上 下
343 / 358
三十二章 カースルクーム奪還戦 血闘

三十二話 カースルクーム奪還戦 血闘 その十三

しおりを挟む
 ASがグレイブに貫かれた姿を見て、ヴィーフリは初めて隙をみせた。その隙を見逃すラックではなかった。
 勝機の匂いを嗅ぎ分け、ラックは目を大きく見開き、ソウルを激しく燃やす。

「バカが! このキャンサー様の目の前でよそ見するなんて、自殺願望者か! お望みとあらば、地獄へ叩き落としてやる!」

 ラックは両手に握りしめたダガーでヴィーフリの両肩を貫く。

「がはぁ!」
「気絶してるんじゃあねえぞ! コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「あああああああああああぁ!」

 ラックは両手に召喚したククリナイフをヴィーフリの両膝に突き刺し、

「コマンド! 『サモン ダブルK』!」」
「がぁあああああああああああ!」

 両脇腹に……。

「コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「ぁあああああああああああああ!」

 左右の胸に……。

「コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「ぐぁあああああああああああああ!」

 腹に……。

「コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「ああああああああああああああああ!」

 両目に……。

「コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「コマンド! 『サモン ダブルK』!」
「……ぁ……ぁぁ……」

 ラックはククリナイフを何度も何度もヴィーフリに突き立てる。ヴィーフリはなすがされるまま、ダガーナイフを突き刺される。
 ラックはバックステップし、最後の仕上げにはいる。

「コマンド! 『T』」

 ラックが召喚した武器は巨大なペンチだった。いや、ハンマープライヤーの変型型の武器だ。
 くわえ面は閉じると鋭いスピアのスパイクになり、ハンマープライヤーの特色であるハンマーもついている。
 くわえ面の内側は刃がついており、これはつかむというよりも……。

「キャンサー様の最強武器、『タスマニア』でお前を真っ二つに斬り裂く! 処刑執行だぁあああああああああああああああ!」

 キャンサーはタスマニアを両手で振り回し、ハンマーの面をヴィーフリの側頭部に叩きつける。
 よろめくヴィーフリの腹にタスマニアのくわえ面が挟み込む。

「ソウル解放! リミット1!」

 ラックはソウルを解放させ、全力でくわめ面を閉じ、ヴィーフリの体を真っ二つに斬り裂こうとする。
 ギシギシとヴィーフリの鎧を締め付け、刃が肉体に達しようとしていた。
 このままラックの公開処刑が始まろうとしていたが。

「うぉおおおおおおおおおお! ソウル解放!」
「なに!」

 ヴィーフリはくわえ面を握りしめ、力尽くで左右にこじ開けようとする。
 二人の力は均衡……どころか、ヴィーフリがわずかながら押し返そうとしていた。

 ――バカな! ハンマーを頭でぶったたかれて、脳震盪のうしんとうが起こった状態でキャンサーのタスマニアを押し返そうとするだと? ありえ……。

 その光景を見て、テツはとんでもない勘違いをしていたことに気づく。いつの間にか赤髪の大男は消え、テツが戻っていた。
 テツが……赤髪の大男が犯した最大のミスとは……。

「……体が引き裂かれても……がはぁ! 貫かれても……げほぉ! げほぉ! 私達は任務を全うする……それが……ぶはぁ! プロ……」

 ASだ。ASはまだ潜在能力を解放していなかった。赤髪の大男はトドメを刺しきれていなかったのだ。
 ASは体を貫かれても、吐血しても、死ぬその瞬間まで与えられた任務を果たす。彼女もヴィーフリも、一秒でも生き抜くのは死を恐れているわけではなく、生存本能でもない。
 鋼の意思で自分のやるべきことを果たすだけだ。

「グローザ……げほぉ! げほぉ! 任務を果たせ……」
「頼んだぜ……相棒」
「ハラショー、ボス! 潜在能力、解放! ソウル解放、リミット1!」

 グローザのソウルメイトが太陽のように激しく輝く。ASとヴィーフリのバフ効果にソウル解放、そして、グローザの潜在能力、一分間だけ自身のステータスを十倍にあげる能力で、グローザは最強の戦士と変貌する。
 足に力を込めただけでクレーターが発生し、この場にいる者はグローザから放たれるソウルの衝撃波に立つのがやっとの状態だ。
 テツもラックもその場から動けない。
 グローザの一番近くにいたネルソンとレベッカは衝撃波をまともに受けて吹き飛ばされる。

「きゃああああ!」
「れ、レベッカ! くぅ! このままでは!」

 レベッカとネルソンは十メートルほと吹き飛ばされ、なんとかその場に立つことが出来た。
 だが、グローザに近寄ることはできそうにない。
 グローザは拳を握りしめ、標的のレベッカに狙いをつける。

「任務……完了だぁああああああああああああああああああああああああ!」
「……スコーピオンの針から逃れられると思ってました?」

 BUSYUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!

「がぁ!」

 ソウルを解放させたエリンがグローザにすれ違いざま、グローザの頸動脈をククリナイフで斬り裂いた。
 グローザの首から大量の血しぶきが吹き出し、止まらない。
 エリンだけはこの状況を冷静に、じっくりと観察し、グローザの動きを完全に捕らえていた。
 それ故、エリンはグローザの動きに対応できた。
 エリンは振り返らず、手応えに満足し、つぶやく。

「さて、これで任務……」
「まだだぁあああああああああああああああああああああああ! まだ終われねええええええええええええええええええええ!」
「きゃあああああああああああああああああああ!」

 エリンは咄嗟に横へ飛ぶが、脇腹あたりに強い衝撃を受け、吹き飛ばされる。
 ガードしながら横に飛んでいたので、直撃は避けられたが、それでも、一撃でSPは三分の二まで削られ、体中に痛みが走る。

「……ううっ……な、なぜ……」

 頸動脈を斬り裂かれても動けるのか?
 グローザは憤怒の表情で痛みと眠気に耐え、歯を食いしばっている。
 この結果はエリンが現実で何人もの人間を殺め、染みついた体の感覚のせいだ。
 頸動脈を斬り裂かれては、動きは止まってしまう。それどころか、反撃など出来るハズがない。

 だが、ここはゲームの世界であり、人の意思が強くソウルメイトに反映される。だからこそ、グローザは今も立っていられるのだ。
 アノア研究所が作り上げたこの仮想世界は、現実と錯覚させられるほどリアルな感覚を体験できる。
 そのせいで、エリンはこの致命的な状況を作ってしまった。

「いくぜぇええええええええええええええええええええええええ!」

 グローザは地面を蹴り、十メートル離れたレベッカに瞬時に距離を詰める。
 レベッカはグローザの気迫に飲み込まれてしまい、足がすくんでしまっている。
 動けないレベッカにグローザは容赦なく、必殺の一撃を放つ。
 レベッカの心臓にグローザの拳が……。

「レベッカぁああああああああああああああああああああああ!」

 ネルソンは全ての力を振り絞り、レベッカを突き飛ばした瞬間。

 BASYUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!

「りりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 グローザの拳はネルソンの胸の真ん中を貫き、骨も肉体も粉々になり、吹き飛んだ。
 グローザはネルソンを振り払う。
 ネルソンは地面に倒れ、動かない。

「リリィ! ねえ、リリィ!」

 レベッカは倒れているネルソンに何度も呼びかけるが、返事がない。
 泣き叫んでいるレベッカに、グローザは狙いをつける。

「終わりだぁああああああああああああああああああああああああああ!」

 グローザはレベッカの後頭部に拳を振り下ろした。
 グローザの拳はレベッカの頭を粉々に……。

「な、なんだ?」

 グローザは思いっきり後ろに倒れた。起き上がろうとするが……。

 ――な、なんだ、これは……体が……体がいうことをきかねえ! 体が沈む! 前に動かせねえ!

 グローザは混乱していた。
 前に起き上がろうとしているのに、なぜか体は後ろへと倒れようとしている。まるで自分の意思で後ろに倒れるよう力を込めていた。

 地面で暴れるグローザの耳に足音が聞こえてきた。
 それは軽やかなブーツの音。そこから女だと判断できる。
 グローザは音がした方を見ようとしたが、頭は逆の方へ動く。

 ローブの女が近づいてくる。
 首元のすぐ右側についているブルーフェザーのブローチが太陽の光に反射し、キラッと輝く。
 女はグローザを恐れず、悠々と歩いてくる。手にはロングスピアが握られていた。

「くそ! くそ! 動け! 動け! 俺の体! 動いてくれ!」

 女は歩きながらつぶやく。

「ソウル解放、リミット2」

 女はソウルを解放させ、ロングスピアを片手に持ち……そのまま豪快に投げ飛ばす。
 ロングスピアはASの顔面に突き刺さり、そのまま吹き飛ばした。
 首なしの死体はシルバーグレイブに貫かれたまま力なく垂れ下がる。ASの潜在能力が消去され……。

「ぐ……ぐぁあああああああああああああああああああああ!」

 バフの恩恵がなくなったヴィーフリはラックの『タスマニア』によって体を生きたまま、真っ二つに斬り裂かれ、地面に転がる。
 グローザからソウルの輝きが急速に失われる。バフ効果と潜在能力がきれてしまったのだ。

「コマンド、サモン『R』」

 女はロングスピアを召喚し、グローザの両手、両足を貫く。

「ぐあぁああああああ!」

 まるで標本のようにグローザをロングしピアで地面に打ち付け、動きを止める。

「コマンド、サモン『B』」

 女はバトルアックスを召喚し、空高く振り上げる。
 そして、無慈悲に力一杯バトルアックスをヴィーフリの首に振り下ろし、切断した。グローザの首が勢いよく地面に転がる。

 勝敗は決した。
 テツ達の勝利だ。だが……。

「リリィ! お願い! 返事をして! リリィ!」
「……」

 ネルソンの体に熱が失われる。呼吸も止まり、体が灰色に染まっていく。
 この状態は死の前兆。ネルソンのSPはグローザの一撃でゲージを振り切って0にしたのだ。
 それはネルソンの脱落。
 ネルソンは即死し、別れの言葉すら言えずにこの魂の世界から消え去っていく。

「いやぁ……いやぁ……死なないで……私を……私を……一人にしないで……リリィ……リリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ! 死なないでぇえええええええええええええええええ!」
「うぉおおお!」

 テツは思わず防御態勢をとる。
 レベッカが叫んだ瞬間、仮面の下からあふれんばかりの光が発する。それは先ほどのグローザと同じ……いや、それ以上の光が発生する。
 光はレベッカの仮面を吹き飛ばし、素顔があらわになる。額に十字の聖痕が浮き上がり、レベッカの半径十メートルに巨大な光の柱がうまれ、天を貫いていく。

 ――な、なんだ! あれは! 潜在能力か!

 テツは強烈な光に目が開けられず、ぎゅっと目を閉じ、何が起こっているのか推測しようとする。
 これほどの潜在能力がはたして存在するのか?

 十秒ほどして、ようやく光が消えていく。
 テツはなんとか目を開け、状況を確認しようと、目をならしていると、やっと視界が回復した。
 テツの視線の先にはレベッカとネルソンがいた。
 レベッカはネルソンを抱きしめるようにして、眠っている。
 ネルソンは……。

「ば、バカな!」

 テツは目を疑った。
 ネルソンのキズが完全に癒えていたのだ。体にあいていた大きな穴は完全に消え去り、綺麗な肌が露出している。
 テツはすぐさま、ネルソンの状態を確認すると、ネルソンのSPはゼロのままだ。だが、ネルソンの胸元が上下に動いている。
 それはつまり、呼吸をしていることを意味している。生きているのだ。
 これは何を意味するのか?
 そして、テツ達の前に大きな試練が訪れる。

「計画通りね……始まるわ……」
「おい! てめえは何を知ってやがる! これはどういうことだ!」

 テツはローブの女に事情を聞き出そうとするが……。

「我が主! 囲まれています!」

 テツのサポキャラ、ネイキッドが主に警告を放つ。
 テツはネイキッドの視線を追うと、そこには武装した集団がいた。その数は優に千を超えていた。

 ――NPC……ジャールの私兵か? いや、ジャール私兵は三百のはずだ! それなら、アイツらは一体……。

 武装した集団はこちらに敵意……殺気を向けている。
 カースルクーム占領戦はテツもジョーンズも誰も予想だにしない展開を迎える。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者は俺にだけ冷たい

BL / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:2,916

今宵も、麗しのボスとパーティーを。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:24

願わくは…

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:19

狂乱令嬢ニア・リストン

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:469

藤堂正道と伊藤ほのかのおしゃべり

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:3,976pt お気に入り:42

【R18】婚約破棄されたけど、逆にありがとうございます。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

恋歌(れんか)~忍れど~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

武者に転生したらしいので適当に生きてみることにした

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:965pt お気に入り:61

処理中です...