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三十二章 カースルクーム奪還戦 血闘

三十二話 カースルクーム奪還戦 血闘 その六

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「ばはぁ!」
「くがぁ!」
「シルト! ガース! くそ! ヤバいぞ、ゲルト!」
「分かっている!」

 反乱軍『碧い水の星』とビックタワーの戦いは完全に碧い水の星が押されていた。
 ビックタワーが圧倒し、一人、また一人碧い水の星のメンバーは斬り捨てられていく。
 碧い水の星の戦力は半減し、生き残っているのは二十ほど。それに対し、ビックタワーは全員が生き残っている。

 ――なぜだ……コイツら、前に戦ったときよりも数段強くなっている。この短期間でここまで強くなれるのか?

 ゲルトは焦っていた。敵の強さを見誤っていた。
 以前戦ったときはここまで強くなかった。だが、今はパワーもスピードも全てがゲルト達よりも上回っている。
 短期間でこんなことがありえるのか?

「ふん! 奇襲さえなければ、お前達など敵じゃねえよ」
「雑魚はさっさとくたばりやがれ!」
「仲間の仇だ! 死ね!」

 また一人、ゲルトの仲間が斬られ、屍になって地面に倒れる。
 このままだと全滅も時間の問題だ。

 ――何か手はないのか? コイツらに一矢報いることはできないのか!


「ゲルト、危ない!」
「ぐはぁあああああああ!」

 ゲルトは背中に焼けるような激痛に襲われる。全身から汗が噴き出て、足に力が入らず、そのまま地面に倒れる。

「ゲルト! がはぁ!」
「くそぉ! げはぁ!」

 ――み、みんな……。

「さっさとくたばれ。NPCが」

 意識が薄れゆくゲルトが最後に聞いた言葉となっ……こと……ば……と……なっ……な……な……。



 ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ!


『運命はこの私、ネビーイームが本来あるべき姿へと導く』


 ざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざざ!



――何か手はないのか? コイツらに一矢報いることはできないのか! いや……あるかもしれない。

 ゲルトは思い出していた。懐から笛を取り出す。
 それはムサシからもらった笛だ。
 大きさは五センチほどの小さな笛で、ただ息を吹きかけるだけでいいとのこと。この笛を吹けば、心強い援軍がかけつけると。
 ただ、それは最終手段なので、ピンチのときだけ使ってくれとムサシに言われていた。

 援軍とは誰なのか? この状況を覆せるのか?
 ゲルトは正直、信じられなかった。
 敵の強さは尋常ではない。たとえ、来てくれても、かなうかどうか……逆に屍を増やすかもしれない。

「ぎゃはははははは! また一匹、ゴキブリ野郎を斬ってやったぜ!」
「その呼び方、いいな、マジョス! ゴキブリ野郎を殺してやろうぜ!」
「カウントダウンの開始だぜ!」

 また、一人……二人……斬られていく。

 ――これに賭けるしかない! これ以上、仲間を失うわけにはいかないんだ!

 ゲルトは決意し、笛を思いっきり吹いた。

 PIIIIII……。

 笛は思っていたよりも小さな音だった。ゲルトは不安になった。
 こんな小さな音が聞こえるのか? 本当に援軍は来るのか?

「なんだ? 仲間でも呼んだのか?」
「いいぜ。やってやるぜ! もっとぶっ殺してやりたいからな!」
「獲物があっちからやってくるなんて最高だぜ!」

 ゲルトは笛を吹いたことに後悔し始めていた。やはり、他人の力などあてにせず、自分たちで道を切り開くべきなのだ。
 たとえ、ここで屍をさらすとしても、誇りを胸に抱いて戦士として死にたい。
 ゲルトは援軍を待たずに、この命つきるまで戦うことを決意するが……。

 ゲルトの期待は大きく裏切られた。
 なぜなら……。 

 DODODODODODODODODODODODODO……。

「なんだ? なんの音だ?」
「お、おい、地面がゆれているぞ。この状況、身に覚えがあるんだが……」
「ま、まさか……」

 ゲルトは眉をひそめる。ゲルトにはさっぱり分からないが、地面を揺らして何かが駆けてくる複数の音をビックタワーの連中は知っているみたいだ。
 戦闘が中断し、ビックタワーのメンバー達は何かを警戒するように構える。

 ――なんだ? 何がやってくるんだ?
 DODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODODO……。

「やべえ……やべえよ……この足音は……」
「いや、ありえないだろうが! ここはリンカーベル山じゃあねんだぞ!」
「そうだ! あの化け物がこんなところまで来るわけがねえ!」

 ――化け物? 何のことだ? それになんだ? この圧迫感、どこかで……。

 ゲルトは不安と得体の知れない恐怖にピリピリしているのが分かる。
 本当にこの足音の主は味方なのか?
 何がやってくるのか?
 ゲルトだけでなく、碧い水の星のメンバーも警戒し始める。
 そして……。

「止まった?」

 足音が急に聞こえなくなった。なぜ、止まったのか?
 ゲルトは更に緊張感が増す。なぜか、敵を警戒するような心境になる。
 ムサシが言っていた援軍……心強い援軍……それは誰なのか?
 ゲルトは息をのんだその瞬間だった。

「GISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「「「げぇええええええええええええええええええ!」」」

 地面から巨大な化蜘蛛、スパイデーが飛び出し、ビックタワーの一人に牙を突き立てた。



「おい、ジョーンズ! なんとかヤツらを退けたぞ!」
「今のうちに回復と武器の点検、休んでおけ! 次がいつくるか、分からないんだからな!」

 ビックタワーのリーダー、ジョーンズは舌打ちをしながら、目の前の騎兵達の対応に集中する。
 ジョーンズはグラブ達騎兵と矢の打ち合いをしていた。ジョーンズ達は傷つきながらも根性とバフ効果で応戦。
 その甲斐あってか、騎兵隊達の動きに躊躇が見られるようになった。
 しかし、準備していたヒーリングストーンが半分を切った。しかも、一瞬バフが解除されてしまった。
 すぐにバフは再開したが、また一からとなっているので、今、攻撃を受けたらヒーリングストーンが更に減っていく。

 ヒーリングストーンが切れたら、回復手段はない。
 バフ効果も突然切れてしまう可能性が出てきたので、過信できなくなった。
 もし、今圧倒的に物量と兵力で力押しされたら防衛線は崩壊し、カースルクームに突入されてしまう。
 そうなれば、作戦は失敗だ。
 いくら、プーシュカやジェス、AS達がいたとしても、ムサシ達と連携をして、挟み撃ちにされたら厄介だ。
 未だにムサシを捕らえたという報告は……。

「なんだと!」

 ジョーンズの目にレッドメールが飛び込んでくる。
 その内容を確認すると……。

「……プーシュカが脱落だと……」

 ビックタワーの中で最強クラスで、ジョーンズが尊敬し、最強だと思っているプレイヤーのコシアンと互角に戦ったプーシュカが真っ先に脱落した。
 信じられなかった。
 しかし……。

「なぜ……プーシュカなんだ?」

 ジョーンズが感じた疑問はプーシュカが脱落したことよりも、真っ先に脱落したことだ。
 プーシュカは一人で行動していたわけではない。ジェスやスタルジスの部下達と行動していた。
 つまり、複数人で行動していたのに、なぜ一番強いプーシュカがやられたのかだ。プーシュカよりも弱いヤツらは誰も脱落していないのに、だ。
 ジョーンズはすぐにジェスに連絡するが……。

『多少計画に狂いはあったが、こっちは問題ない。今、エンフォーサーの一人を殺ったところだ。これから殲滅する』

 と返事が返ってきた。
 油断は出来ないが、朗報なのは変わりない。
 ジョーンズは同じビックタワーのメンバーであるマジョスに連絡を入れる。
 マジョスはカースルクームに奇襲をかけようとしているレジスタンスを逆に強襲する作戦を立てていた。

『楽勝。もうすぐ終わる』

 ジョーンズは安堵のため息をつく。
 当初、ビックタワーを討伐するために編成された三百の騎兵を率いるこの土地の領主、ジャールに奇襲をかけて殺し、その混乱に乗じてビックタワーの本隊で攻めて追い返すつもりだった。
 テンペストの部下の協力を得て、地下から奇襲したまではよかったが、逆に返り討ちにあった。
 作戦は失敗し、次の作戦をジョーンズは用意していた。

 計画は常にアクシデントがつきものであり、策は複数用意しておくように、と先生コシアンから教わっていたからだ。
 次の作戦は、東からプーシュカ達が、西からマジョス達がジャールの本体を挟撃し、ジョーンズ達本体も前に出て三方向から攻めて追い返す。
 最小限の被害に抑えるため、殲滅するのではなく、追い返す方法をジョーンズはとった。
 多少想定外の事が起こっているが、今度の作戦はうまくいきそうだ。
 ジョーンズは仲間を安心させる為、状況を説明しようとしたが。

「な、なんだ! あの光の柱は!」
「……なんだ、あれは……」

 ジョーンズも呆然と天を貫く光の柱を見つめていた。
 あの光は何なのか? ソウルの光なのか?
 気になるのは、あの光の柱がある場所は……。

「AS達に何かあったのか?」

 そう、AS達がテツ達と戦っている場所だ。
 バフの一時的消失。
 プーシュカの脱落。
 光の柱。

 これらは何を意味しているのか? ジョーンズは考え込む。
 選択を間違えると取り返しのつかないことになる。そう感が告げている。
 退却も視野に入れなければと想う反面、ここで弱気になれば勝機を見いだせないともジョーンズは悩んでいる。
 プレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、今後のことを決断しようとしたとき。

「お、おい!」
「な、なんだ、あれは!」

 ――今度は何だ!

 ジョーンズは内心舌打ちしながら、何が起こったのかを確認すると……。

「げえええええええええええええええええ!」
「アイツ! あの柵を突っ切ってくるぞ!」
「ウソだろ! 一番堅固なところを爆走してきやがる!」

 カースルクーム前方を爆走してくる騎兵がいた。縦一列に並び、戦闘の騎兵が何重にも用意していた拒馬を文字通り蹴散らしていく。
 フツウの馬なら突破は無理だ。途中で止まり、動けなくなった騎兵は矢で落馬させられる。
 しかし……。

「あの黒い馬は何なんだ! 俺達の馬の三倍はあるぞ!」

 先頭を走る騎兵は明らかに異常だった。
 その黒馬は巨体で、異様なオーラを放っている。その黒馬が一声あげるだけで、大気は震え、障害物は障害物でなくなり、ただの路上に転がる石のように弾き飛ばされる。

「み、見てないで矢を放て!」
「ま、待て!」

 ジョーンズは混乱して矢を放とうとしている仲間を制止するが、矢は複数放たれる。
 これで騎兵は落馬し、倒れる……はずだった。

「げぇええええええええええええええええええ!」
「か、加速しやがった!」

 ジョーンズ達が作った罠を更に速いスピードで蹴散らし、ついに最後の砦である門もぶち破った。すぐさま、他の三名の騎兵も突入する。

「や、やべえぞ、ジョーンズ! 中に入られた!」
「ど、どうする! ジェス達を呼び戻すか!」

 ジョーンズは深いため息をつき、覚悟を決める。

「……あれは俺がなんとかする。カータ、ここは頼む」
「た、頼むってどうすりゃあいいんだよ!」
「もうすぐ、ジェス達とマジョスが邪魔者を片付けるから、当初の目的通り、挟撃しろ。それまでヤツラが攻めてきたら、防御に徹しておけ」
「お、おい! 待ってくれ! 俺、自信ねえよ!」

 カータの泣き言を無視し、ジョーンズは馬に乗ってカースルクームに突入してきた騎兵を追いかける。

 ――まさか、このタイミングで来るとはな……気になるのは姐さんがいないことだ。これは誘導か? それとも、本命か? 悪いが、俺はビックタワーの指揮を執っているんだ。俺なんかについてきたヤツらのためにも……責任をとるためにも……まだやらせないぞ、ルシアン!

 ジョーンズはルシアンと決着をつけるべく、追いかける。
 二人の因縁はここで断ち切れるのか? それとも……。
 ジョーンズはその答えを知るために馬を走らせる。
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