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五章

五話 ハーレム男の落日 押水一郎編 その一

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 ***

 九月○×日


「くそっ!」
「落ち着けよ、一郎。何怒ってるんだ?」
「友也には関係ないよ! それより、宿題やってきたの? 今日の日付と出席番号のことを考えたら、友也があてられるぞ」
「ヤッベェ! 忘れた! 誰かに宿題、見せてもらわないと!」

 友也は慌てて教室に戻っていく。僕は毒づきながら、廊下を歩いていた。
 むしゃくしゃする。風紀委員のせいだ。
 あの風紀委員、藤堂のせいで最近ろくな目にあっていない。
 『女ったらし』、『ハーレム男』、『セクハラ野郎』……いくつもの落書らくがきが僕の机に書かれている。
 この仕打しうちに、みなみやさとみ、委員長、あゆみ、桜、かえでは怒ってくれたけど、それ以外は知らん顔だ。友也もフォロしてくれない。親友なのに。

 ふざけるなよ、被害者なんだぞ、僕は。
 僕だけでなく、僕と関わりのある女の子も嫌がらせを受けているらしい。みんないい子だから何も言ってくれないけど、疲れた顔や無理して笑っているのを見ていたら心が痛む。だから、最近はみんなと会わないようにしている。

 なぜ、こんなことになったのか? 全部、藤堂のせいだ。
 藤堂と最後に会った時、『俺は受けた仕打しうちは必ず返す。覚えておけ』の言葉が頭から離れない。
 すました顔をしていたけど、内心はびびりまくりだった。あんなヤツにびびっているのを知られたくなくて必死に強がっていた。

「なんであんなヤツが……」

 あんなヤツが風紀委員なんて信じられない! ちゃんと治安を守れよ! 風紀委員のクセに!
 ああいうヤツが税金泥棒になっていくんだよ! 見当違いなことばかりする無能なヤツなんだ!
 しかも、あんな胸の大きい可愛い子を連れているなんて間違ってる!
 なぜ、ハル姉は藤堂もクビにしなかったんだ! 前の風紀委員長はクビにしたのに! ハル姉は優しすぎる!

 はぁ~……出てくるのはため息ばかり。
 僕が何したっていうんだ? 別に誰かの彼女を横取りしたわけじゃないのに、誰とも付き合ってないのに嫉妬されるなんてツイてない。

「いよぉ、一郎君。今日も浮かない顔してるね、大丈夫かい?」
「あ、右京うきょうか。そうなんだよ、聞いてくれよ~」

 僕は最近友達になった右京に愚痴ぐちることが多い。右京はいいヤツだ。僕の味方になってくれる。
 右京とはかえで経由で友達になった。右京は聞き上手っていうのかな、話しやすい。今の状況を女の子に愚痴ることができないので、右京はいい話し相手だ。

「それはひどいね」
「そうだろ! 僕が悪いんじゃない! 藤堂が全部悪いんだ!」
「そうだよね、分かった気で説教されるなんて一番迷惑だよね」
「分かる! その気持ち、よく分かるよ! なんでみんなそれに気付かないのかな?」
「みんな、一郎君みたいにモテないからね」
「それじゃあ、仕方ないか……って言っても、僕もモテるわけないんだけどね!」

 ほんと、相手の立場にならないと分かるわけがない。
 そもそも、僕だって普通の、ごく平凡な男だ。
 僕が女の子と一緒にいるきっかけになったのは家庭環境のせいだ。
 姉が六人もいるのに、親父は僕より年下の女の子をまるで犬や猫のように拾ってくる。妹の家庭の事情が原因だけど、子供のころの僕にはそんなこと分かるはずもない。増えていく妹にうんざりしていた。
 ハル姉はともかく、他の五人の姉は自分のやりたいことを優先させる人なので、僕が妹の面倒を見なければならなかった。

 小学生のときは、やはり、男子同士で遊ぶのが普通だから、妹同伴の僕と遊んでくれる男子はいなかった。そのせいで僕は男子の友達がいなかった。
 幼稚園からの幼馴染、みなみと友也だけが、僕の遊び相手だった。
 だけど、みなみと一緒にいるといつも周りからからかわれた。よく、みなみと夫婦だってはやしし立てられ、嫌な思いをした。
 そんなことがあって、みなみとよく喧嘩してたっけな……。
 友也と遊ぼうと思っても、友也には沢山の友達がいるから、いつも一緒に遊ぶことはできない。
 一人……というか妹と過ごすことが多かったよな……。
 ホント、辛い毎日だった。

 中学に進学すると、状況が一変した。散々さんざん僕を馬鹿にしてきたヤツらが急になれなれしく近づいてきた。
 男子達は、みなみ、中学で仲良くなったさとみ、ハル姉と妹目当てで僕に近寄ってきたのだ。
 みなみが複数の男子に言い寄られて、困っていることをさとみから相談された。原因は僕がいろんな男子をみなみに紹介したからだ。
 そのことを反省して、男友達にみなみたちを紹介するのをやめると、手のひらを返したように態度が冷たくなった。
 それどころが悪口を言われるのだから、たまったものじゃない。僕はただ仲介役ちゅうかいやくにしか思われていなかった。

 少しでも男友達ができると勘違かんちがいした僕が馬鹿だった。もう、言い寄ってくる男子を信用できない。
 それから僕は男の友達を作ることを止めた。あんなヤツら、こっちからお断りだね。
 それに、僕も思春期というか……みなみやさとみと一緒にいると、ドキドキするというか……楽しいんだよね。
 特にみなみはすごく綺麗になって……ときどきさせられるんだよな。みなみが笑うと、こっちも嬉しくなるっていうか……でも、テレくさいから憎まれ口を叩いてばかりで……。
 そういうのが楽しくて、僕の生活がようやく楽しくなった気がした。人が幸せになれれば、自分も幸せになれる。
 そう思ったんだ。

 僕は周りから女の子によくモテると言われるが、本当はそうじゃない。種明かしすると、悩みを抱える女の子に話しかけ、悩みを聞いてあげた。そして、僕はできるだけ助けてきた。
 要はただのお節介をしているだけ。本当にそれだけなんだ。

 僕がお節介になったのは、やっぱり妹達の事があったからだ。
 妹達はみんな、悩みをかかえていた。一番ひどいのは親からの虐待。妹達の苦しみを聞いているうちに、なんとかしたいって強く思った。でも、僕は勘違いしていた。

 妹達が望んでいた人は、そばにいて欲しかった人は僕じゃない、妹達の生みの親なんだ。どんなに妹達に優しくしても、僕のお小遣こづかいからお菓子やおもちゃを買ってあげても、無駄だった。
 僕では、妹達をいやしてあげられない。妹達が望んでいたものは、生みの親に甘えることだけだった。
 そのことで一度、僕は妹達に八つ当たりしてしまったが、その後、僕は姉達にボコボコにされた。そして、姉にさとされた。

「一郎は何があっても妹達の味方になってあげなさい。人にも優しくしなさい」、と。

 僕は反省して、心を入れ替えた。(心を入れ替えたのは、半ば強制的だったような気がするけど)
 僕は根気よく妹達の悩みと向き合い、解決していった。そのとき、笑顔で、

「ありがとう」

 と言われたとき、僕はやっと妹と家族になれた気がした。そして、誰かに必要とされる悦びに目覚めたんだ。
 それから、僕は妹達だけでなく、悩みを抱える女の子の話を聞いてあげた。普段の様子からは分からない、彼女達の抱えていた悩みを聞いて、僕は力になりたい……いや、僕なら力になれるって信じてた。

 事実、僕は女の子の悩みを解決してきた。僕では力不足な場合は、姉達に相談に乗ってもらった。
 姉達は相談者に優しく(僕には厳しい)、献身的けんしんてきだった為、相談した女の子はすぐ姉達と仲良くなって、心を開いた。
 姉達と一緒に問題を解決し、彼女達を笑顔にしていった。そして、悩みを解決した女の子達も、僕を手伝ってくれるようになった。
 もっと、もっと沢山の女の子を笑顔に出来るようになった。
 そう、僕なら女の子を笑顔に出来るんだ!

 これからも、悩んでいる女の子がいるのなら話を聞いてあげたい。力になりたい。周りがなんと言われようと、嫉妬されようと関係ない。
 男子達が僕を馬鹿にしてきた間もずっと、悩んでいる女の子と向き合ってきたんだ。ナンパ目的じゃないんだよ!
 女の子の尻を追いかけるしか能のないバカ共とは違うんだよ!

 苦労して仲良くなった女の子を横取りするなんて、許せない。どんな相手でも、絶対に渡すもんか。

「……う……ち……ろう……いち……ろ……う君?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた」

 右京が心配そうに見つめていたので、僕は笑ってみせた。

「大丈夫かい? そんなに辛いなら先生に相談した方がいいよ」
「大丈夫だよ。ごめん、心配かけて」

 僕もまだまだだな、友達に心配をかけてしまうなんて。右京は親身になって心配してくれているのにぼおっとしちゃって。

「でも、打開策だかいさくは必要だね。いっそ、言われたとおりにハーレムを作っちゃうのはどうだい?」
「無理だよ、馬鹿げてる」

 ハーレムなんて幻想だ。できるわけがない。仲良しと愛されることは全く違うものだ。それは経験から学んでいる。
 それにもし、手を出したら、それこそ周りのバカと一緒のレベルになってしまう。ありえない。

「そうかな? できないことをやってのけたら、一郎君を馬鹿にしてきたヤツらも黙らせることができるじゃない? 見返すこともできるし、女の子達も誰が一郎君の彼女になるのか、もめなくなるよ」
「そんな都合つごうのいい話はないよ」

 理想的だけどね。でも、僕の彼女になりたいか……。
 ほ、本当のことかな? もし、女の子達から告白されたのなら……ハーレムも問題ないよね?

「そうかなぁ……一郎君ならできると思うんだけどな……」

 僕なら出来るか……。
 本当に出来るのなら……僕は彼女達と一緒に……いつまでも仲良く……。

「ああっ! やめやめ! 無いものねだりはなしだ!」

 授業を知らせるチャイムがなったので、僕は右京と別れて教室に戻った。


 
 どうしたらいいんだろう……。
 嫌がらせが続くのは困る。僕だけならともかく、女の子達まで被害にあうのは本末転倒だ。僕のせいで悩みが増えるのは嫌だ。
 今は嫌がらせをなんとかしないと。
 困ったときは姉に頼る! これしかない。初心に戻れだ。
 チャイムがなり、授業が終わった。さっそく僕はハル姉のいる生徒会室へ向かう。生徒会役員でもないんだけど、いいよね?
 生徒会室に向かう途中、右京と出会った。

「どうしたの、一郎君? まだ、悩んでいるのかい?」
「うん。だから、ハル姉に相談しようと思って」
「そう。生徒会長ならあっちの廊下で見かけたよ」
「ありがとう」

 僕は右京が指差した廊下を歩いていく。
 あれ? どうして右京は、僕が生徒会長に会いにいくことを知っているのかな? ハル姉が生徒会長だって話したっけ?
 まっ、いいか。右京って何でも知ってそうだし、それに美人生徒会長は何かと有名だろう。
 しばらく廊下を歩くと、目的の人物が見えてきた。後ろからでも分かる、大きなリボン。あれはハル姉のトレードマークだ。

「ハル……」

 ハル姉を呼ぶ声が止まる。一緒にいる男が誰か気づいたからだ。その男は……藤堂だ!
 な、なぜだ? なぜ、藤堂がいる!
 咄嗟とっさに隠れた廊下の角からハル姉と藤堂をのぞき見る。二人は口論こうろんしているかと思えば、仲良く話をしている。

 信じられない! なんで、藤堂なんかと……。
 ハル姉、なんであんな楽しそうに話しているんだよ。藤堂は敵だろ! なのに、笑顔で藤堂と話しているなんて……。

「一郎君? どうしたの?」
「! なんだ、右京か。なんでもない、なんでもないよ! ほら、いくよ」
「ど、どこにいくの?」

 僕は右京の手を引いて、ハル姉と反対方向に歩いていく。
 なんだろう、イライラする。
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