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二章

二話 伊藤ほのかの挑戦 M5の逆襲編 その二

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「こんにちは、藤堂先輩」
「明日香にるりかか。よく来てくれた。うれしいよ」



「アウト! アウトアウトアウト!」

 私はるりかの胸倉を掴み、前後に振る。

「な、何よ、ほのほの。まだ話して三秒もたってない」
「先輩が女の子を名前で呼ぶわけないでしょ! 私でさえまだ呼ばれてないのに!」

 そんな羨ましいこと、絶対に許せない! そんなこと、あるわけがない!

「もう! 多少のフィクション入ってるから! 聞きたくないの! 手、離さないと話さないわよ!」
「呼び捨ては禁止」
「はいはい」

 私は手を離した。
 るりかの回想が続く。



「二人とも、なぜ風紀委員室ここに呼ばれたか、分かるか?」
「愛の告白っすか?」
「……違う。校則違反だ」



「ぷっ! くすくすくすっ……って、あいた! 何するのよ!」

 なんでグーで殴るの! 酷い!

「いや、ムカついたから」
「話すのやめよっかな~」
「ごめんなさい。お話をお願いします」

 納得いかないんだけど、ここは我慢しなきゃ。先輩の話を聞き終わった後、倍返ししてやる。



「……今後、注意するように。分かったか」
「は~い」
「分かりました」
「……はあ、もういっていいぞ」

 私達は小言からようやく解放され、部屋を出ようとした。でも、気になったことがあったの。それは……。

「藤堂先輩、何してるんですか?」
「梨の皮をむいているんだ。顧問が差し入れを持ってきてくれたから、みんなに食べてもらおうと思ってな」

 藤堂先輩は器用に梨の皮をむいている。白くてみずみずしい梨にごくりとツバを飲んだの。

「私達にはないんですか?」
「なぜ、指導する側に梨をやらなければならない」
「それはそうですけど……」

 納得いかない。一個くらい分けてくれてもいいじゃない。だから、私は怖かったけど、反抗したの。

「で~も~、私達も梨を食べたいっていうか~ほら、カツ丼的な?」
「そうだし! それに梨は丸かじりするのがおいしいし!」
「皮に農薬がついているかもしれないし、じゃりじゃりして食感がよくないし、かぶりつくのははしたないだろ?」

 乙女か!
 格好悪い……梨云々うんぬんより、そっちが気になりだした。

「藤堂先輩、皮にだって栄養はありますよ? アスパラガス豊富ですよ? 知らないんですか?」
「アスパラギン酸だろ?」


 
「ぷっ! クスクス……何それ……アスパラガスって……梨にアスパラガスはないでしょ……逆に指摘されるなんてバカみたい……って冗談! 冗談だから! 椅子を下して!」

 るりかが椅子を持ち上げたので、私は慌てていさめる。やりすぎ! やりすぎですから! それ、死んじゃうから!

「ねえ、梨の話はいいから、本題に入ってよ。明日香とるりかが呼び出されたことなんてどうでもいいよ」
我儘わがままね。それから……」



 やっぱり私は、男の子はダイナミックに梨をかじってほしいから、説得しようとしたの。



「まだ、梨ネタ話すんだ」
「ほのほの! 話の腰を折らないで!」

 ええっ~! ここでマジギレ! 勘弁してほしいんだけど! それよりも先輩の事が知りたい!
 私は諦めきれずに、話をせかしてみる。

「で、でも~そろそろ私のことを」
「それでね」
「シカトされた……」



「藤堂先輩、やっぱり梨はかじったほうがいいですよ。そっちのほうがワイルドですよ?」
「僕にはそんな、谷○巧みたいな真似、できないよ」

 そう言いながら、藤堂先輩は優しい笑みを浮かべていた。



「あのね、明日香。先輩の一人称は僕じゃなくて俺。勉強してきなさい! それと、私の話、ぷり~ず!」

 どうでもいいから! 梨ネタは! 早く先輩が私の事をどう思っているのか、教えてよ!

「もう、仕方ないわね」



「藤堂先輩、ほのかの事、どう思いますか?」

 ほのかの名前を聞いた瞬間、穏やかな笑みを浮かべていた藤堂先輩の顔が曇った顔になったわけ。
 ちょっとまずかったかなって思ったから話題を変えようとしたんだけど、遅かった。

「あの歩く公然わいせつ痴女のことか? 無駄で脂肪のむねしか取り柄のない三股女……正直、あれはないわー……」
「ないですか?」
「ありえないでしょ~。日本人ならつつましく、平たい胸族でなきゃだめでしょ~これ。あれはきっと、栄養が頭じゃなく胸に……」



「ねえ、本当に先輩、そんなこと言ったの! 本当なら私、自殺するよ! 先輩の家の屋根から飛び降りるよ! 遺書に今の言葉、一語一句いちごいっく書くからね! 嘘だったらひどいよ! るりかを殺して私、逃げるからね!」
「それはただの殺人だし」

 もう、いい加減にして! なんか先輩、軽いし! それに平たい胸族って何? ローマに関係があるの?
 そんなに別の世界に行きたいのなら、私がボコボコに殴って異世界転生させてあげますけど! そんなことより!

「結局、先輩は私の事、どう思ってるの!」

 私は話を聞くのに夢中で、テーブルの上にあった飲み物のことを忘れていた。
 る私の腕に飲み物に当たり、こぼれてしまった。
 運悪く、そばを通った男の子にかかってしまう。

「ごめんなさい」

 男の子にすぐ謝って、ハンカチを取り出すけど、

「ごめんですんだら警察、いらねえんだよ!」

 思いっきり、大人げなく怒鳴られてしまった。
 なんてベタなこと言うの! しかも、態度がデカい! カチンとくる!
 でも、こっちが悪いんだから、何とか許してもらわなきゃ。
 シャツに少しかかっただけだし、今なら水で濡らしたハンカチで拭けばシミにならないよね。

「今、拭きますから」
「拭くだと? 冗談はよせ」

 え、えええ! なんで、いきなりシャツ脱ぎだすの、この人!
 しかも、脱いだシャツを私に投げつけてくる。
 結局は拭けってことなの? 意味が分からない。

「まあまあ、青巻っち。こんな可愛い子、いじめないでよ」
「百年後のキミに会いたかった。キミ、おばあちゃんいる?」
「……」
「あ~あ、シカトか?」

 な、何なのこの人達、急に馴れ馴れしく話しかけてきて。でも、この展開はどこかで……。
 梨ネタから何か引っかかってたんだけど、何だっけ?

肺炎はいえんになって死んだらどうするんだよ! 誰がバスケ部をインターハイに連れていくと思ってるんだ?」

 なら服を脱がないでよ。風邪ひくでしょ? バカなの?
 ううっ、いつの間にか男の子四人が私を囲ってきた。前後左右から私を睨んでいる。
 こ、怖い。でも、私には頼りになる友達がいますから!
 私は明日香とるりかに助けを求める。けど、すぐそばにいた二人の姿はなく、少し離れたテーブルに座って私に背を向け、ご飯食べていた。
 そりゃないっすよ、あ~すかちゃーん、る~りかちゃーん。

「おい!」

 男の子の方を振り向くと、おでこに何か貼られた。
 えっ、何?
 私のおでこに青い札が貼られている。私は中国の死体妖怪か。それを見ていた男の子が急に叫んだ。

「青札だ! 一年B組の伊藤ほのかが青札貼られたぞ!」

 ちょ! 人の名前、みんながいる前でフルネームで呼ばないでよ! 恥ずかしい! 個人情報保護法知らないの?
 しかも、なんで私の名前とクラス知ってるの? 私のこと、好きなの?
 あ、あれ、みんながじっと私を見ている。黙ったまま見つめてくるなんて、ちょっとしたホラーじゃん。
 な、何? みんなの手に持っているのは……パイ?
 そのパイを……私に投げてきた!

「きゃ!」

 パシャ、パシャ!

 パイが制服に……。

「ねえ、ほのか」
「な、何かな、明日香?」
「ほのかが避けたせいで、私達、パイつけられたし」

 パイは明日香とるりかの制服と顔にべったりとついている。ちなみに、私は無傷。
 ひどい! 私の友達によくも~!
 なんでだろう、二人が直立したまま、ジト目で私を睨んでいる。

「ほのほのっていざってとき、凄い反射神経してるよね」
「いやあ、そんなにめられても……」
「「褒めてない褒めてない」」

 友達を見捨てた天罰てんばつです。でも、これって冗談じゃすまないよね?
 胸の奥底でめらっとしたものが湧き上がってくる。

「おいおい、俺達、無視ですか?」
「何様だ?」

 に、睨んでこないでよ~。すぐに私の闘志は鎮火した。

 ううっ……女の子一人相手に大人げなくない?
 なんで私がこんな目にわないといけないの?
 そんなにひどいこと、私した?

 何だか腹が立ってきた。お腹もすいてきた。
 まだ、食べてる最中さいちゅうだったのに。先輩の私への評価、聞けると思ったのに。
 イライラしてきた。

「なんだ、その目は? 反抗する気か?」
「おい、見てみろよ。しみったれたメシ、食ってるな」

 わ、私のお弁当箱!
 一人の男の子が弁当箱を持ち上げて……。

「あっ!」

 そのまま地面に叩きつけた! ひどい!
 ママが作ってくれたのに。
 私だっていつもより早起きして、作ったものがあるのに!

「やべ、靴が汚れちゃったよ~。銀座に買いに行こうぜ」
「もっと考えて行動しなよ、青巻っち」

 ユ・ル・セ・ナ・イ!

 先輩に食べてもらいたくて、頑張って料理を練習しているのに。それを地面に叩きつけるなんて。
 私は地面に落ちた卵焼きを手に取る。
 少し焦げた卵焼き……私の作った卵焼き。


 
「ああっ! また焦げた! 絶対うまくいくと思ったのに!」

 卵焼きなんて楽勝だって思ってたのに、これで三回失敗した!
 なんで? どうして? ネットで美味しくて失敗しない卵焼きの作り方を予習したのに!
 フライパンに焦げ付いた卵をとっていると、ママが口出ししてきた。

「作ったこともないくせに、どこからそんな自信がわいてくるのやら。卵焼きを甘くみたらダメよ。ほら、そこは……」
「もう! ママは黙ってて! 気が散る!」

 油が足りなかったのかな? それとも、熱しすぎたせい?
 今度はもっと早く、油を多くしてみようかな。

「ああっ……違うのに……あっ~はいはい。睨まないで。焦げた卵焼き、ちゃんと処理しなさいよ。残したら承知しょうちしないからね」
「大丈夫! 剛に食べさせるから!」

 今度こそ絶対に成功させてやる!
 先輩に美味しい卵焼き、食べさせてあげるんだから!



 明日香達にはあんなこと言ったけど、本当は先輩に美味しいものを食べさせて、喜んでもらいたい。
 そう思って作った料理を、地面に叩きつけるなんて、絶対に……絶対に許せない!
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