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二章

二話 伊藤ほのかの挑戦 M5の逆襲編 その七

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「いや、まいったね。手も足も出ないとはこのことだね」
「感心してる場合じゃないぞ、左近。どうするつもりだ?」

 結局、前半は41対0で終わった。
 すごいスコア。1点だけとればいいのに、全然勝てる気がしない。

「ディフェンスは捨てよう。オフェンスに集中する」
「……仕方ないね。それで、どう攻めるの?」

 橘先輩の意見に長尾先輩は同意する。私も賛成。
 悔しいけど、あの五人のうち、誰一人止める自信がない。
 なら、ディフェンスは捨てて、ワンゴールするほうに集中したほうがいい。

「伊藤さんは何か案ある?」

 わ、私? 急にふられても困る。
 ここまで実力差があると、小細工とかも無理そう。

「ごめんなさい。何も思いつかないです」
「そう。なら、協力してくれる、伊藤さん?」

 えっ、勝てる作戦あるの? 橘先輩に協力して勝てるのなら……。
 私は力強くうなずく。

「何をすればいいんですか?」
「よかったよ。この作戦、伊藤さんがキーになるから」

 私がキーになる? どういうこと?
 多分、このなかで一番下手ですけど。

「その前に、みんな、上のジャージ脱いで」
「ジャージ? なんで脱ぐんだ?」
「後半戦は体力勝負になる可能性があるからね。少しでも動きやすくしておいて」

 確かに、上のジャージを脱げば涼しくなるし、動きやすいけど、そんなことしても赤巻君達に勝てるとは思えない。

「伊藤、とりあえず、左近に従ってくれ。ジャージの下にシャツは着てるか?」
「はい、指定の体操着を着てますけど」

 私は一旦いったんゼッケンを脱いで、ジャージの上着を脱ぐ。体操着の上にゼッケンをつける。
 ふう、涼しくなってすっきりしたような気がする。少しは動きやすくなったけど、こんなことで本当に勝てるの?
 困惑こんわくしている私に、橘先輩は笑って作戦名を告げる。

「作戦名、ミスディレクション。勝つよ」

 ミスディレクション?
 それって……手品の一種だよね? どういうこと?
 橘先輩が私に耳打ちする。
 えっ? うそ? そ、そんな単純なことで勝てるの? 橘先輩が何をしたいのか理解できない。

「後半戦、開始します!」

 私達の攻撃で橘先輩がドリブルしている。私は橘先輩の後ろを走りながら、言われたとおり、橘先輩の左手を注視ちゅうしする。
 見逃さないよう気を付けないと。
 橘先輩がやる気のない黄巻君を抜く。でも、抜いた先には紫巻君がいる。どうする気なの、橘先輩?
 紫巻君がボールをうばおうとしたとき、橘先輩からサインがきた。

 今だ!
 私は橘先輩の指示通り、目立つように大きく垂直にジャンプした。橘先輩が左手でサインしたら、私はその場で大きく高くジャンプすること。
 これが橘先輩からの指示だった。

 何をする気なんだろう、橘先輩は?
 あっ!
 橘先輩が紫巻君を抜いた! しかも、あっさり! どういうこと?
 フリーになった橘先輩がシュートしようとするけど、赤巻君がブロックする。

 ああん! もうちょっとだったのに!
 でも、橘先輩、凄い! もう少しで点が入ってたよね!
 もしかして、勝てるのかな。そんな期待を持たせてくれる。

 その後も橘先輩だけでなく、先輩、須藤先輩も抜いていく!
 みんな、凄い凄いすごーい!
 先輩達、凄いよ!
 なんで? なんでなんでなんで!
 前半の試合がうそのように攻めている! ディフェンスはザルだけど!
 橘先輩、マジ先輩ばりの奇跡を起こしてる!
 雨ヤンデーよりも凄い!

「いっけー先輩!」

 ぴょん!
 ゆさゆさ。

「もう一丁!」

 ぴょん!
 ふるふる。

 ん? 視線を感じる。なんだろ? 私を見ているの? それにしては視線が下に……。

 ぴょん!
 たゆんたゆん♪

 もしかして……。

 ぴょん!
 ぷるんぷるん!

「……」

 ぴょん!
 ボインボイン♪
 ぴょん!
 ばいんばいん!

「……あの、タイムお願いします」

 ピピー!

「タイムアウト! 風紀委員」



 私は笑顔で橘先輩の胸倉を掴む。

「ねえ、橘せんぱ~い? これはどういうことか、説明していただけますよね?」
「な、なんのことかな?」

 目をそらしてもネタはバレてますから。

「ミスディレクションって言ってましたよね? なんで私に視線が集まるんですかね~? 視線誘導しせんゆうどうさせているものは一体なんなんでしょうね~? ねえ、教えてくださいよ~、た・ち・ば・な・せ・ん・ぱ・い!」

 逃がしませんよ~橘先輩!

「一体、何があった、伊藤?」

 私と橘先輩の不穏ふおんな空気を心配した先輩が声をかけてくる。
 無視するわけにはいかないので、私は渋々答えた。

「ミスディレクションの話ですよ」
「? そもそも、ミスディレクションは第三者の判断力を間違ったほうにそらす技術じゃないのか? バスケと何の関係がある?」

 私は目をつぶって怒りを抑え、先輩に説明する。
 ホント、バカらしい!

「私が怒っているのは、橘先輩が私に赤巻君達の視線誘導をさせたことです。私に視線を集めて、その隙に橘先輩達がドリブルで抜いていたってことです」
「? なんで伊藤なんだ?」

 ううっ、説明するのが恥ずかしい。あまりにもバカバカしくて……間抜まぬけだよ。
 こうなったのも、橘先輩のせいだ!
 私は思いっきり橘先輩をにらんでみたけど、涼しい顔をされてしまった。

「私がジャンプした後に視線誘導されていました」
「そうなのか?」

 先輩達は私に背を向けているから視線誘導されない。先輩に見られなくて本当によかった。それだけが救い。

「はい。それに休憩中にジャージの上着、脱ぎましたよね? 本当はあれ、私だけでよかったんです」

 みんなの上着を脱がせたのは、私にあやしまれずに上着を脱がすため。まんまとだまされたわけ。

「? 何が言いたい? はっきり言ってくれ」

 うううっ、空気読んでよ、先輩。
 長尾先輩と須藤先輩は気づいてますよ。にやにやしているのがムカつく。恥ずかしいなあ、もう!

「私がジャンプしたときに揺れる胸を、青巻君達がみとれていたって話です!」

 恥ずかしい! ホント、男の子ってバカばっかり! しかも、私がこんな情けない説明をしなきゃいけないなんて、最悪!
 私も真っ赤だけど、先輩も真っ赤になっている。先輩の視線が自然と私の胸に向く。
 こんなの嫌!
 私は胸を隠すように両手を組む。

「そ、その、すまない」

 先輩は悪くないです! 悪いのは全部……。

「別にいいですよ、先輩。悪いのは……」

 私はキッと橘先輩を睨みつける。
 その場でぴょんぴょん跳ねる。視線誘導させる為じゃない。
 私は跳びながらファイティングポーズをとる。準備万端じゅんびばんたんだ。
 女の子の胸をなんだと思ってるの! 許せない!
 このシリーズのキメ台詞をはく。

「ありえないってーの!」

 私の怒りの右フックが橘先輩の顔面をとらえる瞬間、先輩が私の腕を掴んだ。

「なんで止めるんですか!」
「まあ、今は許してやってくれ。公衆こうしゅう面前めんぜんで暴力はダメだ。左近、なんでこんなことした?」
「あははっ、一度やってみたかったんだよね」

 橘先輩の悪気のない一言に、私は呆れてしまった。
 確かに漫画の必殺技は実際にやってみたいと思うけど、あれは最低でしょ!

「もう! 先輩の顔にめんじて許しますけど、二度とやりませんからね!」
「ごめんごめん。でも、どうしよっか? 白旗ふる?」

 お手上げのポーズをとる橘先輩に、私は試合中に思いついたことを話す。
 青巻君が私にわざとぶつかってきたこととフリースロー……この二点を利用すれば、もしかしたらバスケ部に勝てるかもしれない。
 みんなに意見を求めてみる。

「……悪くないな」
「僕も賛成」
「流石は伊藤氏。イケるんじゃない?」
「俺もいいぜ」

 よしっ!
 みんなの賛成もたし、やってやりますか!



 ×××


「あははははっ! ほんま、面白おもろいわ。ウチと御堂はんはできそうやね。黒井はんはあと一年、咲は……まあ、頑張り」
「あのバカ……恥さらしめ……」
「私は今の大きさで十分ですの」
「なんですか、それは! セクハラです!」

 朝乃宮の言葉に、御堂は激怒し、黒井はため息をつき、上春は顔を真っ赤にして怒っていた。

「せやけど、これで手詰てづまりどすな。時間もなくなってきてますし、どないするつもりやろ?」
「あっ、見てください! 伊藤さんが何か提案してますよ」
「何を話しているのやら」
「……」

 ほのかの姿を見て、御堂が目を細める。

「まあ、お手並み拝見やね」

 朝乃宮達の離れたところで、明日香とるりかは手に汗握って、ほのかを見つめている。

「ほのか、しっかりしろし」
「ほのほの、頑張れ」

 明日香とるりかの応援は届くのか? それはこれからあきらかになる。


 ×××
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