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三十三章 決闘! ジャックVSグリズリー 同族嫌悪のどつきあい

三十三話 決闘! ジャックVSグリズリー 同族嫌悪のどつきあい その七

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 ジャックは選択に迫られていた。
 右目は失明し、左目もグリズリーに殴られ、視界が狭くなっていく。このままだと、視界が塞がれ、グリズリーの姿が見えなくなる。
 そうなれば、百パーセントジャックの敗北が決まってしまう。
 ヒーリングストーンを使えば、左目の腫れを回復出来るかもしれないが、そんな時間を与えるほどグリズリーの攻撃はあまくない。
 少しでも隙を見せれば、グリズリーはラッシュでたたみかけ、ジャックは脱落してしまうだろう。

 この状況を打破するには、グリズリーのようなデコピンの奇策が必要になるが、グリズリーの拳を避けることに精一杯でジャックは策を考える時間がない。
 少し前はジャックが圧倒的に有利だったが、今では完全に防戦一方で手が出せない。
 ジャックに起死回生の策はあるのか?

 ――あるっちゃあるんだけど……でも……。

 ジャックは覚悟出来ずにいた。
 一つだけ、ジャックはグリズリーにダメージを与える方法を思いつくが、それは諸刃の剣であり、ジャックの方がかなりのリスクを背負うことになる。
 それどころか、無謀の策だ。
 しかし……。

「がはぁ!」

 ついにグリズリーの右ストレートがジャックのディフェンスをかいくぐり、テンプルに直撃した。SPゲージが半分をきってイエローに突入する。
 SPとは体力ゲージのことで、これがレッド、最後には灰色になればゲームオーバーとなる。
 もう迷っている時間は残されていない。

 ――これ以上のダメージはマズい! やるしかない!

 ジャックは覚悟を決める。



 グリズリーは内心舌を巻いていた。
 ジャックへのクリーンヒットの回数が減ってきているのだ。
 最初は死角からの攻撃で手応えのある一撃が入っていたが、すぐに対応され、ガード、もしくは受け流されてしまう。
 フィリー・シェルやショルダーロール、クロス・アーム・ガード等を駆使し、グリズリーの直撃、特に顎やテンプルには当てさせてくれない。
 ノーガードスタイルのジャックからは全く予想出来ない動きだ。

 しかし、納得もしていた。基礎やディフェンス能力が高いからこそのノーガードスタイルで相手の攻撃を躱すことが出来たのだ。
 グリズリーはただひたすらジャックの弱点、視界の狭さを攻めた。相手の弱点を突くのは戦いのセオリーだ。
 その基本を忠実に繰り返し、ついにジャックのテンプルに右ストレートをクリーンヒットさせることに成功した。

 手応えはあった。
 グリズリーはここが攻めどきだと直感した。
 ここでたたみかけないと、逆転の一手が打たれてしまう可能性が出てくるからだ。
 勝負とは、この点を見極めることが出来るかにかかっているとグリズリーは今までの戦いで学んでいる。
 グリズリーは全力の左フックを放とうとした瞬間!

 ゾクッ!

 ソウルメイトに悪寒が走り、攻撃を躊躇してしまった。それが幸いした。

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!

「ぐはぁ!」
「ぐぉ!」

 グリズリーは顔に強い衝撃を受け、後ろにはじかれる。
 グリズリーのフックがジャックの顔面をとらえた衝撃のすぐ後に、グリズリーの鼻に強烈な衝撃が突き抜けた。
 グリズリーは両足を踏ん張って腰を落とし、踏みとどまった。
 何が起こったのか?
 グリズリーはすぐに理解した。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 ジャックは腕をクイクイと動かし、グリズリーに打ってこいと挑発している。
 ジャックがグリズリーに仕掛けた策は……。

 ――相打ち狙いか!

 視界の狭いジャックがグリズリーに確実に拳を叩きつける事が出来る方法。
 それは相打ちだ。

 グリズリーがジャックを殴るモーションに入って拳を振り切るまでの時間、動きが制限されてしまい、ジャックの拳を避けることが出来ない。攻撃の型が完成しているからだ。
 強い打撃は足、腰、腕、拳といった体全体の回転を利用するため、それ以外の動作を入れると威力がおちるどころか、狙いも定まりにくくなる。
 それ故、何度も何度もフォームをチェックし、最も威力の高い打ち方を体に覚えさせる。

 当然、そこに無駄な動きは存在しない。まして、相手の攻撃を避ける動作など取り入れるなどありえない。フォームが崩れるからだ。
 フェイントなら動きを止めるので、そこから体を動かす事が出来るが、攻撃を放ってしまうと足も腰も一定の動きになるので横移動や後ろに移動等といった行動ができない。

 ジャックはそれに合わせて、前に出てグリズリーの攻撃を食らいながら拳を突き出し、グリズリーの無防備な顔面に拳を叩きつけてきた。

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!

「がぁ!」
「痛ぅうう!」

 轟音が鳴り響く。
 グリズリーとジャックのノーガードでの拳の叩きつけあいが繰り返される。
 グリズリーは目を丸め、ソウルメイトが震えていた。
 ジャックは完全にグリズリーのモーションを盗み、合わせることが出来ている。どんな攻撃にも相打ちにすることが出来ている。
 だが、驚くべきところはそこではなかった。
 グリズリーは心底体を震わせているのは……。

 ――こん男、おいん拳がおじゅうなかとな?

 そう、ジャックはグリズリーに無防備に殴られる事に恐れるどころか、前に出て殴りかかっている。
 ジャックとグリズリーでは腕のリーチが違う。グリズリーの方が長いので、ジャックは前に出て殴りかからなければ届かない。
 しかし、前に出るということは自分から殴られにいくようなものだ。

 先ほどのジャックとグリズリーの殴り合いでもジャックは前に出たが、それは二、三回だけだ。しかも、攻撃の威力を下げるためにあえて前に出ただけ。
 だが、今回は違う。

 グリズリーの攻撃を避けながらでは、ジャックの攻撃は届かない。余計な動きがうまれ、グリズリーに躱されてしまうからだ。だからこそ、まともにダメージを受けてしまう。
 グリズリーの豪腕の威力はジャックが身をもって知っているハズだ。それを承知で殴りに化かかってくるハートの強さに、グリズリーは震えていた。

「ふふっ……わいは根性があっな」
「……こんな豆鉄砲、いくら当たってもきかないから」
「気に入った! 勝負や!」

 グリズリーは感情を丸出しにしてジャックに殴りかかる。
 最高の獲物だ。最高のリハビリ相手だ。
 グリズリーは高い技術を持つ相手よりも、精神力の強い相手を屈服させた方が勝利の悦びを感じるタイプだ。

 当然、この相打ちから逃げる、といった選択肢は存在しない。
 自分の方が精神力が高いんだぞとギャラリーに見せつけることこそ、グリズリーであると自他共にアピールする為だ。
 ジャックの拳とグリズリーの拳が交差し続ける度に轟音が鳴り響く。

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!

 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!
 BAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAANNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN!

「「ぶっ!」」

 お互いの顔がはじけとぶ。
 足が後ろに下がりながらも、意識をつなぎ止め、前を向く。
 グリズリーは口から血を流しながらも、ニヤッと笑っていた。
 ジャックも負けじと笑っている。

 究極のやせ我慢。我慢比べ。
 どちらが有利なのか?

 当然、グリズリーの方が有利だ。
 今はジャックの体力があるので先に当てられても殴り返すことが出来るが、少しでも前に出るのを臆したり、タイミングや体力がもたなければ、相打ちではなく、グリズリーの攻撃だけで終わってしまう可能性が高い。根性が試される勝負だ。
 勿論、グリズリーもジャックの拳をモロにうけるので、一撃で体力が削られてしまう。それにタイミングが合わなければ、ジャックの拳をまともに受けてしまう。

 ワンミスも許されない極限の状態におかれているのはグリズリーも同じだ。
 グリズリーにとってもかなりのリスクが伴う戦法だが、ジャックが逃げない以上、逃げる選択肢はない。
 拳と拳が交差し、血しぶきが口から吐き出され、顔が腫れあがり、瞼も腫れてが視界がせまばり、意識がもうろうとする中でも、ジャックとグリズリーは拳を止めなかった。

 特にジャックは死んでもこのチキンレースから降りることはできなかった。
 右目が見えず、左目だけでカウンターを狙うのは自殺行為。唯一相打ちだけがジャックに残された手だからだ。
 それに拳こそがジャックのよりどころであり、唯一グリズリーや他の者に勝っていると信じられるものだ。

 ここで引いたら、ジャックはグリズリーに勝てる要素がなくなると自分から認めることになり、二度とグリズリーに立ち向かえなくなるだろう。
 ジャックは薄れゆく意識の中、拳を振るう。



「キュキュキュ!」
「グガァアア!」

 ジャック達から少し離れた場所で、アスコットとメリーマイヤーが対立していた。
 背中に大けがしているリリアンを背負って逃げることが不可能だと悟ったアスコットはメリーマイヤーとの肉弾戦に出た。

 勿論、勝てる見込みは皆無。
 力の差は一目で分かるし、そもそもアスコットとリリアンはサポート機能に優れていて、戦闘には特化していない。
 それに対し、メリーマイヤーは戦闘に特化しているが、それ以外はかなり劣っている。

 情報の整理や採取の手伝い等でプレイヤーをサポートするアスコット達に対し、メリーマイヤーはプレイヤーの戦闘能力のみバフを与える、まさに戦闘に特化したサポキャラだ。
 サポキャラは得意なサポートに比例して、能力が決まる。
 それ故、アスコットとメリーマイヤーではメリーマイヤーが圧倒的に有利だった。

 アスコットはメリーマイヤーに何度もはねのけられ、体中あざと泥だらけになりながらも、果敢に立ち向かっていく。
 全ては友であるリリアンを一秒でも長く生かす為に。

 それはサポキャラとしてはらしからぬ行為だ。
 サポキャラはそもそもプレイヤーをサポートするのが使命といっても過言ではない。それなのに、アスコットはリリアンを助けるためだけに自分の命を賭けて戦っている。
 無論、サポキャラのSPがなくなっても、一定時間たてば復活するが、サポキャラは高度なAIとプレイヤーと同じく痛みを感じるので、死の恐怖もある。
 それでも、アスコットは同じサポキャラのリリアンの為に戦う。

 その姿を見て、リリアンは地面に倒れながら大粒の涙を流していた。
 立ち上がろうとすると、背中の痛みで力が入らない。ただ、痛みに耐えてジッとしていることしか出来ない。
 友が命を賭けて戦っているのに、何も出来ない無力で弱い自分に、悔しくて悔しくて涙がこぼれていた。
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