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カーテンコール
近藤武の悔恨
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「待って!」
雪村さんの声に足が止まってしまう。動けない。
早くこの場から去れ。きっと、本当に終わってしまう。雪村さんに、
「今までありがとう」
なんて言われたら、立ち直れない。自分に言い聞かせていたことが現実になってしまう。
終わりを認めなくてはという想いと、認めたくないという想いがせめぎあっている。
その均衡が崩れたら……俺はどうなるんだ? 明日から何を生きがいにしていけばいいんだ?
怖い……もう嫌な思いはしたくない……。
「お願い、話を聞いて! 私、近藤クンに伝えたいことがあるの!」
「伝えたいこと?」
雪村さんは真剣な表情をしている。いつもはみんなを笑顔にする、明るい表情を見せる雪村さんなのに。
こんな雪村さんは見たことがなかった。
「私ね、スクールアイドル、続けることにしたんだ」
「……」
何も言葉が出なかった。まさか、スクールアイドルを続けるなんて、言われるとは思ってもいなかった。
普通の女の子に戻ると言われると思っていたから……そう覚悟していたのに……。
呆然とする俺を見て、雪村さんは少し悲しげにしていた。
「分かってる。特定の男の子を好きになっちゃったスクールアイドルなんて、誰も応援したくないよね。でも私、分かったの、自分のやりたいことが」
「やりたいこと?」
「そう。ヒューズが解散して、私、普通の女の子に戻ったの。朝は遅くまで寝ていてもいいし、休み時間や放課後に練習しなくてもすんだ。自由に遊びにいけるようにもなった。でも、ダメなの。心のどこかで、ここは私の居場所じゃないって思えたの」
「居場所じゃない……」
なぜだ。なぜ、雪村さんの言葉に何か心の底から感じるようなものが湧き上がるのだろう。
「やっぱりね、私、ステージの上に立ちたい。あのぱあっと輝く場所に戻りたい。そして、みんなとライブで一体感を感じていたいんだ。これが私の一番やりたいこと、帰りたい場所なんだ」
「帰りたい場所……」
俺は無意識につぶやいていた。
居場所……帰りたい場所……。
「だから、私、やるね。メンバーは私一人だけど、それでも頑張るから! それを近藤クンにはどうしても伝えておかなきゃって思って」
「どうして、自分に?」
それが分からなかった。自分から尋ねたとはいえ、どうして教えてくたのか。それに俺にどうしても伝えておきたいとはどういうことなんだろう。
雪村さんは少しバツの悪い顔をしながら、申し訳なさそうに口を開く。
「近藤クンはヒューズのファンクラブを作ってくれた人でしょ? だから、一番のファンに伝えておきたかったの。私の気持ちを」
胸が熱くなった。俺のやってきたことを認めてくれた人が、しかも、ヒューズのメンバーにそう言ってもらえたことが。
くそっ! 目頭が熱くなってきた! 恥ずかしい。女の子の前で、人前で泣くなんて男じゃないだろうが!
俺は必死にこみあげてくるものを我慢した。
「それにね、説教されちゃったんだ、風紀委員の人に」
「説教? 風紀委員?」
あははっ、と気恥ずかしそうに笑う雪村さん。
説教とはどういうことだろう? それに風紀委員? なぜ、風紀委員が雪村さんに説教するのだろう? もしかして、大佐殿の目に留まってしまったとか?
あの人なら誰でも説教しそうだな。少し笑ってしまった。別に大佐殿と決まったわけではないのに……。
「藤堂クンって知ってる?」
大佐殿だった!
ヒューズとFLCが解散した原因の一端は、大佐殿にもあるのに……もしかして、大佐殿は押水よりも疫病神ではないだろうか。
「知っています。不良狩りの異名を持つお方です」
「怖い人だよね~。私、殺されるかと思った!」
「そ、そのときは自分が盾になります!」
「やっつけてはくれないんだ?」
上目遣いでからかうように俺を見つめる雪村さん。
いや、無理ですから! 俺達全員でかかって、瞬殺されましたから!
そんな過去を背負っていても、そこは男だ。男には逃げてはいけないときがある。
「前向きに検討します!」
雪村さんに笑われてしまった。勝てないものは勝てないんだ。死地にいくようなことはしたくない。
五体満足で卒業したいんです。許してください、雪村さん!
「あははっ、冗談だよ冗談。藤堂クンにね、最初はお願いされたんだ。スクールアイドルをやめないでくださいって」
「えっ?」
大佐殿が? どうして? FLCでもないのに? ま、まさか、ウチに入りたいとか! ま、まあ大佐殿が望むのであれば、親衛隊隊長の座を与えてもいいのだが……組長は勘弁してください。
ここにいない大佐殿に心の中で切願した。
「藤堂クンのことは一郎クンや周りの噂で知っていたし、FLCのみんなにも迷惑をかけたって知っていたから……それに一郎クンを騙した人だし、最初は耳を貸す気はなかったんだ。でもね、何度も何度もお願いされたの。あまりにもしつこいから私、怒っちゃったの。こんなことになったのはキミのせいでしょって。それにスクールアイドルを続けるかどうかなんて、キミには関係ないって。そしたら、藤堂クン、説教を始めたの」
「?」
どうして、ここで大佐殿は説教を始めたのだろう? 雪村さんの説明の中でおかしなところはなかった。
まあ、大佐殿だし、雪村さんの態度が悪いとかで怒ってしまったのが理由だろう。あの人は礼儀にはうるさそうだ。体育会系の俺なら納得いくけど、雪村さんは別に体育会系ではないから分からないのだろう。それでも、少し雪村さんに同情してしまった。
「藤堂クン、こう言ってくれたの。『押水の件に関しては自分が悪い。だから、反省し、償いをしている。それが俺の責任だからな。だが、雪村さん、あなたにも責任があるんじゃないんですか? あなたの歌が、ダンスが多くのファンを虜にしたのでしょう? 期待させてしまったのでしょう? このまま終わるんですか? ファンの想いに応えようとは思わないんですか? あなたも責任を果たすべきだ。少なくとも近藤と話をしてくれませんか? 彼はあなたを今でも応援しているんです。やめるのであれば、ケジメをつけてくれませんか? お願いします』って」
俺は呆然としてしまった。大佐殿がそんなことを考えていたなんて知らなかった。
責任という言葉が俺にのしかかる。
俺は責任を果たしたのか? FLCの立案者として。俺の意見ばかりメンバーに押し付けて、みんなのこと、全然考えていなかった。
だから、みんな、いなくなったんだ……。
考えてみれば当たり前の事だ。こんな自分勝手なヤツが率いているファンクラブなんて、消えて当然だ。今更、気付かされるなんて……。
押水の言葉がよみがえる。
「あんたはヒューズのメンバーを女神のように崇めて見ているだけだ! 理想を押し付けていていることがなんで分からないの! 彼女達は特別な女の子じゃない。もっと個人として、見るべきなんだ!」
そうか、そういうことか……。
俺はヒューズのメンバーにさえ、自分勝手な想いをぶつけていただけだったんだ。間違っていたのは、やっぱり俺だったのか……。俺のせいで仲間だけでなく、応援すべきヒューズのメンバーも傷つけてしまったのか……。最低だ、俺は……。
「近藤クン?」
「雪村さん……迷惑でしたか?」
「はい?」
俺はうつむきながら雪村さんに訊いてしまった。怖くて顔を上げることができない。もし、嫌われていたら、迷惑に思われていたらどうしよう……こんなときでさえ、俺は自分の事しか考えていないことに気づき、自己嫌悪した。
俺はどこまで自分勝手なんだ! だから全てを失ったのに……それなのに……それでも、訊かずにはいられなかった。
「自分がヒューズのファンクラブを作って、理想ばかり押し付けて……迷惑でしたか?」
永遠とも思える沈黙が続く。
実際にはすぐに答えてもらったはずだが、それまでの時間が俺にはそう思えた。
雪村さんの答えは……。
雪村さんの声に足が止まってしまう。動けない。
早くこの場から去れ。きっと、本当に終わってしまう。雪村さんに、
「今までありがとう」
なんて言われたら、立ち直れない。自分に言い聞かせていたことが現実になってしまう。
終わりを認めなくてはという想いと、認めたくないという想いがせめぎあっている。
その均衡が崩れたら……俺はどうなるんだ? 明日から何を生きがいにしていけばいいんだ?
怖い……もう嫌な思いはしたくない……。
「お願い、話を聞いて! 私、近藤クンに伝えたいことがあるの!」
「伝えたいこと?」
雪村さんは真剣な表情をしている。いつもはみんなを笑顔にする、明るい表情を見せる雪村さんなのに。
こんな雪村さんは見たことがなかった。
「私ね、スクールアイドル、続けることにしたんだ」
「……」
何も言葉が出なかった。まさか、スクールアイドルを続けるなんて、言われるとは思ってもいなかった。
普通の女の子に戻ると言われると思っていたから……そう覚悟していたのに……。
呆然とする俺を見て、雪村さんは少し悲しげにしていた。
「分かってる。特定の男の子を好きになっちゃったスクールアイドルなんて、誰も応援したくないよね。でも私、分かったの、自分のやりたいことが」
「やりたいこと?」
「そう。ヒューズが解散して、私、普通の女の子に戻ったの。朝は遅くまで寝ていてもいいし、休み時間や放課後に練習しなくてもすんだ。自由に遊びにいけるようにもなった。でも、ダメなの。心のどこかで、ここは私の居場所じゃないって思えたの」
「居場所じゃない……」
なぜだ。なぜ、雪村さんの言葉に何か心の底から感じるようなものが湧き上がるのだろう。
「やっぱりね、私、ステージの上に立ちたい。あのぱあっと輝く場所に戻りたい。そして、みんなとライブで一体感を感じていたいんだ。これが私の一番やりたいこと、帰りたい場所なんだ」
「帰りたい場所……」
俺は無意識につぶやいていた。
居場所……帰りたい場所……。
「だから、私、やるね。メンバーは私一人だけど、それでも頑張るから! それを近藤クンにはどうしても伝えておかなきゃって思って」
「どうして、自分に?」
それが分からなかった。自分から尋ねたとはいえ、どうして教えてくたのか。それに俺にどうしても伝えておきたいとはどういうことなんだろう。
雪村さんは少しバツの悪い顔をしながら、申し訳なさそうに口を開く。
「近藤クンはヒューズのファンクラブを作ってくれた人でしょ? だから、一番のファンに伝えておきたかったの。私の気持ちを」
胸が熱くなった。俺のやってきたことを認めてくれた人が、しかも、ヒューズのメンバーにそう言ってもらえたことが。
くそっ! 目頭が熱くなってきた! 恥ずかしい。女の子の前で、人前で泣くなんて男じゃないだろうが!
俺は必死にこみあげてくるものを我慢した。
「それにね、説教されちゃったんだ、風紀委員の人に」
「説教? 風紀委員?」
あははっ、と気恥ずかしそうに笑う雪村さん。
説教とはどういうことだろう? それに風紀委員? なぜ、風紀委員が雪村さんに説教するのだろう? もしかして、大佐殿の目に留まってしまったとか?
あの人なら誰でも説教しそうだな。少し笑ってしまった。別に大佐殿と決まったわけではないのに……。
「藤堂クンって知ってる?」
大佐殿だった!
ヒューズとFLCが解散した原因の一端は、大佐殿にもあるのに……もしかして、大佐殿は押水よりも疫病神ではないだろうか。
「知っています。不良狩りの異名を持つお方です」
「怖い人だよね~。私、殺されるかと思った!」
「そ、そのときは自分が盾になります!」
「やっつけてはくれないんだ?」
上目遣いでからかうように俺を見つめる雪村さん。
いや、無理ですから! 俺達全員でかかって、瞬殺されましたから!
そんな過去を背負っていても、そこは男だ。男には逃げてはいけないときがある。
「前向きに検討します!」
雪村さんに笑われてしまった。勝てないものは勝てないんだ。死地にいくようなことはしたくない。
五体満足で卒業したいんです。許してください、雪村さん!
「あははっ、冗談だよ冗談。藤堂クンにね、最初はお願いされたんだ。スクールアイドルをやめないでくださいって」
「えっ?」
大佐殿が? どうして? FLCでもないのに? ま、まさか、ウチに入りたいとか! ま、まあ大佐殿が望むのであれば、親衛隊隊長の座を与えてもいいのだが……組長は勘弁してください。
ここにいない大佐殿に心の中で切願した。
「藤堂クンのことは一郎クンや周りの噂で知っていたし、FLCのみんなにも迷惑をかけたって知っていたから……それに一郎クンを騙した人だし、最初は耳を貸す気はなかったんだ。でもね、何度も何度もお願いされたの。あまりにもしつこいから私、怒っちゃったの。こんなことになったのはキミのせいでしょって。それにスクールアイドルを続けるかどうかなんて、キミには関係ないって。そしたら、藤堂クン、説教を始めたの」
「?」
どうして、ここで大佐殿は説教を始めたのだろう? 雪村さんの説明の中でおかしなところはなかった。
まあ、大佐殿だし、雪村さんの態度が悪いとかで怒ってしまったのが理由だろう。あの人は礼儀にはうるさそうだ。体育会系の俺なら納得いくけど、雪村さんは別に体育会系ではないから分からないのだろう。それでも、少し雪村さんに同情してしまった。
「藤堂クン、こう言ってくれたの。『押水の件に関しては自分が悪い。だから、反省し、償いをしている。それが俺の責任だからな。だが、雪村さん、あなたにも責任があるんじゃないんですか? あなたの歌が、ダンスが多くのファンを虜にしたのでしょう? 期待させてしまったのでしょう? このまま終わるんですか? ファンの想いに応えようとは思わないんですか? あなたも責任を果たすべきだ。少なくとも近藤と話をしてくれませんか? 彼はあなたを今でも応援しているんです。やめるのであれば、ケジメをつけてくれませんか? お願いします』って」
俺は呆然としてしまった。大佐殿がそんなことを考えていたなんて知らなかった。
責任という言葉が俺にのしかかる。
俺は責任を果たしたのか? FLCの立案者として。俺の意見ばかりメンバーに押し付けて、みんなのこと、全然考えていなかった。
だから、みんな、いなくなったんだ……。
考えてみれば当たり前の事だ。こんな自分勝手なヤツが率いているファンクラブなんて、消えて当然だ。今更、気付かされるなんて……。
押水の言葉がよみがえる。
「あんたはヒューズのメンバーを女神のように崇めて見ているだけだ! 理想を押し付けていていることがなんで分からないの! 彼女達は特別な女の子じゃない。もっと個人として、見るべきなんだ!」
そうか、そういうことか……。
俺はヒューズのメンバーにさえ、自分勝手な想いをぶつけていただけだったんだ。間違っていたのは、やっぱり俺だったのか……。俺のせいで仲間だけでなく、応援すべきヒューズのメンバーも傷つけてしまったのか……。最低だ、俺は……。
「近藤クン?」
「雪村さん……迷惑でしたか?」
「はい?」
俺はうつむきながら雪村さんに訊いてしまった。怖くて顔を上げることができない。もし、嫌われていたら、迷惑に思われていたらどうしよう……こんなときでさえ、俺は自分の事しか考えていないことに気づき、自己嫌悪した。
俺はどこまで自分勝手なんだ! だから全てを失ったのに……それなのに……それでも、訊かずにはいられなかった。
「自分がヒューズのファンクラブを作って、理想ばかり押し付けて……迷惑でしたか?」
永遠とも思える沈黙が続く。
実際にはすぐに答えてもらったはずだが、それまでの時間が俺にはそう思えた。
雪村さんの答えは……。
応援ありがとうございます!
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