていたんだ。
「お前を殴ったヤツが言ってたんだ。俺様と知り合って生意気になったから、教育してやったって。俺様と知り合いにならなければ、お前は怪我することなかったはずだ。だからもう、俺様に会いにくるな。今度はもっと酷い目にあうぞ」
「いいえ。大丈夫です」
僕はにっこりと笑い、断言する。その態度に獅子王さんは眉をひそめている。
「なんでそう言いきれる?」
「獅子王さんに弟子入りして、僕は強くなっているからです。今度は負けません。お願いします。会いにくるなだなんて言わないでください。僕が勝手に獅子王さんに会いに来ているだけですから」
「……好きにしろ」
獅子王さんは僕に背を向け、何も言わなくなった。
よかった。僕はまた、獅子王さんに会いに来ていいんだ。それがとても嬉しかった。
手元に黄色い花を咲かせたカタバミが風にゆらゆらと揺れていた。
し、し……おう……さ……ん?
泣い……てる……の?
違う……雨が……降って……いるんだ。
寒い……体が……冷たくて……感触が……ない。
雨が僕の体温を奪っていく。生きる力ごと失っていく。
ごめん……な……さ……い。僕……こ……えが……きこえ……。
「しっかりしろ! おい! 勝手に死んでんじゃねえぞ、こら!」
し……しん……ぱ……い……かけ……て……ご……め……。
そこで僕の意識は途切れた。
気がつくと、白い天井が見えた。
ここは病院?
「気がついたのね」
白衣を着た女性が、僕をのぞき込むように微笑みかけてきた。
「……」
言葉が出ない。口が腫れて、動かすだけでも痛みを感じる。
僕の事情を察して、白衣の女性は手で僕を制してきた。
「無理に喋らなくていいから。ここは獅子王財閥管轄の病院よ。覚えてる? キミ、瀕死の状態で運ばれてきたの。驚いたわ……彼があんなに取り乱したことなんて初めてよ」
獅子王さんが病院まで運んでくれたのかな? 気を失う前に獅子王さんの顔を見たような気がするし。だったら、迷惑かけちゃったな。
でも、獅子王さんが取り乱したってどういうことだろう?
その理由を女医さんが話してくれた。
「彼ね、獅子王財閥のかかりつけの医者をかたっぱしから呼び出したの。沢山の医者がこの部屋に押し寄せて大変だったわ。さっさと治せって必死になって医者を脅して、殴ってね……本当に大変だったのよ。彼が暴れるから、怪我人が増えちゃって。ふふっ、傑作だったわ。ここ、病院なのにね、どんどん怪我人が量産されるていくの。いつも冷めた態度をとっていた彼があんなにも取り乱すなんて、キミ、相当彼に気に入られているわね」
獅子王さんが僕を気にかけている?
全然実感がなかった。いつも冷たくされていたのに。
「しばらく入院が必要だわ。ゆっくりしていきなさい。治療費の心配はしなくてもいいわよ。彼のポケットマネーから支払われるから」
女性はころころと笑っているけど、僕には別の事が気にかかっていた。
こんな体じゃあ、獅子王さんに会えないよね……お礼も言いたいのに……。
それよりも、迷惑をかけたことを謝りたい。
殺されかけたことより、獅子王さんに会えないことの方が辛かった。
「獅子王さん、助けていただきありがとうございました」
「……ふん」
怪我が治って、僕は獅子王さんがいつも昼寝をしている河原に来ていた。獅子王さんはいつも通り寝そべっている。
僕は助けてもらったことのお礼をいうと、獅子王さんは不機嫌そうにそっぽむかれた。
やっぱり迷惑をかけたから怒っているよね。当然だ。
「お見舞いにも来てくれたんですね。寝ていて気づきませんでした。でも、嬉しかったです」
「……誰がお見舞いに行くかよ」
「主治医さんに訊きました。お見舞いの花、あれってガーベラですよね? オレンジの色がとても綺麗で癒されました」
「……ちっ、あのアマ」
主治医のお姉さんが教えてくれた。僕が検査しているときや寝ている時に、獅子王さんはお見舞いに来て、花を飾ってくれたって。
そのことがとても嬉しかった。だって、僕のお見舞いに来てくれたのは親と幼馴染のまひろだけだったから。
まひろにはお見舞いに来るたびに僕を怒っていた。なんでだろう?
そんなことより、獅子王さんに伝えないと。
「獅子王さん。ご迷惑をかけたことは謝ります。でも、お願いです。また会いに来ていいですか?」
「……」
「獅子王さん?」
「……なんでだよ」
獅子王さんが僕の方を見る。その表情がいつもと違った。怒っているんだけど、どこか悲しげな苛立ちを含んだ表情だ。
「なんで、また俺様に会いに来る? お前の怪我、俺様と知り合いになったせいだろ?」
「違いますよ。どうしてそう思うのですか?」
「アイツらに直接訊いたからだ」
「やっぱり」
僕は獅子王さんの答えに確信を持っていた。
僕を大怪我させた人は転校していった。親が急に海外へ転勤となったからだ。僕の怪我が治って学校に登校したときは、僕をいじめていた相手全員がいなくなっていた。
ちなみにその全員が、何者かに襲われて、完治しないまま転校したとのことだ。
特に僕を木刀で殴った人は顔面を整形したのかって思えるほど歪んでいたらしい。頬が黒紫っぽく腫れ上がり、今も腫れが引いていないみたいだって噂で聞いた。
僕は獅子王さんが仇をとってくれたんじゃないかって思っていたんだ。
「お前を殴ったヤツが言ってたんだ。俺様と知り合って生意気になったから、教育してやったって。俺様と知り合いにならなければ、お前は怪我することなかったはずだ。だからもう、俺様に会いにくるな。今度はもっと酷い目にあうぞ」
「いいえ。大丈夫です」
僕はにっこりと笑い、断言する。その態度に獅子王さんは眉をひそめている。
「なんでそう言いきれる?」
「獅子王さんに弟子入りして、僕は強くなっているからです。今度は負けません。お願いします。会いにくるなだなんて言わないでください。僕が勝手に獅子王さんに会いに来ているだけですから」
「……好きにしろ」
獅子王さんは僕に背を向け、何も言わなくなった。
よかった。僕はまた、獅子王さんに会いに来ていいんだ。それがとても嬉しかった。
手元に黄色い花を咲かせたカタバミが風にゆらゆらと揺れていた。
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