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三十四章 カースルクーム争奪戦 全滅必至の撤退戦

三十四話 カースルクーム争奪戦 全滅必至の撤退戦 その五

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「ジョーンズ」
「なんだ?」

 移動している際、ルシアンとジョーンズ、ミリアン、カリアン、ヨシュアンが集まる。

「この場にいる全員、逃がす事が出来ると思うか? 敵も含めてだ。コシアンさんの依頼を完遂出来そうか?」
「無理だな」

 ヨシュアンの問いにジョーンズは即答する。

「ちょっと!」
「別に驚くことじゃないだろ、ミリアン? 俺達ビックタワーとエンフォーサーの戦いだけなら逃がす事は出来た。ビックタワーが退散すればいいだけだったからな。だが、敵は五千もいるんだぞ? 多少の犠牲は必要だ」

 ビックタワーとエンフォーサーのプレイヤーならここから脱出するのは出来なくはない。
 だが、テンペストが準備していた兵士五千人を短時間で逃がすのは無理だろう。

「……で、でも、このままだと……」
「カリアン、今は俺達が生き残る事を考えようぜ。ルシアンも切り替えろよ」
「分かってる。でも、俺は……」

 悩むルシアンに、ジョーンズは冷静に語りかける。

「皆を救いたいんだろ? 俺はそれを非難する気はない。けどな、救えなかったからって、自分を責めるな。言うまでもないが、ソウルメイトは精神に強く影響を受ける。俺達がここから脱出するにはお前の力が不可欠だ。それを自覚しろ。けど、プレッシャーをあまり感じるな」
「……難しいことを簡単に言うなよ。けど、やってやるさ」

 ルシアンは静かに燃えていた。
 ジョーンズ達はため息をつく。ルシアンがやる気を出しているときは、ロクなことがないからだ。
 そのしわ寄せが仲間に降り注ぐことは一緒に行動していれば分かる。

「ねえ、ジョーンズ!」

 エンフォーサーを指揮しているカリーナの怒鳴り声に、ジョーンズはため息をつく。

「……なんだ、カリーナ」
「気のせいかしら? 私には目の前には川しかないように見えるんだけど。それに……」

 カリーナの視線の先には……。

「おい! 待ってたぞ、ジョーンズ!」
「ランダのヤツがやられたぞ!」
「敵が迫ってきてやがる! さっさと逃げようぜ!」
「げっ! なんで、エンフォーサーのヤツらがついてきてるんだよ!」

 ジョーンズの案内でカリーナ達がついてきた場所は、カースルクームの南にある川だった。
 しかも、ビックタワーのメンバーが集まっている。
 カリーナ達は最初、罠にはまったかと警戒したが……。

「うるせえ! 死にたくなかったら、俺の策に従え! 後、絶対にエンフォーサーのヤツラに手を出すな! 出したら、その場で処刑する!」

 ジョーンズの一声に、ビックタワーのメンバーが黙り込む。
 ただ、一人、ジョーンズに意見する。

「なあ、ジョーンズさん。少しくらい説明があってもいいんじゃないか? でないと、納得いかないと思おうぜ。どっちにも」
「必要だから休戦しているだけですよ、マートリックさん。それより、準備は出来ていますか?」

 ジョーンズは敬語でビックタワーのメンバーの一人、マートリックに話しかける。
 ビックタワーのメンバー達は大抵十代から二十代だが、マートリックは三十代後半から四十代に見える。
 冷静で落ち着き払っている。しかも、NPCを初めて殺めた時も、眉一つ動かさなかった。
 もしかすると、自衛隊ではないか、とジョーンズは推測している。
 ジョーンズが敬語で部下のマートリックに話す理由は彼が年上だけではなく、いろいろと理由はあった。

「いつでもOKだ。やるか?」
「頼みます」

 そういうと、マートリックはパチンと指を鳴らす。
 すると……。

「えっ?」

 カリーナは驚きの声を漏らした。
 目の前の川がいきなり変化したからだ。
 いくつか小さな足場ができ、川底……といっても二メートル下に杭などの罠が設置している。

「待ってたぜ! いくぜ!」

 ビックタワーのメンバーは人一人が乗れる足場にジャンプして進み、川の向こうへと渡りきる。

「これが俺達の逃走経路ってわけだ」
「……なるほどね」
「これはヤバいな」

 カリアンとヨシュアンは感嘆の声をあげる。
 足場が一直線に続いているのではなく、離れた場所にランダムで小さな面積で足場を用意しているのは、後続の敵に対してのトラップとしても有効だからな。
 もし、敵が同じように川を渡ろうとした場合、足場にないところに突っ込んで川に沈んで川底にある杭で貫かれる。
 足場から足場へと移動しようとしても、川に渡ったメンバーが矢や飛び道具で邪魔をして、追跡を阻止する。
 特殊な足場やマートリックの幻影の潜在能力を合わせることで、敵に知られない逃走経路と追跡を阻止する罠を同時に作っていた。

 これなら後続の兵士の追跡をかわせるだろう。
 全員渡ってから、幻影をかけ直せば、敵は川に落ちて杭に貫かれるし、足場がどこか分からないので渡りようがない。

「それで、ジョーンズ? ウマはどうするの?」

 ミリアンの質問に、ジョーンズは複数ある足場から離れたある場所を指さす。
 そこにはウマでも渡れる小道があった。
 その道ならウマも負傷者も逃げられるだろう。

「早くしろ! この逃走経路には全員が渡った後でしか罠を発動できない! エンフォーサーのメンバー達と一緒にあの足場から川を渡れ!」
「分かった! いくぞ、みんな!」

 ルシアンが真っ先にその小道を渡りきる。そうすることで、エンフォーサーのメンバーに足場が安定していること、罠ではないことを証明する為に。

「……いくわよ、みんな」
「カリーナ、信じるのか?」

 カリーナは迷いを振り切るように、一度目を閉じ、ゆっくりと目を開いてから呼吸を整える。

「少なくてもルシアン君は信じられる。こうなった以上、ビックタワーの討伐は無理。それなら、被害を抑えるべきよ。私はもう、仲間を失いたくない。カークの意思を無駄にしたくないし」
「……そうだな」

 カークは命を賭してムサシを勝利に導き……託して逝った。その誇り高き意思をカリーナ達が引き継ぐべきだ。
 カリーナ達も抜け道を渡ろうとするが……。

「お、おい。ジャックはどうする? まだ、グリズリーと戦っているぞ!」

 カリーナ達は足を止めようとするが。

「早く行け! グリズリー達には連絡してある! ヤツらなら別の抜け穴から脱出すればいい! お前達が囮になっている間にジャックとソレイユがぬけてきた道からな!」
「!」

 カリーナは息をのむ。
 ジョーンズに……ビックタワーにバレていた。
 それでも、ジャックを見逃したのは、勝てる算段があったからだろう。

 もしかして、カリーナ達は命拾いしたのでは? ルシアン達が……敵が来ていなければ、負けていたのではないか?
 カリーナ達はぶんぶんと頭を振り、ジョーンズが用意した抜け道を渡っていった。

「お、おい! どうするんだ、ジョーンズ!」
「前方から敵が来てるぞ!」
「このままだと挟み撃ちにされるぞ!」
「それと、エンフォーサーの連中はどうするんだ!」

 次々と質問をぶつけられているジョーンズは何も答えず、ただ観察している。

「待て、ジョーンズを信じろ」

 マートリックはジョーンズを庇うように周りをいさめる。
 後方にはジョーンズを追いかけてきた兵士が。
 前からも兵士達がジョーンズ達に迫ってきた。

 ここにいるビックタワーとエンフォーサーの数は六十ほど。
 後ろからくる兵士は五百。前は二百ほど。

 六十対七百。

 日本史には十倍の兵士差を覆した河越合戦があるが、今の状況は更なる戦力差がある。
 単純に勝敗は数が多い方が勝つ。
 しかも、ジョーンズの後ろは川があり、底には罠がある。ジョーンズの罠が裏目に出ていた。

 ジョーンズ達は前にしか進めない。後ろに後退出来ない。
 ジョーンズはこの圧倒的な戦況を覆すことが出来るのか?
 そのカギとなるのは……。

「……すまない、マートリックさん。状況は把握しました。おい、お前等! 前方にシールドを構えて横に並べ! ビックタワーは右! エンフォーサーは左だ! シールドを構えるだけでいい! 真ん中だけはあけておけ!」
「お、おい! それだけでいいのかよ!」
「後ろががら空きじゃねえか!」
「包囲網が完成する前に一点突破した方がいいんじゃない!」

 エンフォーサーとビックタワーのメンバーの抗議の声に、ジョーンズは……。

「さっさとしろ! 俺が時間を稼いでおいてやる! ヨシュアンはビックタワーを、ミリアンはエンフォーサーを指揮しろ! 詳しい指示は俺が出す いいな!」
「「了解!」」

 ヨシュアンとミリアンは即了承する。
 ジョーンズを信じているのだろう。

「俺は?」
「ルシアン、お前がこの作戦の肝だ。みんなが生還できるかどうかは、お前とブラックキングにかかってる。やれるな?」
「勿論!」
「カリアン、確認したいんだが……」

 ジョーンズはカリアンと話し合い、指示を出す。

「とにかく、今指示した事を準備しろ!」
「待って! ジョーンズ!」

 カリーナがジョーンズを呼び止める。

「まさか……殺すの? NPCを?」
「当然だ。アイツらは俺達を確実に殺しに来る。正当防衛だ。納得いかないか?」
「……」

 カリーナ達、エンフォーサーの皆が納得しないのは当然だろう。彼らはNPCを守る為に行動している。
 彼らは生きている。そんな彼らの命をいたずらに奪うのは許せないと考えている。
 だからこそ、NPCの命を奪い続けてきたビックタワーを許せず、立ち上がったのだ。
 それなのに、NPCと戦うのは気が引けた。

 NPCが襲いかかってくるという情報は今のところ、ジョーンズが言っているだけだ。本当なのかどうかは分からない。
 もしかすると、戦闘を避けられる、という想いがカリーナ達にはあった。

 そう思うのも無理はなかった。
 カリーナ達が会ったNPCは盗賊達以外は普通の人たちで、気の良い人たちばかりだった。
 話し合えば済むのではないか?
 心の奥で諦めきれずにいた。

「なら、教えてやるよ。アイツらには悪意しかないってな。しかも、俺達よりもたちが悪いって事もな」
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