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三十四章 カースルクーム争奪戦 全滅必至の撤退戦

三十四話 カースルクーム争奪戦 全滅必至の撤退戦 その九

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 オスカルはため息をついていた。
 彼を囲むように五人の騎兵が距離を取って構えている。
 四人の男と、一人の女だ。
 女はなぜかフルフェイスの仮面をかぶっている。宗教か何かなのか?
 オスカルは全く興味を示さず、ただ一言告げる。

「やめておけ。無意味だ。私はただお前達に聞きたいことがあるだけだ。さっさと話せばラクにしてやる。私の質問はただ一つ。なぜ、神の薔薇を知っている?」

 その問いに、彼らは……。

「ルシアン! 新しいスピアを用意できるか!」
「当然!」

 ルシアンと呼ばれた騎兵がどこからともなくスピアを取り出した。

「……」

 オスカルは眉をひそめた。
 先ほどまで、オスカルは頭痛がしていた。なぜ、彼らは疑問文に対して、全く見当違いな事を言い出すのか?
 たった一秒前にわざわざ無意味だと親切心から言ってやったことを忘れるとは、どんな頭の構造をしているのか? 幼い修道院の子供ですら、もっとまともな回答をする。
 幼児以下の知能指数なのか?

 だから、知能の低い低俗な民族に話しかけるのは嫌なのだと、オスカルは心底うんざりしていた。
 しかし、たった一点だけ、気になることが発生した。目の前の騎兵ルシアンがどこからかランスを取り出したのだ。
 どこから?

 オスカルは全く気づけなかった。
 何もない空間に突如、武器が現れたようにも見えた。
 その事象はまるで……。

「ルシアンは正面! カリアンは右! ヨシュアンは左だ!」
「「「了解!」」」

 オスカルの正面にルシアン。
 左後ろにヨシュアン。
 右後ろにカリアン。

 オルカルは三人の騎馬に囲まれていて、尚且つ、斜め後ろにいる二人の騎兵の姿が目視できない。
 そんな状態でもオスカルには危機感がなく、ただ一つの悩みをため息をつきながら、解決策を考えていた。
 それは……。

 ――どうすれば、目の前の下等生物に人間の言葉を理解させる事が出来るのか?

 その一点だった。
 武器が突如現れた謎や神の薔薇のことを知っていることに、ただ者ではない事は分かったが、それだけだ。
 実力差は何も変わらない、この事実だけは確定している。

 彼らは必ず負ける。刃向かうことなど、無駄な行為だ。
 それをどう説明すれば、あの猿共に理解することが出来るのか?
 いや、猿でももっと物わかりがいいだろう。彼らの野生の勘がオスカルに刃向かうだけ無意味だと、本能で理解させることが出来るからだ。

 いつもそうだった。
 オスカルは親切心で無意味であることをわざわざ伝えてやっているのに、彼らは全く耳を貸そうとしなかった。
 指揮官に納得させればいいのだろうか? いや、それも無駄だろう。
 なぜなら……。

「タイミング合わせろよ!」
「「応!」」

 ――タイミング? 神の言葉か? なぜ、彼らが知っている?

 オスカルは思考が止まった。
 その隙を指揮官ジョーンズは見逃さなかった。

「ルシアンから突撃だ! そのすぐあとにヨシュアン! カリアンと続け!」
「いくぜええええ。ブラックキング!」
「フン! ヤットハラヲキメタカ、ショバゾウガ!」

 ルシアンがオスカルに突っ込んでくる。
 今度は迷いも何もない。真っ直ぐに全力でぶつかってくる。

「俺から行くぜ、カリアン!」
「援護は任せてください、ヨシュアン!」

 そのすぐ後に二人の騎馬がランスか何かを構えて突撃してくる。
 オスカルはため息をつき……。

 BARIIIIIIIIIIIIIIIINNN!
 BARIIIIIIIIIIIIIIIINNN!
 BARIIIIIIIIIIIIIIIINNN!

 オスカルはまるで木の棒を振るうように黄土色の剣を無造作に振るい、ルシアンと二人の騎兵のスピアを粉々に破壊した。

「今だ! 撤退しろ!」

 指揮官が撤退命令を出す。
 この戦いに参加していなかった者共が一斉に動き出す。
 オスカルはため息をつき、逃げていく者達を追うとするが……。

「やらせるかぁあああああああああああ! コマンド『サモンSS』」
「!」

 ルシアンの手に突如、ショートソードが現れた。
 これにはオスカルは虚を突かれた……が。

 BARIIIIIIIIIIIIIIIINNN!
 BARIIIIIIIIIIIIIIIINNN!

「なぁ!」
「えっ?」

 オスカルの後ろから襲いかかってきた二人の騎兵のランスも黄土色の剣を振るって粉々に砕く。
 きっと指揮官と仮面をかぶった女の奇襲だろう。

 ――くだらない。

 オスカルはため息をついた。

 まず、指揮官が声を出して三人に指示し、突撃させた。
 オスカルに攻撃する……為でなく、目くらましだ。
 ただ、目くらましはそれだけではない。

 指揮官が撤退命令と目の前の騎兵が剣を召喚させたことで、オスカルの注意を引き、その一瞬の隙を狙っての奇襲。
 この一連の作戦の本命は指揮官と仮面の女の背後からの攻撃……ではなく。

「!」

 オスカルは前を向き、目を見開く。
 目の前に岩が飛んできたからだ。
 これも予測済みだ。五人で倒すと言っておいてからの、別働隊の攻撃。
 わざわざ名前を五人分だして言い聞かせたのはこのときのため。
 そして、ランスではなく、岩を選んだのは武器破壊対策と、飛んでくる岩を剣一本で砕くことなど無理だという推測からだろう。

 ――くだらない。

 オスカルは黄土色の剣を飛んでくる岩に対して降り……。

「ガハァ!」

 オスカルは吐血した。
 後ろから前にかけて何かがオスカルの首を貫いた。動きが止まり、そのまま岩がオスカルに激突する。
 更に岩が二つ、三つとぶつかり、その破片でオスカルは埋まっていった。



「……ご期待に応えることが出来た、ジョーンズ?」
「上出来だ、ミリアン」

 何もない空間から突然、岩が現れ、そこから……仮面をかぶっていないミリアンが出てきた。
 ジョーンズは安堵のため息をついた。

「よっしゃぁあああ! 大成功だ!」
「やりましたね、ジョーンズ!」

 ヨシュアンとカリアンは笑顔でジョーンズをたたえるが……。

「油断するな! 今が絶好のチャンスだ! 逃げろ! 脱出経路は最初に決めた通りだ! 安全を確認したら、即ソウルアウトして脱出しろ! エンフォーサーの連中もだ! いいな!」

 ジョーンズは緊張感から抜け出して緩んだ気をすぐに引き締め、指示を出す。
 今しかない、とジョーンズは叫ぶ。
 これを逃したら、全滅だ、と。

「みんな! テツ君から指示のあった逃走経路を使うわよ! まずは自分たちが生き残る事を考えて! 私がムサシ君をリンカーベル山に連れて行くわ! あそこならムサシ君を護ってくれる頼もしいサポキャラがいるから!」
「「「異議なし!」」」

 カリーナはかぶっていた仮面を外し、エンフォーサーのメンバー全員に伝え、了承を得る。
 作戦は成功した。ジョーンズの本命は最初からミリアンの矢だった。

 まず下準備としてエンフォーサーのカリーナに仮面を被せ、ミリアンの代わりをさせる。
 次にマートリックに二つの指示を出した。

 一つ目は投石機の準備……ではなく、弾である岩をマートリックを含むビックタワーのメンバー五人の力で投げる準備
 二つ目は指定された岩を不可視化すること。

 マートリックの潜在能力は地形やモノを不可視化、肉眼で見えなくする能力である。
 その能力を使って、ジョーンズ達ビックタワーはグラブ達率いる三百の騎兵と渡り合った。

 最後にヨシュアン、ルシアン、カリアン、ミリアンに指示を出し、ヨシュアンとルシアン、カリアンは囮に、ミリアンはマートリックが用意した不可視化された岩に隠れ、スタンバイ。

 後はルシアンとヨシュアン、カリアンを突撃させ、その後すぐビックタワーとエンフォーサーのメンバー全員に撤退命令を出し、注意がそちらにいった後にジョーンズと仮面をかぶったカリーナの背後からの奇襲。
 更にマートリック達が岩を投げてオスカルを攻撃。
 ここまでがジョーンズが考えた囮と、逃げるための重大な一手だ。

 それ以外にもオスカルの注意を引くために手を打った。
 わざと五人で戦うとオスカルに告げたこと。
 聖十字『弐』軍の戦いで、ミリアンが弓兵だとオスカルに知られている可能性も考慮し、カリーナに仮面を被せ、突撃させることで、ミリアンの矢での攻撃がないと錯覚させたこと。

 全てはミリアンの矢での一回きりの狙撃。たった一撃の為にエンフォーサー全員とビックタワーの全員を囮にしてオスカルから注意をそむけようとした大がかりな策だ。

 ミリアンにはかなりプレッシャーがあっただろう。外せば終わり。全滅。
 その中で、ミリアンはソウルを解放させ、矢にソウルを宿し、失敗するかもしれない恐怖と不安に苛まれながらチャンスを待ち続け……オスカルの喉元を矢で貫くことに成功した。
 ミリアンの腕……ではなく、精神力が成し遂げたといってもいいだろう。

 それは竜胆騎士団で培われ、苦難を共にし、仲間を信じ、ここにいないコシアンの期待に応えたいという想いが生んだ精神力だ。
 強い精神力はソウルに強く影響する。
 それがプレッシャーと困難な作戦を成し遂げたわけだ。

「やっぱり、俺達が協力すればどんな困難だって覆せるよな!」

 ルシアンは逃げながらガッツポーズをとる。

「正直、もう相手にしたくねえけどな」
「ですね。あの剣は反則ですよ、全く」

 ヨシュアンは肩をすくめ、カリアンはため息をつく。
 カリアンが見破ってくれたのだ。
 黄土色の剣の特性を。

 あの黄土色の剣はどんな武器でも触れるだけで武器破壊出来る特性を持っている。
 ルシアンのスピアが粉々になり、ヨシュアンのシールドが貫いて破壊された違いから推測した。
 それを確かめる為にカリアンは投槍を使って実験し、結果、投槍も粉々になったが、シールドは真っ二つになった。
 カリアンの予測が事実だと証明された。

 ただ、スリングストーンと石での攻撃で、スリングストーンは武器として認識され、石はモノとして認識されたので、同じ石でも壊れ方に差が出た。
 その報告を受け、ジョーンズは矢での狙撃後、オスカルの動きを止めるために岩を利用することを思いついた。

 投石機で攻撃した場合、武器として認識される可能性が高いため、ジョーンズは投石機ではなく、マートリック達に岩を投げるよう指示した。

 岩単体は武器ではなく、モノとして認識されるのであれば、その岩がオスカルにのしかかった場合、黄土色の剣が振れるだけで破壊はされない。
 そうなると、岩一つ一つをどける必要がある。だとしたら、脱出するのに時間がかかるはずだ。
 これが逃げるための重大な一手だ。

「私も同意するわ。もう一回やれって言われても無理よ」

 ミリアンは想像しただけで寒気がしたが、笑顔を浮かべていた。

「俺だってこんな綱渡りな作戦、こりごりだ」

 ジョーンズは苦笑していた。
 これはルシアン、ミリアン、ヨシュアン、カリアンの全員がいなければ、思いつくことも、実行することも出来なかった。

 もし、ルシアンが真っ先にオスカルに突撃しなかったら。
 もし、ヨシュアンがシールドでオスカルの攻撃を防ごうとしなかったら。
 もし、カリアンが黄土色の剣の分析を正確に出来ていなかったら。
 もし、ミリアンの矢が外れていたら。

 どれかが欠けていたら、この未来はつかみ取れなかっただろう。
 勿論、四人の成長だけではない。ジョーンズの成長も後押しした。

 コシアンから策を学び、ビックタワーで多くの戦いを経験して学び、培った知識。
 全てが無駄ではなかった。
 ジョーンズに対しては決して褒められた道ではないけれど、それでも、未来のためにつかみ取った道だ。

 ジョーンズは思った。
 コイツらとなら、本当に現実世界でも、父親の無念と誇りを取り戻せるのではないかと。
 コシアン抜きでもやれるのではないかと。

 ジョーンズは恨みではなく、希望を胸に、前へ進めるのではないかと。
 皆の笑顔を見て、ジョーンズは確信していた。

「なぜ、理解できない? 私は言ったはずだぞ……無意味だと」

 時間が止まった……ように思えた。
 それは一瞬だった。
 何かが飛来してきたと思ったら……ミリアンの頭が破裂した。
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