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三十二章 カースルクーム奪還戦 血闘

三十二話 カースルクーム奪還戦 血闘 その十

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 ジェスは足を地面に叩きつけるように踏み、ダウンを拒絶する。口から漏れる血に息苦しさを感じながらも、ジェスは耐えきった。
 目を真っ赤にさせ、殺意丸出しでムサシを睨み付ける。
 ドス黒いソウルがジェスにソウルメイトからあふれ出す。

 ――嘘だろ……オラにはもう……。

 ムサシの体力は限界だった。
 足に力が入らない。まぶたが重くてすぐにでも強制ソウルアウトされてしまいそうになる。
 とてもじゃないが、戦える状態ではない。

 ――くそ……くそぉ……オラは……オラは……仲間の仇すら討てず……ここで……朽ちていくのかよ……くそぉ……くそぉ……。

 ムサシの目から涙があふれる。
 力がわいてこない。もうすぐジェスの手によって脱落する。この世界で何も残させないまま終わってしまう。
 それが悔しくて、悲しくて仕方ない。
 戦いたくても、ムサシにはせいぜい手を握りしめることしか……。

 ――こ、これは……。

「はぁ……はぁ……はぁ……俺の勝ちのようだな、ムサシ! てめえがここでくたばりやがれ!」

 ジェスは地面に落ちたバルディッシュを体をよろめかせながらも拾いに行き、ゆっくりと持ち上げる。力を溜め、呼吸を整える。ムサシにとどめの一撃を与えるために……。
 ジェスも限界が近い。
 けれども、ジェスの勝利は目の前……。

「頑張れ! ムサシ! キミは正義の味方なんだろ! だったら、立ち上げれ!」
「ムサシ! 根性をみせろ!」
「負けないで!」

 ――ありがとう、みんな……オラは……オラはぁああああああああ! 負けないぃいいいい!

 ムサシは仲間の声援を受け、生まれたての子鹿のように足を震わせ、それでも立ち上がる。
 この場にいる誰もがムサシとジェスの死闘に目を奪われていた。

 勝つのはジェスか? それとも、ムサシか?

 お互い決着をつけるため、足を引きずるように距離を詰める。
 二人が向かい合う。
 勝負は一瞬で決まるだろう。

 先に動いたのは……ムサシだ。
 ムサシは左手でツーハンデッドソードを振り上げ、ジェスを斬りつける。
 だが、その動きは緩慢で、先ほどの袈裟斬りには似ても似つかぬあまりにも遅いスピードだった。
 ジェスは右手一本でツーハンデッドソードを払い抜ける。
 ムサシの手からツーハンデッドソードが離れ、地面に落ちていった。
 ムサシは倒れそうになるのを必死に足に力を入れ、体が前屈みになりながらも、かろうじて立っている。

「俺の勝ちだ! むさしぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! 俺が生き残ったんだぁああああああああああああああああ!」

 ジェスは恍惚とした表情を浮かべ、ゆっくりと両手をバルディッシュに添え、大きく振り上げる。
 もう、ムサシに攻撃の手段はない。全てのツーハンデッドソードはジェスが無効化した。
 何の障害もなく、確実にムサシを殺し、勝利を手にする。これがジェスの筋書きだった。
 そして、ジェスが思い描いたストーリー通り、今度こそバルディッシュを全力でムサシに斬りつける。
 バルディッシュの刃がムサシの脳天に向かって振り下ろされ……。

「あぁあああああああああああああああああああああああああああ!」

 ムサシは最後の力を振り絞り、かけ声と共に右手に握りしめたバトルアックスをジェスの首元へ斬りつけた。
 ジェスは勝つと確信していた為、無防備にムサシの一撃を食らってしまった。
 ムサシはもう踏ん張る力すら残されておらず、そのまま体が流され、地面に倒れた。

「……ぐはぁ!」

 ジェスは吐血し、そのまま地面に倒れる。

 ――バカな……まだ、武器があったのか……だが、まだ俺の方が……。

「がはぁ! がはぁ!」

 ジェスは何度も咳き込み、口から血が大量にあふれ出す。そのせいで息が出来ない。

 ――苦しい……なんでだ? なんで力が……急激に抜けていく……んだ……。

 ジェスは急激に体力が、体から力が抜けていくのを感じていた。
 その原因はムサシがジェスの頸動脈を斬ったことにある。頸動脈は人の急所の一つであり、そこを斬られると大量の血があふれ、出血死する可能性が高くなる。そして、かなりの激痛を伴う。
 ジェスは苦痛と倦怠感から忍び寄る死に襲われていた。
 死を目の前にしたジェスの反応は……。

「……や……だ……し……に……たく……ない……」

 死ぬ間際になると、人間は本性を現すという。
 命のやりとりを望み、スリルを求めた男の本性は、生物がもつ生存本能がもつ、生きたいという願いだった。
 ジェスは天に手を伸ばし、空にうっすらとうつっている地球に助けを求める。
 視界がかすみ、ジェスの目に涙が一筋流れ、暗闇が訪れる。そして、二度と目を開くことはなかった。

 ――カーク……レン……やったぞ……。

 ムサシは強烈な眠気に襲われながらも、ジェスが脱落するところをぼんやりと見つめていた。
 ムサシの袈裟斬りからの逆袈裟斬りが決め手にならなかったとき、膝がおれ、地面に倒れた。

 もう、立てないと思っていた。
 絶望して涙したムサシは悔しくて拳を握りしめようとしたとき、あるものに触れた。それがカークの武器、バトルアックスだ。
 そのとき、ムサシはカークに言われた気がしたのだ。

 諦めるなと。

 カークの声と仲間の応援に背中を押され、ムサシは立ち上がることが出来た。隠し球として、バトルアックスでジェスの不意を突くことが出来たのだ。
 親友の仇は討てた。
 しかし、ムサシの胸の中にあるものは空虚。むなしさだけが残った。なぜなら……。

 ――ああっ、そうか……もう……カークやレンの為に出来ることがなくなっちまった……仇をとっても……もう……会えないんだ……カーク……またお前と……エールを飲みたかった……。

 ムサシは歯を食いしばり、こみあげてくる涙をぬぐうことをせず……体力がつきて強制ソウルアウトした。


 
「プーシュカだけでなく……ジェスが……やられちまったぞ……」
「ど、どうするんだよ……俺達はもう、おしまいだ!」
「に、逃げ……」
「バカが! このときを俺は待ってたんだ!」

 ジェスが脱落し、ビックタワーのメンバーの士気が著しくおちそうになった瞬間、一人、歓喜の声を上げる者がいた。
 スタルジスだ。
 片手を失い、血の気を失っているが、それでも武器を手にし、倒れて動かなくなったムサシに襲いかかる。

「やっとてめえを殺せるな、ムサシ! 死ねえええええええええええええええええええ!」

 スタルジスの凶器がムサシの背中に突き刺さろうとしたとき。

 BASYU!

「痛てぇええ!」

 スタルジスは腰に刺さった矢の痛みに悲鳴を上げる。
 そして……。

「ぐはぁああああああああああああああああ!」
「言っただろ? 男の決闘に水を差すヤツは許さないって」
「そういうことです」

 スタルジスの背中に二本のランスが突き刺さる。
 ミリアンが矢でスタルジスの攻撃を防ぎ、ヨシュアンとカリアンが馬で突撃し、とどめを刺した。
 スタルジスは灰になり、脱落していった。

「マジかよ……終わりだ……プーシュカも……ジェスも……スタルジスも……脱落しちまった……」
「え、援軍を呼べ! そしたら……」
「あほか! レッドメールがどんだけきていると思ってやがる! 来るわけないだろうが! 俺は逃げるからな!」

 ジェスが脱落したことで、この場で生き残っているビックタワーのメンバーは完全に及び腰になっていた。
 闘争心は完全に消え去り、この場から逃げ去る。

「野郎! 絶対に逃がすかよ!」
「絶対に倒してやる!」

 今まで好き放題していたビックタワーの惨敗兵に、エンフォーサーのメンバーは怒りから追いかけようとするが……。

「……待ちなさい! テツ君から言われてるんでしょ! 逃げるヤツは追うなって!」
「けど! ここで逃がしたら、絶対にヤツら、またNPCを殺すぞ!」
「分かってる! 私だって、今すぐアイツらを追って叩きのめしたい! けど、手負いの獣を追い詰めたら、必死に抵抗されるって言われたでしょ! 私達の戦力だってギリギリなの! 今はこらえて!」

 カリーナの言葉にエンフォーサーのメンバー達は黙り込む。
 ムサシは強制ソウルアウトされ、カリーナを含めた残りのメンバーもリミット2共鳴の疲労から回復できずにいた。
 今は怒りでソウルメイトに強い力を与えているが、いつまで持つか分からない。
 それに……。

「悪いが、これ以上の戦いは止めさせてもらうぜ。まだ、戦うって言うのなら……」
「僕たちも黙っていられません」
「そういうこと」

 ヨシュアン、カリアン、ミリアンが逃げていったビックタワーの方に通せんぼするように立ち塞がる。
 人数は三人だが、無傷の状態で気迫も充分満ちている。

 それに対し、カリーナ達は満足に動けない。
 たとえ、三人を退けても、スタルジスの腕を一瞬で吹き飛ばしたルシアンがいる。

「ねえ、アナタ達だって正義を自称しているんでしょ? なら、なぜ彼らをかばうの?」

 カリーナは悔しげにヨシュアン達を睨み付ける。

「まあ、男をかばう理由なんてないんだけどよ……みんなで決めたからな」

 ヨシュアンは頬をかきながら、真っ直ぐにカリーナの目を見て告げる。

「決めた?」
「皆を護るって」

 カリアンもカリーナの目を真っ直ぐに見つめながら答える。

「アナタ達の言いたいことは分かってる……つもり。でもね、私達の仲間にはさ、ビックタワーなんかとは比べものにならないほど人を殺してきた悪魔みたいなヤツがいるの。でも、その悪魔は本当は弱くて……脆くて……優しくて……そのくせ、心を殺して仲間を護ろうとしているの。だから、なに? 人殺しだからって、殲滅するとかそんな風には思えないのよ。だって、そう思ったら、私はコシアンを恨まなければいけない。でも、アイツは確かに憎いところはあるけど、恨めないのよ……好きになっちゃんたんだから……」

 ミリアンはもうコシアンを大事な仲間だと心の底から思っている。
 コシアンの苦悩も背負っているモノも見てきた。
 だから、ミリアンはカリーナ達のようにビックタワー許すまじとは思えなかった。
 ジェスもアレカサルも心底恨めなかった。

「それとさ、ここにいたらヤバいのは本当なんだ。悪いが、撤退する準備をしてくれ。なるべくここから離れてくれ」
「……ねえ、さっきから物騒な事を言ってるけど、ソウルアウトするだけじゃあ、ダメなの?」
「ああっ、それだけじゃあ、安全とは言い切れないんだ。悪い、ここは引いてくれ」

 ヨシュアンは馬から下り、カリーナ達に頭を下げる。
 コシアンが言っていた生物兵器がどんなものなのか? 詳しく分からないため、コシアンはヨシュアン達にカースルクームにいる者は全て避難するよう指示をした。
 生物兵器がカースルクームで使用された場合、その生物兵器の持続時間が分からない為だ。

 例えば、生物を死に追いやる細菌が三日間その場で生息していられる場合、ソウルアウトしても、三日以内にソウルインしたとき、細菌がソウルメイトを浸食し、脱落してしまう。
 確実に安全な基準が分からない為、コシアンはできるだけ遠くまで逃げるよう指示した。

 ルシアン達はコシアンを信じ、行動している。
 だからこそ、カリーナ達にはビックタワーを追いかけずに今すぐ遠くまで逃がしたかった。

「ジレンマはあると思います。けど、ここは手を引いてくれませんか?」
「お願い」

 カリアン、ミリアンは馬から下り、頭を深く下げる。

「……仕方ないわね。彼らは私達の恩人でもあるし、ここは引きましょう」
「……引くのはいいとして、どうするつもりだ? ジャックはまだ、グリズリーと戦っているんだろ?」

 ジャックのSPはまだつきていないし、グリズリーを倒したという報告がない。ならば、今もグリズリーと戦っていると考えるのが自然だろう。

「……とりあえず、テツさんに連絡しましょう。今は休憩をして体力回復に努めるのがベストだと思う」
「ありがとう」

 ヨシュアン達はカリーナの選択にもう一度頭を下げた。
 誰もカリーナの意見に否定しなかった。

 ビックタワーを退けた。

 勝った実感は無く、ただ生き残ったと安堵していた。
 敵を殲滅出来たわけではない。ただ退けただけ。
 この戦いに意味はあったのか?
 それを考えるだけで、どうしようもない疲労感で戦意を失っていく。

「カリアン、悪いが偵察に出てくれないか? 俺とミリアンで今ここにいるエンフォーサーの皆を護衛する。ミリアンは先頭で誘導してくれ。殿は俺がつとめる」
「「了解!」」

 カリアンは偵察と脱出路を確保するため、馬に乗り、移動する。
 ミリアンとヨシュアンはヒーリングストーンをエンフォーサーのメンバーに配り、介抱する。
 カリーナはテツに連絡をとる。

「テツさん、私です。指示を仰ぎたくて連絡したんだけど……そっちは大丈夫? やっぱり、テツさんがAS達を倒して……えっ、なんですって!」

 カリーナはテツの報告に声を上げる。何事かとカリーナに注目が集まる。

「ヨシュアン! 大変だ!」

 カリアンが血相を変えて、戻ってきた。
 今、何が起こっているのか? 何が起ころうとしているのか?
 カースルクーム争奪戦は誰もが想像しなかった結末へと向かっていく。
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