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一章
一話 ファーストコンタクト その三
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クラスメイト以外の見慣れない生徒が入ってきた為、視線が俺に集まるが関係ない。
堂々と教室を見渡し、押水を捜す。
押水は……いた。窓際の一番後ろだ。
まっすぐ押水の席に向かう。押水の前に立つと、彼も俺の存在に気付いたようだ。
押水は俺を見て、誰って顔をしている。
「押水一郎君だな」
「は、はい、そうですけど」
押水は少し声がうわずっていた。突然、見知らぬ男が尋ねてきたのだから仕方ないか。
相手を怖がらせないよう、ゆっくりと話す。
「風紀委員の藤堂です。先程の件で聞きたいことがあるのですが」
「先程って?」
「廊下での出来事です」
「廊下? 何かありましたっけ?」
自覚すらないのか。つい目に力が入ってしまう。
押水は自分の発言が俺を怒らせたことを感じ、必死に廊下の出来事を思い出そうと唸っている。
しかし。
「ええっと……」
答えは出てこないようだ。
押水の態度に呆れてため息が出てくる。
「女子生徒とぶつかった件です」
「ぶつかったこと? ああ、あれ! でも、あれって僕が悪いの? ぶつかってきたのは僕じゃない!」
あせっている押水を落ち着かせるよう、口調を和らげて話す。
「そうですね。しかし、過去に自分からぶつかって偶然セクハラじみたことをしませんでしたか?」
押水の顔が真っ青になる。その顔はしているな、セクハラを。
確かに、今日の一件は押水が被害者といえると俺は思う。しかし、何度も続けばわざとの可能性がある。
一度詳しく話を聞いてみるべきだ。
やることは決まった。丁寧な口調はここまでだ。声を低くして、拒否を許さないよう、呼び出しに応じさせる。
「思い当たることがあるようだな。そのことで話を聞きたい。昼休み、風紀委員室へ来てくれるか?」
睨みつけるように押水を見つめ、目で必ず来いと圧力をかける。言葉にもドスを利かせて了承を得ようとする。
押水は口を動かしてはいるが、声が出ていない。俺達を遠巻きに見ていたクラスメイトが、
「ああ、ついに裁かれるのか」
「あれって風紀委員の藤堂君だよね。不良狩りの」
「仕方ないよね」
「南無~」
と好き勝手言っている。押水は恨めしそうにクラスメイトを睨んでいた。
「来てくれるか?」
再度問い直すと、押水はうつむいたまま返事をしない。重苦しい雰囲気の中、二人の女子生徒が俺達の間に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「待ってください」
声がしたほうを振り向くと、廊下で押水にぶつかった女子達がいた。
ショートカットのボーイッシュな女子が目くじらを立て、抗議してくる。
「いきなり風紀委員室に呼び出しなんて、ひどいじゃない!」
ショートカットの女性に、俺は押水を呼び出す理由を話す。
「いきなりではありません。今日のようなことが何度も起きていると報告を受けています」
「きょ、今回は私も悪いっていうか……」
「では、別の日はどうですか? 他の女の子もひどい目にあっていませんか?」
「……」
ショートカットの女子生徒は黙ってしまう。
思い当たる節があるようだ。
「が、頑張ってくれよ、さとみ!」
「む、無理よ! 本当のことじゃない! このドスケベ!」
口喧嘩し始める二人に、俺は脅すように押水に告げる。
「来るのか、来ないのかどっちなんだ?」
「……」
「ま、待ってください」
今度はもう片方の、ロングヘアーで落ち着いた雰囲気を持つ女子生徒が俺の前に立ちふさがる。
「今まで呼び出しはなかったのに、どうして急に呼び出すんですか? ひどくないですか? しかも、強制的に」
女子生徒の抗議に、丁寧な言葉を選び、説得する。
「その件に関しては対応が遅れたこと、誠に申し訳ありません。今後、このようなことがないよう風紀委員で話し合い、対応していきます。早速ですが、押水君の行動に問題があると判断しました。風紀委員室で押水君にお話を聞きたいのです」
「だ、駄目です」
何が駄目なんだ?
感情的にならず、ゆっくりと言葉遣いに気を付けて、ロングの女子生徒を説得する。
「なぜですか? 別にあなたの許可は必要ないと思うのですか?」
「だ、だって、一郎ちゃんが悪いわけじゃないし、それに……」
「悪いかどうかは押水君の話を聞いてから改めて判断させてください。それにあなたが許しても、他にも被害者がいます。被害者全員が押水君を許せると思いますか?」
他の女子のことを言われてはロングヘアーの女子も何も言えなくなる。
今日初めて俺が現場を目撃したことは、二人の女子には分からないことだ。二人の態度から廊下での出来事は一回や二回ではなく、何回もあることを再度確信できた。
「そ、それは……」
「偶然とはいえ、男子が女子のスカートの中に顔を入れられることを、容認できますか? 一度や二度ならまだしも、偶然が重なりすぎているとは思いませんでしたか?」
「……」
ロングヘアーの女子生徒は黙ってしまう。当たり前の反応だろう。
「み、みなみぃ……」
「ごめんね、一郎ちゃん。正論過ぎて無理」
懇願する押水にみなみは顔を背けていた。
押水を援護する二人を論破し、押水と一対一で向かい合う。
「昼休み、風紀委員室に来い。いいな?」
「……は、はい」
「時間をとらせて悪かった。それと、キミの行動に問題がなければ、風紀委員は何もしない。約束する」
押水の了解は得た。もうここに用はない。
押水に背をむけ、教室を出た。
教室を出ると伊藤が興奮しながら言い寄ってきた。
「マジ、勇者っすね、先輩! 見知らぬ他のクラスに堂々と入り、彼を呼び出すとは尊敬しますよ。放送で呼び出せばいいのに」
「放送だと聞いていなかったと言い訳されるだけだ。直接言ったほうがいい。こなければ、それで連行する口実にもなる」
逃げ道をふさぐやり方に伊藤はちょっと引いていた。
「やり方がえげつないですね」
「これくらい当然の対応だ。そろそろHRのチャイムが鳴る。続きは昼休みだ」
「了解です、ボス」
押水との約束を取り付けた。後は昼休みだ。
さて、叩けばどんな埃が出てくるのやら。
昼休み。
チャイムが鳴ってすぐに俺は風紀委員室に向かい、押水を待つことにした。
風紀委員室にはまだ誰も来ていない。窓から差し込んでくる光が、空中を舞う埃を照らしている。
俺はいつも座っている席に座り、弁当を机に置く。押水が来る前に弁当を食べておくか。
弁当を食べようとしたとき、風紀委員室をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
風紀委員室に入ってきたのは、お弁当を持った伊藤だった。
「早いですね、先輩」
「呼び出したからには待たせてはいけないだろ」
「律儀っすね」
伊藤は空いている席に座り、弁当箱を置く。
「お弁当、ここで食べてもいいですか?」
「いいぞ。押水は弁当を食べてからここに来るはずだ」
それまでには食べておかないとな。
伊藤の弁当箱は俺の弁当箱よりは小さい、楕円形の小さな2段箱だ。
部屋にあるカップとお茶を準備していると「あ、先輩、私も」と伊藤がナチュラルに注文してきた。
お茶でいいかと聞くと紅茶がいいと更に注文され、左近が愛用している紅茶のティーバックを取り出し、お湯でカップを温めた。
カップのお湯を捨て、もう一度カップにお湯を注ぐ。お湯を入れてから、ティーバックをいれる。フタをしてむらした後、ティーバッグを引き上げた。
できた紅茶と砂糖を一緒に伊藤の前に置いた。
「ありがとうございます、先輩」
自分のお茶をいれ、席に着く。
「「いただきます」」
自分の弁当箱のフタを取る。
今日の弁当は白いご飯に梅干、おかずはとんかつ、里芋やにんじん、厚揚げの煮物、きんぴら、漬物。
伊藤のお弁当を見ると、一段目が、ラップに包まれたサンドイッチ。二段目はタコさんウインナー、卵焼き、フライドポテト、サラダが盛り付けてある。
「先輩のとんかつ、美味しそうですね。とんかつと卵焼き、トレードしませんか?」
「……」
箸を逆に持ち、とんかつを伊藤の弁当のフタにのせる。伊藤は卵焼きを俺の弁当のフタに置いた。
伊藤は嬉しそうにとんかつを口にする。
「んん~、美味しい~! 冷めてもサクサクしてやわらかい。先輩のママさん、料理上手ですね」
「……俺が作った」
年下の女子に料理を褒められるなんて思ってもいなかった。伊藤から顔をそらしてしまう。
伊藤は箸を止め、目を丸くする。
「うそ! 信じらんない。キモ!」
「てめえ、喧嘩売ってんのか? 売ってるんだな! 言い値で買うぞ、こら!」
「ひぃ!」
指の関節を鳴らし、伊藤にガンを飛ばす。
伊藤は涙目になっていた。
「そ、そこまで怒ることないじゃないですか~」
「うっさい! 先輩をアゴで使った挙句、とんかつと卵焼きの不当な交換、最後は気持ち悪いだと! いい度胸だ、そこだけは認めてやる」
俺は女だろうが誰だろうが容赦はしない。人の話は聞かないくせに、自分だけ要求をバンバンつきつけやがって。
伊藤は慌てて言い訳をしてきた。
「だ、だって……女の子より美味しい料理作られたら、立場がないじゃないですか」
「練習しろ。それだけで追いつく。男の料理人なんて腐るほどいるだろうが」
俺のにべもない言い方に、伊藤はすねたような声で唸る。
「そんな体育会系みたいなこと言われても……」
「事実だ」
伊藤の言い訳を一刀両断する。努力しないで文句を言うな。
「はぁ……でも、先輩って料理得意なんですか?」
「別に。いつまでも衣食住を保護者に頼ってばかりはいられないだろ。だから、食くらい自分で作れるようにと考えただけだ」
「全然高校生らしくない!」
そうだろうか? 自炊する高校生くらい、普通にいると思うのだが。
「自分らしくていいだろ。この卵焼き、美味しいぞ」
「それ、ママが作ったから……。それに、本気で料理なんて格好悪い。重いですよ」
「誰がそんなこと言ってるんだ? そんなわけないだろ」
なんで格好悪いんだ? 具体的な理由を言え、理由を。納得出来ないだろうが。
「みんな、言ってますよ」
「そのみんなって誰だ? 名前が言えるのか?」
「言えませんけど……言ってるもん」
伊藤の言っていることは支離滅裂だ。誰が言っているのかも分からないことを気にするなんておかしい。
「そんなのは幻想だ。真面目に頑張ることが格好悪いはずがない」
「……格好悪いですよ。努力したって報われないこと、あるじゃないですか。それとも先輩は努力すればなんでも叶うって思っているんですか?」
「そんなわけないだろ」
努力でなんでもできるなら誰も苦労しない。努力すれば報われるなんて思っているヤツがいたら、人生なめてるとしか思えない。
努力とは成功するための一つの手段でしかないからだ。努力の方向を間違えれば、成功はしないし、無駄なだけだ。
それに運といった不確定要素も成功には関わってくることもある。
努力しているからこそ、成功する保証なんてどこにもないのだ。逆に、それが傲りになり、失敗の元にだってなりえるのだ。
「だったら……努力するなんて無駄じゃないですか」
「無駄かどうかは努力してから言え。努力もせずに諦めるのは間違っている」
一つの努力が、百の努力が報われなかったからといって諦めたら、何も成し遂げることは出来ない。
努力は成功するまで続けることが大切だと俺は思う。
努力が自分を裏切るのではない。自分が努力を裏切るのだ。
「無駄だもん」
伊藤はスカートの裾を握ったまま、うつむいてしまった。過去に料理で何かあったのだろうか?
伊藤の悩みなんて……どうでもいいか。俺には関係ないし、深入りするつもりもない。
そのことには触れず、俺は黙って弁当を食べ始めた。
部屋には箸を動かす音しか聞こえない。静かな昼食だ。
そこに、弁当箱を持った左近が風紀委員室に入ってきた。
「正道、来てたの? 今日は早いね」
「ああ、押水に事情聴取する為にな」
「仕事が早くて助かるよ」
弁当を黙々と食べている俺と、うつむいている伊藤を見比べて、左近は満足そうにうなずく。
「仲良くやってるみたいだね」
「全然です」
「……」
俺達の反応に左近は苦笑している。左近は紅茶を用意しようとして、手が止まる。
「あれ? 僕の紅茶が減ってるんだけど」
「知らん」
「正道、伊藤さんの目の前に紅茶があるのに堂々としてるよね。ああ、伊藤さん。キミの飲んでいる紅茶、百グラム五千円するから、味わって飲んでね」
うつむいていた伊藤の顔が物凄い勢いで立ち上がる。
「ええっ! これってそんなに高いんですか!」
「ブランド物だからね。あっ、請求してもいいかな?」
「ちょ! こ、紅茶をいれてくれたのは先輩です!」
悪いのはあの人です、と俺を指差す伊藤。いい度胸だ。相手してやる。
「伊藤が紅茶をいれてくれと指示しただろ? それに従ったまでだ。飲むのが悪い」
「そうだね。飲んだ人間が悪い」
「アウェイ感がハンパない!」
伊藤は頭を抱え、あがーと叫ぶ。
伊藤の情けない声に脱力してしまう。先程の暗い雰囲気は消えていた。
左近も席に着き、弁当を食べようとしたとき、ノックする音が聞こえてきた。
左近と目が合う。昼休みに風紀委員室に来る者は、大抵、俺か左近だけだ。そうなると、相手は限られてくる。
押水一郎。
ついに来たか。俺は弁当を片付け、口を拭いてから返事をした。
堂々と教室を見渡し、押水を捜す。
押水は……いた。窓際の一番後ろだ。
まっすぐ押水の席に向かう。押水の前に立つと、彼も俺の存在に気付いたようだ。
押水は俺を見て、誰って顔をしている。
「押水一郎君だな」
「は、はい、そうですけど」
押水は少し声がうわずっていた。突然、見知らぬ男が尋ねてきたのだから仕方ないか。
相手を怖がらせないよう、ゆっくりと話す。
「風紀委員の藤堂です。先程の件で聞きたいことがあるのですが」
「先程って?」
「廊下での出来事です」
「廊下? 何かありましたっけ?」
自覚すらないのか。つい目に力が入ってしまう。
押水は自分の発言が俺を怒らせたことを感じ、必死に廊下の出来事を思い出そうと唸っている。
しかし。
「ええっと……」
答えは出てこないようだ。
押水の態度に呆れてため息が出てくる。
「女子生徒とぶつかった件です」
「ぶつかったこと? ああ、あれ! でも、あれって僕が悪いの? ぶつかってきたのは僕じゃない!」
あせっている押水を落ち着かせるよう、口調を和らげて話す。
「そうですね。しかし、過去に自分からぶつかって偶然セクハラじみたことをしませんでしたか?」
押水の顔が真っ青になる。その顔はしているな、セクハラを。
確かに、今日の一件は押水が被害者といえると俺は思う。しかし、何度も続けばわざとの可能性がある。
一度詳しく話を聞いてみるべきだ。
やることは決まった。丁寧な口調はここまでだ。声を低くして、拒否を許さないよう、呼び出しに応じさせる。
「思い当たることがあるようだな。そのことで話を聞きたい。昼休み、風紀委員室へ来てくれるか?」
睨みつけるように押水を見つめ、目で必ず来いと圧力をかける。言葉にもドスを利かせて了承を得ようとする。
押水は口を動かしてはいるが、声が出ていない。俺達を遠巻きに見ていたクラスメイトが、
「ああ、ついに裁かれるのか」
「あれって風紀委員の藤堂君だよね。不良狩りの」
「仕方ないよね」
「南無~」
と好き勝手言っている。押水は恨めしそうにクラスメイトを睨んでいた。
「来てくれるか?」
再度問い直すと、押水はうつむいたまま返事をしない。重苦しい雰囲気の中、二人の女子生徒が俺達の間に割って入ってきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
「待ってください」
声がしたほうを振り向くと、廊下で押水にぶつかった女子達がいた。
ショートカットのボーイッシュな女子が目くじらを立て、抗議してくる。
「いきなり風紀委員室に呼び出しなんて、ひどいじゃない!」
ショートカットの女性に、俺は押水を呼び出す理由を話す。
「いきなりではありません。今日のようなことが何度も起きていると報告を受けています」
「きょ、今回は私も悪いっていうか……」
「では、別の日はどうですか? 他の女の子もひどい目にあっていませんか?」
「……」
ショートカットの女子生徒は黙ってしまう。
思い当たる節があるようだ。
「が、頑張ってくれよ、さとみ!」
「む、無理よ! 本当のことじゃない! このドスケベ!」
口喧嘩し始める二人に、俺は脅すように押水に告げる。
「来るのか、来ないのかどっちなんだ?」
「……」
「ま、待ってください」
今度はもう片方の、ロングヘアーで落ち着いた雰囲気を持つ女子生徒が俺の前に立ちふさがる。
「今まで呼び出しはなかったのに、どうして急に呼び出すんですか? ひどくないですか? しかも、強制的に」
女子生徒の抗議に、丁寧な言葉を選び、説得する。
「その件に関しては対応が遅れたこと、誠に申し訳ありません。今後、このようなことがないよう風紀委員で話し合い、対応していきます。早速ですが、押水君の行動に問題があると判断しました。風紀委員室で押水君にお話を聞きたいのです」
「だ、駄目です」
何が駄目なんだ?
感情的にならず、ゆっくりと言葉遣いに気を付けて、ロングの女子生徒を説得する。
「なぜですか? 別にあなたの許可は必要ないと思うのですか?」
「だ、だって、一郎ちゃんが悪いわけじゃないし、それに……」
「悪いかどうかは押水君の話を聞いてから改めて判断させてください。それにあなたが許しても、他にも被害者がいます。被害者全員が押水君を許せると思いますか?」
他の女子のことを言われてはロングヘアーの女子も何も言えなくなる。
今日初めて俺が現場を目撃したことは、二人の女子には分からないことだ。二人の態度から廊下での出来事は一回や二回ではなく、何回もあることを再度確信できた。
「そ、それは……」
「偶然とはいえ、男子が女子のスカートの中に顔を入れられることを、容認できますか? 一度や二度ならまだしも、偶然が重なりすぎているとは思いませんでしたか?」
「……」
ロングヘアーの女子生徒は黙ってしまう。当たり前の反応だろう。
「み、みなみぃ……」
「ごめんね、一郎ちゃん。正論過ぎて無理」
懇願する押水にみなみは顔を背けていた。
押水を援護する二人を論破し、押水と一対一で向かい合う。
「昼休み、風紀委員室に来い。いいな?」
「……は、はい」
「時間をとらせて悪かった。それと、キミの行動に問題がなければ、風紀委員は何もしない。約束する」
押水の了解は得た。もうここに用はない。
押水に背をむけ、教室を出た。
教室を出ると伊藤が興奮しながら言い寄ってきた。
「マジ、勇者っすね、先輩! 見知らぬ他のクラスに堂々と入り、彼を呼び出すとは尊敬しますよ。放送で呼び出せばいいのに」
「放送だと聞いていなかったと言い訳されるだけだ。直接言ったほうがいい。こなければ、それで連行する口実にもなる」
逃げ道をふさぐやり方に伊藤はちょっと引いていた。
「やり方がえげつないですね」
「これくらい当然の対応だ。そろそろHRのチャイムが鳴る。続きは昼休みだ」
「了解です、ボス」
押水との約束を取り付けた。後は昼休みだ。
さて、叩けばどんな埃が出てくるのやら。
昼休み。
チャイムが鳴ってすぐに俺は風紀委員室に向かい、押水を待つことにした。
風紀委員室にはまだ誰も来ていない。窓から差し込んでくる光が、空中を舞う埃を照らしている。
俺はいつも座っている席に座り、弁当を机に置く。押水が来る前に弁当を食べておくか。
弁当を食べようとしたとき、風紀委員室をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
風紀委員室に入ってきたのは、お弁当を持った伊藤だった。
「早いですね、先輩」
「呼び出したからには待たせてはいけないだろ」
「律儀っすね」
伊藤は空いている席に座り、弁当箱を置く。
「お弁当、ここで食べてもいいですか?」
「いいぞ。押水は弁当を食べてからここに来るはずだ」
それまでには食べておかないとな。
伊藤の弁当箱は俺の弁当箱よりは小さい、楕円形の小さな2段箱だ。
部屋にあるカップとお茶を準備していると「あ、先輩、私も」と伊藤がナチュラルに注文してきた。
お茶でいいかと聞くと紅茶がいいと更に注文され、左近が愛用している紅茶のティーバックを取り出し、お湯でカップを温めた。
カップのお湯を捨て、もう一度カップにお湯を注ぐ。お湯を入れてから、ティーバックをいれる。フタをしてむらした後、ティーバッグを引き上げた。
できた紅茶と砂糖を一緒に伊藤の前に置いた。
「ありがとうございます、先輩」
自分のお茶をいれ、席に着く。
「「いただきます」」
自分の弁当箱のフタを取る。
今日の弁当は白いご飯に梅干、おかずはとんかつ、里芋やにんじん、厚揚げの煮物、きんぴら、漬物。
伊藤のお弁当を見ると、一段目が、ラップに包まれたサンドイッチ。二段目はタコさんウインナー、卵焼き、フライドポテト、サラダが盛り付けてある。
「先輩のとんかつ、美味しそうですね。とんかつと卵焼き、トレードしませんか?」
「……」
箸を逆に持ち、とんかつを伊藤の弁当のフタにのせる。伊藤は卵焼きを俺の弁当のフタに置いた。
伊藤は嬉しそうにとんかつを口にする。
「んん~、美味しい~! 冷めてもサクサクしてやわらかい。先輩のママさん、料理上手ですね」
「……俺が作った」
年下の女子に料理を褒められるなんて思ってもいなかった。伊藤から顔をそらしてしまう。
伊藤は箸を止め、目を丸くする。
「うそ! 信じらんない。キモ!」
「てめえ、喧嘩売ってんのか? 売ってるんだな! 言い値で買うぞ、こら!」
「ひぃ!」
指の関節を鳴らし、伊藤にガンを飛ばす。
伊藤は涙目になっていた。
「そ、そこまで怒ることないじゃないですか~」
「うっさい! 先輩をアゴで使った挙句、とんかつと卵焼きの不当な交換、最後は気持ち悪いだと! いい度胸だ、そこだけは認めてやる」
俺は女だろうが誰だろうが容赦はしない。人の話は聞かないくせに、自分だけ要求をバンバンつきつけやがって。
伊藤は慌てて言い訳をしてきた。
「だ、だって……女の子より美味しい料理作られたら、立場がないじゃないですか」
「練習しろ。それだけで追いつく。男の料理人なんて腐るほどいるだろうが」
俺のにべもない言い方に、伊藤はすねたような声で唸る。
「そんな体育会系みたいなこと言われても……」
「事実だ」
伊藤の言い訳を一刀両断する。努力しないで文句を言うな。
「はぁ……でも、先輩って料理得意なんですか?」
「別に。いつまでも衣食住を保護者に頼ってばかりはいられないだろ。だから、食くらい自分で作れるようにと考えただけだ」
「全然高校生らしくない!」
そうだろうか? 自炊する高校生くらい、普通にいると思うのだが。
「自分らしくていいだろ。この卵焼き、美味しいぞ」
「それ、ママが作ったから……。それに、本気で料理なんて格好悪い。重いですよ」
「誰がそんなこと言ってるんだ? そんなわけないだろ」
なんで格好悪いんだ? 具体的な理由を言え、理由を。納得出来ないだろうが。
「みんな、言ってますよ」
「そのみんなって誰だ? 名前が言えるのか?」
「言えませんけど……言ってるもん」
伊藤の言っていることは支離滅裂だ。誰が言っているのかも分からないことを気にするなんておかしい。
「そんなのは幻想だ。真面目に頑張ることが格好悪いはずがない」
「……格好悪いですよ。努力したって報われないこと、あるじゃないですか。それとも先輩は努力すればなんでも叶うって思っているんですか?」
「そんなわけないだろ」
努力でなんでもできるなら誰も苦労しない。努力すれば報われるなんて思っているヤツがいたら、人生なめてるとしか思えない。
努力とは成功するための一つの手段でしかないからだ。努力の方向を間違えれば、成功はしないし、無駄なだけだ。
それに運といった不確定要素も成功には関わってくることもある。
努力しているからこそ、成功する保証なんてどこにもないのだ。逆に、それが傲りになり、失敗の元にだってなりえるのだ。
「だったら……努力するなんて無駄じゃないですか」
「無駄かどうかは努力してから言え。努力もせずに諦めるのは間違っている」
一つの努力が、百の努力が報われなかったからといって諦めたら、何も成し遂げることは出来ない。
努力は成功するまで続けることが大切だと俺は思う。
努力が自分を裏切るのではない。自分が努力を裏切るのだ。
「無駄だもん」
伊藤はスカートの裾を握ったまま、うつむいてしまった。過去に料理で何かあったのだろうか?
伊藤の悩みなんて……どうでもいいか。俺には関係ないし、深入りするつもりもない。
そのことには触れず、俺は黙って弁当を食べ始めた。
部屋には箸を動かす音しか聞こえない。静かな昼食だ。
そこに、弁当箱を持った左近が風紀委員室に入ってきた。
「正道、来てたの? 今日は早いね」
「ああ、押水に事情聴取する為にな」
「仕事が早くて助かるよ」
弁当を黙々と食べている俺と、うつむいている伊藤を見比べて、左近は満足そうにうなずく。
「仲良くやってるみたいだね」
「全然です」
「……」
俺達の反応に左近は苦笑している。左近は紅茶を用意しようとして、手が止まる。
「あれ? 僕の紅茶が減ってるんだけど」
「知らん」
「正道、伊藤さんの目の前に紅茶があるのに堂々としてるよね。ああ、伊藤さん。キミの飲んでいる紅茶、百グラム五千円するから、味わって飲んでね」
うつむいていた伊藤の顔が物凄い勢いで立ち上がる。
「ええっ! これってそんなに高いんですか!」
「ブランド物だからね。あっ、請求してもいいかな?」
「ちょ! こ、紅茶をいれてくれたのは先輩です!」
悪いのはあの人です、と俺を指差す伊藤。いい度胸だ。相手してやる。
「伊藤が紅茶をいれてくれと指示しただろ? それに従ったまでだ。飲むのが悪い」
「そうだね。飲んだ人間が悪い」
「アウェイ感がハンパない!」
伊藤は頭を抱え、あがーと叫ぶ。
伊藤の情けない声に脱力してしまう。先程の暗い雰囲気は消えていた。
左近も席に着き、弁当を食べようとしたとき、ノックする音が聞こえてきた。
左近と目が合う。昼休みに風紀委員室に来る者は、大抵、俺か左近だけだ。そうなると、相手は限られてくる。
押水一郎。
ついに来たか。俺は弁当を片付け、口を拭いてから返事をした。
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