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一章

一話 伊藤ほのかの挑戦 落ちてきた男編 その八

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「伊藤、分かるように説明してくれ」
「分かりました。試合が終わったら『テニスの王様』全巻貸してあげるので、勉強してください」

 先輩が苦い顔をしてる。でも、『テニスの王様』は面白いからおすすめですよ。
 この後も、肥後君が先輩めがけてエアーストロング砲を打つけど、すべて先輩が返している。
 両手打ちとはいえ、よくあんな強い打球を返せるよね……やっぱり男の子って感じがする。頼もしい~。
 ちなみに私に飛んできた場合は、ハリウッドスターよろしく、横に飛んで全力で避けています。
 そして、ついに放たれる最終兵器。

「佰九式エアーストロング砲!」

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 爆音と共に、ボールが輝きながら先輩に襲いかかる。

「ぐっ!」

 打ち返そうとした先輩のラケットの動きが止まる。ボールがラケットのガットを突き抜ける勢いに、先輩は必死に耐えていた。
 ラケットが、先輩の腕が激しくぶれているさまがどれだけ強い打球か教えてくれる。
 負けないで、先輩! きっと、それが一番強い打球です!

「うぉおおおおおおお!」

 先輩がえた!
 先輩の腕が膨れ上がり、足を踏ん張って、体全体を使って、ボールを相手コートに叩きつけるように打ち返した。

 バァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

 鼓膜を突き刺す音と空気が震えたかと思った瞬間、ボールは相手コートに突き刺さった。
 えっ? うそ……打ち返しちゃったの? あれを?

「やった! やりましたね、先輩! 私、信じてました!」
「こ、こら、抱きつくな」

 つい嬉しくて、先輩に抱きついちゃった! 私はテレ隠しに舌をちょろっと出してみせる。
 顔を横に向けると、肥後君が直立したまま動かなくなった。右腕がぷるぷる震えている。
 まさか、あのセリフが……。

「……僕は、打てません」

 キタコレ! 勝った! 勝ったよ~!
 今の発言、棄権きけんだよね? 棄権した場合は私達の勝ち!
 私は思いっきりラケットを上に投げた。
 くるっと体を右回りさせてラケットをキャッチ、勝利のポーズ、決めっ!

「ええっ~肥後君、右手負傷の為、選手交代! 肥後君に変わって大川選手!」
「残念無念また来年!」
「なんでやねん!」

 私は審判の胸倉むなぐらをつかみ、抗議する。
 後、大川さん! キャラ違うから! ムーン○レーの人だよね? ちゃんと統一してよ!

「ねえ、素人しろうとだと思って馬鹿にしてません? 野球じゃないんだから交代はないでしょ? 交代は!」
「青島ルールですから」

 何? そのローカルルール? 私、知らないんだけど。流行はやってるの?
 ドヤ顔で言われてしまい、私は何も言えなかった。

「まあ、いいだろ伊藤」

 ちょ! 私の味方でしょ、先輩は! 一人にしないでくださいよ!
 おかしいよね、コレ! ねえ? ねえ!

「先輩! 甘やかしたら駄目です! ルール違反は先輩がもっとも嫌うことでしょ!」
「正式な試合じゃないんだ。それにまだ分かってないだろ?」
「何がですか?」

 首をかしげる私に、先輩は真剣な顔で答えた。

「男が降ってきた理由だ」
「……」

 おおぅ……何を今更……。

「どうした、伊藤? 俺の顔に何かついてるか?」
「な、なんでもないです」

 先輩のマジボケが少し可愛いと思っちゃいました。



 結局、私達は負けちゃいました。
 まあ、素人が毎日練習している部員に勝てるわけないんだけど、ちょっと悔しいな。
 やっぱり、交代はないよね?
 試合終了後、島津君と先輩が固い握手を交わしていたことに少し感動した。

「やるじゃん、藤堂先輩」
「ありがとう、島津君。これからもテニス、頑張ってください」

 これぞ、ザ・青春!
 私もどさくさまぎれに島津君と握手しようとしたけど。

「じゃあね」

 島津君は握手することなく帰っていっちゃった。
 分かってたけどね、このオチ!
 いいもんね! 握手できなくても!

 先輩は最後まで男が降ってきた理由が分からなかった。
 原因はボールにぶつかって吹き飛ばされたことを説明したけど、信じてもらえなかった。当然の反応ですよね。
 山田金先輩に実演じつえんしていただいた後、先輩の説教が始まった。もちろん、山田先輩も同様に説教されている。
 理不尽りふじんだとつぶやく部員に先輩は堂々と言い放つ。

「説教しないとは言っていない」

 ちょっと、部員に同情しちゃいました。
 ちなみになぜエアーストロング砲を打ち返せたのか、先輩に聞いてみると、

「打ち方は真似できても、威力までは真似できない。それだけだ」

 先輩、カッコいい……。
 先輩の説教はまだ終わりそうにないし、サッキーも黒井さんも帰っちゃったし……。
 少し汗をかいたから、シャワー浴びにいこうかな。

 先輩に断りを入れてからシャワー室に向かう。
 シャワー室に入り、服を脱ごうとしたとき、リストバンドを付けたままだったことに気付く。
 どうしよう? 洗って返すつもりだけど、先に島津君に伝えた方がいいかな。
 ……よし、シャワー浴びる前に伝えておこう。
 シャワー浴びてる最中さいちゅうに取りに来られても困るし。
 私の裸を見て、

「未熟だね」

 と言われるならまだしも、無反応なら死にたくなる。
 押水先輩の一件で、少しガードが固くなったような気もするけど、いいことだよね。
 さてと、テニス部の部室はどこかな……。
 あった!
 プレートに『テニス部 男子』と書かれている。
 早く返してシャワー浴びよう。
 ノックしようとしたとき……。

「……っ」

 ん? 何か聞こえる。
 なんだろう?
 私はそっと部室に近づき、中の様子をうかがう。



「おい、音柄おとつか。まさか、こんなもんじゃないよな?」
「か……くはっ!」
「この位置なら音柄テリトリーは使えないよな? ああん?」
「うっ! ああっ!」
「俺様の美技で……イ・キ・な」
「ゆ、油断せずに……イ……コ……おぅっ……アッ!」
「この場は俺様が完全に支配した。お前が破滅するまで付き合ってもらうぜ」
「はあ……はあ……あっ……ま……まっ……たぁ……あああああああ!」



 はわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!

 なななななななななななな、何してるの、あの人達は!
 なんで服、脱げてるの! 肝心かんじんなところになぜ障害物があるの!
 伊集院様が握ってるのはラケットじゃないよね! 音柄さん、壁に手をついて、腰を突き出して何してるの!
 どうして伊集院様が音柄さんにおおいいかぶさっているの!
 まさかの、まさかのBL(ボーイズラブ)、キターーーーーーーーーーーーーー!



「……」
「い、伊藤、どうした! 鼻血が出てるぞ!」

 私はシャワーを浴びないまま、テニスコートに戻っていた。
 鼻血が止まらない私を見て、先輩が慌ててティシュを渡してくれる。

「……な、なんでもありませんよ、先輩?」
「どうして疑問形なんだ? 本当に何もないんだな?」

 本気で心配してくれている先輩に対して、私は……先輩に……部室での出来事を……。

「なんでもありません」

 話せなかった。話せるわけないじゃん。
 私は守ってみせる! BLを!
 先輩、ごめんなさい。私、悪い子になります。
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