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二章 戦いの序曲

二話 戦いの序曲 その二

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 門をくぐり抜けると、農場と畑が見え、農奴が仕事に勤しんでいる。更にその後ろには草原が広がっていた。それはまるで緑のカーペットのように敷き詰められ、のどかな風景だった。
 緑の草原の上に砂利道がどこまでも続いている。心地いい風が潮の匂いと共に吹き抜けていく。
 道幅は馬車を通るほどの広さがあり、次の町へと続いている。分かれ道には立札があり、目的地が記載されていた。

 ジャック達が目指すのは次の町ではなく、この周辺に生息しているオオカミを狩ることだ。
 オオカミを狩り、ギルドで受注したクエスト達成に必要なものを採取する。よくあるMMOPRGのお約束クエストだ。
 地味な作業だが、序盤ではお金と経験値を稼ぎやすいクエストでもある。

 今回は初めてのクエストなので、ジャック達は一番難易度なんいどの低いクエストを受注した。理由はこの世界で一度でも死んだらゲームオーバーになるからだ。
 だから、失敗しないよう、最初は慎重にいく必要があるとテツは判断した。
 ジャックを先頭に、テツ、ムサシは草原を駆け抜ける。

「ジャック、こっちであってるのか?」
「あってるはずだよ。あそこに見える牧場を北西に進めば、オオカミに会えるってギルドから情報は得ているし、問題ないはず。それよりも、今はこの景色を楽しもうよ。ほら、あそこに富士山が見えるよ」
「おっ! 見えるな!」
「んなわけねえだろ! 低すぎだ!」

 ジャックの軽口にムサシが便乗し、テツがツッコミをいれる。ちなみにジャックが指さした方向には小さな山があるだけだ。決して富士山などではない。
 これからオオカミと殺し合いをするジャック達だが、完全に浮かれていた。
 序盤に出てくる敵は大抵、雑魚だと相場が決まっている。
 雑魚相手に負けるはずがないという思い込みと、この美しい景色がジャック達の気分を高揚こうようさせていることが原因だろう。

 空を見上げれば、雲一つない快晴かいせい。青空はどこまでも高く青く澄んでる。都会ではめったに見られない空だ。
 周りに建物がなく、電柱や自動車等がない。日本の田舎でも見られない光景だ。もちろん、排気ガスはないので、空気がおいしいと、ジャックは素直に感動できた。

 草原を駆け抜ける風が、アスファルトではない柔らかい草原の感触がジャックの五感を刺激し、楽しませてくれる。
 コンビニやタクシー等の便利なものはないが、その不便さはこの中世の世界にはマッチしていて、まるで物語の世界に入り込んだ気分にさせてくれる。

「あっ! みんな見てみて! オオカミだ! ヤバイ! 僕、初めて見たよ! やっぱり生はいいよね! 格好いい!」

 ジャックがはしゃいで指差す方向に、ターゲットがいた。獣型ビースト系のウルフだ。
 白と灰色の毛並みのオオカミが五匹で草原をかけている。悠々とオオカミが走っているだけでも絵になる光景だ。
 オオカミの牙、十個がクエスト達成に必要な数になる。あそこにいる五匹のオオカミを倒すことができれば、一匹から一個しか採取できなくても、半分達成できる。もし、二個ずつなら、一気にクエスト達成だ。

「よし、あのオオカミをやろう」
「油断するんじゃねえぞ。雑魚が相手でもあっちのほうが数は上だ。奇襲で主導権を握るぞ」

 ジャックとテツ、ムサシはオオカミを追跡する。離れた場所から奇襲の機会をうかがう。
 隠れる場所はなかったが、それでも、バレやしないと高をくくっていた。
 ゲームの世界では、敵はある程度近づかないとプレイヤーを襲いかかってこない。
 そんな考えから、ジャック達は楽観視していたが、異変が起きた。
 一匹のオオカミが突然、立ち止まったのだ。空に向け、鼻をヒクヒクと震わせている。

 ジャック達は気づいていなかった。
 ジャック達が立っているのは風上で、オオカミの嗅覚は人間の約百万倍あること。
 1.5km程離れた獲物を嗅ぎ別けることができること。
 聴覚は人の四倍といわれ、野外なら十km離れたところでも聞こえること。

 つまり、ジャック達はすでに見つかっていたのだ。 
 オオカミは後ろを振り向き……ジャックと目が合った。

「ヤバい……見つかった! 来るぞ!」

 テツの怒鳴り声に、ジャックとムサシは慌てて戦闘態勢に入る。オオカミがジャック達に向かって、矢のごとくかけてくる。
 どうやら、オオカミも獲物を見つけてしまったようだ。

 陣形を組み、迷いなく、堂々とオオカミ達はジャック達に突進してきた。それに対して、ジャック達は浮足立っている。
 一匹のオオカミがフルスピードからジャックの足に噛みつく。
 ジャックは痛みと驚きで足が踏ん張れず、そのまま後ろに倒れた。

 この世界では、五感を体感できる為、痛みすら感じてしまう。
 しかし、痛みはプレイヤーで調整することができ、その範囲は最大で十パーセント、最小で痛みを完全にカットできる。
 つまり、最大でも本来感じる痛みの一割しか感じないのだ。
 ジャックはその数値を十パーセントにしている。数値を下げると、触覚の感触も鈍くなるからだ。
 ジャックは痛みに慣れていると思った。格闘技の経験がある為、ある程度は耐えられると予測していた。
 だが、オオカミに足を噛まれた痛みは、今までに感じたことのない痛みだった事、オオカミの勢いが激しかったので、足が踏ん張れずに倒れてしまった。
 体勢を崩したジャックに、もう一匹のオオカミがジャックの喉笛を噛みちぎらんと馬乗りになる。

 頭を押し込むようにオオカミは鋭く尖った歯をジャックの喉に突き立てようとした。
 ジャックはかろうじて、スモールシールドをねじ込み、オオカミの牙から護っていた。

「グルルー! グォオオオオオオ!」
「う、うわぁああああああ! くるなくるなこないで! 助けて! 助けて!」

 ジャックは必死にオオカミを押しのけようとするが、倒された姿勢からでは力が入らない。しかも、足をもう一匹のオオカミに噛みつかれているため、完全に退路を断たれている。

「ガッルルルルルルルッ! ガウゥ! ガァゥ! ガァルルルルルルルッ!」
「くっ! 美味しくないから! 食べたらきっと食中毒になるから! やめて、やめて!」

 ジャックは完全に戦意を失い、命乞いをしていた。
 スモールシールド超しに聞こえてくるオオカミのうなり声と震動がジャックをパニックにさせている。
 周りを見る余裕もなく、必死に防御に徹する。
 死にたくない。
 それがジャックの頭の中を占めていた。
 そんなジャックを嘲笑うかのように事態は悪化していく。ジャックの体にいきなり変調が現れたのだ。

 ーーく、苦しい。息が苦しくなってきた。どうして?

 ジャックはいきなり息苦しくなったことに更に混乱していく。
 原因は何か? どうして、こうなったのか?

「ジャック、気をつけて! スタミナゲージがレッドゾーンに入ってる!」

 リリアンの叫び声に、ジャックはSPゲージの下に新たなゲージが表示され、ゲージが真っ赤になっている事に気づいた。
 ジャックは意識が朦朧もうろうとする中、チュートリアルの内容を思いだす。

 スタミナゲージ。

 スタミナゲージは、全力で走ったり、泳いだり、連続で攻撃をした場合等に減るゲージだと説明された。
 このゲージがなくなると、動きが制限されるとのこと。
 ジャックが呼吸困難に陥っているのは、スタミナゲージが残りわずかな為に起きていることだと判明した。
 こんなところまでリアルに再現するなんて! ジャックは心の中で抗議した。

「リリアン……助けて……」
「が、頑張って、ジャック! 負けないで!」

 リリアンはジャックの頭の上をくるくると回っているだけで、何の役にもたたなかった。

 ジャックは刻一刻と追い詰められている。
 ムサシもテツもオオカミに襲われているのだ。この状況で彼らの助けは期待できないだろう。
 ジャックは酸欠状態で防御が崩れようとしている。そうなれば、オオカミに喉笛を噛みきられ、餌になってしまう未来が待っている。

 死ぬ。

 ジャックの頭の中に浮かんだ単語が、今、現実になろうとしていた。

 ガンガン、ガン!

「グルッアアアアアアアアアアアア!」

 ジャックは意識が朦朧もうろうとしていた。リリアンの声が遠くから聞こえてくる。手に力が入らない。
 スモールシールドをオオカミがくわえ、地面に投げ捨てた。
 ジャックは大の字になり、無防備な状態をさらしてしまう。
 オオカミは何の躊躇もなく、大きく口を開き……。

「オラの仲間に手を出すなボケェエエエエエエエエエエ!」
「キャン!」

 ジャックの体に馬乗りしていたオオカミが黒い影にぶつかり、吹き飛ばされた。
 その黒い影の正体は血まみれになったオオカミだった。
 オオカミを投げつけたのはムサシだ。
 ムサシの足下にはオオカミだった物体が転がっている。ツーハンデッドソードで肉片になったオオカミを投げ飛ばし、ムサシは血走った目つきでジャックの足に噛みついているオオカミを威嚇する。
 オオカミはムサシから背を向け、逃げだそうとした。
 だが……。

「オラァアアアアアアアアアア!」

 ムサシはツーハンデッドソードをやり投げの要領でオオカミ目掛けて投げ飛ばす。
 ツーハンデッドソードは空を裂き、オオカミの尻から口まで貫通し、それでも、勢いは止まらず突き進む。

 ジャックはようやく、息が整い、意識がはっきりとしてきた。
 ジャックが周りを見渡すと、戦いは終わっていた。
 オオカミの死体が五つ地面に転がっている。死体は斬り裂かれて真っ赤に染まり、風に乗って血の匂いがする。
 オオカミの鳴き声もうなり声も聞こえない。風の音だけがジャックの耳に届く。

「おい、ジャック!」
「な、何、テツ?」

 テツの呼びかけに、ジャックは声が裏返ってしまう。ビクついているジャックに、テツは何事もなかったかのように言い放つ。

「無事なら採取するのを手伝え。それくらいは出来るだろ」
「う、うん」

 ジャックはトボトボとテツの指示されたとおり、オオカミの死体から採取にとりかかる。

 採取。
 植物から鉱山、死体までありとあらゆるものからアイテムをとる行為である。
 いくら命を狙ってきた敵だとしても、倒した敵から物を奪い取るのは一見、強盗じゃねえ? と思える行為なのだが、RPGのように、敵を倒せばお金やアイテムが勝手に財布に移動はしないのだ。

 ジャックは採取の準備にかかる。動かなくなったオオカミの死体の前にかがみこんだ。
 ジャックはそのまま動かない。

「どうしたの、ジャック?」

 リリアンの問いに、ジャックは少し青ざめた顔で答えた。

「……リリアン。どうしたら、採取できるの? 僕、死体を切り刻む趣味はないし、経験もないんだけど」
「了解。ジャック、ナイフを装備した状態で死体を見つめみて」

 ジャックは言われたとおり、ナイフを装備する。そのままオオカミを見てみると、オオカミの死体から白く発光した線が見えた。
 その線は、血が固まって黒ずんだオオカミの死体にしか見えない。死体の下にある地面や自分の体には線がなかった。

「リリアン、線が見えた。これなに?」
「その線になぞってナイフを動かすと、採取できるの。力を込める必要はないよ。ただなぞるだけでいいの」

 ジャックはリリアンの指示通りに、ナイフを発行する線になぞって動かす。すると、死体の手前に、牙と毛皮、肉の塊が出てきた。

「わぉ! これ、すごくない! 僕、『魔眼使い ジャック』と名を改めるよ! 決め台詞は『死んでいるのなら、神様だって搾取してみせる!』。ケツの毛まで奪ってみせるから!」
「いよっ、日本一!」
「ただのぎだろうが。日本一罰当たりなだけだろ、お前は。バカ言っていないで手を動かせ!」

 ジャックとリリアンのやりとりにテツはこめかみを押さえながら怒鳴り散らす。
 再び怒られたことにジャックは肩を落とし、次の死体の採取に取り掛かる。
 今度は左右に二本の線が見える。

「リリアン。線が二本あるけど、これなに?」
「それは選択肢みたいなものだよ、ジャック。どちらか一方しか線をなぞることができないの。もしかすると、どちらか一方にレアアイテムがあるかも」
「それは重大だ!」

 テツに怒られたことを忘れ、ジャックは興奮のあまり、ナイフを持つ手が震える。

 ――どっちだ。どっちがレアなんだ?

 ここでレアを引けば、名誉挽回できる。ジャックは是が非でもレアをゲットしたかった。

「ジャックぅ~、頑張れ~頑張れ~」

 リリアンは手をぎゅっと握りしめ、ジャックを応援する。
 リリアンが見守る中、ジャックは線をなぞろうとして……。

「リリアン。レアを見分ける方法は?」

 リリアンはがくっと頭を揺らす。
 自分で決める前に、情報を集めておきたい。人任せな気がしたが、それでもジャックは失敗したくないのでリリアンに尋ねた。
 
「採取スキルの『見極め』があれば、ある程度判断できるんだけど、ジャックはまだ取得していないよ。採取の熟練度を上げないと取得できないの。熟練度をあげるには、採取し続けて経験値をためてね」
「今すぐは無理か。どうしよう? ここで信頼を回復しておきたいのに」

 ジャックはもう一度、オオカミの死体を凝視する。線は二本。
 長さや太さがそれぞれ違うが、線が長い方がレアなのか、線の太い方がレアなのか……。
 ジャックは悩みに悩んだ末、足下にあった手ごろな花を摘んだ。

「それをどうするつもりなの?」

 採取するわけでなく、花を摘んだジャックの行動が理解できないリリアンは首をかしげている。
 ジャックはおもむろに花びらをちぎった。

「右、左、右、左、右、左……」

 ジャックがとった行動は花占いだった。右、左、右……と交互に声を出しながら花びらを右から順にちぎっていき、最後の一枚が右だった場合は右の線を、左なら左の線をなぞると決めた。
 ジャックの行動を見ていたテツはブチギレた。

「乙女か、おのれは! 大の男が花占いなんかに頼るんじゃねえ!」
「ちょ!」

 テツはナイフを取り出し、片方の線をなぞる。出てきたのは爪だけだった。

「おおおっ! さっきとは違うアイテムだ。リリアン、これってレア?」
「たぶん、ハズレ」

 ジャックは大げさに天を仰ぐ。

「もう、テツ! せっかく、汚名返上できるチャンスだったのに!」
「汚名返上? なに言ってやがる?」
「テツだって思ってるんでしょ? 役立たずだって……」

 ジャックの思いがけない言葉に、テツは目を丸くしていたが、面倒くさそうに髪をかき上げる。

「つまんねえこと考えてないで仕事しろ」

 それだけを言い残し、テツは他のオオカミの死体の採取にとりかかる。
 ジャックは頭を垂れ、ノロノロと作業を再開した。



 採取は完了した。
 収穫は牙が三個、爪が一個、毛皮が三枚、肉の塊が二個だ。この数は戦利品として多いのか、少ないのか分からないが、数をこなせば分かることだろう。

「けど、面倒くせえな。いちいち採取しなきゃいけないのか?」

 テツのうんざりとした声に、ジャックは苦笑する。

「ゲームによっては自動収取してくれる機能があるけどね。それかペットが拾ってくれることもあるけど」

 ジャックは視線をリリアンに向ける。その視線を受け、リリアンは抗議した。

「ジャック! 私、ペットじゃないから! でも、命令してくれたら採取してあげるよ。その場合、採取の熟練度は少ししか上がらないけど、どうする?」
「なら、自分でやるさ。僕はこういった作業は苦にならないから。やっぱり、自分の手でレアを手にしたいし」

 それこそレアの醍醐味だいごみだろう。
 雨の日もお盆も正月も、ただひたすら何百、何千とモンスターを狩り、たどり着ける境地。それがレアアイテムだ。
 もちろん、一発でレアを引き当ててしまう豪の者もいるが、それこそレアだ。
 まだ見ぬレアを求めて、今日も冒険者ジャックは採取する。まだ見ぬレアアイテムを夢見て。

「いや、遠い目をしているとこ、悪いんだが、格好悪いからな、ジャック」
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